■海外に滞在する北朝鮮国民をめぐって南北の諜報機関が入り乱れて活動している構図が浮上してきた

2016年4月に起きた、中国浙江省寧波市の北朝鮮レストラン「柳京食堂」従業員らの集団脱北事件。
国連安全保障理事会による経済制裁で営業が困難になるまで、
北朝鮮レストランは同国の外貨稼ぎの主要な手段のひとつだっただけに、同事件は金正恩体制に大きな動揺をもたらした。

しかし最近では、この事件を巡り、従業員らの亡命先である韓国政府に不利な情報が次々と浮上している。

韓国の聯合ニュースは19日、同事件で韓国に亡命した元女性従業員12人に対し、
韓国政府が旅券の発給を制限していることが判明したと伝えた。
それによると、ある元従業員はある区役所で3回申請しても発給されず、理由を尋ねてもきちんとした説明を得られなかったという。
また、元従業員から陳情を受けた国家人権委員会の関係者は、「区役所に理由を聞くと警察に聞いてみろと言われ、
警察に聞くと『国家情報院(国情院)が発給を阻んでいる』との答えが返ってくる」とコメントしている。

北朝鮮は事件の発生当初から、集団亡命は国情院による拉致であると主張してきた。
国情院が元従業員らの出国を阻んでいるのならば、北朝鮮の主張は説得力を増してくる。

このレストランの元支配人で、女性らを連れて韓国に亡命したホ・ガンイル氏は、今年5月に放送された韓国JTBCの番組で、
韓国の国家情報院の担当者から従業員を連れて脱出するよう教唆を受け、彼女らを脅して連れ出したと告白した。

一方、聯合は、この事件の事情に精通した情報筋の話として、事件の初動において主導したのは韓国軍情報司令部だったとも報じた。

ホ氏を懐柔・脅迫して女性従業員12人をレストランから連れ出したのは国情院ではなく、韓国軍の諜報機関である情報司令部だということだ。
国情院はホ氏と12人が上海の浦東国際空港から出国し、マレーシアを経て韓国に入国するまでの過程を担当したという。

ホ氏は15日、聯合ニュースとのインタビューで、
「国家情報院から従業員を連れてくれば韓国国籍を取得させてやる、東南アジアに国家情報院のアジトとして使える建物をやるから、
そこで従業員とレストランを営めばいい」と言われたと証言した。

しかし、情報機関の要員が身分を明らかにして活動することはめったにないことを考えると、
ホ氏は「国家情報院の要員だと身分を偽った韓国軍情報司令部の要員」に騙されていた可能性があるということだ。

軍事情報を収集・分析し、北朝鮮を対象とした諜報活動を行っている情報司令部は、
中国にも「ブラック」と呼ばれるイリーガル要員を派遣していると言われている。

北朝鮮の工作機関のひとつである国家保衛省は最近、脱北者を強制的に帰国させるオペレーションに力を入れているとされる。

最近の一連の報道により、海外に滞在する北朝鮮国民を巡り南北の諜報機関が入り乱れて活動している構図が浮上してきた形と言える。

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