日本や米国の安全保障関係者の間で、「韓国軍の萎縮」への危機感が広がっている。韓国では2017年5月に文在寅(ムン・ジェイン)政権の発足後、軍関係者に対する政権からの風当たりが強まり、軍の発言力が大きく低下。これが、南北軍事境界線での即応態勢解除や、海上自衛隊の韓国観艦式不参加など、日米韓の安保協力を揺るがす一連の動きにつながっているというのだ。

■元国防相逮捕の衝撃

「金寛鎮(キム・グァンジン)さんが逮捕された一件の後、韓国軍は政権に何も異論を唱えることができなくなってしまった」――。現役時代、韓国軍とも交流の深かった自衛隊の元高級幹部は、韓国軍内部の今の空気をこう説明する。

元韓国陸軍大将の金寛鎮氏は、国防相、大統領府国家安全保障室長として、李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵(パク・クネ)の両大統領に仕えた韓国国防界の大物で、日本政府・自衛隊関係者にも知己が多い。

ところが現在の文在寅政権発足後の17年11月、「現役時代、軍のサイバー部隊に命じて当時の野党議員候補を批判するネットへの書き込みを命じていたのは、軍の政治への関与を禁じた軍刑法違反にあたる」として突如逮捕された。金氏は「李明博大統領の指示だった」と主張。逮捕から10日余りで「違反にあたるかどうかは議論の余地がある」と裁判所が判断し、釈放されている。

しかし、この逮捕劇をみた国防省・軍関係者は「文政権は、意に沿わない相手には何をするかわからない」と衝撃を受け、以来、政権の指示には唯々諾々と従うようになっているという。韓国と北朝鮮は18年9月、南北境界線一帯での軍の訓練・演習を中止することなどで合意。朝鮮戦争以降、韓国軍が営々と磨き上げてきた即応態勢を自ら放棄するようなことをするのも、文政権と国防省・軍の関係を如実に映している。

韓国軍の状況や文政権の動きをめぐっては、米国からも懸念の声が上がる。

「仮にこの先、朝鮮戦争『終戦宣言』がされてしまうと、次の段階として『なぜ米軍が韓国に駐留しているのか』という声が韓国内で高まるだろう」(東アジア安保情勢に詳しい元米国務省幹部)。北朝鮮情勢を長年注視してきた欧州の安保関係者も「『終戦宣言』は外交上の成果が欲しいトランプ米政権にとっては魅力が大きいが、いったん出してしまうと後戻りできなくなる」と強い懸念を示す。

この先の米朝交渉の行方は予断を許さないが、確かなのは、文政権が進めている即応態勢解除など一連の動きが、北朝鮮にとって極めて都合の良い展開だということだ。


2018/10/10 5:50日本経済新聞 電子版
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO36253770Z01C18A0000000/