22日に行われる天皇陛下の即位の礼を祝うため、台湾政財界の知日派が、昭和天皇が皇太子時代に行った台湾行啓(ぎょうけい)の際に植えられた桜や竹、ガジュマルの苗木を日本に寄贈する計画を進めていることが分かった。複数の関係者が明らかにした。受け入れる日本側の賛同者とともに「桜里帰りの会」をつくり、19日に東京・港区の明治記念館で目録の贈呈式を行う予定だ。(矢板明夫)

 台湾側の「桜里帰りの会」では、李登輝元総統夫人の曽文恵氏が名誉会長、李登輝時代に政務委員(閣僚)などの要職を歴任した黄石城氏が会長を務める。許世楷・元台北駐日経済文化代表処代表(駐日大使に相当)、趙中正・全日本台湾連合会会長などが発起人として名前を連ねる。

 受け入れる日本側では、安倍晋三首相の母親で書家としても知られる安倍洋子氏が名誉会長、外交評論家の加瀬英明氏が会長を務める。目録贈呈式には、謝長廷・台北駐日経済文化代表処代表も出席する。

 里帰りするのは、1923(大正12)年4月、当時の摂政宮皇太子裕仁親王の台湾行啓にちなむ植物。桜は台湾民衆が親王を歓迎するため、宿泊先である台北・草山賓館までの道路両側に植えたもの。竹とガジュマルは、親王が屏東と台南で自ら植樹されたものだという。関係者は、それぞれの苗木数株を日本に寄贈し、皇室ゆかりの各地に植えたいとしている。

 苗木を日本に入れる際には植物検疫などの手続きに長時間を要するため、台湾側の関係者は即位の礼の前に来日し、まずは目録を日本側に渡すことにしている。

台湾側の黄石城会長は産経新聞の取材に対し、「今回の『植物里帰り』を通じて台湾と日本の太い絆を改めて確認し、双方の関係をさらに発展させたい」と話した。

 日本側の会長、加瀬氏は「大変ありがたい話であり、うれしく思います。これからは、全国各地の昭和天皇と皇室ゆかりの地に声をかけ、台湾の皆さんのご厚意を広げていきたい」と話している。

■良好な対日感情反映

 昭和天皇は皇太子時代の大正12年、台湾を訪れて計12日間滞在され、台北、台中、台南、高雄など北から南へ各地を回られた。皇太子裕仁親王を歓迎するために民衆が植えた桜や、親王が手植えされた竹やガジュマルは大事に育てられ、今では観光スポットになっている。特に台南の国立成功大学構内にあるガジュマルは、大手保険会社の商標に選ばれるほど立派な姿となり、地元では、結婚記念撮影の背景としても人気を博しているという。

 同じく日本による統治を経験した韓国では、日本時代に植えられた樹木を「日帝時代の残滓(ざんし)」とし、伐採を推進している。これとは対照的に、台湾では民衆の対日感情の良さを改めて実感させられる。

 今回の「桜里帰り」計画は、即位の礼の日程が決まる数カ月前から準備が進められた。台湾の政財界など多くの著名人の賛同を得ている。関係者によれば、事務局が植物を管轄する台湾の当局者と交渉する際も協力的で「日本の新天皇即位を祝うためなら」とわがことのように喜んでいた。

しかし、22日に行われる即位の礼で、日本政府は約200の国や機関に招待状を送ったが、台湾は含まれていないという。反日政策を推進してきた中国の王岐山国家副主席や、韓国の李洛淵(イ・ナギョン)首相も出席するが、日本皇室に最も好意を抱く台湾の政治家は立ち会えず、多くの日台関係者を落胆させている。

 台湾での研究によれば、戦前、裕仁親王をはじめ日本の皇族27人が台湾を訪問された。しかし、その後、中国への配慮などから、日本の皇室関係者と台湾の交流は途絶えている。

 今回の「桜里帰り」で日台の太い絆が再確認され、皇族の台湾訪問実現につながることを多くの台湾人が期待している。

台湾行啓 1923(大正12)年の摂政宮皇太子裕仁親王による台湾ご訪問。軍艦「金剛」で4月12日に横須賀港を出港し、16日から27日まで台湾に滞在された。台北駅に到着された際には、同市の当時の人口約17万人の半分を超える10万人の出迎えがあった。台北、台中、高雄、台南といった主要都市をはじめ60カ所以上を視察され、200以上の祝賀行事が催されたとの記録がある。帰路の29日、洋上で22回目の誕生日を迎えられた。

https://www.sankei.com/world/news/191016/wor1910160004-n1.html
産経ニュース 2019.10.16 06:52

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裕仁親王が植樹された国立成功大学のガジュマル。立派に成長し、観光スポットとなっている=台南市(「桜里帰りの会」提供)