「最初に受賞の一報を聞いたときには、すぐには実感がわきませんでした。何か非現実的な空間にふわりと浮かんでいるような感じでした。その後、少ししてから、『やっと彼らも理解したのだな』という思いとともに、形容しがたい喜びに包まれました。別の見方をすれば、ノーベル賞受賞は当然の帰結だといえます」

 フランスで活動する翻訳家のチェ・ギョンナン氏(61)は、ハンギョレにこのように語った。今年のノーベル文学賞の受賞作家、ハン・ガン(韓江、54)氏の最新長編『別れを告げない』(2021)を昨年フランス語圏に紹介した人物だ。チェ氏と共訳したピエール・ビショー氏は受賞の知らせに「大泣きした」という。2023年11月にこの作品がメディシス賞外国小説部門賞を受賞したときには想像できなかった光景だ。

(略)

 以下は一問一答。

――作品を翻訳する際には何が難しかったか。

 「文学作品の場合、翻訳の難易度や苦労は作品が持つ魅力に左右されると思います。良い作品の場合、翻訳の没入感とその楽しみが強いため、作業ペースも速まり、困難も特に感じられません。この作品を翻訳していた時間は祝福のような時間でした」

 苦労がないわけではない。タイトルさえ直訳が許されず、韓国の方言は「忘れなければならない」。『別れを告げない』は作中で、済州(チェジュ)4・3事件の被害者の済州語が耐え忍ぶ悲感として吹き荒れる。フランスのマルセイユ方言で訳せばいいのだろうか。言葉の歴史や言葉の情動が違う。変えられた言語の意味と文脈によって、元の言語が救われることを祈るしかなかった。

――タイトルはどうだったか。

 「フランス語の文法上、主語を必ず明記しなければなりません。そのため、『私は』『私たちは』『誰か』が『別れを告げない』ことになり、中途半端になります。フランス語で最も自然かつ韓国語の原文に最も近い表現を探し、『未完成の別れ』『不可能な別れ』などを提示しましたが、最終的には『不可能な別れ』(Impossibles Adieux)で意見がまとまりました」

 韓国の「局所的」な悲劇は伝わったのだろうか。メディシス賞受賞直後の昨年11月、ハン・ガン氏は記者団に「フランスの読者に済州の歴史的な事件を追加で説明する必要はなかった」と述べたことがある。チェ氏は語った。

 「小説の背景と文脈は韓国的だとしても、『人間の暴力性』は普遍的に強行されてきました。考えてみると、産業革命後の西欧の歴史こそ『人間の暴力性』の集大成だと言えるのではないでしょうか。背景と文脈は違いますが、西欧人にも十分に共感を得られる作品です」

 当然のことだ。『別れを告げない』と対になる光州(クァンジュ)5・18(光州民主化運動)が舞台の長編『少年が来る』について、スウェーデン・アカデミーは「残酷な現実を直視し、これを通じて『証言文学』というジャンルにアプローチする」と評した。今年3月に『別れを告げない』はエミール・ギメ・アジア文学賞を受賞し、「友情と想像力に対する賛歌であり、何より忘却に対する強力な告発」だという評価を得た。

 ハン・ガン氏の作品は、世界の28の言語圏で80冊を超える単行本によって読者に出会っている。フランスだけでも、2011年の『韓国女性文学断片集』と2014年の単独小説「風が吹く、行け」(原題)以降、様々な作品が紹介されてきた。来年3月には詩集『引き出しに夕方をしまっておいた』(Soirs ranges dans mon tiroir)もフランス語で出版される(チェ・ミギョン、ジャン‐ノエル・ジュテ共訳)。これに関わる訳者については、この記事では短すぎて、すべてを書きつくすことはできない。

――フランス文学賞の受賞歴がノーベル文学賞の受賞に大きく寄与したようだが。

 「私は『別れを告げない』の訳者にすぎません。様々な作品が別の翻訳者の仕事によってフランスで出版されました。そして、2016年には英国で『菜食主義者』がブッカー賞を受賞し、各国の多くの訳者の努力が作家を世界中に知らしめることに寄与しました。時期的にみれば、メディシス賞の受賞後に今年のノーベル賞受賞に至り、ある程度の重みを与えたかもしれませんが、長い間の多くの言語圏の訳者の努力が実を結んだのだと思います」

イム・インテク記者
https://japan.hani.co.kr/arti/culture/51347.html