なぜ教育学は現実に全く役に立たないのか?
もうすこし気楽にいってもいいんじゃないかな。あまり前のめりに生きてもしょうがないですよ。
色んなことがあります。 自分の心を守ろうとだけはすんなよ。
負ければ心は痛いし勝てばうれしい。
ここをごまかす人間はどんなに成功しても人としては失敗作。 ま、あんまり深く考え込まんこっちゃな。
大した生きもんやないで。 張りつめた心を緩ませること。目的に遊びを持たせること。 後は自分の攻撃性と向き合うだけ。肝心な時にそれを出せるかどうか。
簡単なことではないよ。 自分の力の及ぶ限りは決して投げ出さないこと。
及ばない事態には前向きに受け入れ、無駄に力まないこと。 人間は基本的に身の丈を超えた生き方はできないが、
時には一か八かの博打をしてしまう生き物だということは押さえておく必要がある。
自分の感情に嘘はつけないということ。 資本主義は人間を労働者へと開発して(教育と呼ばれている)
その労働者を機械やロボットと永遠に競争させるゲーム。
その過程で最終的に、人間は機械に駆逐されないように人間自身も
機械化する以外にない。
つまり、人間もその過程で滅びるように運命づけられている。
すべてが「働く機械」になる。それが資本主義の法則。
そうなると消費はどうなるって?
需要不足で資本主義そのものが危機に陥るって?
そのために減価マネーがある。
減価マネーによってこの資本主義の法則は人類が完全に死滅するまで続けられる。
マルクスはこれを疎外と呼んで資本主義の究極的未来をほのめかした。 【宗教の国連、URI】 日本軍の魔の手からアジアを救った国連に習い、テロを鎮める神々の連合が発足
http://rosie.5ch.net/test/read.cgi/liveplus/1538013497/l50
テロが沈静化すると困るのはアメリカ軍産 知らず知らず細かなことに捉われて生きている心の縛りを解きほぐすこと。
余裕がある範囲で日々の生活のリズムから足を抜いてみるのも一つの選択肢。 最後は自分は自分、人は人。共感も温情もこのラインを明確に。 目的を追求しすぎない。心に遊びを持たせてバランス感覚を整える。 どーなんやろ。ほんまにこれでええんやろか。よー分からん。
まあ大崩れさえせえへんかったらそれでええわ。 4年間、延々と続くようになる。互いに互いのプライベートにまで 口を挟み、
侵し合って。…こりゃたまらんわ。他人のプライベートにまで口を出して来んな、と。
後先を考えず、その時さえ好ければと、自分の立場を顧みれないで、というか、
自分の落ち毀れた現在や、新たに押し付けられている役割というものを受け入れられないで、
正規の学生に喧嘩を売っては、返り打ちに遭い、殴られっぱなしで終わるという、
敗戦ゴングを鳴らされては、泣き寝入りをさせられるようなボケ教員が、どんどん湧いて来る。
「オレとお前の立場は、対等じゃねえんだよ」と言いたいところを、折角、
100歩ぐらい譲りに譲り、自分を抑えに抑えて、譲歩してやってたのに…
自分の権利、自分の権力は、自分で主張をして行かなければ、人は自分で自分の
権利や領分を守れない。権力は単なる権利力だけでは成り立っていない。それに、
×主張力が、最低条件としているのだ。組織、世間は、個人を抑えつけるばかりで、
いざという危機的状況な時、誰も味方なんかしてくれやしない。とりわけ、日頃から
ふんぞりカエっている、仁徳のない奴ほどに。
…そして、レスの纏まりの纏めとして、なぜ大学が個人的に嫌いなのか。
それは、こういうことを、延々と考えさせられるからであり、こういうやり合いを、
延々とさせられるからだ。誰も学生側に、主導権を握らそうとしてくれない。
むしろ、それを阻止せんと、必死に躍起になって来てくれやがるからである。 メンタルゆうんは強けりゃええゆうもんでもないからな。大崩れだけはせんように。 失敗は失敗。あるものとしてそこにあるもの。もう少し気持ちを入れていこう。 大事の前のプレッシャー・緊張感はついてまわるもの。あまり軽々と越えられても困る。 今まで言ってきたことを簡単にまとめると、
お前なんか全然大した人間ちゃうわ、あんま調子に乗んな、ってこと。 自分に課すハードルは能力の振れ幅の下の方に設定しておいた方がいい。
勝負にこだわるのと縛られて身動きが取れなくなるのとの違い。
と言ってそう簡単にいかないのが世の中なわけで。 少し世の中をなめすぎた意見だったかもしれない・・・ 諦めなければ必ず夢はかなうとは俺は思てへんからな。
それでもやらなあかんけどな。
それだけ。 そういうもんなんだからしょうがない。
多分こういうことを延々と続けていくんだと思うよ。 それがなかったらもはや人とは言えん。人間は間違うもの。 179実習生さん2018/02/17(土) 08:19:47.11ID:zWTC+WxR
154実習生さん2017/05/22(月) 19:52:46.20ID:WXNfJD6K
「教育学」や「学校教育学」の学位は、クソと同じ。
そんなもの、「原付免許」以下である。
それなのに、その「クソ学位」すらない教育学部のクソ教員は
まずは、荒れた学校で修行して、ぶん殴られてみろや。
まずは旧帝の大学を受験し直せや,低能学位なし大学教員。
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●●●●●-‐‐ >>16
それ、先に書いてくれないか。
>>1
「教育学」という定型に子供をはめ込むのは無理だし虐待だし。
江戸時代の寺子屋とか塾みたいのが良いんで、「今、自分が何を学びたいか」が生きる道になれば良い。
アメリカは一旦 就職して方向性を見極めてから大学を選ぶ文化があるというが、少し似ている。 社会的地位の高低に関わらず一人の人間の力など知れたもの。
それは安倍だろうが宮崎駿だろうが引きこもりの無職だろうが同じこと。
という認識に立って初めて自らの立場に応じた責任を自覚できる。
そういうことだ。 何かを否定する時だけやたら能力を発揮するのが今の日本人。
あらゆるモチベーションをそこにしか注げない。
もったいないよなあ。 どんな強い人間も最初から強いわけではない。
まずは自分の弱さを受け入れないと、先には進めない。 頭と体が完全に一致するというのは本来そんなに簡単なことじゃないってこと。
すり合わせる努力なしに楽には勝たせないよ。 ざっくり噛み砕いて言うと、あらゆることに意味があるっちゅうこっちゃな。 人間には無限の可能性が眠っていると言った世迷い事を信じる程能天気ではない。
そんなものを心の支えにしなければ成り立たないモチベーションなどろくなもんじゃない。
まあそんなことを本気で信じ込んでいるのは一部の勝ち組だけだろうが、
なんとなくそういうものとして受け入れることで、容易く人生に絶望する凡人を量産しているのも事実。 https://chugakujyu.exblog.jp/i4/
2005年 11月 03日
設立趣旨/スタッフ紹介
2005年10月31日
世の中は 日本も世界も大きな曲がり角に来ており、その中で「日本の教育」とくに私立中高一貫教育もまた、歴史的とも言える曲がり角に直面しています。
進学塾にとっては色々な面で「受験の常識」が通用しなくなりました。しかしそういう事態に対して大手進学塾や受験ジャーナリズムの一部には、時々有益な指針を提起しているものもありますが、
概して大勢は、戦後日本の塾運動の成果を破壊する「非常識」さを拡大し、その道を突進しているように見えて仕方ありません。
私達は、非力な中小塾関係者ばかりですが、私立・国立・中学受験の世界で「非常識」ではなく、「良識」を、「建前(嘘)」ではなく、「ホンネ(真実)」を、
塾としての「経営論理」だけではなく「教育の論理」をも情報発信すべく群れ集まりました。
ネット上にバーチャルな学園「中学受験 悠遊学園」を設立致しました。主なスタッフは以下の通りです。
https://chugakujyu.exblog.jp/i8/
学園長 金 廣志(悠遊塾主宰)
教務課長 安本 満(龍馬塾主宰)
広報課長 永田 淳一(武久出版)
事務局長 三戸 さとみ(塾 指導者)
教諭 算数 金 廣志
国語 平井 好男(中学受験教室代表)
社会 海風荘主人
理科 永田 淳一
港区南麻布共学私立 理事長 TOMMY IKEDAの盟友は元過激派 金 廣志(キム・クヮンジ)
金 廣志(キム・クヮンジ)
1951年大阪生まれ。在日2世。東京都立北園高校中退。
69年に赤軍派に加盟。翌年全国指名手配され15年間逃亡潜伏。その間は肉体労働に従事。
時効成立後、86年から塾講師の道へ。96年高知で自宅近所の子達を集め「悠遊(ゆうゆう)塾」を開く。
ソウシ学園(仮称) グループ 創始者 大橋博(仮称) の大罪
港区南麻布私立共学校 池田富一(仮称)と金子暁(仮称)の大罪
中学受験 港区の不届きな私立中高物語〜こんな私立中学を受験しますか?〜
http://hirogakuillegalact.blog.jp/ 特殊な炭素素材で水を水素と酸素に分解 ゼビオHDのグループ企業、クロステクノロジーラボが開発 役にたてようとするから役にたたない
。偶然に恣意的な教育方法のほうが教育効果が無理ゆえあがるハズだ。 できひんことはできひんけど、少なくとも生きることに本気にはならなあかんにゃろな。
それで駄目ならしゃーない。 少しでも権力を持つ人間は徹底的に叩いて骨抜きにしようというのが戦後日本の流儀。
できるかどうかはおいておくとして、可能な限りはそれに耐えようという
骨っ節のない人間は権力を行使すべきではない。
今のところは対岸の火事でも、不祥事なんてものはどこから火がつくか誰にも予測できないからね。
いざという時の心の備えは必要。
人間には知らない方が幸せなこともあるのだろうが、
上に登りつめるというのはそういうことも含むってこと。
その上でどう生きるかは人それぞれ。