自分を変えると気持ちいい [無断転載禁止]©2ch.net
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第一話 気持ちいいこと
海土遊森(かいと ゆうしん)です。
初めまして。
「自分を変えると気持ちいい」と想うことはありませんか。
その前に、自分を変えないとどうなる?
自分のいいところや積極面は、あるものの、変えたいところや消極面は、そのまんま。
もし、意識して自分を変えると、その変えたいところや消極面をわずかでもいいところに転換することができるよ。
すると、気持ちがいいんだ。
気持ちがいい日々の生活は、なんだか楽しい! 第2話 人はどこから来て、どこへゆく
海土遊森 かいと・ゆうしんです。
師走も中旬を過ぎようとしていますが、お変わりありませんか。
今日は、「人はどこから来て、どこへゆく」というテーマを少し見てみませんか。
ビッグテーマです。
/Users/kinemuchi/Desktop/図.jpg
この図は、私、家族、地域社会、日本社会、アジア、世界、人類史、自然史、宇宙史
を表しています。
また、私と人間のルーツ、自然と人類史と私との、切っても切れない密接な関係を表
現しています。
合わせて、深遠な万物・物質と私との関係を表しています。
私がどこから生まれて、どこへゆくのかを想像させてくれませんか。
この図はオリジナルです。
哲学冒険家 海土遊森 かいとゆうしん 第3話 哲学の意味
こんにちは。
かいと・ゆうしんです。
今日は、突然ですが哲学の意味を一緒に考えてみませんか。
決して、むずかしくはありません。
私は哲学の意味は、ハッキリしていると思います。
ただし、ハッキリしないのが哲学の意味だ、と考えている皆さんもいらっしゃいます
。
たとえば、「知を愛する」とか、「真理を探究すること」とか、「人生観」等です。
確かにこれらの意味も、哲学と深くかかわっていますが、哲学そのものではありませ
ん。
哲学とは世界観
哲学とは世界観のことです。
自然観、社会観です。つまり、宇宙、自然、社会をどう見るか、人間の私がどう見る
か、どうとらえるか、の学問です。人生観も、含まれるでしょう。
そうです。ひとり一人、世界の人々はそれぞれ世界観が違うこととなります。
そして、人は宇宙史、自然史、人類史、私の歴史を学び始めることとなります。
それが人類であり、人間です。
今日は、哲学とは自然観と社会観のこと、つまり世界観のこと、と言う
「哲学の意味」について考えました。
哲学冒険家 海土遊森 第4話 哲学は考えるだけ?
海土遊森です。
気ぜわしくなりましたね。
お変わりありませんか。
第3話では、哲学の意味を考えてみました。
哲学とは、世界観です。人はそれぞれに世界観、つまり自然観と社会観、人生観を持
つようになります。
ここで大切なことは、ひとり一人が、より正確な自然観や社会観を持っているか否か
はまだ、わかりません。
次に見ておきたいことは、人の日々の生活や生き方とその人の持つ自然観、社会観と
の関連です。この二つは別々に切り離されているものではありません。
人は、その人の哲学をベースに、日々の生活や生き方を、意識しつつ、あるいは無意
識に決めています。
それでは自分らしさのある日々の生活、生き方を実践するには、どうすればいいでし
ょうか。
自分自身の自然観、社会観、人生観をつくり上げる(ノートに書いてみるといいです
ね)→つくり上げた哲学が、より正確な自然観、社会観であるか否かを考え、不正確
ならば軌道修正をする→日々の生活、生き方が自然や社会の成熟発展に寄り添ったも
のになっているか否かを考え、そうなっていなければ、軌道修正をする
自分らしい生活、生き方とは、このような生き方ではないでしょうか。
つまり、哲学は学び、考え、実践し、軌道修正し、再び考え、実践するアクティブな
学問と言えそうです。
哲学冒険家 かいと・ゆうしん 第5話 おもしろくなければてつがくではない
かいと・ゆうしんです。
哲学のおもしろさはどこにあるのでしょうか。
(1) 自然のすばらしさと地球の全体像が見えてくる
母なる海、父なる森林。私たち人類を直接生んでくれた両親。それが自然。
万物、その生態系の多様性、美しさ、物質の広がりと深遠さを人類に見せてくれている。
(2) 宇宙の壮大さとその全体像が見えてくる
人類の祖父母である宇宙。われわれは宇宙のからだと腕と、その手のなかで、育まれてきた、生物の「ヒト科」。
ビッグバンから数えて150億年。地球が誕生して46億年、生物が生まれて38億年。
悠久のときと空間が人類の意識に、まざまざと浮かび上がる
(3) 人類史のルーツが見えてくる
日本人のルーツは、モンゴロイド(黄色人種)だ。モンゴロイドのルーツはアフリカです。
アフリカから、ホモ・サピエンス(現在の人類は、すべてホモ・サピエンス)は、気の遠くなるような時間をかけて、世界中へ旅をつづけてきた。きっと多くの出会いや恋
愛、そして結婚、と別れを体験したことであろう。
ベーリング海峡を渡り、南アメリカまでゆき着いたのも、われらモンゴロイドであった。
(4) 人類・人間の特徴と本質が見えてくる
㈰自然にはたらきかけること。
つまりはたらくこと。これなしには生きることも、恋をしたり、子を産むことも育てることも不可能となります。
㈪人間は、あまりにも社会的な存在であること。
ここから豊かな人間性と慈悲、愛と勇気が生まれてくる。
㈫考えるものとしての人間。
自己の客観視 具体的なものごとを一般化すること あらゆる事物現象をむすびつけてとらえること。
つまり実践と考えることをとおして、人間は成熟発展をとげることとなります。
実践と熟考と実践をスパイラルに継続することなしに、人間的な成熟は不可能となると言えそうです。 第6話 おもしろくなければ哲学ではありません ㈪
こんにちは。かいと・ゆうしんです。
今日は、前回の続きで、哲学のおもしろさと豊かさについて考えてみませんか。
(5) 物質の運動と変化、物質の本質が見えてくる
「いのち・生命」「生物」は、どこから、何から生まれたのでしょうか。
――無生物から生物は誕生しました。生命の起源は38億年前のことです。
つまり無生物こそ、いのち・生命の母です。
(6) すべてのものに歴史があることが見えてくる
「わたし」も、人類史も生物史も、地球氏も太陽系宇宙史も、銀河系宇宙史も全宇宙系も、一切のものにその歴史があります。
(7) すべてのものが反映するという真理が見えてくる
海水は太陽によって熱せられる。海岸の砂浜や岩場もまた、太陽によって、熱せられる。
人間の皮膚もまた、太陽によって日焼けをする。これらを反映と呼びます。
人間のこころ・意識もまた自然や社会そのものを反映するという性質を持っています。
こころ・意識こそが反映であるという真理をつかむことが肝心です。
(8) 一切のものごとが深く結びつき、成熟発展するという真理が見えてくるこれを弁証法と言います。
弁証法を学ぶことをとおして、一切のものの連関と成熟発展・円熟の法則を洞察することができると確信します。
ではなぜ成熟発展するのか、と問われれば、それは物質、つまり自然と社会そのものの性質・本質であるからです。
(9) 「わたし」がどこから来て、どこへ行くのかが見えてくる
「死は、果たして悲しいものか。」「どう死ぬかは、どう生きるか。どう生きるかはどう死ぬかです。」
「全体(宇宙と自然)の役割と個(わたし)の役割」を学ぶことをとおして死を見つめる。
大いなる命=自然に帰ってゆくことが死ではないでしょうか。
(10) ものごとの本質、真理に接近できること
真理とは何でしょうか。
自分以外のすべてのものを、より正確に自分のからだと意識に写すことです。 弱いやつにはシバキ、強いやつには萎縮
そこから一歩もでないで人生転がれェ 第7話 欠けているものに気づく @
迎春
明けまして
おめでとうございます
かいと・ゆうしんです。
今日は「欠けているものに気づく」というテーマを皆さんと考えてみましょう。
人類史は、およそ700万年前に誕生したと考えられていますが、正なところはまだわかってはいません。
そこで、人類史をさかのぼってみます。
原始共同体社会、原始時代を見てみましょう。
実はこの原始共同体社会が、人類史のほとんどで、その後の社会は、「ほんの僅かな時間、僅かな時代」と言えそうです。
その後の社会は、高々数千年の時代です。
この原始共同体社会は、「原子、女性は太陽であった」と言う平塚雷鳥(ひらつか・ライチョウ)の言葉のように、男女の対等・平等の社会と考えられています。また、
母系制社会と言えます。
男性の大きな役割も不可欠であり、互いに尊敬しあう人間関係です。
生産力は限りなく低い社会ではありますが、一人、あるいは少数者が食べ物や土地を独占することはありません。
それでは、この社会で欠けているものは、一体なんでしょう。
豊かで、また厳しい大自然のもとで、欠けているものとは、中長期間、蓄積可能な水や食糧です。
ただし、この社会のみが、みんなではたらき、みんなで平等に分ける社会と言えそうです。
だからこそ、人間関係では、互いの生存権を認め合いつつ、自分らしさを表現する自由がありました。
これはほんものの自由です。
哲学冒険家 海土遊森 第8話 欠けているものに気づく A
こんにちは。海土遊森 かいと・ゆうしんです。
前回は、原始共同体で欠けているもの、みんなではたらき、みんなで平等に分けること、ほんものの自由などについて考えてみました。
今日は次の社会、奴隷制社会で欠けているものを考えてみましょう。
その前に、奴隷制社会で奴隷所有者は、どんな思いや夢を持っていたのでしょうか。
数千人、数万人、数十万人の奴隷を所有し、満足していたのかもしれません。
また、合わせて自分自身と家族の食糧の膨大な蓄積、私有財産の膨大な蓄積があったのではないでしょうか。
彼、あるいは彼女の哲学は、「神は自分自身であり、自分は神である」、「私自身が法律であり、私が法律を決定する」という哲学ではなかったでしょうか。
彼らの夢は、一体なんでしょうか。
そうです。「隣の芝生は青かった」です。
つまり、あの土地も、奴隷も財産も欲しいという夢、あるいは野望です。
それでは次に、奴隷たちの想いや夢を想像してみましょう。
奴隷たちは、家畜として早朝から深夜まではたらかされます。
どれぐらいの奴隷たちの子どもや若者、おとなたちがころされたことでしょうか。
逃亡しないように、またしっかりはたらいているかどうか、見張りが常についています。
賃金、給料は一円もありません。
彼らにとって、欠けているものは何でしょうか。
原始共同体社会にあった、生存権とほんものの自由です。
やがて奴隷達は自らの解放とほんものの平等・自由を求めて、立ち上がることとなります。
哲学冒険家 かいと・ゆうしん 第9話 欠けているものに気づく B
寒中お見舞い
申し上げます
海土遊森 かいと・ゆうしんです。
今日は、人類史の封建制社会をのぞいてみましょう。
封建制社会で欠けているものは、なんでしょうか。
奴隷と農奴との違いはありますが、基本的には奴隷制社会と同様と言えそうです。
つまり、農奴の生存権やほんものの自由が欠けています。
逆に、封建領主および君主は、自分勝手で強欲な自由を獲得している社会です。
農奴は毎日、早朝から夜は遅くまで働かされます。
実は、これらの農奴たちの主な労働が、封建制社会を生きる人々の生活を支えています。
その上、彼らは土地に縛られ、生産したものの、そのほとんどを年貢として領主から奪われます。
合わせて、農奴やその家族が逃げ出さないように、常に領主は見張りをつけています。
また、人間としての権利の、そのほとんどを奪われます。
現代社会では土地にしばられるのではなく、会社にしばられて、過労死があり、また貧富の格差とその拡大という重大な矛盾とビッグ テーマがあります。
それでは、次回をお楽しみに。
哲学冒険家 かいと・ゆうしん 第10話 欠けているものに気づく C
こんにちは。海土遊森です。
今日は、民主主義革命って、どんな革命かを考えてみませんか。
封建制度が終わる頃になると、産業革命が起こり、そのつぎは資本主義社会の誕生と思う皆さんも多いのではないでしょうか。
ところが、多くの国々では封建制社会の終焉では、民主主義革命が起こります。
これを市民革命、ブルジョア民主主義革命とも言います。
イギリスにおけるピューリタン革命(清教徒革命)、名誉革命、アメリカ独立革命、フランス革命は、民主主義革命です。
新興市民階級と農民、労働者がまとまり、絶対王政とたたかい、市民階級、農民が勝利を勝ち取ります。
これは、人類史における民主主義実現の第一歩となります。
なぜ、民主主義革命は起こったのでしょうか。
それは絶対王政の独裁、横暴の中で、これから大きくなろうとしている新興市民階級の貿易の自由や生産活動の自由を奪ったり、干渉したことが主な原因です。
大切な点は、民主主義革命がはたらく農民や労働者の自由や民主主義実現とも深くリンクしていることです。
この時代で欠けているものとは、はたらく国民の自由と民主主義です。
そしてまた、新興市民階級の経済活動の自由です。
次回の話は、いよいよ資本主義社会に突入します。
哲学冒険家 かいと・ゆうしん 第11話 欠けているものに気づく D
こんにちは。海土遊森 かいと・ゆうしんです。
民主主義革命、産業革命を多くの国が達成すると、いよいよ資本主義社会の誕生です。
そうです。私たちがいま、生きて、もがいている社会です。
今日は、資本主義社会で欠けているものをのぞいてみませんか。
とは言うものの、産業革命を通して、資本主義社会の生産力は飛躍的な成熟発展の道をたどります。このことは資本家階級にとっての自由拡大と言うこととなります。
経済活動の自由およびはたらく国民の賃金を決定する自由、国民の自由を制限する自由もまた、資本家階級は獲得することとなります。
逆に、はたらく国民のそのほとんどである労働者階級はどうなっているのでしょうか。
産業革命当時や資本主義成立期の子どもたちの生活を見てみましょう。
これまでの農業の手伝いから、都会へ移り住み、8歳、9歳の幼い子どもたちは早朝から夜遅くまで工場ではたらかされて、過労により老人のような顔になり、死んでゆき
ました。
世界で、どれぐらいの子どもたちが強制労働により、殺されていったのでしょうか。
もちろん、女性たちや青年たち、おとなたちもその例外ではありません。
今日21世紀に入っても、基本的には、子どもたち、青年、女性、おとなたちの「はたらき方」と貧富の格差、子どもの貧困率、女性差別等は現存し続けています。
この社会もまた「みんなではたらき、みんなで平等に分けない社会」です。
貧富の格差や過労死、自然破壊などは、ここから生まれて起こることです。
資本主義社会で欠けているものとは、庶民、国民の生存権です。
合わせて、日々はたらく国民の、ほんものの自由、ほんものの民主主義です。
また、欠けているものとは、自然破壊や公害、原発再稼働を国民的にコントロールする自由です。
哲学冒険家 かいと・ゆうしん 第12話 欠けているものに気づく E
こんにちは。海土遊森 かいと・ゆうしんです。
今回は、「欠けているものに気づく」の最終回です。
原始共同体社会は、みんなではたらき、みんなで平等にわける社会です。
ところが、奴隷制、封建制、資本主義社会は、みんなではたらき、みんなで平等に分けない社会です。合わせて生産力の発展、生産関係=社会のしくみは、変化・発展してきました。
現代社会を生きる私たちにとって、宇宙・自然・地球環境を守りつつ、欠けているものに気づくことがいま、求められているのではないでしょうか。
世界中のジャングルや森林が減少し、温暖化も進行しています。
これは私たちの父母である自然がおこなっているのではなく、人間がおこなっています。
貧富の格差増大、税金のムダ遣い、税金の世界中へのバラマキ、武器輸出自由化、戦争政策は人間が私利私欲にまみれておこなっていることです。
いま、人間が欠けているものに気づき、はたらく庶民・国民のほんものの自由やほんものの民主主義実現への大道へ向かうときなのかもしれません。
それが人間性回復への道になるのではないでしょうか。
このように、欠けているものに気づくことと未来図を創造することが不可欠となる時代にさしかかってきたのではないでしょうか。
哲学冒険家 かいと・ゆうしん 第13話 自分らしさを磨き輝かせる
こんにちは。海土遊森です。
今日は、「自分らしさ」とは、どのようにして生まれてくるのかを考えてみませんか。
もちろん、個性の誕生と深くリンクしています。
人間はひとり一人、DNAが異なって生まれてきますが、その後は家族や社会、自然などの環境から大きな影響を受けることとなります。
たとえば、その人が誕生した時に、戦争が起こり、親子が空襲によって、あっけなく殺されてしまうということも、多くの歴史が示しています。
また、その人が誕生したときに、人間と社会が平和を築き始めたとすると、その親子は殺されるのではなく、生き続けることのできる、可能性が生まれます。
さらに、その生き続けることのできた、幼い子どもが原発再稼働により事故を起こし、放射能を浴びて、殺されるということもあり得ます。
また、逆に原発再稼働をストップさせることにより、その子どもと両親、地域の人々、日本人が生き続けることができる可能性も生まれてきます。
さらに学校・教育に目を転じてみましょう。
その国の文部省や文化省などが教育、文化全般に予算を削減するのではなく、充実させることにより、人間の環境がより豊かなものになります。
また、地域の文化や伝統を守り、受け継ぐ環境がととのうことにより、人間の成熟、円熟も実現されるのではないでしょうか。
このように見てまいりますと、環境による影響、自然環境を保護しようとする力、地域の人々の力、父母・保護者たちの力、平和を築く人々の力、つまり主権者=国民の
力が、人間の生存権保障や人間ひとり一人の「自分らしさ」を育む力の土台になっているようです。
哲学冒険家 海土遊森 第14話 歴史を動かす原動力の原動力
こんにちは。自分を変える哲学冒険のかいと・ゆうしんです。
すっかり寒くなりましたが、皆さんの地域はいかがでしょうか。
大雪の北海道、東北、北陸等の皆さんお見舞い申し上げます。
今日は、歴史を動かす人間の力について考えてみませんか。
歴史を動かす原動力には、二つあります。
まず、始めの原動力は、意識とそこから生まれる国民的運動=国民的実践です。
意識・自覚と言ってもいいでしょう。
この意識と国民的実践により、人間は歴史を動かし、つくりあげることができます。
それでは、その意識は何によって生まれるのでしょうか。
なにも無いところから、意識や自覚が生まれてくることはないでしょう。
そうです。現実です。
現実の社会、つまり地球温暖化、自然破壊、日本の自給率低下、貧富の格差拡大、子どもの貧困化、過労死、ブラックバイト、ブラック企業の横暴、武器輸出=大量殺人
兵器増大、米軍基地の存在、戦争政策、金権腐敗政治の横行、多様性の無理解などの厳しい現実が、横たわっています。
この現実こそが、二番目の原動力です。
この現実を直視し、現実から深く学び、地域での学習研究会や全国的な学習研究会を通して、国民運動をつくりあげてゆくことが、いま求められています。
そこから、歴史は動き始めます。
そこから、未来は創られます。
哲学冒険家 海土遊森 第15話 七つの真理 @
こんにちは。海土遊森です。
いよいよ今日から、ご一緒に真理について探検してみましょう。
「地球は楕円形」、「地球は公転し、自転している」。
りんごを、手から離せば、ニュートン古典力学のとおり、落下します。
人は、生まれて、多くの人々から喜ばれ、ジグザク道を一所懸命に生きて、やがて姿を変えて、この世を去ってゆきます。そのとき、多くの人々が悲しい涙で送ってくれます。
これらは真理です。
それも、具体的な真理です。
それでは、もう少し、大きく俯瞰(ふかん)してみましょう。
私のオリジナルです。
七つの真理を考えました。
一つ目は、『万物一体ホニャララ論』です。
みんな、つながっています。すべてのものが、つながっています。
私たちは両親や二組の祖父母から生まれました。
また自然から、宇宙から誕生しました。
また、人間の成長、成熟、円熟にとって、環境は見逃すことのできない大きな影響を持っています。
もちろん、「私自身」の積極果敢な生き方もまた不可欠でしょう。
過労死、どもたちの貧困化、保育園の減少、教育費の削減、社会保障費の削減、軍事費の増大、国会、都道府県議会でのムダ遣い、諸外国への安倍晋三首相の税金のバラ
まき、自然破壊など、すべてのテーマは、つながっています。
この地球に誕生した「私」がどう生きてゆくのか、ともつながっています。
哲学冒険家 かいと・ゆうしん 第16話 七つの真理 A
こんにちは。自分を変える哲学冒険のかいと・ゆうしんです。
今日は、七つの真理の二回目です。
『運動大好きピョンピョン論』です。
世界、つまり宇宙史や自然史、生物史や人類史で変化・運動しないものはありますか。
ミクロの世界、マクロの世界でも、変化・運動しないものはありません。
人類史でも、常に変化・運動は続いています。
問題は変化・運動を頭の片隅に置きつつ、その変化・運動を貫くダイアログ(流れ)を見つめることです。
そのダイアログを法則、自然法則、人類史の成熟発展法則とも言います。
学問における、自然科学、社会科学のことです。
私たちの「からだ」もまた、変化・運動を日々しています。
バランスのとれた食事や充分な睡眠とともに、運動も欠かせません。
心臓や骨格に負荷をかけることは、心臓や骨格を鍛えることにもつながります。
脳の運動も、お忘れなく。
そうそう、運動だらけですね。
運動が苦手な皆さんも、少しずつでも、からだを動かしてはいかがでしょう。
歩くのもよし、ゆっくりのジョギングもよしです。
哲学冒険家 かいと・ゆうしん 第17話 七つの真理 B
こんにちは。海土遊森です。
今日は、真理についての三回目です。
「もとのものだよクオーク論」です。
私のルーツ、人類史のルーツ、自然と宇宙のルーツをさぐってみましょう。
そのことは、マクロの世界を見ながら、ミクロの世界を見つめることにもつながります。
私たちの両親である自然や宇宙というマクロの世界を見つめつつ、宇宙や自然、人間は何で、できているのか、というミクロの世界を見つめたいものです。
現在では、クオークが、もとのものと言えそうです。
クオークの研究がさらに進むことにより、人間による真理の探究は終わりのない「遥かな旅」に向かうこととなります。
ここで大切なことは、もとのものが精神、観念、霊魂ではなく、物質であるということです。つまり、精神、観念、霊魂は生物の物質である、脳の成熟発展がかなり進んだ段階において初めて、誕生するということです。
物質が本源であるという学説を唯物論と言います。
逆に、精神が本源であるという学説を観念論と言います。
つまり、唯物論は、もとのものは物質であり、その後、成熟発展の歴史の中で、精神、観念が誕生すると言います。
観念論は、もとのものは精神、観念であり、その後、物質が誕生すると言います。
哲学の歴史は、唯物論と観念論の長いたたかいの歴史とも言えます。
皆さん、すこし、頭が痛くなりましたか。
いろいろな辞書で唯物論、観念論を検索してみてください。
その後、この第17話を、いま一度お読みください。
哲学冒険家 海土遊森 第十8話 七つの真理 C
こんにちは。かいと・ゆうしんです。
今日は、『歴史のないものはないんだ論』をご一緒に考えてみませんか。
歴史のないものはありません。
「水の一生」、「小石の一生」、「蝉の一生」、「私の人生」、「世界の一人ひとりの人生」等と、歴史は存在し、現在と未来を結び付けています。
そのもののルーツや歴史に目を向けないと、どうなりますか。
現実をより正確につかむことも、未来図を描くことも、難しくなります。
それどころか、不正確な歴史観、不正確な自然観、現代社会観を身に着け、、曖昧模糊とした未来図を描くこととなります。
それでは、どうすればいいでしょうか。
自然科学者や社会科学者などの研究者の話を聴いたり、本を読み、考えることがいいのではないでしょうか。
そこから、「私の歴史観」を創造し、さらにその歴史観を軌道修正してゆけばいいのではないでしょうか。 第19話 七つの真理 D
こんにちは。海土遊森です。
インフルエンザや風邪が流行っているので、十分、互いに気を付けたいものですね。
お大事にしてください。
今日は、「本質のないものはないんだ論」について、考えてみましょう。
すべてのものごとには、その中に性質や本質を持っています。
たとえば、人間の本質と特徴を見ましょう。
1 自然に対して、はたらきかけて、生活をすること。つまり、はたらくことです。
これを実践しなければ、生きてゆけません、食べてゆけません。
自然にたいしてのはたらきかけ、つまりはたらくことにより、人類は成長、成熟発展してきました。
2 自分以外の人間に、はたらきかけること、コミュニケーションです。
これも、なくてはならないことです。
よく人間は、社会的存在と言われます。
互いにコミュニケーションをとりつつ、遊んだり、仕事をしたりしています。
3 考えるものとしての人間。
人は、理性のみの存在ではありません。
感性と理性のコラボレーションがありますが、ベースにあるものは感覚、感性です。
感性と理性の両方を磨きたいものですね。
また、原始共同体、奴隷制、封建制、資本主義社会、これらにも、その社会の本質があります。
いま、私たちが生きている資本主義社会の本質を見極めたいものです。
哲学冒険家 かいと・ゆうしん 第20話 七つの真理 E
こんにちは。かいと・ゆうしんです。
寒さもこれからですが、懐(ふところ)の寒さも身に沁みますね。ナンチャッて。
今回と次回の二回で、この掲示板を終わります。
ちょっぴりさみしい感もありますが、どこかでお目にかかることも、あるかもしれません。
今回は、「写し写され反映論」を考えてみたいと思います。
私たち人間は、自然や社会、他者から小さな影響、大きな影響を受けています。
同時に、自然や社会、他者へ、小さな影響、大きな影響を与えています。
ふしぎですね。
それでは、自然界と人間社会を見てみましょう。
海水は太陽の光と熱により、熱せられます。
海岸の砂も、岩も、太陽の光と熱により、熱せられます。
そして、人間もまた、太陽の光と熱により、日焼けをします。
これらを反映と呼びます。
反映は、これだけでしょうか。
青い山々をみて、紺碧の空や海を見て、雄大なジャングルや森を見て、人間はどうなりますか。
そのとおりです。感銘を受けたり、自然のとりこになることもあります。
逆に、他者に対して、日常的に小さな影響、大きな影響も与えているのです。
人間の意識、こころ、精神活動もまた、反映です。
このことを、私は『写し写され反映論』と呼んでいます。
哲学冒険家 かいと・ゆうしん 第21話 七つの真理 F 最終回
こんにちは。海土遊森です。
最後の掲示板投稿となりました。
今日は、「成熟発展スパイラル論」を、一緒に考えてみましょう。
人間の青春も、人生も、ジグザグなデコボコ道を進んでゆくようなものです。登り坂、下り坂、「まさか」もあるかもしれません。
スパイラルとは、螺旋状の、という意味です。
宇宙も、自然、生物史、人類史、私の人生もまた、スパイラルに、デコボコ道を進みつつ、発達、成熟、円熟してゆきます。
もちろん、一進一退もあります。
遊びも、学習、研究、人生もまた、同じところでぐるぐる回っているように思ってしまうかもしれませんが、そこには発達、成熟、円熟があります。
こつこつと、学び、こつこつとからだを動かすこと、こつこつと楽器を習うことも、お勧めしたいことの一つです。
これで、『自分を変えると気持ちいい』を終了します。
また、どこかでお会いすることを、いまから楽しみにしています。
お元気でお過ごしください。
最後になりますが、機会がありましたら、「おもしろ哲学 未華(みか)の冒険」を検索していただけましたら、うれしいです。
さようなら。 哲学冒険家 海土遊森 お疲れ様でした。
私自身も新しい気づきがあり、楽しかったです。 ttp://video.fc2.com/ja/a/content/201109235E2rLknp/ ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています