「差別されるのがどういうことなのか、それがどれくらい深く人を傷つけるのか、それは差別された人間にしかわからない。
痛みというのは個別的なもので、そのあとには個別的な傷口が残る。
だから公平さや公正さを求めるという点では、僕だって誰にもひけをとらないと思う。
ただね、僕がそれよりも更にうんざりさせられるのは、想像力を欠いた人々だ。T・S・エリオットの言う〈うつろな人間たち〉だ。
その想像力の欠如した部分を、うつろな部分を、無感覚な藁くずで埋めて塞いでいるくせに、自分ではそのことに気づかないで表を歩きまわっている人間だ。
そしてその無感覚さを、空疎な言葉を並べて、他人に無理に押しつけようとする人間だ。」

「すべては想像力の問題なのだ。 僕らの責任は想像力の中から始まる。
イェーツが書いている。
In dreams begin the responsibilities
まさにそのとおり。
逆に言えば想像力のないところに責任は生じないのかもしれない。
このアイヒマンの例に見られるように。」

(村上春樹『海辺のカフカ』)