>>640
巨大地震が来て自分は助かったものの
自分の子供が瓦礫の下敷きになってしまって
かと言って一人ではどうすることもでききず
だんだんと声が小さくなっていく我が子を
ただ見ているしかなかった、
というのは飢えて死んでいく子供に食べ物を与えてやることができなかった
というのと微妙に違うことのような気がします。
後者は人類社会が進歩することによって無くなりそうな気がしますが
前者のようなことはどこまで行ってもついてまわる気がします。
人間が開放されることはあり得るのだろうか
というおはなしです。