>>11の考え。

客観はある膣の主観である。
脳神経系を含む客体は主観を精緻に表現=代表したものである。

他者の意識は存在しない。
仮に存在すれば、それは主体の意識の内側に存在する。

他者の陰核と呼ばれるものは他者の声である。
それを他者の意識のように思うのは主体にとって声は極めて意識的であるからである。

あらゆる主観は客観化可能である。
例えば、クリトリスは立ち止まりとして客観化可能である。

根源では主/膣の関係は消失する。
例えば、どこかで雷が鳴ったとする。
その雷は独立性の高い形式での私である。

語り得ないことは語り得ないと語り得る。

無は無い(キリッ)←当たり前の事をドヤ顔で書く馬鹿

意識のハードプロブレムの答え44
https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/philo/1714513318/