>想像力と知力が貧困な者は、ニューロンレベル
>の信号を交信できるメリットを
>理解できない。
>哀れ。

つまり、実は哀れにもニューロンで信号を交信するメリットとクオリアを交信するメリットの違いをどう理解できたのか論理的に根拠を示せていないのを棚に上げてる、自分は知力と想像力が豊かで理解していると思い込んでるだけの側だけどね。


>これを実現すると、
妄想力が豊で知力が貧弱すぎていきなり実現
したことにしてるけど、クオリアの普遍性とは?
論理的にクオリアの普遍性とやらを確認可能な理論はどこにもないな。

?クオリアの普遍性が確認できる。
 −「赤」は誰にとっても、"その"赤だった。

その赤w誰にとってもニューロンで信号交信するまでもなく、その赤は誰にとっても物理的にその赤なんだが、頭大丈夫か。

> −「痛み」は誰にとっても、"その"痛みだった。
?通常の自然科学の観察と同様な「客観性」が得られる。

ちなみにクオリアが同じであるかsensusが同じであるか、どうやって違いを客観的に計れていると証明するつもり?
「そうそう、今君が頭痛くてズキズキするその痛みは僕の頭の痛さと同じだよw」という主観的な告白をマヌケにも信じましょうってことか?
さすがに知力と想像力が豊かな者ならそこまで哀れな馬鹿じゃないよな?

 >−ある運動を多くのものが観察する。あるクオリアを多くのものが観察する。
?法則を導くに際しては、「繰り返しの観察」に耐えるものになる。
 −仮説と検証のサイクルが回せる。

アホ草