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これね

レッドアローとスターハウス「おわりに」より

 たまプラーザは東急田園都市線の沿線にあり、多摩田園都市の中核として東急が計画した街である。
駅ができたのは66年4月で、中央線や西武線の駅に比べるとずっと新しい。
このため、両線にとっての60年安保闘争のような、沿線住民の共通体験を持っていない。
 東急は、集合住宅の建設を制限しつつ、長い時間をかけて丘陵地帯をゆっくりと開発し、アッパーミドルの住む一戸建主体の郊外を沿線に作ってきた。
総戸数を1,300戸以下におさえた公団のたまプラーザ団地ですら3DK以上の全戸分譲で、当初は自治会もなかった。
はじめから東急沿線に住みたい人が住んでいるため、私鉄会社や自治体と敵対関係になりづらいという特徴がある。

中央線沿線ほど地域自治が活発でなく、政治意識は新保守主義的で、76年以降、自民党から分かれた新自由クラブの地盤となる。

三浦展は、「1980年代の田園都市線沿線およびその周辺地域は、『金妻』の街として、
つまりアメリカ的な郊外中流生活をいち早く実現した、非常に生活満足度の高い理想の郊外としての地位を確立しつつあった」(『団塊世代の戦後史』、文春文庫、2007年)と述べている。
現在では、みんなの党の地盤となっている。

 一方、本書が考察の対象とした西武沿線のひばりが丘団地や滝山団地では、自治会の活動が非常に活発であったが、
住民の不満は地元自治体よりもむしろ、西武鉄道や公団、そして自民党政府へと向かった。
60年安保闘争に見られたように、中央線沿線と共振する政治風土を有しつつも、社会主義イデオロギーの根強さを、ここに見いだすことができる。
団地の黄金時代を過ぎても、住民が変わらぬ思想をずっともち続けたのである。

こうした東京西部の違いは、トクヴィルが『アメリカのデモクラシー』で描くマサチューセッツ州とニューヨーク州、あるいはペンシルベニア州の違いに匹敵するであろう。

原武史