煙草にアンパンマンを印刷したら喫煙率下がるだろ [無断転載禁止]©2ch.net
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11HOY 新公は半ば嘲るやうに、又半ば訝るやうに、彼女の顔を眺めたなり、やつと短銃の先を下げた。 一瞬間彼女の心の中には、憎しみ、怒り、嫌悪、悲哀、その外いろいろの感情がごつたに燃え立つて来たらしかつた。 新公はさう云ふ彼女の変化に注意深い目を配りながら、横歩きに彼女の後ろへ廻ると茶の間の障子を明け放つた。 が、立ち退いた跡と云ふ条、取り残した茶箪笥や長火鉢は、その中にもはつきり見る事が出来た。 新公は其処に佇んだ儘、かすかに汗ばんでゐるらしい、お富の襟もとへ目を落した。 するとそれを感じたのか、お富は体を捻るやうに、後ろにゐる新公の顔を見上げた。 彼女の顔にはもう何時の間にか、さつきと少しも変らない、活き活きした色が返つてゐた。 しかし新公は狼狽したやうに、妙な瞬きを一つしながら、いきなり又猫へ短銃を向けた。 お富は彼を止めると同時に、手の中の剃刀を板の間へ落した。 が、突然立ち上ると、ふて腐れた女のするやうに、さつさと茶の間へはひつて行つた。 新公は彼女の諦めの好いのに、多少驚いた容子だつた。 おまけに雲の間には、夕日の光でもさし出したのか、薄暗かつた台所も、だんだん明るさを加へて行つた。 新公はその中に佇みながら、茶の間のけはひに聞き入つてゐた。 新公はちよいとためらつた後、薄明るい茶の間へ足を入れた。 茶の間のまん中にはお富が一人、袖に顔を蔽つた儘、ぢつと仰向けに横たはつてゐた。 新公はその姿を見るが早いか、逃げるやうに台所へ引き返した。 それは嫌悪のやうにも見えれば、恥ぢたやうにも見える色だつた。 彼は板の間へ出たと思ふと、まだ茶の間へ背を向けたなり、突然苦しさうに笑ひ出した。 何分かの後、懐に猫を入れたお富は、もう傘を片手にしながら、破れ筵を敷いた新公と、気軽に何か話してゐた。 わたしは少しお前さんに、訊きたい事があるんですがね。――」 新公はまだ間が悪さうに、お富の顔を見ないやうにしてゐた。 まあ肌身を任せると云へば、女の一生ぢや大変な事だ。 それをお富さん、お前さんは、その猫の命と懸け替に、―― こいつはどうもお前さんにしちや、乱暴すぎるぢやありませんか?」 「それとも又お前さんは、近所でも評判の主人思ひだ。 三毛が殺されたとなつた日にや、この家の上さんに申し訣がない。―― お富は小首を傾けながら、遠い所でも見るやうな目をした。 唯あの時はああしないと、何だかすまない気がしたのさ。」 更に又何分かの後、一人になつた新公は、古湯帷子の膝を抱いた儘、ぼんやり台所に坐つてゐた。 暮色は疎らな雨の音の中に、だんだん此処へも迫つて来た。 と思ふと上野の鐘が、一杵づつ雨雲にこもりながら、重苦しい音を拡げ始めた。 新公はその音に驚いたやうに、ひつそりしたあたりを見廻した。 それから手さぐりに流し元へ下りると、柄杓になみなみと水を酌んだ。 「村上新三郎源の繁光、今日だけは一本やられたな。」 彼はさう呟きざま、うまさうに黄昏の水を飲んだ。…… 明治二十三年三月二十六日、お富は夫や三人の子供と、上野の広小路を歩いてゐた。 その日は丁度竹の台に、第三回内国博覧会の開会式が催される当日だつた。 だから広小路の人通りは、殆ど押し返さないばかりだつた。 其処へ上野の方からは、開会式の帰りらしい馬車や人力車の行列が、しつきりなしに流れて来た。 前田正名、田口卯吉、渋沢栄一、辻新次、岡倉覚三、下条正雄―― その馬車や人力車の客には、さう云ふ人々も交つてゐた。 五つになる次男を抱いた夫は、袂に長男を縋らせた儘、目まぐるしい往来の人通りをよけよけ、時々ちよいと心配さうに、後ろのお富を振り返つた。 お富は長女の手をひきながら、その度に晴れやかな微笑を見せた。 彼女は明治四五年頃に、古河屋政兵衛の甥に当る、今の夫と結婚した。 夫はその頃は横浜に、今は銀座の何丁目かに、小さい時計屋の店を出してゐた。…… その時丁度さしかかつた、二頭立ちの馬車の中には、新公が悠々と坐つてゐた。 尤も今の新公の体は、駝鳥の羽根の前立だの、厳めしい金モオルの飾緒だの、大小幾つかの勲章だの、いろいろの名誉の標章に埋まつてゐるやうなものだつた。 しかし半白の髯の間に、こちらを見てゐる赭ら顔は、往年の乞食に違ひなかつた。 顔のせゐか、言葉のせゐか、それとも持つてゐた短銃のせゐか、兎に角わかつてはゐたのだつた。 二十年以前の雨の日の記憶は、この瞬間お富の心に、切ない程はつきり浮んで来た。 彼女はあの日無分別にも、一匹の猫を救ふ為に、新公に体を任さうとした。 新公は亦さう云ふ羽目にも、彼女が投げ出した体には、指さへ触れる事を肯じなかつた。 が、知らないのにも関らず、それらは皆お富には、当然すぎる程当然だつた。 彼女は馬車とすれ違ひながら、何か心の伸びるやうな気がした。 新公の馬車の通り過ぎた時、夫は人ごみの間から、又お富を振り返つた。 彼女はやはりその顔を見ると、何事もないやうに頬笑んで見せた。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています