煙草にアンパンマンを印刷したら喫煙率下がるだろ [無断転載禁止]©2ch.net
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いつか泣いていた慎太郎は、菊の花びらが皆なくなるまで、剛情に姉と一本の花簪を奪い合った。 しかし頭のどこかには、実母のない姉の心もちが不思議なくらい鮮に映っているような気がしながら。―― 誰かが音のしないように、暗い梯子を上って来る。―― と思うと美津が上り口から、そっとこちらへ声をかけた。 眠っていると思った賢造は、すぐに枕から頭を擡げた。 父が二階を下りて行った後、慎太郎は大きな眼を明いたまま、家中の物音にでも聞き入るように、じっと体を硬ばらせていた。 すると何故かその間に、現在の気もちとは縁の遠い、こう云う平和な思い出が、はっきり頭へ浮んで来た。 これもまだ小学校にいた時分、彼は一人母につれられて、谷中の墓地へ墓参りに行った。 墓地の松や生垣の中には、辛夷の花が白らんでいる、天気の好い日曜の午過ぎだった。 母は小さな墓の前に来ると、これがお父さんの御墓だと教えた。 が、彼はその前に立って、ちょいと御時宜をしただけだった。 彼は顔を知らない父に、漠然とした親しみを感じていた。 が、この憐な石塔には、何の感情も起らないのだった。 するとどこかその近所に、空気銃を打ったらしい音が聞えた。 慎太郎は母を後に残して、音のした方へ出かけて行った。 生垣を一つ大廻りに廻ると、路幅の狭い往来へ出る、―― そこに彼よりも大きな子供が弟らしい二人と一しょに、空気銃を片手に下げたなり、何の木か木の芽の煙った梢を残惜しそうに見上げていた。―― その時また彼の耳には、誰かの梯子を上って来る音がみしりみしり聞え出した。 「今お母さんが用だって云うからね、ちょいと下へ行って来たんだ。」 父は沈んだ声を出しながら、もとの蒲団の上へ横になった。 「何、用って云った所が、ただ明日工場へ行くんなら、箪笥の上の抽斗に単衣物があるって云うだけなんだ。」 今なんぞも行って見ると、やっぱり随分苦しいらしいよ。 おまけに頭も痛いとか云ってね、始終首を動かしているんだ。」 「戸沢さんにまた注射でもして貰っちゃどうでしょう?」 どうせいけなけりゃいけないまでも、苦しみだけはもう少し楽にしてやりたいと思うがね。」 賢造はじっと暗い中に、慎太郎の顔を眺めるらしかった。 慎太郎は父と向き合ったまま、黙っているのが苦しくなった。 父はこう云いかけると、急にまた枕から頭を擡げて、耳を澄ますようなけはいをさせた。 今度は梯子の中段から、お絹が忍びやかに声をかけた。 父はさっさとお絹の後から、もう一度梯子を下りて行った。 慎太郎は床の上に、しばらくあぐらをかいていたが、やがて立ち上って電燈をともした。 それからまた坐ったまま、電燈の眩しい光の中に、茫然とあたりを眺め廻した。 母が父を呼びによこすのは、用があるなしに関らず、実はただ父に床の側へ来ていて貰いたいせいかも知れない。―― すると字を書いた罫紙が一枚、机の下に落ちているのが偶然彼の眼を捉えた。 慎太郎はその罫紙を抛り出すと、両手を頭の後に廻しながら、蒲団の上へ仰向けになった。 そうして一瞬間、眼の涼しい美津の顔をありあり思い浮べた。………… 慎太郎がふと眼をさますと、もう窓の戸の隙間も薄白くなった二階には、姉のお絹と賢造とが何か小声に話していた。 賢造はお絹にこう云ったなり、忙しそうに梯子を下りて行った。 窓の外では屋根瓦に、滝の落ちるような音がしていた。 慎太郎はそう思いながら、早速寝間着を着換えにかかった。 すると帯を解いていたお絹が、やや皮肉に彼へ声をかけた。 「自分じゃよく寝たって云うんだけれど、何だか側で見ていたんじゃ、五分もほんとうに寝なかったようだわ。 もう着換えのすんだ慎太郎は、梯子の上り口に佇んでいた。 そこから見える台所のさきには、美津が裾を端折ったまま、雑巾か何かかけている。―― それが彼等の話し声がすると、急に端折っていた裾を下した。 彼は真鍮の手すりへ手をやったなり、何だかそこへ下りて行くのが憚られるような心もちがした。 慎太郎は美津がいなくなってから、ゆっくり梯子を下りて行った。 五分の後、彼が病室へ来て見ると、戸沢はちょうどジキタミンの注射をすませた所だった。 母は枕もとの看護婦に、後の手当をして貰いながら、昨夜父が云った通り、絶えず白い括り枕の上に、櫛巻きの頭を動かしていた。 戸沢の側に坐っていた父は声高に母へそう云ってから、彼にちょいと目くばせをした。 そこには洋一が腕組みをしたまま、ぼんやり母の顔を見守っていた。 慎太郎は父の云いつけ通り、両手の掌に母の手を抑えた。 母の手は冷たい脂汗に、気味悪くじっとり沾っていた。 母は彼の顔を見ると、頷くような眼を見せたが、すぐにその眼を戸沢へやって、 レス数が950を超えています。1000を超えると書き込みができなくなります。