ヒッピーって昔あったけどさ [無断転載禁止]©2ch.net

1名無しさん@社会人2017/08/17(木) 13:34:37.94
あれが当時社会の何の役に立ったの?
ジェンダーフリーの先駆けだったという事くらいしか分からない。

2名無しさん@社会人2017/08/25(金) 19:34:58.71
金持ちの道楽でしょう。

3名無しさん@社会人2017/08/25(金) 19:38:15.56
時代文化の一種。ベトナム戦争も、暴力的な反戦もイヤだ! という若い人たちが、大金持ちの土地提供を受けて自然志向・東洋志向のコミュニティを立ち上げた。
のちに追い出しを喰らうが、自然豊かな別の地か、都会の中で文化・社会活動をするかで生き延びた。
そのころは中間階級向き福祉は今より充実し、教育も大衆に拡大、階層格差も今より小さかった。
フォード型システムが生きており、雇用も安定していた。

4名無しさん@社会人2017/09/06(水) 19:58:17.50
役に立たないと存在しないかのような想定がまずおかしい

5名無しさん@社会人2018/02/14(水) 23:48:42.92
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暇な人は見てみるといいかもしれません
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6名無しさん@社会人2019/08/21(水) 23:00:31.76
イルミナティとヒッピーは関係が深い

7名無しさん@社会人2020/05/19(火) 21:29:09.72

8名無しさん@社会人2020/05/21(木) 18:18:26.86
>>7
全盛期(6-70年代)は過ぎたけれどね。存続組、新規参入組もいるのだろう。

あの頃は広島を始め各地に吉田拓郎とかをやっているフォーク村があったり、NYのグリニッジ・ビレッジに芸術家村、
セーヌ左岸で談論風発、バグダッドカフェ、ウッドストック・フェスティバルと色々なコミュニティがあったものだ。

9名無しさん@社会人2020/05/22(金) 14:34:37.62
ヒッピーのコミュニティの逆説って、この世の複雑さと逆説性の手本だと思う。
最初の設立者らの意向としては、人種、障がいの有無、性別、性的指向を問わないオープンでリベラルでオルタナティブな世界を小さくとも実験的につくって運用していきたかった。
ところが、そこにやってくるのも残るのも大変は富裕な白人。
建て前は「誰とでも対等につきあう」なのに、最初はともかく5年10年すると、独裁者が牛耳る、官僚化する、経済的・技術的に自立できずよそで職業訓練するために脱退者続出。
黒人、ヒスパニック、ネイティブ、女性、障がい、LGBT等、マイノリティは、ほとんど来ない。または、すぐに立ち去って残らない。
「誰でも参加できます、嫌なら立ち去っても結構」と自由と民主と開放の共同体を作ってみたら、どれだけ金持ちの観念論だったかが明らかになった。
自然や田舎、未開屋前近代に憧れて集団で移住したら、一見牧歌的な辺鄙なところほど住民の結束固く、保守的な価値観と生き方優先で、コミュニティとしての自由も個性もつぶされる。
ヒッピーのスポンサーのお友達はお金持ち。なので、次の土地へ行く。
しかし、いきなり礼儀も捨てた好奇心とファンタジーしか見ていないインバウンドが大挙して押し寄せたら地元の人はいい気分はしない。
対立して、また引っ越し。
そんなことをするうちに不便な暮らしと貧窮に耐えられず自然消滅もあれば、
生き残ろう、またはそれを利用しようとしてカルト教団化、自己開発セミナー化していくケースも。
そうなると幹部メンバー以外は奴隷労働力、性の解放とか言って、要は性的虐待、搾取をやっていたのはマハリシ・マヘッシ・ヨーギの教団。他にどこがある?

10名無しさん@社会人2020/05/22(金) 14:45:25.92
>>9
それで、反省したら今度は、肉屋を破壊するなどヴィーガン過激派、動物の権利擁護のディープエコロジーに行く向きもある。
人種主義反対の急進派も同じ。それは、6-70年代に黒人や障がい者とヒッピーのコミュニティ通じて連帯しそびれた贖罪意識から来ているという観測もある。
なんだかなぁと思いますね。肉食や油の摂取も全否定、時には魚や乳製品も否定。
そういうのは必ず体調壊して、しばらくやると元の食生活に戻らないとやっていけないらしい。
そんな精進料理かお公家さん料理みたいなもの、最も肉体労働者に不向きだろうに。
精肉業界は、下流下層の裏社会も絡む危ない場。
日本なら同和、アメリカでもギャングと周辺化された労働者階級の働くところ。
それも分からない金持ちのリベラル坊ちゃん嬢ちゃんらが、仲間内の盛り上がりで人種主義反対、国人の命が危ない、アフロアメリカン、障がい者と白人・健常者が共存できる共同体をって。
いや、アクセスできるのはまずいいのよ。でも介護とか経済や技術の問題をクリアしないと、長続きしない。
たまの交流キャンプもいいし、隔離への悲しみも分かるけれど、中にはまぜるな危険というのもある。
それは、マジョリティ対マイノリティという構図だけじゃない。
各マイノリティグループ同士、同じマイノリティの中の利害や意見の対立、分裂をいかに処理するかも問題。
いや、最初のプランとしては魅力的だったんですよ。しかし迷走を重ねてここまで来た。
途中、インターネット文化を生み出す元にもなったのは、高く評価していい。

11名無しさん@社会人2020/06/03(水) 07:46:19.41
ヒッピー文化は、シャーロン・テート殺人事件をきっかけに退潮していく。
日本の学生運動におけるあさま山荘事件に匹敵する打撃を米のヒッピー文化に与えたも言われている。
元オウム真理教の坂本弁護士一家殺人事件の先駆けとも言える事件だと私は思う。

ヒッピーコミューンに、どこか反社的、半ばマフィアめいた奴らが入り込んで、当時盛んだったヒッピーやコミュニティの文化の外皮をかぶって利用した感じもする。
その後もヒッピーコミュニティも、ヒッピー系文化(バックパック貧乏旅行、ヒッピー的な音楽やファッション、インドのシタールやお香などアジア的・中世的イメージの文化)は、続くのだけれど。
その後、ヒッピーのコミュニティは、だいたい数年で消えると前に読んだ宗教関係の本には書いてあった。
「竹林の七賢」じゃないけれど、自然豊かな中でのオープンで誰でも対等なコミュニティなんて長続きするものじゃない。
どこかで日常に帰っていかないといけなくなる。
まぁ、ヒッピーのコミュニティもベトナム戦争と、過激化する反戦運動で荒れ果てたキャンパスからの緊急避難所みたいな性質もある。
特に当時、徴兵年齢だった10代後半から20代前半の人たちにとっては、自分や同じ年頃の人が正義のない戦争へ行く、帰ってきたらPTSDという事で、そこから自由になったり癒されたりする空間も必要だったのだろう。
当時のアメリカも、人種差別や厳格なキリスト教道徳、フォード型生産システムを基盤としたきつい規律があった。
そこでは、若い人が疑問や窮屈さを覚えて、別の世界を探検・模索したい気持ちも大きかったのだろう。
徴兵拒否運動、ベトナムの南北の分断国家化ももあいまって、国境を超え限界を乗り越えたい志向性も強まった。
今もネットの基本となる仕組みは、ヒッピー文化の延長の人たちが開発したわけだけれど、カルトに乗っ取られたようなものとはいえ、ずいぶん恐ろしい事件もあったものだね。

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