ノルマンディー地方に移住したヴァイキングの子孫についてだけど・・・

彼らの中にはイベリア半島のレコンキスタに参加した連中もいたけど,
南イタリアほどの大きな成果は得られなかったと聞いた事がある。
ブルゴーニュの公族の中には叔母のダンナであるカスティーリャ王
の誘いに応じてレコンキスタに参加し,ポルトゥカレ伯となった人が
いたけど,もしこれがブルゴーニュではなくノルマンディーの公族
だったら(=そのカスティーリャ王がノルマンディーの公族と結婚し
彼女の甥っ子とかに声をかけてたら),レコンキスタでノルマンディー
移住組が果たした役割は大きなものになってたんかなぁ・・・