【植民】ギリシア語圏・ギリシア文化圏【移民】
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ギリシア文明、ギリシア語圏、ギリシア文化圏、ギリシア人の歴史、影響等を語るスレです。 対象は、 ミノア文明やミケーネ文明、古代ギリシアおよびその植民地(トルコ西岸、イタリア南部、 シチリア、キプロス、黒海沿岸など)、マケドニア王国とその征服地、各地のアレクサンドリアや、 ペトラなど、ギリシア文化の影響が強く見られる都市、東ローマ帝国、ギリシア移民が多い都市、 世界各地のギリシア人街です。 ____ /__.))ノヽ .|ミ.l _ ._ i.) (^'ミ/.´・ .〈・ リ .しi r、_) | わしが育てた | `ニニ' / ノ `ー―i´ プトレマイオス朝のエジプトなんかも、含めていいんだよね? イスラム圏は、ある意味すべてギリシア文化圏のような。 それを言い出したら、ヨーロッパもアメリカも、ギリシア文化圏のような アレクサンドリアって、全部でいくつぐらいあるんだっけ? 今もアレクサンドリアと呼ばれているところって、エジプト以外にあったっけ? かつてアレクサンドリアと呼ばれていて、今は別の名前で呼ばれている都市は確か20幾つだったか。 ちなみに宇宙戦艦ヤマトが目指すのもアレクサンドリア >>9 >今もアレクサンドリアと呼ばれているところって、エジプト以外にあったっけ? アメリカにもあるよ 紀元前7世紀頃から殖民開始、紀元前5世紀に王国結成、6世紀に東ローマに併合の ボスポロス王国も歴史の長い国やねえ。おかげで遺跡は多いようですが アレクサンドリア、カイロ行ったついでに寄ろうかと思ったけど、なんの変哲もない村だと聞いて行くのやめた。 ちょっともったいなかったかも。 歴史に無知な人間のアドバイスは、あんまり聞かない方がいいかもね。 黒海沿岸って、一時期やたらギリシャ人勢力強かったよな。 敵がいなかったのか? >>16 フェニキア人とかこちらへはあんまし来て無いようにも見えるし海洋勢力としては 強かったのかな? スキタイとか敵が多かったからボスポロス王国を結成したようですが 「国の借金」について 日頃メディアや、反日工作員が必死になって「国の借金」という単語を使い 財政破綻論を展開させていますが、現実、現在の日本には「政府の借金」1000兆円近く存在いたしますが、 「国の借金」は存在いたしません。 朝日新聞やNHKは、雇い主である中国共産党より日本人に対して不安や政府に対する不信を持たせ、煽るために 局内の共産党員を使用して既に数十年間、「国の借金」を連呼し続けております。 <違和感なく「国の借金が1000兆円もある」という幻想に浸ってしまっている一般の方々は、朝日新聞やNHKに見事に騙されて続けている訳です> 数十年もテレビや新聞から情報を得てきた方々の中には、「メディアが嘘を付く訳ない」と思う、そう思いたい方もいるでしょう。 しかし、長い目で見れば、もともと戦前から日本を転覆させるために存在してきた報道機関ですから、 これくらいの嘘は朝飯前で御座います。 それでも、「国の借金は1000兆円ある」と考えをお持ちの方は、複式簿記の勉強をしてから、日本のバランスシートをご覧ください。 実質中国の広報機関であるNHK、朝日新聞は、これからも嘘を付き続けます。デマを流し続けます。捏造し続けます。 ---そのニュース 核心はヤラセだ 長文失礼いたしました。--- >>17 で、歴史好きの人間が行って面白い場所だった? >>11 実はアレクサンドリアは、アメリカに一番たくさんある。 よくアレクサンダー大王が世界を制服したと言うけど、連中にとって世界とは、ペルシャとその周りの国 ぐらいの認識だったんだろうな。 ペルシャが現在のアメリカみたいなもんで。 メソポタミア文明 → エジプト文明 → ギリシャ文明 → ローマ帝国 → 次は何になる? メルボルンの人口は、380万人でメルボルンにはギリシャ国外では最大の80万人のギリシャ人がいるからか。 ああ、経済危機になって移民する先にオーストラリアが多いってのは、特にメルボルン行きだったんか じきにアテネも超えて世界最大のギリシア人都市になるんじゃねーかw アメリカにもおおかったぞ。おまえ何人? オレはギリシャ人って馴れ馴れしく話しかけてくる奴多かった。 今のギリシャ人ってローマ時代のラテン系やスラブ系、オスマン帝国時代のトルコ系の血も多いのかな? ホリエモン 元ニート でググれ やばすぎwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww ヘロドトス 「ギリシャ文明とはエジプトのコピーなんだぞ 全部エジプトから来たんだ おまえら知らなかったろ」 某国政府著「民間防衛」より転載 某国元首:費用のかからない方法で敵(国)を滅ぼすことができる。 魅力でひきつける宣伝は効果的な武器だ。我々の意図を美しい装飾で包み隠そう。 文化は立派な隠れ蓑になる。音楽・芸術・旅行などの口実で仲間をつくり、一方的な文化交流をしよう。 彼らは徐々に罠にはまっていく。 韓流、AKB商法 もちろん、韓流、AKBはやらせブームである。 ヨン様ファン? もちろん在日ババアの動員ですよ。 テレビは愚民の思考を止めるために存在し、そのためにテレビ業界が役人、政治家により手厚く保護されていることを忘れないでください。 首都のアテネよりも地方の農村のほうが落ち着いているし 経済や雇用(といっても農業だが)もアテネよりはいい状態らしい そりゃ雇用と経済が直に繋がってるし、食い物は必ず必要だからなぁ 今騒いでるのはサービス産業と公務員でしょうねぇ サービス産業と公務員が騒ぐってところが凄いと思うけど >>28 foundedってなってるから、大軍勢が駐留した村が商業地になり、 新しい都市が生まれて、それがアレクサンドリアと呼ばれるようになったってことなのかな? >>32 農業がいくら流行っても 生産性低いから利益は増えないし 雇用も生まれない 観光業もそうだ ギリシャの労働時間が長く生産性が低いのは 朝早くから動く農民が多いのと 雇用がないから公務員増やしまくったから ちなみに日本の都道府県では 青森県が一次産業が主体で労働時間長い そして公務員が優遇されているという点でギリシャと似ている ギリシャ人街って、そこそこ大きい都市なら大抵あるもんなの? ホメロスの頃はヘラス(ギリシャ文化民族)という意識はなかったらしい。 ニューヨークのアストリアという地区はギリシャ人多いよ >>37 むしろヘラスを創った側かなホメロスは。まあ特定の人だったのかどうかも わからんらしいけど 100 名前:世界@名無史さん 投稿日:2012/04/22(日) 15:00:47.38 0 南イタリアにはまだギリシャ語を話す町があるのか。すごいな。 今のギリシャ本国のギリシャ語と違って古代ギリシャ語かな? 102 名前:世界@名無史さん 投稿日:2012/04/22(日) 16:04:24.80 0 http://en.wikipedia.org/wiki/Griko_language http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%B0%E3%83%8A%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%82%A8%E3%82%AD%E3%82%A2 2-3万人はギリシア語(グリコ語)話者がおるらしいね -=-::. / 朝 鮮 人\:\ ♪ガッガーーウィイ .| 教 祖 様 ミ:::| ミ|_≡=、´ `, ≡=_、|;/ ||..◎ .| ̄|. ◎ |─/ヽ いい加減、ストーカーするの止めてくれる? |ヽ二/ \二/ ∂> /. ハ - −ハ |_/ | ヽ/ヽ/\_ノ / |ナンミョ〜ソフォ〜レンングエ~キョーーナンミョ^フォテンジ゙エキョヤーーー . \、 ヽ二二/ヽ / / ナンミョ^フォーーーーーーレンゲヨー アニョハセヨーーーーーー . \i ___ /_/ ,. < ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ > 、 / 谷 垣 ヽ _ 〈彡 Y彡三ミ;, 先生!支持率が上がりません!助けてください! {\ \|_ \>ー 、 ト三三ニ:} 人{ >、,___.>、/三 ヾ\ |わ三彡;! 先生に見捨てられたら、もう自民党は終わりです! /./ トミ;,_ Y/ \>ノー〜=- " V / /!  ̄ ̄ ゝ | / _ 助けてください!おながいします! し/'┴──----─''| ン}\-ヾ彡 ヾ、___ノー'''` 歴史が長いから多数の言語や民族に分化してもよさそうなのに、 なんで一応は一つということになってるんだろう。そもそも初期にはアカイア人、ドーリア人、イオニア人、マケドニア人などと分かれていたし、 後にも自前の国家を喪失したりとかイタリアに飛び地状に分布とか、民族や言語の分化する条件は整ってたと思うのに 逆だからだよ。 その人達自体が侵入者。元々は小アジア辺りと同じ人種が棲んでた。 始めはみなバラバラの言語だったのが一緒の地域に住むようになって融合しただけ。 統一国家がごく一時期を除いて無かったのに1民族に融合したのも不自然だ。 『平清盛』プロデューサー在日朝鮮人 磯智明(天皇制度廃止論者)のプロデュース作品 @『かんさほうじん (2008)』反体制・反社会 A『最後の戦犯 (2008)』反日・天皇制度廃止・反体制・反社会 B『リミット -刑事の現場2- (2009)』反体制・反社会 大河の画面が汚いのも、役者が大根なのも、衣装がぼろぼろなのも、役者の下品な立ち回りも、 画面が薄暗いのも、役者が汚いのも全ての原因は NHKが汚れているから 史実うんぬんの話ではないのですよ。あの大河は役者、セット、演出等が、いまのNHK内部の汚れ具合を見事に反映しているのです。 薄汚れた空間内で繰り広げられる捏造・妄想(=今年の大河)は、反日・在日の脳内を表しているのです >>48 東ローマの残照はその後も人々の心に強く残った、わけないか ローマ帝国以外に過去にギリシャ人の領域を統一した国家なんかあったか? アレクサンドロス3世もスパルタは支配してなかっただろ。 京都の事故 44 名前:名無しさん@12周年[] 投稿日:2012/04/12(木) 20:06:17.25 ID:LKXz/REk0 かつてはてんかん患者の自動車免許取得は法的に制限されていたが、 2002年6月の道路交通法改正によって、発作が起きても意識障害を伴わない又は、 発作が就寝中に限るなどの患者は、公安委員会の検査や、医師の診断書を提出するなどの条件付で取得に道が開かれた。 日本てんかん協会の運動で、てんかんでも免許取得が可能になった。 その結果、案の定、2002年以降、てんかん患者のひきおこした重大な事故が急増 2011/04 栃木・鹿沼 6人死亡 (持病を隠蔽、過去に事故2件) 2011/04 島根・松江 1人死亡 (持病を隠蔽、薬飲まず) 2011/05 広島・福山 4人重軽傷 (過去に事故2件) 2011/07 愛知・岩倉 2人死亡 (通院歴なしで不起訴) 2011/10 鹿児島・姶良 1人死亡4人重軽傷 (過去に物損事故、薬飲まず) 2012/02 栃木・宇都宮 6人重軽傷 (昨年7月に事故、運転しないと誓約書) すると2002年の法改正で可能になった、てんかん患者の自動車免許取得を既得権益とする 共産党が支援している日本てんかん協会は 「てんかん患者の権利を守れ」と法務大臣に要望書を提出 http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1334225953/ その三日後にまたしても死亡事故発生 2012/04 京都・東山区 7人死亡9人重軽傷 (数日前に発作、姉と相談) 日本てんかん協会 (共産党の支援団体) 住所 東京都新宿区西早稲田2-2-8 >>権利を守れ >>西早稲田2-2-8 差別利権で食ってる団体だな そういや、シチリアにはギリシア語由来の方言が沢山のこってるらしいね by 塩婆 古代シラクサのギリシア人の血脈は残っているのだろうか。 268 名前:世界@名無史さん 投稿日:2011/11/09(水) 17:28:08.83 0 ギリシア化したスラブ人を、本質的にスラブと見るべきかギリシアと見るべきか、という問題だろうな。 個人的にはギリシア地域は民族的にはスラブ化され、言語的にはギリシア化した、と見るが。 269 名前:世界@名無史さん 投稿日:2011/11/09(水) 21:52:11.65 0 ギリシャ人と言ってもスラブ化したのはバルカン半島のギリシャ人だからね マグナ・グラエキアのギリシャ人も結構長く生き残ってたし(現在はイタリア化していない) 小アジアのギリシャ人は多くトルコ化(というより血で見るならトルコ人が多数派のギリシャに呑まれたか)したが、 中にはポントス人のように希土の住民交換まで命脈を保ってきた人たちもいるし ギリシャ人のスラブ化はバルカン半島の話で、ギリシャ人自体は南イタリアから 小アジアまで広く分布していたことに留意すべき 旅するジーンズってアメリカ映画で主役の仲良し女子四人組の一人がギリシア系だった 夏休みに帰郷していいかんじにバカンスしてた マイナー移民かと思ってたがこのスレで結構いると学んだわ >>55 言語的に英語やスペイン語やポルトガル語やフランス語に同化せざるを得なかった、黒人奴隷の末裔ですら アフリカ由来の文化要素を多少は保ってるから、今の「ギリシャ人」にも民間信仰とか迷信とかにスラブ由来のものがあるってことかな ヴィーラとかドモヴォーイみたいな妖怪とか 240 名前:世界@名無史さん 投稿日:2007/03/22(木) 19:14:46 O オスマンの支配が本当にうまくいっていた? 確かに宗教的寛容なミレット制を施いたたが それはうがった考えで見るとオスマンの最も重要な税収であるハラージュ (非イスラム教徒に課せられる重い人頭税)を失いたくないからではないのか 改宗した、特にギリシア人は高官になったが、早期からギリシアの クレフテス(山賊)やバルカンの諸民族の反乱を頻発させていたのも事実 オスマンのイスラム教徒にとってキリスト教徒はたとえ経典の民とはいえ、所詮2級市民にすぎない 現にオスマンのイスラム教徒はギリシア人をはじめとするキリスト教徒を“家畜”と称していたことから でも推測できる 242 名前:世界@名無史さん 投稿日:2007/03/22(木) 21:58:47 O オスマンのイスラム教徒は商行為を毛嫌いしていたからギリシア商人が台頭するのは必然だったのだろう 改宗ギリシア人はバルカン諸国を厳格、冷徹に統治した バルカン諸民族の怒りはギリシア人にでなくイスラム教徒に向かった そりゃそうでしょう 重いハラージュや親の意志を無視して子供を拉致ってイェニチェリにぶち込んだ りするイスラム教徒に対しては恨みも積もり積もるだろう 帝国の後期にはキリスト教徒に対する虐殺も頻発したし キプロスって、ヨーロッパになるのか、アジアになるのか、どうもよく分からん。 アジアじゃね? ヘレニズム諸王国以前からギリシャ語話者が多数派だった地域=ギリシャとすると キプロスはギリシャに入らないよな。その定義で、かつギリシャを ヨーロッパに含まれるとするとキプロスはヨーロッパに入らない。 アナトリア半島もヨーロッパに入れるなら アナトリア半島の南にある属島としてヨーロッパに入れるのが自然だろうが、 さすがにそれはな。 ギリシャ人が住む地域=ヨーロッパっていうのは定義に使うには無理がある。 というのは、ギリシャ人の住む地域は歴史的に変動しているからだ。 古代にはアナトリア半島にはギリシャ人は西の沿岸部など除けば住んでいなかった。 セレウコス朝時代以後徐々にギリシャ化が進み、ビザンツ帝国時代(滅んでいる時期含む)にトルコ人が混住し、 ビザンツ帝国が滅ぼされた後もアナトリア半島で徐々にトルコ化が進んだが、 オスマン帝国の滅亡の時点でもまだかなりギリシャ人はいた。 ギリシャ人が住む地域がヨーロッパならば、アナトリア半島がヨーロッパかヨーロッパでないかを決めるには、 ギリシャ人の比率を持ち出して、ギリシャ人が多数派(比率何パーセント以上)であるところ=ヨーロッパとせざるを得ない。 だが歴史的に細部まではっきりさせようとすれば、 たとえば1300年の時点の○○地方のギリシャ人の比率を調べて、地図にプロットして線を引いてという作業をこなし、 ヨーロッパとアジアの境界線の推移を調べねばなるまい。 そのようなことをしなければいけない定義はいかがなものか。 誰もそんな細かい話はしてないと思うけど。 確かにヨーロッパ系の人種が過半数占める国なんて、新大陸にもいくらでもあるんで、 そのことだけをもってヨーロッパに含めるのはおかしいけど、キプロスの場合は アジア系の人口が0パーセントで、ヨーロッパに隣接しているんでアジアと言うのも ちょっと違和感があるって話でしょ。 ヨーロッパの境界なんて、時代によってころころ変わってるし。 >アジア系の人口が0パーセントで、ヨーロッパに隣接しているんで 正確にいうと、それはキプロス共和国の話な。北キプロス・トルコ共和国(非公認)はほぼトルコ系住民。 元々ギリシャ系住民とトルコ系住民の混住する複合民族国家だったのが、紛争後に民族移動できれいに分かれただけ。 そういう状況でヨーロッパかアジアかってのは、神経質にならざるをえないからウヤムヤにしといたほうがいい。 >正確にいうと、それはキプロス共和国の話な。北キプロス・トルコ共和国(非公認)はほぼトルコ系住民。 ただ、北キプロスなんて国は、トルコ以外認めている国はないから、結局キプロスはヨーロッパか トルコかという国家レベルの話をすると、トルコ系住民は一切存在しないことになる。 文化人類学的な話だと、キプロス島の話になるから、トルコ系住民の話も出てくるんだけどな。 カナリア諸島とかもっと分かりにくいな。 あそこはヨーロッパなのかアフリカなのか。 >>62 キプロス共和国のマロン派やアルメニア人も実はギリシャ系だったのか。 初めて知った。是非ソースを紹介してくれないか。 そういや、オスマン時代にはシリアやパレスチナあたりにギリシア人コミュニティはなかったのだろうか。 港湾都市とかに帝国臣民として商人コミュニティを作っててもおかしくないと思うんだが。 アレッポとかダマスカス辺りに無かったはずは無いと思うんだけどね そのうちキリスト教徒が多数派で反ロシアのグルジアまでEU入りを言い出してきたりして >>51 レストランが「タベルナ」なんだっけ バカヤロウという魚もいる >>74 その前にアルメニアじゃ? FIFAの分類では、イスラエルはヨーロッパだったよね? 日本人は古代ギリシア・ローマなど地中海世界文明に関して無智過ぎる。 『西洋古典学事典』を読んで少しは真っ当な知識を身につけろーイッ!!! 分かったナッ!!!!!!!! イスラエルは1974年にアジアサッカー連盟から除名され、 1992年欧州サッカー連盟に入るまでオセアニアの暫定メンバーだった まあイスラム圏から嫌われすぎてるから仕方ないが 『西洋古典学事典』を読むと、誰もが博学にして魅力満点の輝かしい人間になれる と『西洋古典学事典』も買えぬ貧民がほざいて居ります 『西洋古典学事典』と言うのは、頭が足りない奴が読む本と言うことだけは分かった。 というか、逆にほめ殺ししてるのかな? 販売員がここ数日激しくお勤めしてるな・・・・ペース落とせよ。 それと、ほめ殺しでここまで何年もレス残し続けてたら逆にすげーよw 224 名前:何語で名無しますか? 投稿日:2012/04/22(日) 21:08:52.24 古希と現希の差は、語彙的には平安時代の日本語と現代日本語ぐらいの差。 しかし、言語構造的(統語論的)には、もうほとんど別物。 OSが違う感じ。 タガログ語とマレー語の統語法の違いくらい違ってるのかな?片や接中辞まであって文法が複雑で、 片や世界一簡単な言語といわれるほど。語順も違う さすがにギリシャ語内の話だからそこまで違うことはないか >>71 いや、wikipediaにもちゃんと少数民族のことは書いてあった。 とにもかくにも>>62 は断定している以上キプロスの住民構成 が100%ギリシャ人だと書いてあるソースを提示すべき必要が あるね。 間違えた。 北キプロスの住民は、100%トルコ系だった。 キプロス共和国の方は、100%じゃない。 それなら余計不思議な話だな。北には逃げ遅れて残留した ギリシャ人が多数いるのだが。南北でその残留ギリシャ人の 待遇も問題になっているけど?北側も公式に存在を認めてい るギリシャ人が実は存在しなかったと主張しているソースを是 非見せてもらいたいな。 キプロスもひょっとして「言語」ではなく「宗教」で、「民族」識別がなされてきた? 実はいまだに英国の領土!である英軍基地地域に逃げ込んだ人間の事? >>92 携帯からの書き込み? なんか不思議な改行だけど なんか現状見てると、独立すべきじゃなかったと思うねこの国は。 民族自決なんて、言い出した馬鹿は本来なら死んで人類にわびるべき。 とっくに死んでるから今更死ねないけど。 素人が作ったホームページを必死になって探してきてそれをソースとしてもねぇ。 ま、これ以上議論しても意味はないな。 俺は91じゃないし。 単に知っているページのリンクを貼っただけだけどな。 ぐだぐだいつまでも言ってないで、公式のキプロスの民族別人口比のデータをお前が示せば一発で 話は終わることだろうに。 少数民族の存在は認めてても人口比のデータを北側が出さないから南北で問題になってんだよ。 まぁ、南北キプロスも「本国」のギリシャ・トルコも少数民族の存在は認めても正式な数値はどこも 発表してない品。 ギリシャでギロピタを食べてて、「これってケバブに似てるね」って言ったら 親爺が激怒していかにトルコが低劣でギリシャが独立した伝統文化があるかを語り始めた。 部外者から見ると同見ても共通した文化圏の国なんだが・・・。 近親憎悪だな。 ビザンツ時代はケバブっぽいのはなかったのかね。 食材的にはあってもおかしくはない気がするけど。 >>103 ギリシャ料理とトルコ料理ってかなり似てるからね。当人たちはそれを認めたがらないけど、 客観的にみてお互いに強く影響し合ってるのは否定できないね。でも、わずかな違いもなくはない。 例えばムサカはギリシャ料理として有名だけどトルコにもある。でも、トルコのムサカはギリシャと違い、 層にしないで、普通にごちゃごちゃに混ざったままの状態で出てくるんだよね。そういう違いも一応ある。 ギリシャのコーヒーも、トルココーヒーそのものなのだが 向こうの人間に「これトルココーヒーですね」と言うと烈火の如く怒りだすそうな。 >>107 確かに両者はとても良く似てるね。ギリシャのコーヒーだとフラッペというアイスコーヒーもあるけど、 これはトルコにはあまりなかった気がする。まぁ、僕が単にトルコで見かけなかっただけかも知れないけど。 エジプトで飲むエジプトコーヒーも、はっきり言ってトルココーヒーと同じものだと思う。 そういえば、ギリシア人はオスマン支配の影響で豚肉食べない、と書いてたトラベルブックがあったが…… 豚肉はタブーではないだろうけど、あんまりギリシアの辺り豚飼ってるイメージないね(セルビアは飼ってるらしいが)。 結局、主たる肉は羊ってなると、トルコと区別なくなるんだよな・・ つーか、乾燥地帯では豚は飼いにくいってだけでしょ。 古典作品には豚食ってるシーンよく出てくる気がするんだが、いつの間にかマイナーな家畜に なったのか スブラキやギロスって豚肉つかうことが多いぞ? どっかの地方の局所的な慣習でもないかぎり、その本はデマ。 アンソニー:ギリシャの島々を喰らう ttp://www.nicovideo.jp/watch/sm9937222 これ見ると人種的にはほぼトルコに近い感じなんだがどうなんだろう もともとアナトリアからシリア北部にかけてはギリシャ人が主流の地域だったからね 次第に言語・文化的にイスラーム化、トルコ化するとしても形質的にはギリシア人とそこまで変わらないってのは当然 それにイェニチェリや奴隷としてヨーロッパ系の人々が入ってきてるし、上流層は母親が奴隷のキリスト教徒ってのばっかだから 年数が経てば経つほど形質がヨーロッパ化していったぐらいだし、流れてる血にそんなに差はないと思う >>116 全部見たけどおもしろかった やっぱギリシア人自身も悔しさを内包しながらも被支配の歴史を認めてるんだね あと案内役のおじさんがトルコ系かと見紛うほどの外見なのに祖先を古代ギリシア人に 求めているところも興味深かった しかし、ギリシャ系って古代ではユダヤ系より科学・学問ではまだ上行ってる感がある。 近代以後もギリシャはトルコではない!キリッ)という誇りはあるようだけど、 科学・学問は全部ユダヤ系に取って代わられた感がある。何故なんだろう。 古代にあれだけ発達してるなら、近代でもギリシャ語圏だった地域はもっと発展しても良さそうだ。 イスラムの抑圧だけが問題というより、中東はある時期以後の中国みたいに内側から新しいものを作れなくなったんじゃないか。 多神教=高麗仏教?イスラム=李朝朱子学?ギリシャ系とか中東、中国って明らかある時期から劣化してるっしょ。 ギリシャ語圏だけでなくシルクロードの国は中世よりほとんどが劣化・遺跡化して、 日本みたいな絹道から外れた地域に文化・技術・学問が移動したような。西安→臨安→北京→東京:内陸→外洋 ギリシャ人とトルコ人を判別するのは不可能だと思う。トルコ系はモンゴル・中央アジア方面からバルカンに侵入した。 しかし、ギリシャ系自体が中央アジアからバルカンに侵入した民族だ。それもミケーネとドーリアの二波があるが、 暗黒時代から復興した古代ギリシャの時点でヘレネスの中の誰がミケーネ系で誰がドーリア系なのか判別は出来ないと思われる。 血統を遡ると訳が分からんので、とりあえず現在使用する言語でセルビア人、ブルガリア人、ギリシャ人、トルコ人、イラン人、アラブ人を分ける。 ユダヤ教徒の者はユダヤ人とする。しかし、それがギリシャに来たユダヤ系なのか、ユダヤ教に改宗したヘレネスなのかは実際分からん。 自称中華の漢民族と周夷(朝鮮・モンゴル・ベトナム・タイ・チベット・ビルマ系)の関係も似たようなもんだろう。 Yハプロだと、ギリシャ人はE1b1b(北アフリカ系)が2割強、I1(バルカン系)が2割、 J2(アナトリア・イラン系)が2割弱、R1a(アーリア系)が2割弱、R1b(古印欧系)が2割弱。 クレタ島ではJ2が4割でE1b1bやR1aが弱く、G(カフカス系)が1割。 本土ギリシャでは南ほどE1b1bが強く、R1aは少なくなる。 アナトリアのトルコ人はJ2が3割弱、R1bが2割、E1b1bが1割余。 http://en.wikipedia.org/wiki/Y-DNA_haplogroups_by_groups_in_Europe http://en.wikipedia.org/wiki/Y-DNA_haplogroups_by_populations_of_Near_East_and_North_Africa ギリシャの銀行やばそうだな。 70年前の日本みたいだ。 ギリシャ人が活躍したのはマケドニア帝国までだろう。ギリシャ人の自意識がローマ人に変わって以後は ギリシャ人は先進的な商業民族から封建的な農業民族になり、中東も文明が衰退していった。 それでも一応十字軍の時代は過去の遺産で先進地域だったが、以後はどんどん停滞していった。 19世紀末以後は近代化政策で巻き返しを図ろうとし、各国に分かれてからは試行錯誤の複雑な状態に苦しんでいる。 ギリシャ人が衰退した後はほとんどユダヤ人が独占状態で突っ走ってきたが、これに準ずるのがレバノン人とアルメニア人である。 正教はギリシャ正教とは別にアルメニア正教があるが、ギリシャ人衰退後も商業的なライバルなんだろうな。 強者:ユダヤ人>>>>>>>レバノン人(旧フェニキア人?)>>>>>>>>>>アルメニア人>>>>ギリシャ人:弱者 ギリシャは商才感覚は優れている ごね得を知っているし実際 国債を半分棒引きにさせた スペインも虎視眈々 ドイツの言ってることはまとも 借金は返せと・・・ 今日のプライムニュースのギリシア特集は面白かった 旧植民地国家ばかりでなく、大国に翻弄されつづけた国の歪みというのもキツいもんがあるな ギリシャ語って、スラブ系の言語になるの?それともラテン系の言語? >>127 インドヨーロッパ語族・ギリシャ語派・ギリシャ語群・ギリシャ語というグループ。 インドヨーロッパ語族の中に、ギリシャ語だけからなる1グループがあるのだ。 スラブ系の言語は、インドヨーロッパ語族・スラブ語派。 ラテン系の言語は、インドヨーロッパ語族・イタリック語派・ラテンファリスキー語群・ラテン語・ロマンス諸語。 「ロマンス語」または「ロマンス諸語」というのが、俗に「ラテン系の言語」と呼ばれる言語の、言語学方面の呼び名。 単にギリシャ語というと通常古典ギリシャ語(≒ポリス時代のギリシャ語)と、 現代ギリシャ語(広くはオスマン帝国領時代・独立後。狭くは独立後のギリシャ語)の二つのどちらかをさし、 ヘレニズム・ローマ帝国時代(コイネー・ギリシャ語)とビザンツ時代(中世ギリシャ語)のギリシャ語を単にギリシャ語と呼ぶことはあまりない。 古典ギリシャ語のほうが現代ギリシャ語より文法は複雑。 >>129 詳しい解説ありがとうございます。 納得しました。 アレクサンドロス・プトレマイオスを頂点として 文化とも影響力とも下がり続けてる? ポリス時代が異常。 なんであんなに先進的だったんか。 労働から解放された知識階級、活発な交易&植民活動により流入する情報量の多さ 「知」が爆発する必要要素としては後何があるかな ローマはポリス時代ギリシアの劣化コピー、 中世ヨーロッパはローマの劣化コピー もしかしたらギリシア人がギリシア入りしてからポリス時代までの年数って ゲルマン人がローマに侵入してから近代までの年数より長い? ギリシャ入りしてからっていうと紀元前20世紀ぐらい〜紀元前3世紀だろ? 1700年あるわけで、ゲルマン人のローマ侵入を仮に400年からとするとどっこいやな。 海の民としての活動以後からカウントしたほうがしっくりこねぇ? それ以前って、ゲルマニアで暮らしてたゲルマン人と立場かわらない気が・・・ 「ギリシア人」意識は何時ごろから? オリンピック開催のときから? ペルシア戦争から? ○侵入した民族 ギリシア人=ゲルマン人 ○高度な文明 クレタ文明、エジプト文明=ローマ文明 みたいな関係が成り立つんだろうけど・・・ 他に共通点あるかな? おもろいのは、ギリシャ人の間では、 戦死者の死体を回収するということと、戦勝記念碑の建立に関しては、 いわば国際法のようなものができていたことだな オリンピックに代表送ったポリスがギリシア人とみなされた ギリシャ人もゲルマン人も先進文明をそのまま受け継がず、 10歩くらい後退させてから受け継いでいて、ムダが多い。 826 名前:世界@名無史さん 投稿日:2012/06/03(日) 06:16:55.64 0 バルカン諸国はトルコと組んでビザンツ共和国でも作ればいいのにな そういう機運ってないの? 834 名前:世界@名無史さん 投稿日:2012/06/03(日) 10:09:36.04 0 >>826 ないない そもそもセルビアとかブルガリアとかのバルカン諸国もトルコもかつてはビザンツ帝国と敵対してた国じゃん 可能性があるとすればギリシャかロシアだけ……というか100年くらい前にギリシャは実際にビザンツを復興させようとした コンスタンティノープルを再占領して小アジアのギリシャ人居住地を奪還し、コンスタンティノープルを首都とする国を作ろうとした 「メガリ・イデア」思想だな ムスタファ・ケマルに負けて頓挫したけど 現代で言うなら自分たちで新しくグループ作るよりEUに入ってしまったほうが楽だし貰いも多い ドイツ人のギリシャ浪漫というのはギリシャ人以上だと思う。日本人が中国人以上に中国浪漫にハマるがごとく、 シュリーマンはトロイ遺跡に精を燃やした。天孫族=(想像上の)中国人=(想像上の)ギリシャ人 この時代のドイツは「ゾロアスターはこう語った」という本が出版されるようにキリスト教を相対化、忌棄して、 古代の異教時代への憧れを強く持つようになった。近代ドイツ人はギリシャ人以上に゛ギリシャ的"になった。 18世紀のフリーメーソン結成にしてもヤハウェ・バアル・オシリスというキリスト教以前の宗教を奉じ、 ピラミッドのマークを冠するなどルネサンスの時以上の古代ブームがやってきた感がある。→ツタンカーメン展世界開催へ ベルリンにペルガモン博物館とかあるのがその表れか・・ ドイツ観念論主義者達も、ギリシアに結構はまる人多かったみたいだね。 レーゲンスブルクにパルテノンを模したヴァルハラ神殿とか作ってますな アメリカもナッシュビルに実物大パルテノン作ったり、そもそもギリシャ・ローマ的な 新古典主義建築は欧米ひいては世界にたくさんあるけど。 辺境の蛮族の末裔っていう拭いがたい劣等感がもともとドイツ人にあって、それが印欧語族 の発見とかで、ひょっとしたらかつて偉大な文明を誇ったギリシアやインド諸文明、或いは ユダヤ教やキリスト教に先行してそれらに影響を与えたゾロアスターなんかとも自分達は 語族的にも血統的にも繋がりがあるんじゃないかって幻想を生んだんじゃね?(まるっきり 幻想でもないんだろうけど) 精神的な故郷への欲求がよそより強い、とか 単純に北国だから南の事物が好きなだけかもしれんけど 日本には純中国的建築は黄檗宗の寺にしかなさそう。 東照宮も派手だから中国風? >>156 日本の建築物は大半が韓国のパクリだから純中国風はあまりない。 >>157 その頃、韓国て国自体が無いからw それよりテレビでビンタしまくってた極右のおっさんは捕まったのか? ホメロスを共通教養とする自由市民が「ギリシア人」と自己規定していたのら! ギリシャ人ってどうして今みたいな感じになったんだろう。 古代の勢いだったらイギリスよりギリシャの方が産業革命でも起こりそう?? 近代に入ってからギリシャ人の有名な科学者っているのだろうか・・。南欧勢の失速はある意味謎。 ユスティニアヌス帝がアカデミー閉鎖して、知識人が東方のジュンディーシャープールに 逃走。以後中東のヨーロッパに対する優越が長く続く。 >>156 日本の寺はどれも広い意味で「中国風」だよ。 ただ大半が唐代の様式だから、 今中国に残っている宋代以降の様式とは違って見えるということ 一番目に付く違いは屋根の反り具合。 沖縄だけははっきり影響を受けているね。 >>161 南欧が衰退したのは環境破壊によって森林が失われたから。 ルネサンスも中〜北イタリア中心のような。 イベリア半島も航海以外はパッとしないし。 ギリシャって岩ばかりで乾燥していて斜面ばかりで農業生産高は低いってことだけど どうして古代ギリシャは繁栄できたのでしょう? ぶどう酒やオリーブなどの特産品で貿易してたのかな? 古代は気候が違ったのかな? >>168 >古代は気候が違ったのかな? 森林地帯があった。 よく神殿の柱などに見られる、縦筋模様は、木の皮を模したもの。 同じく古くから文明が栄えたイタリアはまだアペニン山脈に森があって、ポルチーニ茸やトリュフが取れるというのに それなんだよね。 イタリアの小麦製品は現代の日本やアメリカにいっぱい輸出されてるけど 古代ローマ帝国は食糧をエジプトからの輸入に頼ってたんでしょ。 穀倉地帯のなさそうなギリシャがなぜに古代に一大文明を築けたか? ペロポンネソス戦争の頃には、エジプトとシチリア産の小麦がギリシア諸都市の消費の半分ほどを担ってたよ。 なお、オーク等の森林だったところの伐採・開墾が前3千年頃から加速しはじめ、じきに土壌侵食が発生した。 古典ギリシア時代には問題が顕在化しており、アテネではソロンが急斜面の穀物耕作を禁止する提案をしている。 プラトンやアリストテレスは、岩の斜面がかつて森に覆われていた証拠をあげ、土壌浸食の結果であるとした。 古典後期から段々畑など農地の生産寿命をのばすための方策もとられはしたが、結局いまの景観となっている。 >>173 大ヘラスには今のイタリア南部が含まれてたんじゃなかったっけ? シチリア島とかあの辺り >>174-175 長年の疑問が解けてすっきりしました。 ヤフー知恵袋とかに古代ギリシャ衰亡の原因として環境破壊説が挙げられてるけど いかにも現代人が好きそうなエコ思想、現代社会への警鐘、反省ってバイアスが感じられてたんですよね。 環境問題は繁栄した文明にとって必至だし、未だそれを克服できたためしがないのは事実なんだけど。 アテナイはスキタイとかから穀物を輸入してたので シーレーンを封鎖されて戦争に負けたりした アフリカやエジプト、シケリア程ではないけど、 アッティカやテッサリアも小麦の産地ですよ 古代ギリシャは、お互いに戦争をしていても、「同じギリシャ人」という意識は持っていたわけで、 互いの敵愾心とは別に、ギリシャとは異質の「外国勢力」の存在も強く意識していたことが、 古代オリンピック開催の動機のひとつといっていいのじゃないかと思われます。 当時はなんといってもペルシャが最も大きな敵でした。巨大な中央集権的軍事国家に対しては ギリシャ諸都市はその時だけは連合してペルシャと戦わなければならなかった。そのためのいわば「軍事訓練」がオリンピア競技だったわけです。 オリンピア競技が軍事訓練であることは競技種目をみれば一目瞭然です。 やり投げ、円盤投げ、パンクラチオン(レスリング)、ボクシング、戦車競技など。これらを通じて、軍事力の向上を図り、外敵に対する「ギリシャ軍事同盟」の高揚をめざしていたわけです。 現代に当てはめてみれば、アメリカ・日本・韓国が太平洋などで合同軍事訓練をやるようなものです。 中高の世界史じゃそう教わったんだろうが、ペルシャ海軍って要はギリシャ人なんだよね。 サラミスの海戦では、ペルシア側にドーリス人30隻、イオニア人100隻、その他島々17隻、というギリシャ人船団がいた。 ほかの主力はフェニキア人・シリア人が計300隻だから、まさに主力の一翼を担っているといっていい。 実はヘロドトスの故郷ハリカルナッソスも、ペルシア戦争ではダレイオス側についていたりする。 ヘロドトスはこの海戦でハリカルナッソス女王アルテミシアがギリシア軍相手に勇戦したのを褒め称えている。 ギリシア人はどうして包茎、短小のチンポを愛好したのですか? 連中は稚児さん大好きだから。 古代ギリシャの学者の連中が言うところの「弟子」「師匠」ってのは全部カマ掘りのこと。 社会としてそのような仕組みがあった。 >>141 ローマ自体が創始者ロムスがアイネイアス(トロヤ王家の落人)を遠祖としていて、 ギリシャ人と同祖同族を言ってたから・・・・・・ >>189 スパルタの王妃だろ。トロヤ戦争の原因になった、パリスへの報償。 ところで、なんで、ときどき、トロイアをギリシャの埒外のように思ってる人が出てくるの? 訳本にギリシャ連合軍がトロイヤ市国を攻めた話、みたいに書いてあるからかなあ。 トロイアの所在地はアジア側だし、攻めた総大将はスパルタだし。 これ、訳した人が「アカイア」なんてわからんだろうと、お馬鹿むけに「アカイア連合」を「ギリシャ諸都市連合」みたいに 訳し変えたりしたところから誤解してるんではないかなあ。 超モテ子さんだったヘレネーをその意に反して嫁ぎ先からトロイアの王子パリスがカッ拐ったのが、戦争の発端。 ヘレネーにコクったことある男性の皆さんから恨みを買って、戦争にまでなるわけよ。 そこにギリシャの神さんたちが煽りを入れて、おおごとになってるわけ。パリスを誘惑することに成功したのは アフロディーテ。 トロイアの始祖はダルダノス。どういう人かというと、プレアデス七姉妹の一人エレクトラと、ゼウスの子。 この人の孫がトロイアの命名をしたトロス、その子(ダルダノスの曾孫)が、ゼウスの寵児、ガニメデ。 木星の衛星にガニメデってあるだろ、木星=ユピテル=ゼウスの一番の寵児ということで、命名。 絵画とか彫像とかでゼウスの右側で杯を持って控えてる美少年があるだろ、それがガニメデだ。 こういう前後まで読んだら、トロイアがギリシャの埒外とは思わないだろうに。 >>194 そだよ。 トロイアのパリスの本名はアレクサンドロスだし。 このスレではグレコ・バクトリアやインド・グリーク朝も含むの? アルサケス朝ではパルティア語のほかにギリシア語も使われてたんだよね いつペルシャ、インド占領殖民のマケドニア・ギリシア人があぼーんされたの? 紀元前130年代、スキタイ系諸族のアシオイ、パシアノイ、トカロイ、サカラウロイによりグレコ・バクトリア朝滅亡。 by ストラボン「ジオグラフィカ」 その後100年くらいかけてインド・グリーク朝のほうも萎んでいって、クシャーナ朝の領域に塗り替えられていった。 ちゅーか、バクトリアに関してはもともとサカのもんだったしね・・・余所者が追い出されたってとこ。 ただ、ストラボンが他と一緒くたにしてるトカロイについてはトカラ人だろうねって話だな。 アルサケス朝は占領殖民のマケドニア・ギリシア人をあぼーんしたの? スレ違いだけど、ストラボンのいうトカロイは、トログスのいうトハラで漢史の月氏? 月氏もトカラ語族の可能性があるけど、上にでてくるトカロイは大夏と訳されているほうだね。 語族が同じだったとしても、別の政治集団。 上の通りグレコ・バクトリアを奪還したトカロイ含む諸族だったが、ほどなく大月氏に支配下におかれる。 言語と血統と社会集団(帰属意識)は、けっこう組み合わせが簡単に入れ替わるよ。 バクトリアのアイ・ハヌムって、セレウコス朝時に建設されたのかな? それともアレクサンドロスのソグディアナ方面の遠征時に着手されたとかよく分からない ギリシアの植民都市に北シリア(トルコ)のオロンテス川河口にある「アル・ミナ」があるけど 世界考古学地図(原書房)と図説 聖書考古学 旧約編(杉本智俊 著:河出書房新社)で フェニキアの都市にもレバノンのトリポリの上(シリア国境近く)に「アル・ミナ」が記載されてた これはアレキサンドリアやアパメイアなどと同様に同じ名前の都市が近くに存在しただけなのか、 フェニキアの「アル・ミナ」=オロンテス川河口の「アル・ミナ」なのか、どちらなん? ギリシアなんて昔からパクりしか出来ない屑民族だろw ギリシアって青銅器時代になるまでろくな遺跡がないヨーロッパの辺境だし、 新石器、農耕文化はイスラエルから始まり、そのおこぼれでギリシアが力をつけてきた だから昔からユダヤ人の後追い。キリスト教徒に真っ先になったのもギリシアだし ユダヤ人の尻を追っかけるしかないのがギリシャなんだよ あと日本人が中国文化に憧れ抱いてるってなんだよw そんなの低学歴なくせに無駄な知恵だけ持ってる三国志おたくだけだろw 素朴な日本人と真のエリートは仏教文化と聖書基盤のヨーロッパ文化にしか 興味ねえよw オスマン帝国期のギリシャ人は独特の存在で、バルカン全土にネットワークを持つ排他的商人集団でもあれば、本拠地では小作人であったり、ギリシャ正教幹部は特権層。ルーマニアでは事実上の最高権力ポストを任されていた。 高学歴な陶磁器おたくも中国文化に憧れ抱いてるお 高学歴な漢詩おたくも中国文化に憧れ抱いてるお ギリシャ人って見た目まったく古代ローマのラテン人の面影ないよな。イタリア人やスペイン人は色黒巻き毛で面影あるのが解かるんだけど ギリシャ人ってほとんどポーランド人とかクロアチア人みたいな白人にしか見えない。西ローマと分裂したあと、余程白人と混血しまくったのか。 跡形もないほど・・・ 間違えた 古代ギリシャ人とラテン人って別じゃない? 古代のギリシャ人の科学は評価できるが、中世以後は科学分野でもユダヤ人に遅れを取った。 古代のギリシャ科学を継承したのはギリシャ人ではなくユダヤ人であった。 >>223 しかし、これは中世以後の欧米の思想に複雑な影響を与える事になった。 文明はギリシャ科学を引き継ぎながら、宗教・思想ではユダヤ一神教の非合理な世界を引き継ぐのだから 古代中国に憧れて現代中国を軽蔑するのって普通にあると思う 五四運動以後の中国には魅力がない ギリシアには文学と哲学があったが宗教と自然科学はなかった 科学の成立には厳密な一神教の教義が必要であり中世以後に生まれたものだ 数学も高度になるのはヘブライズム以後だ 数という抽象的な概念と神の概念は融和しやすい 学問は形而上的、神学的、実証的という段階で進歩してきた 実証的学問には神学の影響が強い >>227 地動説や幾何学は古代ギリシャで生まれたので一神教は必要ないだろう。 科学成立は農耕の開始で十分。農耕→建設学・天文学・化学(製鉄など) アナトリア周辺の東地中海沿岸に最初の文明の遺跡群があるのはわかる。 けどそれをユダヤ単一で語るのはどうなんだろうか。 ところでサンタクロースの起源のミュラのニコラオスの(聖)遺体は、どういう繋がりでバーリに運ばれたのかを調べた書物ってある? 黄金伝説のさらっと書かれている程度ではなくね。 なんでバーリに?という素朴な疑問。 パトラとバーリが守護聖人繋がりで姉妹都市になっていたので気になった。 (ミーシャ→ドミトリ→ディミトリ→ディミトリアス→デメトリアスの謎を追っていた) 経緯が経緯だけに姉妹都市ミュラじゃないんだな。 ロシアのメジャーな名前は東方教会の聖人由来多いよね。 といってもニコラオスなんて世界中の言語に派生してるけど。 >>227 ヘブライズムは科学の進歩を千年停滞させただけ ユダヤ教は唯一神による天地創造説話と 複数いる神からひとつを選択するという契約説話の矛盾を知りつつ 神の罰が恐ろしいから契約を継続するという人間奴隷化の宗教 名のあるユダヤ人科学者はどれもこれもユダヤの桎梏を逃れた「元」ユダヤ人 イスラエルに科学を先導する力があるか?哲学の新展開を切り開く知の自由があるか? >>219 それほど詳しくはないですが、民族大移動でヨーロッパ全域人種バラバラになったのでは。 古代ギリシャ人と現代のギリシャ人はそっくりそのまま別人種だと自分は思っているんですが、それをギリシャ人の前で言ったらボコられるんだろうなあ >>231 ボコられはしないでしょ。 民族大移動や侵略征服植民融和の繰り返しでハイブリッドされてる大陸で単一血統が維持されてるなんて現実的じゃない。 よってたかって古代ギリシャ・ローマに妄想レベルの理想化フィルター装備した近代ヨーロッパ人が、相対化して近現代ギリシャを陥れてたってのがあるのだし。 ヴェルギリウスをヨーロッパの生みの親みたいに評価したのもその時代の人間。 現代のギリシャ共和国の成り立ちとか相互強制移住とか北米への移民とかグリーンラインとか血生臭いものだよね、実際はさ。 混血すると人種・民族・歴史はリセットされるというイデオロギーの持ち主からすれば 人類の大半はあまり長い歴史は持っていないということになろう 古代ギリシャ人はコーカソイドではなくネグロイドだったのか >>231 何故ギリシャの王にデンマーク人がなれたのかと思ったが、ゲルマンの後もマジャールやブルガール、 ノルマン、トルコが来て欧州には純粋な血統がない。というか、そもそも最初のギリシャ人自体がアカイア人とドーリア人が合体したものだもんな。 ポリス時代にはまだアカイア人とドーリア人はまだ辛うじて別れてたようだが、勿論今は判別不能だろ。大和と蝦夷は判別不能。 もう中世にはローマ人を自称してラテン系と同化してたのではないか。結局、欧州人はほとんど中央アジア遊牧民の子孫だろ。 欧州に来た時期で民族名が決まるような・・ >>233 知ってるか人類って一刹那ごとに文明が断絶してるらしいぜ そもそも何故民族が民族として決まるか教えてあげよう それはこの民族とはこうだ、という絶対的な基準があるからだ さて、世界史上絶対的な基準を持った民族はいったいいくつあるだろうか 例えばこの神を信じるからこの民族だというような そんな絶対的な基準があったのはそう、ユダヤ人だけだ 我々が今民族について論じられるのもユダヤ人の概念を基盤としているからだ これだけみてもヘブライズムの影響がわかるな? >>236 古代からギリシャ人は明確な民族意識を持っていた。シュメール人にもエジプト人にもフェニキア人にもあった。 民族概念と民族象徴神は文明がある程度発達すると起るものであり、ユダヤ人に限定する必要はないと思う。 異民族に遭遇すれば「我々と異なる慣習・言語を持つ者」を分析・認識する必要が出てくるからだ。 そういう民族分析をした文献は中国でも古代からあるだろう。民族規定は支配に必要だ。 なぜ言語が違うのかの詳細な解説を初めて行ったのはユダヤ人だけだ 文明の発達という概念をつくったのもユダヤ人だ お前らの大嫌いなあの超有名人だ 今のギリシャはキリスト教国家として見たほうが面白い 今のギリシャには学者、芸術家より宗教家が多い だがそれが悪いのではない。宗教をもっと精密に研究すれば 古代以上のレベルの高い芸術、学説を生み出すだろう 一神教地域は右翼民族主義者同士でどちらが正統な民族精神の時代かで 多神教時代派と一神教時代派の激しい対立がありそうだ。 ギリシャなら東ローマ、マケドニア、ポリスのどの時代を正統とするかで全く思想が異なるのでは? 正教右派なら「現在のギリシャの困難は正しいキリスト教精神が失われたからだ」と言うだろう。 お隣のトルコでもイスラム派、世俗派のほかに突厥時代を懐かしがって多神教を復活させようってグループもあるんだろうか イスラム派の動きは伝わってくるけど。やはりイスラム教国で多神教復活を言うのは、キリスト教国でのそれ以上にタブーなんだろうか お隣のイランでは王制時代にゾロアスター教時代の軍装のパレードがあった。 イラクではフセインがネブカドネザルを自称、インドネシアはガルーダ航空だし、その意味で多神教時代賛美もあるな。 しかし、エジプトでは知識人が多神教時代もイスラム時代も賛美したが襲撃されたし、 棄教は死刑とある以上公然と多神教復活は言えない。 キリスト教的多神教 http://www.bekkoame.ne.jp/ ~gensei/nnhundred/kiritasi.html なぜ多神教に戻さなければならないのか そもそも教というが古代ギリシアにもオリエントにも 神話はあったが宗教なんて無かった ゾロアスターがいいとこ、ゾロアスターも一神教みたいなもんだし 一神教になって中東が良くなったようには見えない。逆に日本は一神教にならなくて良かったと思っている。 キリスト教が1%未満で困った事が一度もない。欧米もイスラム圏も問題だらけで日本より良いとも思えない。 人類にとって有害無益な一神教。彼らは人道主義を独占し、地元の信仰を否定した。それは開発と表裏一体だったんだ。 >>246 >古代ギリシアにも 神殿を作って神を祭るだけじゃ、宗教とは言えないの? >>247 イスラムについてだけ言えば、多神教時代のアラブの部族間抗争を沈静化させ そのエネルギーをジハドによって外へ向ける役割は果たしたね 欧米の反日感情の中に日本人はキリスト教を信じていないというのが実は大きい さらにいえば日本人がそのことに全く気づいていないのが多くの捩れの原因でもある、 コンスタンティノープルのないギリシアなんて、カレーの乗ってないカレーライスの様なものだ。 >>252 それは欧米といっても主に先進国の一部 つまりアジア・アフリカを従えるのにキリスト教を使ってきた連中と重なる それと欧米の底辺層が腹いせに異教徒としての日本を蔑視するケース 逆に欧米先進国で過去の侵略を反省する良心的な層と、 出遅れ組諸国家で先進国に対抗心を持つエリート層は心情的に日本びいきだったりする ハリカルナッソスって、ドーリス系かイオニア系かどちらの植民市なの? 書籍を見てもどちらかだったり、ある本では図表がイオニアだったり ドーリスだったりするのもあった..... (Wikipediaではドーリス系だった) >>252-254 キリスト教へのこだわりについては今の欧米人は 一概なこといえないだろ ハリカルナッソスはアルゴスとトロイゼンが母市らしいので ドーリス系じゃないの? 古代ギリシアの冬服ってどんなの? みんな布切れはおってるだけで脚はいつも サンダルばきっぽくてとても寒そう。 クラテスというディオゲネスの弟子が真夏に 毛の厚い外套を羽織っていたらしい。 なのでコートのようなものはあったようだな。 再現画像では全く見かけないけど。 >>252 日本ほか異教世界の文化をすぐバカにする無知で純真なキリスト教徒は下層階級で、 歴史の知識やロマン主義の脱キリスト教精神、20世紀の相対の知を体験した上層のインテリ層には 無神論者や異教文化に寛容で穏健なキリスト教徒が多い ユダヤ人さえいなければギリシア神信仰が 廃れることもなかったのになあ。 多くの哲学者を生んだギリシアがヘブライの インチキ宗教に染められてしまったのは実に残念。 あの時代にキリスト教のインチキくささと危険さ を看破する人物はいなかったのか? >>262 キリスト教が普及してまだ数百年という時期に広まった異端・グノーシス主義の 中身は多神教的で、ギリシャ神話やゾロアスター教やマニ教の世界を思わせるとりとめのない世界観だ。 あれは教条的な硬直したキリスト教のヘブライズム的要素にうんざりした教団内部の思想家が わざと新興宗教キリスト教のパロディとして創作したものじゃないだろうか つまりグノーシス主義はヘレニズム的思想風土が生んだ多神教陣営によるヘブライズムへの 最後の抵抗だったのではないか 抵抗むなしく非常に野蛮な弾圧を受けるのだが、その野蛮さ大人げのなさ余裕の無さには そういう愚弄の意図をはっきり理解したキリスト教正統派陣営の怒りの強さが現れていると思う パウロの洗脳力すごすぎだろ。 活動範囲も広いしな。 >>263 そもそもキリスト教はパリサイ派の独裁的な教条主義を批判する為に誕生したのに、 いつの間にかキリスト教自体が教条主義になった キリスト教の世界化とは本来、異民族も救われるという大乗的なものであったはずだが、 途中でその意味は教条主義の世界化となってしまった 仮にイエスが中世に降臨して活動しても、主の名を騙る僭称者として弾圧されてそうだな >>265 イエス複数説は置いておくとしてもイエスの言動には非パリサイ的な寛容な部分と むしろユダヤ原理主義ではないかと見られる潔癖で厳格な部分がある 後者はたとえば神殿前の屋台を破壊して歩いたり、豚の群に悪魔を宿らせて崖から落としたりすることや また「カエサルのものはカエサルに返せ」も、ローマへの税金は払えという言葉の裏に 皇帝の偶像が彫られた貨幣によるローマとの共存と繁栄に対する拒否とヘブライ純化への意志が見える ユダヤ教改革派としてのイエスの教えがキリスト教へと再構成されるとイエスのこの性格が浮き彫りになり 別の厳格な宗教が生まれてしまったということだろう イエスとユダとバラバは同一人物なのでは?わざと伝承を曲げて同一人物だったのを3人に分けたのでは? 神殿前の屋台を破壊した=武装蜂起して一時神殿を占拠。 豚の群に悪魔を宿らせて崖から落とした=ローマのレギオン(軍団)を殲滅。 裏切った=刑死する寸前で有力者の伝で十字架から下ろされて蘇生したが、裏切り者として崖から突き落とされた。 >>268 ユダは名前が残っていないがローマの記録に告発者がいるし バラバも記録がある そうじゃなくて、同時期のユダヤの記録に複数の「奇跡のラビ」などの話が残っている それこそ後の一休禅師やナスレディン・ホジャのようなトンチ坊主のような性格のラビの説話なども これらが融合してイエス像を作ったのではないかと言われている >>264 むしろパウロを洗脳した奴が凄いと思う。 本来弾圧する側でイエスと面識が無いにもかかわらず、 私財を投じ、海を越え、命を賭してまで布教をする程の信徒になってしまったのは何故か?謎過ぎる。 信仰心なんてまるでないから、 処女懐妊なんて婚前交渉に決まってんじゃんwとか、 "復活"なんて死体盗まれた言い訳にしてはお粗末過ぎるwとか、 考えちゃうんだけど、パウロの変節だけは奇跡としか思えない。 >>257 本村 凌二が「NHKスペシャル文明の道3 海と陸のシルクロード」で、 「いまならアジアの最西端になるアナトリア。そのまた最西端にあたる イオニア地方に、ハリカルナッソスという名のギリシャ人の都市があった」と記されてた でどちらなのかな?と 前6〜4世紀が哲学の最盛期だったんかな。 その後は小者しか出ていない印象・・・ デロス同盟のアテナイをみると、 安保を楯に毎年のように日本に 無茶な要求をつきつけるアメリカ とそっくりだと思うわ。 正義の日本はいつも悪のアメリカに虐められているのだ。 そうに違いない。 ちょっとでも弱小国が抵抗姿勢を示すと 全力でボコりに行くところなんかそっくり。 イラク=現代のメロス島。 アテナイを民主主義とかデロス同盟諸国からの搾取を見ると 素直に評価できんわ。 アテナイの国内では民主主義だろ ペリクレスが独裁してたけど 民主制と独裁は矛盾しません 民衆が独裁を選ぶんだから アテナイ市民の民主制なんて他の同盟諸国を奴隷にして 成り立った貴族制みたいなもんだ。 ローマをぶっ叩いておくのはやっぱりアレキサンダーの 時代が一番良かったのかな? フィリッポスをピリッポス、クセノフォンを クセノポンと書くのに、ファランクスを パランクスと書かないのは何故なんだぜ? 何でギリシャスレはこんな過疎ってるんだ? 昔はアレクサンドロス大王スレもあったのに。 ローマによる併合後、急速にギリシアが存在感を 無くしていったのは、支配される側に回ったから だろうな。 英雄や賢人がキラ星の如く現れたのも独立していた からこそだ。 アメリカに占領されてから日本がどんどんしょうもない 国になっていってるのと一緒だな。 アテナイで学問が盛んになったのは、デロス同盟の 貢納金で富裕な人間が増えたからじゃないかな。 そもそもあくせく働かなきゃならない人間は哲学など する余裕が無いからな。 学者として名を知られると王侯や金持ちがパトロンに もなってくれるし、働かず学問をする環境ができていた。 ローマ占領後はそういうことが無くなっていったんだろう。 アテナイ 「おい、ちょっとスパルタ攻めるから船と兵を用意しろ。 あと金もな。」 アメリカ 「おい、ちょっとシリア空爆するから集団的自衛権を 可決して自衛隊を派遣しろ。あと兵が出せないなら金 だけは他の国の倍以上出せ。」 スパルタ滅亡後、スパルタの軍国教育とかは継承されたのかな・・・ 優秀な軍人として活躍したスパルタ人とかはいないの? アレクサンドロスは部下には領域拡大の戦争 させてないよね。 あんだけ領土が増えたのに全部自分が切り取った ところだもんね。 ギリシアってアレクサンドロスが大遠征して拡張して 爆発的に加速して崩壊した印象 いや、300年続いたアケメネス朝による統一オリエント帝国を滅ぼして システムをまるまる乗っ取ろうとして失敗して分裂させただけだから 図書館を焼いた野蛮人め よく文明は中国やインドのような広大な領国が必要で だから日本ではダメ説もあるけど ギリシアだけは狭い範囲って珍しいパターンか? >>298 ギリシア=ギリシャ共和国と思ってる? 「ギリシア」の範囲はギリシャ共和国よりかなり大きいよ 特にギリシア文明全盛期ならギリシア=地中海東半分くらいだった >>299 アナトリアは分かるけど他だとイタリア半島とか? ギリシャ語話者の黄金時代なら、アレクサンドロスの遠征後バクトリアにまで植民してた頃か、東ローマ帝国か... 正しい情報が欲しい人は、京都大学学術出版会の『西洋古典学事典』を 参照することだ。 よいな。 イタリアはカラーブリアほかに今もギリシア語で話す村があるし シチリア語は語彙が半分ギリシヤ語みたいなもんだろ そんなシチリア語の影響の多いマルタ語だと、語彙がアラビア語・イタリア語(シチリア語)・ギリシャ語(シチリア語由来)・英語のごった煮ってことか ギリシア語より英語の方がサンスクリットに近い気がするんだが どうだろう? 詳しく面白く知りたいのならば、 京都大学学術出版会『西洋古典学事典』を読むことだ。 よいな。 >>294 結局スパルタもアテネに代わる全ポリスの盟主として君臨しようとしたが、 軍事一辺倒支配は過酷でムリがあった もうギリシャは東ローマ時代には衰退する一方 軍事だけでなく、学問でも中世には新しいものが生まれていない キリスト教が絶対的になれたのは 蛮族の侵入や隣国との戦のみで近代になるまでそれに匹敵する程の思想が生まれなかったからだろう >>281 スマートフォンはスマフと略すべきだとおもう インドや中国も全部古代ギリシャ人が植民地にしてた考古学的事実が発見されてる 古代のギリシャ人は各地に植民市を作った このポリスのギリシャ人と今のギリシャ人というのは全く別人種だと思う 現代で古代ギリシャ人に近いのはレバノン人だろう ギリシャ自体は古代遺跡がある以外はめぼしい産業のない 地味な農業国だと思う 19世紀から20世紀にかけて独墺英米で流行したアーリア人至上主義者の言うギリシャ人や 金貸しが支配するマスコミの言うギリシャ人と実際の今のギリシャ人の実態には大きな開きがあると思う アレクに征服されて以降、ギリシャ本国ではポリスに相当するものが再建されず、 イタリアでそれに近いものが再建された その後はスイス、オランダ、イギリス、アメリカだと思う アメリカ東部の州は元々古代ギリシャみたいに独立性が高かった FBIやFRBが創設後も未だに州法の違いは大きい 古代ギリシャ人のうち、支配階層は印欧語族で被支配階層は先住民。 R1aやR1bは支配階級の子孫ということになる。 思うに、遺伝子厨は居るのにその逆が居ないのは不思議ですな。 人種による身体的特徴の話してるときに 「言語ガー、文化ガー」と言い出す人は居ない。 >>321 言語も文化もその根っこはヒトの結びつきだからね。 とにかく京都大学学術出版会の『西洋古典学事典』を 座右に置いて、しっかりと熟読することだ。 分かったな。 ギリシャ人の身体的特徴はトルコ人やアルバニア人と変わりない。 遺伝子厨が笑えるのは 形質上の類似をひっくり返すような発見が続出しているのに それを無視して金髪だの皮膚の色がだのと言い続け 記号と形質を結び続けていること 精神の程度が知れる ギリシャ人がダメならポルトガル人もスペイン人もイタリア人もダメよ。 投票結果が賛成でも反対でも結局暴動が起きそうな気がする 「民主主義」の故郷をズタズタにして 我々がそれを救ってやれば 民主化要求ばかりしてくる欧州人のメンツはつぶれるアル! っていう某国の工作の結果じゃないかなあ バクトリアあたりのギリシア人ってマケドニア人が大半だったのかな? アテナイとかスパルタあたりからわざわざ中央アジアまで行こうと する物好きはいないよな? バクトリアのバルフはカンビュセス2世がキレナイカのバルカから ギリシャ人を入植させた事に由来する バクトリア・ソグディアナ・ガンダーラあたりに 定住したギリシア人は? 商人や学者や職人といった都市住民ならそりゃ移住ぐらいするだろ 統合されて大帝国ができた時点でどこのポリス出身かあるいはマケドニア人かなんてのは お国自慢以上の意味は無いんだよ あるだろ。 マケドニア人以外のギリシア人移住の割合が低かったら 移住意欲が低かったってことだろ。 逆に多かったらその理由は何かと考えたくなるし。 ヘレニズムが広まったのは マケドニア人だけが移住したわけじゃないからだろ そもそもマケドニアが強かったのもギリシャ人を採用し良い物を取り入れてきたからで ギリシア人は人名で大体出身が分かるそうだが 俺にはさっぱり分からない。 ディオドトスなんて何人なんだ。 >>326 アレキサンダー大王の軍隊の末裔とも俗に言われるカラシュ族は、少なくとも父系ではインド亜大陸在来のタイプが半数近く 一方でMt-DNAだと西ユーラシアの系統がほぼ100% 常染色体遺伝子に至っては世界のどことも違う系統が大半 https://en.wikipedia.org/wiki/Kalash_people#Genetic_origins 言語的には大言語ではカシミール語が近く、もっと広い意味ではインド・アーリア諸語 容貌はヨーロッパ風 遺伝子は? 少なくとも父系のマーカーや常染色体だけ見ても、ルーツ解明には埒が明かないとだけは言える 高所得国から低所得国に落ちぶれる初めてのケースになるのか 今で一人当たり国民所得が2万ドル台前半だけど、一気に800ドルくらいになるとかw >>341 アルゼンチン、ブラジル、チリ、の南米ABCとか でも南米南部の落ちぶれる前は、今みたいにテクノロジーの発展した時代じゃなかっただろうから、落ちぶれたと言えどそれ以前と生活レベルの差はさほどなかっただろうけど、 現代で福祉・家電・自動車・毎日御馳走が当たり前の生活から、一気に貧乏暮しに落ちぶれたらすごい事態だろうな インフラの途絶えた崩れ落ちそうな家の中に、今はただの箱と化したテレビやコンピューター、食事は雑草や昆虫も含んだ粗末な物に、稀にどこかで捕まえた獣や魚や鳥の肉 でもなぜか笑いが絶えないギリシャ人とか >>341 ナウル ところで国民所得20000ドルといえばかなり豊かな国なんだが いったいどうやって20000ドルも稼いでたんだ? ロシアなんか原油あっても20000ドルに達しないんだぞ。 それを言うと、第二次大戦後のイギリスも、英国病とは言いながら、他の西欧諸国にさほど後れを取らずに発展してきたよな どこからお金が湧いてきたんだが。ポンドの価値を人為的に引き下げても不発だったくらいなのに >>346 インドとカナダとオーストラリアと香港から搾り取ってたんじゃないの? 違う。そのダメ植民地の土人、そいつらが不正に得たやばい金をシティーで 運用してるの。日本の政治家が英国にわざわざ渡英したとしたら、それは 英国に置いてあるやばい金を選挙資金として億単位で引き出すためさ。それだけの 金を下ろすには本人の生体認証が必要だから自分自身が行くんだよ。英国に 売るモノなんてな〜んにもない。 東京五輪は招致時期が東日本大震災、福島原発事故の後だからやる余裕あるのか と思ったが、相変わらずグダグダが続く まあギリシャ程度の国がよく無事に五輪を終了させた それだけでもヨシとすべきだが、 日本以外で五輪が経済を好転させた例はあまり見られないと思う むしろ歪ませただけなような メキシコ、モスクワ、ロス、ソウル、アトランタ、アテネ、北京、ロンドン・・ オリンピック以前のソウルや北京がどんなだったか そして今どんなか 知っていたらそんなことは言わないね そりゃ成長したら「歪み」とやらは見えるだろうけど、 そんなの何とでも言えるし東京だってそうだろ 古代のギリシャ人と現代のギリシャ人は血統的に無関係と言う見方があるが? >>346 イギリス領土のタックスヘイブンを介したシティへの資金流入 イギリスの第二次大戦後が、日本のバブル崩壊後を引き延ばしたようなもんだとしたら、 かなりの家庭で新規の家電の導入とか自動車の購入とかを、生活保護のお金に頼ってたのかな かつて(イギリスの場合大英帝国時代)のように皆がそろって豊かになれる時代でなかったとしたら、国民全体の生活レベルを向上させるには どうしてもナマポ的な物も必要になる 東ローマ帝国が存続していたら借金王と呼ばれている気がする 共産党員の反乱を鎮圧し、石油ショックは乗り切っても、五輪なんか開催したら裏目に出て 結局2008年のサブプライムローン破綻の辺りで帝制は崩壊するだろう 東ローマ帝国も20世紀まで持ってしまったら直接的な弾圧者になる可能性が出てロマンで語れなくなってくる 下手をすれば皇帝権力強化の為にナチと手を組んだせいで戦後にユダヤ団体から訴えられる鴨 トルコ共和国のヨーロッパ部分の領土をギリシャかブルガリアに任せるのは無理だから未だにイスタンブールはトルコ領 ローマが存続してる架空世界の歴史で サブプライムローンもナチスもクソも無いだろう その異世界は俺らの世界とはまったく違う歴史を辿ってるはずだ。 トルコの人口推移を見てるとローマ帝国時代から第二次世界大戦の時代まで人口増加率が異常に低い事がわかる 小アジアだけじゃなく、シリア・エジプト・北アフリカも帝政ローマ期より減ってるんだよなぁ 19世紀初頭の時点で、どこも3割〜5割くらい人口が少ない ギリシャやバルカン半島は、17世紀くらいでようやく帝政ローマ期の人口を上回ったようだけど ヨーロッパの方がローマ帝国崩壊のダメージが大きかったのに産業革命以前でさえ人口は増加していた 再審の学説では、帝政ローマの人口って、何人ぐらいで推計されてるの? 紀元前後の世界人口は2億5千万人と推計されている。 アメリカ合衆国も西部開拓時代から見れば現代は極端な少子化時代 母乳の代用が無かった狩猟採集民の合計特殊出生率ってどれくらいだったんだろう 今だとアンダマン諸島のオンゲ族で0.91なんてのがあるけど https://en.wikipedia.org/wiki/Onge_people#Demographic_troubles >>362 ヨーロッパの方が土地辺りの穀物の生産性が低いぞ >>360 ローマ時代のトルコってトルキスタンのあたりだぞ チプラスが口先だけでなく本当に極左なら政治家、官僚を何人か財政危機の責任者として追求し、 粛清しなければならない そうでなければ誰も納得すまい これは犯罪だと思う ギリシャを巨大化したのがアメリカだ アメリカも既にギリシャに成り掛けている ギリシャは東京五輪スタジアム用に見積もった額より少ない債務でもうダウンしている アメリカなんてもう天文学的な債務がある ルービーがベトナム戦争の頃からずっと財政を悪化させてきた 世界巻き込むなや 戦争したけりゃ砂漠の真ん中で自分達だけで自腹でやれよ ギリシャ活劇 第一幕 古代ギリシャ〜欧州文明のルーツ 第二幕 古代マケドニア〜古代帝国の先駆者 第三幕 ビザンチン帝国〜欧州の防波堤・文化の中心 第四幕 現在(チプラス政権)〜欧州の劣等生 アテネの外港ピレウスも今や中国資本の占領下。 テミストクレスが見たら泣くねきっと。 >>377 マケドニアは古代帝国アケメネス朝ペルシアを乗っ取っただけだよ? おまけに引き継ぎに失敗して分裂させて滅んだし 預金封鎖なんて事は国として絶対に避けなければならない最悪の政策だ 国民の事をまともに考えるなら3週間も封鎖するというのはあってはならない事なんだ 公務員の給与を下げるとか、もっと出来る事はなかったのか? またアテネ五輪決定、ユーロ加入のプロセスも検討せねばならない もうこうなったらギリシャは帝制になればいいんじゃないか ボカサ一世ならぬギリシャ皇帝チプラス一世として即位 東ローマ帝国(ギリシャ帝国と紹介される) 第一次フランス帝国(皇帝島流しで崩壊) 第二次フランス帝国(皇帝が捕虜にされ崩壊) 第一次メキシコ帝国(皇帝処刑で崩壊) 第二次メキシコ帝国(皇帝処刑で崩壊) 中華ラーメン帝国(成立失敗) 第二次清帝国(成立失敗) 近代ギリシャの首都はテッサロニキに移転すべきだった テッサロニキなんて領土に組み込めたの第二次バルカン戦争後のことだったろ ブルガリアやセルビアといつ諍いがおきるかわからんところを首都にするほど馬鹿じゃない 弱ったとはいえオスマン相手に、愚連隊で突撃するような連中だからな 海洋国家として島嶼部からスミルナ狙うか、陸軍国家としてアドリアノープルからコンスタンチノープル狙うか 思いだけふくれあがって、結局両方狙ってどっちも失敗 今回のような事が無ければギリシャは公務員のリストラや年金の削減が出来なかった ギリシャは都市国家に戻した方が、経済的にはマシになると思う。 シンガポールを参考に、1国当たりの面積は500〜1000平方キロメートル程度だな いまのギリシャで都市国家になれる規模の都市存在するか? アテネとテッサロニキは除いて 要するに印欧語族が侵入して先住民を次々に奴隷化した歴史だな 友情の方が尊いというのに、恋愛ほど語られることがない。 Why we don't celebrate friendship with the same fervor as love-- 恋愛を称えた哲学者はプラトンくらいだ。 ・・・from the beginning of philosophy (with the glaring exception of Plato), almost all philosophers have viewed love as an illusion, a mistake, even a hallucination. ・・・ 友情にはドラマはないが期限もない。その一方で、恋愛は経済を活性化する。 Friendship is free of the indignities, suffering and drama that characterize romantic love; it doesn't have an expiration date; we rarely suspect it to be a figment of our imagination. But love is what fuels our economy. ・・・ 恋愛は誰にも訪れるので民主主義的、友情は約束を守れる人だけに訪れるので貴族的。 Love is democratic ? good and bad people can feel it (almost everyone has felt love in their lives). But real friendship is aristocratic: It is the feeling of those who can keep their promises (the ethos of the aristocrat is of keeping one’s word). ・・・ 子作り、資産形成、社会的諸規範に掣肘されない友情は、自由の領域に位置している。 To take a wife is a social and religious imperative. Love and marriage belong to the biological realm of reproduction, to the economic need to increase wealth. Only friendship is located in the realm of freedom, and does not obey the logic of biological reproduction, or bow to the pressure to accumulate wealth, or of social norms.・・・ http://www.haaretz.com/israel-news/culture/.premium-1.702731 公務員の給料を上げまくって国家破綻に導く。 日本もギリシャ同様の道を歩まされていることを 知らねばならない。 >>390 それは教科書・歴史の本には書いてない 片手落ちだな アレクサンダー大王も南方のバビロンを首都としたから マケドニアを主体としたい部下に暗殺されたと言う意見も有っただろうが 彼の後継者は南方のアレキサンドリアやアンティオキアに首都を置いていた者も居たが 彼等がアレクサンダーを暗殺した訳では無いと言う事なのかだが アレクサンダー大王が米大陸以外の世界を支配した場合 首都は何処に成るのかだが バビロンよりは東の沿岸部に成る可能性も有るのかだが 高度な文化を持つギリシアではなく、 驚異的な経済力を持つカルタゴでもなく、 ローマが覇権を握れた理由は何? アレクサンドロスを暗殺したのはカッサンドロスの兄弟という説が有力。 古代ギリシャのオリンピック http://i.imgur.com/2m81Jwi.gif 参加者はフルチンで五輪やってたらしいが、動きずらく無かったんだろうか? チンコが上下左右・縦横無尽にブルンブルン跳ね回るだろうし あと、むき出しのタマキンにちょこっと衝撃が加われば悶絶するだろうし 本当に全裸でやってたのか? 黒い!潰れた広鼻!ぶ厚い唇!土人!南方ヅラ!マニラ顔! 赤の遺伝子afb1b3。 南方モンゴロイド。 それはマニラのスラムに漂う腐った屎尿の臭い。 この世で最も不浄な臭くて汚らしい穢れた遺伝子。 台湾人、中国人、朝鮮人にもたっぷりと入っている。 赤の遺伝子afb1b3が入ると南方人になり、日本人種が穢れる。 gm遺伝子 http://www.geocities.jp/ikoh12/kennkyuuno_to/001Gmidensi_1/asiaandjp.gmidennshi.nobunnpu.jpg 👀 Rock54: Caution(BBR-MD5:64a812ccf8e4a0c33443d7cecf6a78f3) ギリシャ人の旺盛な植民意欲はローマ併合以降全く影を潜めて しまったの? 古代オリンピックがどんなだったかが分かるよ。 巫女さんを除き、女人禁制で、ギリシャ人ないしはギリシャ系ローマ人の殺人歴のない 男性だけが選手、観客等になれた。 ・・・While today’s Games stress inclusivity, their ancient counterparts were rigidly exclusive. To compete in this celebration of not just Greek (and, later, Greco-Roman) identity but of proud god-fearing masculinity, you had to speak Greek, be free from the pollution of murder? and be male. Women couldn’t even be spectators. Only the priestess of Demeter could attend. それはゼウス神を祀る祭典だった。 The chief reason for these restrictions is that the original Games were not really about sport at all. Rather, they were one part of a major male religious festival in honor of the great god Zeus. Indeed, Olympia, site of the Games, was named for Mount Olympus, where Zeus was considered to have had his throne.・・・ オリンピックの時は戦争が禁止された。 “Olympic Truce,” proclaimed by itinerant heralds months before the festival began to ensure that participants and spectators could enjoy safe passage.・・・ この、1000年続いた古代オリンピックをぶっ潰したのはキリスト教。 Only Christianity could overcome them. With the banning of pagan practices by the Roman Emperor Theodosius in A.D. 391, their days were numbered, and by 425 the Olympics were no more.・・・ http://www.wsj.com/articles/the-strange-rites-of-the-ancient-olympics-1469805569 ギリシャ人というかマケドニア人の国家は ユダヤ人にゼウス崇拝を強制して怒りを買った 訳だが、そんなユダヤ人のキリスト教が真っ先 に洗脳活動を行ったのがギリシャなんだよな・・・ ユダヤ人のリベンジはホントに恐ろしい。 自分らを追放したローマをキリスト教の総本山 にしたり。 恨みは必ず倍返しする恐ろしい民族だよ。 とばっちりを受けたのがアメリカのアングロサクソン文化w 清教徒が元々作った国だけに、人名にも旧約聖書からとった変な名前がたくさん マチュピチュを見つけたハイラム・ビンガムのハイラムも旧約聖書のヒラムの英語読み ただでさえ本来の英語由来の人名は、中世以降は無きがごとしなのに マハーシャラルハシュバズなんて名前まである。まあこの名前で生まれてきた人は、長じてムスリムに改宗したけど でもアメリカのキリスト教徒の英語話者の人名として、こんなのまでありだとは https://en.wikipedia.org/wiki/Mahershala_Ali ギリシャ人はローマにボコられても守ってくれなかった ギリシャ神を棄てて死後に天国に連れてってくれるという キリスト教にすがるようになったんだろうな・・・ 古代ギリシャの先住民はY遺伝子で言うとI2・J・E・Gだな この連中の存在が歴史書・教科書から無視されているのが問題 >>404 そもそもキリスト教がユダヤ教と別の宗教になったのって ギリシア人との接触が原因だと思う ユダヤ人の身内だけでやってるだけならただのキリスト教イエス派でしかなさそう >>408 紀元前2000年より前の先住民のことだろw エジプト → キリスト教徒が図書館を破壊&アラブ人の侵入 メソポタミア → モンゴルによって焦土と化す ギリシャ → スラブ人の侵入、そしてオスマン帝国による占領 古代から続いた文明地が全滅や・・・ キリストなんて死んで復活してから1ヶ月したらもう二度と 現れもしなかったのによく全能の神として信じられたな。 >>411 メソポタミアはもっと前から衰退してた気がするぞ ザンジュの乱を決定的な荒廃の契機とみなすなら9世紀だな もっとも農地の地表塩分除去を黒人奴隷の手で継続的に行わなねばならない状態だったから、 そのずっと前から実質的には詰んでたといえるかな ローマ帝国になってから有名な学者って出てなくない? >>411 中国→北方遊牧民の侵入+自業自得 か インダスは >>411 アカイア人がミノス文明を乗っ取って滅ぼしてミケーネ文明を築いた所に ドーリア人がミケーネ全体を破壊、暗黒時代へ ギリシア人には蛮族の一面もある ドーリア人ってヘラクレイダイって呼ばれてるヤツら? >>400 東京博物館のギリシャ展見にいったけど短小包茎の彫像があったな 古代ギリシャ人が短小包茎を尊んだのはデカチンだと運動上見苦しいからかもしれん スレチ承知で 名指揮者カラヤンはギリシャ系だったそうだけど この人は「ヘルベルト」というゲルマン起源名を持ってた。 「正教徒なのにゲルマン起源名持ってるんだ」って思ったけど 伝記読んでみたら先祖がカトリックに改宗してたのね。 東ロマンス語を話す少数民族アルーマニア人の血筋だと聞いたことある >>421 カラヤンのご先祖様ってドイツのザクセンに移住した後に作った 繊維工場が現地の産業発展に貢献したって事で貴族に叙されたん だっけ。 異教徒?(同じキリスト教だけど)の外国人でも能力があれば貴族に させてもらえるんやな。 キリスト教は哲学を邪教であると教えていたようだね。 論理じゃなくて信仰が大事なんだと言っていたらしい。 そりゃ、学問が廃れる訳だわ。 そんなの聞いたことないw マクシモスやグレゴリオパラマスを読んでもプラトンやプロティノスの影響受けまくってるのが分かる 要するに印欧語族侵入前のギリシャ先住民について語られていない >>425 ギリシャ人相手かは知らないが、ラテン教父のテルトリアヌスが 哲学者を異端の主教と呼んでいたそうだ。 アリストテレス・(オナシス)みたいな人名は、独立後古代ギリシャ時代の文化が再評価されて再び人名に復活したのかな >>424-425 トマス・アクィナスがイブン・ルシュドやイブン・スィーナーを経由してアリストテレスに触れ 神学大全を記してからようやく「哲学は神学の婢女」と認められるようになったが、 それ以前の哲学は異教時代の異端の学問扱いだった というか断絶が大きくて全く読まれず伝えられないまま誤解されていた >>422 独立戦争後に首相を務めたコレッティスもアルーマニア人の 血を引いてるみたいっすね >>427 テルトゥリアヌスみたいなのは極端な例だからね 彼はモンタヌス派に走って更に満足いかずに自派を立ち上げるくらいだから。 初期キリスト教の思想家としては哲学者ユスティノスや、プラトン主義者いわれたオリゲネスみたいなのがいるから、単純に哲学は〜みたいなのは言えない。 ナジアンゾスのグレゴリオスもプラトンの教養あるし。 >>429 そのトマス・アクィナスも、8世紀にヨアンネス・ダマスケーノスの著作を引用しまくってるが、著作知識の泉の第一部は純粋に哲学を取り扱った部分だし、ギリシャ語圏内においては哲学が絶えてたわけじゃないのよ。 ミカエル・プセロスやプレトンのような哲学者もいたし。 ソクラテスに問いつめられたら神学は成り立たないじゃないか グノーシス派なんて窮屈なアブラハムの宗教に嫌気が差したギリシア人が ペルシアの宗教の知識を織り交ぜて作った壮大なパロディかつ嫌がらせの体系じゃないかと思う 理詰めで考えたらキリスト教なんて受け入れられる訳ないよ。 何で一回蘇ったキリストが二度と現れないんだ? 何で殉教者を見殺しにするんだ? って無限に疑問がわく。 >>433 理詰めで考えて納得できるなら、そもそも信仰する必要はないわけだが。 「理解」できないからその代替行為として「信仰」するのだよ。 ギリシャの中にはイオニア諸島みたくオスマントルコの支配下に おかれなかったところもあるけど,そういった地域の人々って クロアチア人がセルビア人を文化面で見下すような感じで 旧オスマン領の人達を見下したりもするんやろか(ただしイオニア諸島 って独立運動が盛んな頃はナショナリズムの拠点だったみたいですね)。 >>423 19c以降なら、ユダヤ人でも貴族に叙される例がちらほらと。 ナポレオンとかユダヤ人でも構わず貴族にしてたみたいだし。 東ローマ結構強くね? ユスティニアヌスによる大征服 ササン朝とのガチバトル サラセン人をギリシャ火で撃破 ブルガリア帝国を滅ぼす 始皇帝陵の兵馬俑はギリシャ文明の影響下で、 恐らくはギリシャ技工による指導もあって作られたらしいとさ。 Ancient Greeks 'may have inspired China's Terracotta Army' https://www.theguardian.com/science/2016/oct/12/ancient-greeks-may-have-inspired-china-terracotta-army-sculptors-ancient-dna 仏像の出現と同じ構図だったというわけか。 マウリヤ帝国はアレクサンドロス「帝国」の刺激で生まれたが、秦帝国も? そうだね1000年続く国ってそうないよね そう考えるとチャンパって東南アジア最強だね(棒) いやいや、秦の兵馬俑は焼き物で根本的に作り方が違うだろ たまに片膝ついたりの構えてる奴も居るけど、クラシック時代のコントラポストS字ポーズの特徴も無いし どっちかと言えばアルカイック時代の直立だけど、それにしちゃ表情がしっくりこない ロシア語の中のギリシャ正教由来の語や人名って、古典ギリシャ語から現代ギリシャ語になる過程で生じた音韻変化をほぼすべて反映してるみたいだけど、 ロシアにキリスト教が伝わる10世紀末以前に、音韻面では既にほぼ今の形に変化してたのかな それかコンスタンティノープルがオスマン朝の手に落ちるまでの4、500年の間、交流があって、用語は絶えずギリシャの最新の発音に更新されてきたのかな >>441 人的文化的交流は常にあったし、それはコンスタンチノープル陥落後もそうだよ。 ビザンチン帝国末期までモスクワ府主教はコンスタンチノープルから派遣された ギリシャ人が就任してたくらいだし、その後だってコンスタンチノープル総主教庁が なくなったわけじゃないから。 典礼言語の発音って、そんなに簡単に同時代の口語に合わせるものなのかな 文法は保守しても発音はその時代に合わすもんでしょ 万葉集を古代音で読むことがないように 東ローマの歴史は長いが、ユスティニアヌスの征服活動以降ブルガリア帝国撃破くらいしか見せ場がないな。 数々の外敵に攻められまくってるのによく千年も続いたもんだよと感心するわ。 宗教の言語は民衆に布教しやすくするために 権威付けられた古代からの文語よりも思い切ってその時代の口語に近づけた言葉で布教して 結果として当時の口語資料を残すことがあるね 仏教でも原始仏典はサンスクリットではなくパーリ語のものが多く、後からサンスクリットにも訳されたりする 漢訳仏典でも科挙や公文書に使用された先秦や秦漢の文体ではなく 六朝や唐代や宋代の口語を留めていることがあり 貴重な文法の資料になっていたりする 私は元創価の会員でした。 すぐ隣に防衛省の背広組の官舎があるのですが、 自分の家の窓にUSB接続のwebカメラを貼り付けて、そこの動画を撮影し続け、 学会本部に送っていました。 別に大したものは写っていません。ゴミだしとか奥さんが子供を遊ばせている所とか。 官舎が老朽化して使われなくなってから、 今まで法人税(うちは自営業です)をほぼ払わなくても済んでいたのが、 もう守ってやれないのでこれからは満額申告するように言われました。 納得がいかないと言うと、君は自業自得で餓鬼地獄へ落ちる、 朝夕南無妙法蓮華経と三千回ずつ唱えて心をきれいにしなさいと言われ 馬鹿らしくなって脱会しました。 それ以来、どこへ行くにもぞろ目ナンバーの車につけまわされたり大変な日々です。 全て自分の出来心から起きた事で、どこに訴えるわけにもいかないのですが、 なんとかあの人たちと縁を切って新しい始まりを迎える方法はないんだろうか。 >>447 サウジアラビアか北朝鮮に移住しろ 創価学会は追って来れない 30年くらいしたら、ヤノマミ族が「南妙法蓮華経」って詠唱してたりしてw ペルシャ戦争では、 七割のポリスは戦わず静観していた、 むかしトルコの空港であったインド人に 「君は日本人か? SGIはすばらしい。きみはSGIに入ってるか? 日本人なのになぜ入らないんだ?」とまくし立てられて 往生したことがあったなあ・・・ >>451 本当に戦争は弱いね 途中からギリシャ傭兵を多数使っていたと聞いてワロタ アナバシスなんか痛快だよ >>452 被差別カーストかアディバシー(先住民)の人だったのかな 人口が多い国は数に頼り 少ない国は精鋭主義でやるしかない それぞれに合った戦い方をしているだけ 岩波文庫のヘーシオドスの「仕事と日」松平千秋訳を読んだんだが、 「わし〜〜なのじゃ」とか爺口調で訳されてるんだが、 古代ギリシャ語には若者口調と爺口調の違いとかあったの? ただ松平千秋氏の匙加減? フランク族がフランキスカという斧をよく使ってたためにその族名が付いた事 てっきり逆かと思ってた。 ちなみに斧のフランキスカはどういう背景でその名が付いたんだろ? >>461 日本語版ウィキペディアはなんか専門的でない本を丸ごと信じてそう書いてるけど 英語版を見るとフランク族が使うからそう呼ぶ、と古い語源辞典を引いて言ってるよ というか語形を見ても逆はありえない -sc-というのはラテン語で「〜(風)の」という形容詞を作る語尾で、同源の接辞は印欧語に広く見られ 英語の-ish、ドイツ語の-isch、ロシア語の-ск-のようにゲルマン語やスラヴ語でもおなじみのものだ francisca, francescaどちらも「フランク(族)風の/式の」という形容詞の女性形がそのまま名詞化したものだ なぜ女性形かというとこういう斧を指す名詞securis(投げ斧、まさかり)もbipennis(二枚羽付き斧)も女性名詞で、 それらと同じものを指しているからだろう スパルタとかアテネとかテーバイの時は強兵だったのに ローマに支配されてから弱兵になるよねギリシャ スパルタは過剰評価だな イメージ戦略が功を奏したか よく暗黒の中世と言われるけど あれはあくまで西ヨーロッパにおいてであって ビザンツ帝国ではギリシャ・ローマ時代のクオリティで 学問・建築・美術が維持されていたのだろうか むしろ退化してるな美術 イコノクラスム以前以後でイコンの質も下がりすぎ ユダヤ教とイスラム教が全面的に偶像禁止で、ギリシャや小アジアは近いからな イコノクラスムもイスラムからの嘲笑を理由に挙げる説もあるようだが、 それをきっかけとする一種の原点回帰運動というか原理主義運動だろう 美術こそキリスト教がギリシャから奪ったものと言っても良いのではないか 東ローマは自他共に認める「ギリシアローマの後継者」だが、 ギリシア人とローマ人の儀式や文学表現を猿真似するだけで、 ギリシアとローマの優れたところを何も受け継いで無いのが辛い 東ヨーロッパの母体ともいえるが、 東ヨーロッパ自体がパッとしないので 結局目立たない 現代の我々の目で見て「ぱっとしない」というのはたぶん 産業化されていない文化だということ 商品化に適さず、相互に競争することで何らかの「質」を向上させようとしない、 普遍性を欠いて不純物のような不合理なものをたくさん含んだ文化ということだろう その中には無視できない記号が含まれていて新たなコンテンツのスパイスになりそうだけどな アナバシスを読んだが、 傭兵団が移動しつつ各地で食料や物資を集める描写で、 ペルシャ圏ではどう集めたのかぼかしてるのに、ギリシャ人植民都市に入ると途端に「略奪した」ってはっきり出てくるんだが、 普通逆じゃね? アナバシス、ペルシャ圏内の住民にとっては、ペルシャの徴税と アナバシス軍の徴発と違いがないように思ってたんじゃないか、 というふうに見える。アケメネス朝という国家の存在が凄く希薄に感じられた ギリシア人はアイデンティティが明確だけど ペルシャ帝国の臣民は皇帝クソ食らえも多いと思うよ >ペルシャ圏ではどう集めたのかぼかしてるのに 実際は虐殺してたのをぼかして書かなかったという可能性は? 都合の悪いことは書かない、てだけでは? ウィキペのアナバシスでは >メスピラにおいて住民の大半を虐殺 と書いてあるけど、文庫版では「町は遂に陥落した」としか書いてないね メスビラの虐殺の出典は何なのだろうか ギリシャ文明の広義の仏教への影響に関し、ごく簡単に仮説的私見を述べておきたい。 ギリシャ人たるアレクサンドロスは、中央アジアから北西インド亜大陸にまで攻め込んだわけだが、 「インダス川流域は・・・アレクサンドロスが紀元前323年に死去すると彼の任命した総督(サトラップ) 達の支配するところとなっていた<ところ、>・・・ガンジス川流域の支配を確立したチャンドラグプタは インダス川方面の制圧に乗り出した。・・・<アレクサンドロス死後のその帝国の跡目争いである> ディアドコイ戦争中の紀元前305年、アレクサンドロスの東方領土制圧を目指したセレウコス1世が インダス川流域にまで勢力を伸ばした。チャンドラグプタはその兵力を持ってセレウコス1世を圧倒 して彼の侵入を排し、・・・インダス川流域からバクトリア南部にいたる地域に勢力を拡大した。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%A6%E3%83%AA%E3%83%A4%E6%9C%9D という史実から見えてくるのは、 「プルタルコスは、チャンドラグプタが・・・青年時代に、インド北西部へ侵入したアレクサンドロス 大王のもとに出向き、インド東部への道案内を申し出たという逸話を伝えている」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%B0%E3%83%97%E3%82%BF_ (%E3%83%9E%E3%82%A6%E3%83%AA%E3%83%A4%E6%9C%9D) ところ、その真否はともかく、 チャンドラグプタが、「インド最初の本格的な統一王朝<たる>マウリヤ朝」の創始者となった https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%A6%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%83%A4 契機は、アレクサンドロスによる東征、大帝国の形成の衝撃であった、という事実だ。 私は、このマウリヤ朝は、ペルシャより東の世界における最初の帝国であった、という認識を持っている。 帝国とは、多民族からなる大領域国家のことであり、(「夏」の実在性はまだ確立していないところ、) 「殷」にしても「周(西周)」にしても、漢人のみからなる都市国家に毛が生えた存在に過ぎず、 支那における帝国の成立は、マウリヤ朝の成立よりも半世紀後の紀元前247年における、 秦による、漢人プラスアルファからなる大領域国家の成立を待たなければならない。 帝国を形成、維持するためには、現に、或いは、企図された征服対象として将来的に、 その統治下に抱える諸民族を超越したイデオロギーが必要となる。 秦の場合は、本音ではそれは諸子百家中の墨家の思想で、建前上では、それを帝国成立前から 採択していた法家の思想に求めたわけだが、それは極めて実務的な選択であったと言えよう。 マウリヤ朝の場合は、簡略化して述べれば、(いわゆるヒンドゥー教の前身たる)バラモン教の 信者が多いガンジス河地域を本拠としつつ、旧アレクサンドロスの帝国ないしセレウコス朝の 上澄み部分に、古典ギリシャ哲学/ギリシャの神々/プラトン・アリストテレス流の哲人君主制を 信奉する者達を抱える、インダス河地域も取り込んだ形 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%B0%E3%83%97%E3%82%BF_ (%E3%83%9E%E3%82%A6%E3%83%AA%E3%83%A4%E6%9C%9D) で成立した帝国である(そもそもチャンドラグプタは、後継ぎの息子ピンドゥサーラの后の一人として、 セレウコス1世の娘を貰い受けている。)ことから、インド亜大陸で生まれてからそれほど年月を 経ていない新興宗教ないし新興思想に、帝国イデオロギー候補として目を付けた、と見たいところだ。 「チャンドラグプタはジャイナ教を熱心に信仰したが、<二代目の>ビンドゥサーラはアージーヴィカ教 の信者であったと伝えられ、<三代目のあの有名な>アショーカ<は>仏教を熱心に信仰した」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%93%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%A5%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%A9 のは、どれが国家イデオロギーとして一番適切であるか、試行錯誤を続けたということだ、 と見たらどうか、というわけだ。 ここで注意が必要なのは、一般にアショーカは「仏教」を「信仰」したとされてきたけれど、 彼が信奉していたのは、釈迦の唱えた「ダルマ」であって、当時、まだ本格的には成立していなかった、 「仏教」では必ずしもなかったことだ。 アショーカ自身、 「彼はダルマが全ての宗教の教義と矛盾せず、1つの宗教の教義でもないことを勅令として表明して」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%AB%E7%8E%8B いることから、このことは明らかだろう。 しかし、その意図せざる結果として何が起こったかと言えば、釈迦の唱えた「ダルマ」の、 マウリヤ帝国内、及び、セイロンへの普及であり、そのことを奇貨とした、釈迦を祖師とする 仏教なる新宗教の勢力大伸長であり、「ダルマ」の普及・保護のための過度な財政支出や 国家財の供出、及び、平和志向によるマウリヤ帝国の財政的・軍事的破綻であり崩壊だった。 尚、アショーカの事績中、最も重要なのは、釈迦の思想の中核であるダルマ ・・人間主義回復方法論、と言い換えてよかろう・・ が、彼によってセイロンに伝えられたおかげで、それが、上座部仏教の一環として、 (インド亜大陸における仏教の事実上の消滅にもかかわらず、)忘失を免れることになり、 やがて、チベットにおいて、それが大乗仏教の中に組み込まれることによって、現代にまで、 念的瞑想として生命を保ち続けることができたことです。 その後、インド亜大陸北西部において、セレウコス朝 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%AC%E3%82%A6%E3%82%B3%E3%82%B9%E6%9C%9D から分離したグレコ・バクトリア王国から更に分離した、インド・グリーク朝が成立した。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%82%B3%E3%83%BB%E3%83%90%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E7%8E%8B%E5%9B%BD そこで、アショーカの下で興隆し始めた初期段階の仏教に起こったことを、 論理的に想像した下掲は説得力がある。 「紀元前2世紀に現在のインド西北部を支配したギリシア人のミリンダ<(メナンドロス)>王は、 仏僧のナーガセーナとの問答を通じて仏教に帰依し、出家したと『ミリンダ王の問い』は伝える。・・・ <しかし、>ナーガセーナの教義は、もしもミリンダ王にギリシア哲学の素養があるのなら、 論破できる類のもの<なので、疑問>だ。 もちろん、ミリンダ王ならびに彼の後継者となるギリシア人の王たちが仏教を保護したことは 事実と認めてよい。だが、彼らは、出家しなかったことからもわかるように、仏教に心底帰依した というよりも、むしろ政治的に利用しただけではないのだろうか。 <(そもそも、釈迦の思想の中核たるダルマを通じて悟りを開いた、つまりは人間主義者に なったと思われるアショーカが、それが故にこそマウリア朝を没落させてしまったという教訓も、 地理的等からマウリヤ朝の後継王朝とも言える、インド・グリーク朝のミリンダ王等は承知して いた可能性が高い。)> インドには伝統的なカースト制度が根強く残っており、ギリシア人をはじめ外国人はアウト・カース ト(不可触賤民)として蔑視された。そんな中、カースト制度を否定する仏教は、外国人支配者に とっては都合がよく、そのため、ギリシア人のみならず、その後インドに侵入した外国の支配者 たちはたいてい仏教を保護したものなのである。仏教を保護することには、支配者が外国人で なくても、メリットがあった。カースト制度では、王といえども、バラモン(聖職者)の下に位置付け られていたのである。バラモンの下のクシャトリヤ(王侯貴族)や、そのさらに下のヴァイシャ(商人 など)にとっては、自分たちの権力や富にふさわしい地位を求めて仏教を保護したという事情がある。 また、支配者、つまり権力や富を持つ者にとって、被支配者、つまり権力や富を持たない者に 反乱を起こさせないようにすることは、自分の地位を維持する上で極めて重要である。 反乱を起こそうとするのは、権力や富への執着が強いことが原因であるから、仏教を広めて 下層民に権力や富への執着を捨てさせ、無欲にすることは、不満分子の反乱を予防するのに 効果的である。表向きの理由はともかくとして、インドの王侯貴族や富豪が仏教を保護した裏の 理由は、そこにあると考えることができる。 王侯貴族や富豪の保護のおかげで、仏教は世俗的な繁栄を享受することとなった。 しかし、権力や富への執着を否定する宗教が、権力と富を持った支配者と癒着するという パラドキシカルな関係が続く中で、民衆の心は、支配のためのイデオロギーと化した偽善的 宗教から離れていった。仏教に代わって民衆の心を捉えたのは土着の宗教であるヒンドゥー教 であった。そして仏教は、イスラム国家とイスラム商人が台頭する中、パトロンを失って、インド、 パキスタン、アフガニスタンの地から跡形もなく消えてしまったのである。」 https://www.nagaitoshiya.com/ja/2012/milindapanha/ つまり、インド・グリーク朝は、初期段階の仏教(原始仏教)を大興隆させることになったけれど、 そのインド亜大陸における没落の根本原因をも同時に作った、ということになる。 さて、ミリンダ王等、インド・グリーク朝の君主達は興隆しつつあった原始仏教に帰依しなかった としても、支配層たるギリシャ人の中には、帰依した者は少なからずいたと考えられる。 その結果起こったことが下掲だ。 「原始仏教では身体は不浄で、人生は苦と考える。だが、ギリシャ文化では「身体は美しく、 苦しい人生でも生きるに値する」と考える。この肯定的人生観と仏教の否定的人生観は互いに刺激 し合って、仏教はインド西北部のギリシャ人に受け入れられる。原始仏教の高い論理性と合理性が 受け入れ理由だった。紀元前後につくられ始めるガンダーラの仏像はギリシャ人の容貌を持っている。 ギリシャ人に受け入れられた仏教はギリシャ人の影響を受け、人生肯定の思想を持つようになる。 否定的人生観からこの肯定的人生観への変化が大乗経典の特徴になっている。」 http://huukyou.hatenablog.com/entry/2016/09/20/091358 そして、その更に結果として生まれたのが、写実的な仏像と物語性豊かな仏典とを伝道の両輪 とした大乗仏教である、というわけだ。この大乗仏教は、伝道僧達によって、中央アジア経由で 北伝し、支那、更には日本へと伝播していくことになる。 大乗仏教には、ダルマ(悟りの方法論)が欠落していることは、既にご承知のことと思う。 しかし、仏典が説く人間主義は、仏像を中核として発展したところの、仏教美術・建築・庭園・ 生活様式、等、と相まって、(孤立したチベットを別にすれば、)日本だけで失われることなく 維持されてきていた人間主義(縄文性)に滋養強壮的な刺激を与えることで、その引き続きの 維持に不可欠な役割を果たすことになるのだ。 また、大乗仏教の人生肯定性は、日本における弥生性が維持されることに貢献し、人間主義文明 たる日本文明の存続を、安全保障面から、引き続き、強固に担保し続けることにつながった。 ■暫定的結論 以上から、暫定的結論だが、インド文明と古典ギリシャ文明の、思想面を含む衝突と一時的 共棲の中から、原始仏教が成立し、それが上座部仏教の形をとって南伝を果たすとともに、 やがて、大乗仏教の成立を促しそれが北伝し、前者が、非人間主義者の人間主義回帰のための 方法論の忘失を免れさせ、後者が、自律的な人間主義文明である日本文明の希釈化ないし 滅亡を免れさせた、と言えそうだ。 すなわち、思想面を含むところの古典ギリシャ文明は、その生み出した合理論科学が直接的に 西方に巨大な影響を与え、また、その生んだ哲人王による帝国形成が間接的に東方に人間主義 の存続という形の巨大な影響をもたらした、ということになりそうだ、ということ。 もとより、以上記したことは、極めて粗削りな仮設の域を超えていない。 機会を見て、もう少し本格的な仮説を展開することを期したい。 イタリア半島南部では、海神ポセイドンを奉じるスパルタ人の移民団が、海神の息子 タラスの名をもつ都市(現ターラント)を建設した。 また、メタポント(古名メタポンティオン)、シバリ(古名シュバリス)、クロトン (現クロトーネ)等はアカイア人により、ロクリ(古名ロクロイ)はロクリスからの、 レギオン(現レッジョ・ディ・カラブリア)はカルキス系の、シリス(現シーリ)は イオニア系の移民によって建設された。 南イタリアに入植したギリシア人は、メッサピア(現サレント半島)にいた メッサピ族やヤピギ族、プーリアのダウニア人やペウケティ族、 内陸部のルカーニア人、カラブリアのブレッティア人、コーニ族とエノトリ族らの 先住民族と衝突し、それらを制圧して駆逐したり、あるいは奴隷化した。 いつの時代という限定は抜きにして、 ギリシアのポリス本国は民主政なのに 植民都市に派遣された総督のほうは治安のために独裁化しやすくて やがて植民都市だけ王政になっていた、なんていうケースはよくあったんじゃないの ギリシア人が西地中海へ組織的な入植活動を始めたのは前8世紀半ばのことであった。 本土が人口増大にともない経済的に飽和状態になったため、計画的に募集をかけて 移民団を送り出したのである。 行き先はデルフォイの神託次第。 シチリア入りした最初の移民団はエウボイア島のカルキス人で、まずザンクレ(現メッシーナ)に、 続いて前734年頃ナクソスに定住した。同年コリントス人がシラクーサを建設し、さらにメガラ人が メガラ・ヒュブレアを、クレタ人とロドス人がゲラ(現ジェラ)をつくった。それぞれのポリスが増殖すると、 新たな都市が生まれていった。例えば、セリヌス(現セリヌンテ)はメガラ・ヒュブレアの、 アクラガス(現アグリジェント)はゲラの副次都市である。 オックスフォードのClassical Dictionary 買ったけど neodamodeisの項がなくて、helotsの項で説明されてた… 教会「ケルト神話?北欧神話?スラブ神話?邪教は禁止です」 教会「ギリシャ・ローマ神話?まあ、いいんじゃないの」 なぜ容認されてるんだろうね 1月 January ローマ神話で"物事の始まりと終わり"をつかさどる神ヤヌス(Janus) 2月 February 古代イタリアの清めの神Februus 3月 March ローマ神話の軍神マルス(Mars) 4月 April ギリシア神話の女神アフロディテ(Aphrodite) 5月 May ローマ神話の豊穣の女神マイアス(Maius) 6月 June 古代ローマの結婚や出産の女神ジュノー(Juno) 7月 July カエサル(Julius Caesar) 8月 August 初代ローマ皇帝アウグストゥス(Augustus) 9月 September ラテン語でseptem「7番目の月」の意味(3月を初月として) 10月 October ラテン語でocto「8番目の月」の意味(3月を初月として) 11月 November ラテン語でnovem「9番目の月」の意味(3月を初月として) 12月 December ラテン語でdecem「10番目の月」の意味(3月を初月として) そりゃキリスト教はローマ帝国を乗っ取った宗教だからな それだけではなくローマ帝国のグレコローマン文化によって ユダヤ教原理主義メシア運動の一つでしかなかったイエスのカルトは 哲学や科学と融合した地中海の大宗教にまで成長したのだ 豚肉食って割礼しないで今さらユダヤ暦でもないだろう ローマの多神教が政治的な儀式だけのものだったのはキリスト教徒も知っていた 公認され国教になってからもローマの政治体制そして文明主義を引き継いだ ローマにとって「野蛮」だったケルトやゲルマンやスラブの文化は キリスト教にとって単に「異端」なのではなく 「非文明的」という意味でも不要な存在だったのだ 遺伝子的に、エーゲ海のギリシャ人達は(かつてギリシャの植民地だった) 南イタリアの人々に近く、本土のギリシャ人達は、(コソボを含む)アルバニア人 達に近いことが分かった。 http://www.haaretz.com/archaeology/1.798089 ギリシャ人はトルコ領になる前にスラブ化してたのね。 アルバニア人はイリュリア系でスラブじゃねーよ その記事に参照リンクがあるnature.comの論文でも、セルビア&モンテネグロとの境界で遺伝子タイプの色が変わってるじゃねえか 何を言ってるのかと思ったらそういう勘違いか これだから遺伝子厨は ☆ 日本人の婚姻数と出生数を増やしましょう。そのためには、公的年金と 生活保護を段階的に廃止して、満18歳以上の日本人に、ベーシックインカムの 導入は必須です。月額約60000円位ならば、廃止すれば財源的には可能です。 ベーシックインカム、でぜひググってみてください。お願い致します。☆☆ イリアス・オデッセイア 面白いね イリアス:トロイア戦史 オデッセイア:先ギリシャ時代の文化や風俗譚って感じ オデッセイアの方が俺はハマったw テレマーコス愛され過ぎやろjk "三角法の父”はギリシャ人ではなかった・・・ ヒッパルコスの研究より1000年以上前に・・・バビロニア<で>・・・三角法が使用されていた・・・ http://news.livedoor.com/article/detail/13525520/ >>502 トロイア遺跡に居た住民のことではなく、地中海全域で戦争、海賊していたフェニキア人のことを 比ゆ的にトロイアといったのだろう 世界史のようにおもしろいかねがはいってくるさいと グーグルで検索⇒『羽山のサユレイザ』 RUN7D いっそのことギリシアとマケドニア、合併すればいいのに 地名ありきで人工的に言語名・民族名をつけたパターンだろうな ギリシャ人の怒りももっとも アレクサンダー大王はスラブ系ではなくギリシャ人ということなんだろうね 突き詰めれば https://www.amazon.co.jp/%E5%9C%B0%E7%90%83-%E7%B5%B6%E6%BB%85%E4%BA%BA%E9%A1%9E%E8%A8%98%E3%80%881%E3%80%89-%E4%BB%8A%E6%B3%89-%E5%BF%A0%E6%98%8E/dp/488475087X ところがこの本の著者(今泉さん?)は両者を同一視して書いてたように記憶してる ちょうど旧ユーゴスラビアが分裂したころに出た本だけど 生物としてのヒトに詳しい先生だと、民族というものの複雑怪奇さ,適当さは想像もつかなかったんだろうな これ1が出てそれっきりだけど、2があったらギリシャ関連だと系統不明のミノア文明人とかが載ったのかな 近代ギリシャではヴェニゼロスが最高峰の人材だな コンスタンティノープル奪還に最も近づいた男だと思う >>504 つまりトロイア戦争はギリシャ系どうしの戦争? 19世紀アルゼンチンのカウディージョ、フアン・マヌエル・デ=ロサスの政敵で のちにアルゼンチン大統領となったバルトロメ・ミトレはギリシャ系の人だった。 ギリシャ系の南米人ってこの頃からいたのね。 原ギリシャ人が南下したときアナトリア方面に向かってヒッタイトを滅ぼした組と半島に向かった組があり、前者がトロイアで、後者がアカイア勢としてトロイヤ戦争やらかした……だったりして >>515 旧ソ連時代にまだ残ってたギリシャ系って、クリミアにはいなかったのかな ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
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