数・記号の文明史 [転載禁止]©2ch.net
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数字や記号に関する歴史や文化について話すスレです。 数や記号の認識に始まり、その表記や計算法、記録法の発展と 応用分野、社会的影響力の拡大、度量衡の標準化などなど。 数学、論理学、記号論や、自然科学・社会科学への数値化、 質的説明から量的証明への移り変わり。 計測器の発達やメーター・文字盤の発達、 そろばん、算木、計算尺、電卓などの計算機具の発達など、 自由に話してください。 人 (__) (__) ( )  ̄ ̄ ̄ これがうんこの記号として使われるようになったのはいつからですか? 電卓以前に計算に使った道具って、そろばん、算木、計算尺以外なんか無かったのかな? 会計なんかの話もありなんだよね? 複式簿記の話とか 東西両用のそろばんって、起源は一つなの? それとも別起源? アラビア式が普及しないうちから対数表なんかはあったんだろうか? >>1 >計測器の発達やメーター・文字盤の発達、 メーター類のインターフェースの大元って時計の文字盤と考えていいのかな というか、スレが立った直後ってのはネタ投入で皆書いてるんだから、もうちょっとスレに何か書いてよ。 ○○でググれってのは、ある程度知られている言葉の場合であって、 かつそのキーワードでググった場合にページがいくつも表示される場合。 符木もタリーもtallyも、中国語のページはすぐヒットするけど 携帯型計算機っていうより、そろばんって言った方が早くない、これ? そろばんの定義ってなんかあるのかな? 枠内に桁があって、その中で数を視覚的に移動させられることとか? 計算の「場」と数を表す「駒」がひとまとまりになっていて、バラバラにならないことかな。持ち運びに便利で、出したらすぐ使える。計算のリセット(ご破算に願いましては)もワンタッチ。 狭い意味の算盤ではなくてアバカスの定義の話だとすると、携帯性は定義に含まれないよ。 初期のアバカスは砂と石を使って計算する道具だったわけだし。 日本の算盤って1玉+4玉なんで、古代ローマのものに似てるんだよねぇ。 中国は2玉+4玉なんでちょっと違う 日本でも明治までは2+4玉算盤だった。 昔は16進数の計算も必要だったので2+5玉だった。 明治から16進数の計算が不要になったので十進数用に最適化した1+4玉算盤が主流になった。 現代でもプログラマが算盤を使うなら16進数の計算が必要だから2+5玉のほうがいいだろう。 ただし、プログラマが算盤を使うなんてことは無いだろうから実際にはあり得ない想像だけど。 忘れてた あと金勘定 昔の貨幣は16進数やら4進数やらがあった 確かに。 というか、そういう話の方がむしろこのスレの趣旨にふさわしいね。 >>20 古代ギリシア世界で使われていたのがそろばんの起源であり定義でもある。 ちなみに計算機や機械そのものの起源・定義もアンティキティラの機械時計にある。 商売には分割しやすい16進法はいいんだろうな 4進法は世界的に見て貨幣によく使われてるよな 2×2だからだろ 3で割り切れる6を使う場合もあるね 決済用なんだから基準通貨の半分の半分使うのはわかりやすい 20進法ってのは、もしかしたら4の倍数だから採用されたのかね? それとも単に両手両足の指の数? 銅や塩なんかのかち割って使う正貨を運ぶ際には馬駱駝驢馬の背中の両側に振り分けして掛けて運んでたから 最初の約数が2であり分けられた1/2が半両になるのは当然だが 何で4分法(4進法では無い事に注意)に拘るのかは分からない 思いつきだと驢馬等の脚の数に引っ掛けて二枚ずつ両側に掛ける習慣が有ったのかも知れない つまり一脚=1/4両重 >>15 まずパン切り器かピザ切り器が存在したと見る方が妥当 一応いっとくと60進法はレンガを積むとき割りやすい数ということで 選ばれたという説あるな 多くの約数を持つ 易に太極あり。太極両義を生じ両義四象を生じ四象八卦を生ず。 二進法ですな >>45 計算機スレのレンガといえば、、、 >>39 正面に向かって、右手と左手だろうから 身体感覚の延長かなぁ そういえばコンパス(方位針)とコンパス(脚)ってあれか >>48 「孔子暗黒伝」という懐かしい漫画がありまして。 >>47 8の次の位が64だから、8進数でしょ。 2進数なのはあくまで易であって 1, 2, 4, 8, 16, 32, 64, 128, 256, 512, 1024, 2048, 4092, 8192, 16384, 32768, 65536, 131072, 262144, 524288, 1048576, ・・・・・ 1, 2, 4, 8, 16, 32, 64, 128, 256, 512, 1024, 2048, 4096, 8192, 16384, 32768, 65536, 131072, 262144, 524288, 1048576, ・・・・・ に訂正 >>61 ひ ふ み む よ や いつ と ここの 「8時の方角」みたいに、方角を時計の文字盤で表すようになったのっていつから? http://mail2.nara-edu.ac.jp/ ~asait/kuiper_belt/mathematics/ptolemy_table.htmより抜粋 以下の文書は次の翻訳です。 Ptolemy's table of chords - Wikipedia (プトレマイオスの弦の表) 弦の表とは基本的には三角関数の正弦の表のことです。 プトレマイオスが 2 世紀に著した アルマゲストに 掲載されている表で、驚くべきことに誤差まで評価しています。従って、非常に正確です。 アルマゲストの邦訳は読みにくくて参考になりませんが、英訳のアルマゲストは読むことができます。 G.J.Toomer, Ptolemy's Almagest, Princeton Universtiy Press, 1998 「カッツ、数学の歴史」にもプトレマイオスの弦の表の構成法の解説があります。 プトレマイオスは次のように議論しています。 1. 半径 60 の円に内接する正五角形の一辺の長さ (chord(72°) の決定) 2. 半径 60 の円に内接する正六角形の一辺の長さ (chord(60°) の決定) 3. 半径 60 の円に内接する正方形の一辺の長さ (chord(90°) の決定) 4. 弦 36° の決定 5. プトレマイオスの定理 ( トレミーの定理) の証明 6. 半角の弦の求め方 (sin(α/2) = ((1 - cos α)/2)1/2 に相当) の証明 7. 以上を使用すれば, 12° の弦が既知の時に 6°, 3°, (3/2)°, (3/4)° の弦が求められることの言及。 8. プトレマイオスの定理から, chord(α), chord(β) から chord(α+β) が求められることの証明 9. 2 つの角度 α, β が与えられた時に、0<β<α であれば chord(α)/chord(β)<α/β (つまりアリスタルコスの不等式の前半部) の証明 >>70 はエジプト人も「白人」とか言い出しそうだな なんでもアフリカ起源にするほうがもっと説得力あるだろう。 どうせ人類皆アフリカ出身なんだから。 不可能なことは示されているので、どれだけ精度よく近似できるかについてね。 精度は良いが使える角度の範囲が狭いとか、広い範囲で使えるが精度はそこそことか、いろいろ方法があるので。 コンパスと直線定規を使用しての3分割は不可能ってだけで、それ以外であれば ふつうに3等分線は引けるのだが >>79 ゴメン、当然その話だと思ってた。 目盛り付き定規や折り紙を使ったら任意の角の三等分が可能なのは、少なくとも数学に興味のある人の間では有名な話だから。 >>65 十二支を、時間と方角使ってた頃からじゃないん >>59 >>35 秤量の影響かな? 両側に二個づつ載せてバランスをとったんじゃなかろうか >>35 四進法じゃ無く四分法だよ だから1両と4分が両方存在できる 四進法だと1分→2分→3分→1両にならなければならない 何かの本で、「古代人が収穫物や家畜の数を数えるために文字を生み出した」という挿話を読んだのですが、 こういった話を詳しく紹介している本でおすすめのものってありますか? 上記の挿話は、メソポタミアあたりの文明で、 家畜を数えるのに「牛」「10」みたいな情報を最初は絵で描いて、しだいに抽象化・複雑化していった、という話なのですが。 >>84 文字はこうして生まれた 単行本 ? 2008/5/28 デニス シュマント=ベッセラ (著), この辺りが一番それっぽい気がするし、俺も読んでみたい むしろ感想を聞かせてくださいww 世界最初の数字は、均等な長さの刻みで、家畜の数に対応させていたからとされる。 信憑性が微妙だが。 日本の縄文土器に点で数を表す簡単な足し算の計算表を記した粘土があった。 古代ギリシア数学史を学ぶ 公立中学校教諭 小山 武 http://www.geocities.jp/ja1tmc/index.html 数学史だけではなく、哲学、神話、科学など、さまざまな資料から,ギリシアにおいて花咲いた文化にせまっていく。 内容は次のとおりです @数学史と哲学史 Aピタゴラス及びピタゴラス派 B古代の数学におけるさまざまな話題 C主に算数・数学教育関係の話題 D参考文献 Eおすすめ本 「我々ヘラスはエジプトから自然学と幾何学を教わった」ディオゲネス・ラエルティオス 1882年にリンデマンが定理を証明するまで、 円の正方形化が不可能であることがわからなかった。 不正確だな。 円の正方形化はギリシャ時代から不可能だと予測されてきたが、厳密に証明されたのは19世紀になってから。 えっ、こんな簡単なことが証明できてないの、という予想は今でもたくさんあるよ。 さっき目が覚めたとき、なんか正17角形が書ける気がした >>82 天秤にいかさまがないか反対に載せて確認はするとして、 その際に少し傾いてたら二個だけで誤差の評価できるのかな。 さすがにボルダの方式で打消すってほど精密にやってはないと思うんだけど、、、 「最も美しい数式」は おいらが発見したことになっている 発見というか、定義式に特別な値を代入したものだな。 確かに重要な定数が単純な式で結び付けられて美しくはあるんだが、「そうなるように定義したんだろ!」と突っ込みたくなる。 >>98 じゃあ、素数を全部数えると円周率が現れるのは? 実は、ある高名な数学者によって 素因数分解できる素数が提唱された >>99 実は素数には周期性があるから それをはっきりさせるにはもっと膨大な数の素数を集める必要がある >>101 まじですかww >>99 個人的には、この式が一番かっこいい気がする 円周率が素数だなんて常識だろ この比率は1と円周率以外ではどうやったって割り切れないじゃんよ >>106 化けモンじゃないっすか! だめだ、こういうのを拾ってくるセンスはおいらにはなww >>100 20世紀を代表する数学家アレクサンドル・グロタンディーク 彼の名前にちなんだ素数が「57」だ 人呼んで「グロタンディーク素数」という。 とりあえず、3で割り切れるが 一般人にはなんとも割り切れないそんな素数です でも相手は天才だからしょうがないよねww >>105 ここは世界史板じゃ。 1とは「すべて」という意味。 真の数字は2から始まる。 ギリシャ人はこう考えていた。 ところで超越数って1でも割り切れず、その数自体(πとか)でしか 割り切れないんだっけ? 割り切れるというのは、商が有理数になることですよ。 2の平方根とかの普通の(?)無理数だって、基本的にはその数(とその数の有理数倍)以外では割り切れません。 中心からいずれの 方角へも等距離なのを円というのだぞ、えっへん。円い、ではないのだ。 >>109 アラビアでは 最初の数字は統一を表し、絶対者アッラーを示すらしい。 ちなみに神のマイナンバー制度は伝統的なものですね。 2は二元性や創造性を表し 3は調和を 4は安定らしい 1はたぶん世界のホームラン王だと思います その「2が始まり」というギリシャの序数的な考え方は間違っているとして ゼノンが皮肉ったのがアキレスと亀の逆理。ゼロという考え方はまだなかった。 ゲルマンやオーストロネシアなどでは、固有語の数詞は1000が最高だな 文明化する直前までの社会では、9000くらいまでが必要な数だったってことか まあ組み合わせ方で10万の位までは表せるけど 「幾何学には王道なし」 とはよく言うが、物理にはあった イスラムの時代には群論が発達した。 彼らは結晶学における対称操作を全て発見しており、 2次元結晶の空間群の数17つその全てを利用していた。。 これが証明されたのは20世紀に入ってからで アメリカの数学者ジョージ・ボーヤーが 1924年に発表するのを待たなければならなかった。 あまつさえ2011年のノーベル化学賞を受賞することになる 準結晶も彼らが発見している。 生きてたらノーベル賞もらえた? イスラムのモザイク画には、ペンローズタイルまで見られるらしいな。 日本の縄文土器にアルゴリズムを記したものがあったのだ。 3+5は8とかそういうやつ。 >>89 とみせかけて実は、 素数を最初に数えた始めたのは人類ではない >>23 ローマ時代のテーブルには勘定用に線が引いてあって それがカウンターの由来だそうだ 自然数同士の積として表す方法が一通りに限られる自然数、ではいかんのか? >>124 >>125 すいません、ちょっと良くなかったです 素数定義は決まってるが どの数が素数かには諸説あるって感じですね ちなみに自然数についてもです 一次方程式ってつまり 1 = 1 ということかね? で、二次方程式は 1 + 1 = 2 ということ? ウムウルさん、俺めちゃくちゃ頭悪いから方程式の意味を教えてくれ。 >>127 頭の悪さならおいらも負けていません アホに質問する染りますけど、それでもよければww 上の式は、トートロジー 下の式は、方程式 で、どうでしょうか? ちなみに「方程式」という数学用語は中国からの輸入モノらしいです。 http://www.chart.co.jp/subject/sugaku/suken_tsushin/33/33-2.pdf 「方」とは「比」比べるという意味であり、 「程」とは「法程(のり)」とか「程課(割合)」、「式」とか の意味があると言われている(話題源数学106)。 とのこと。 そうなの? ウィキペディアで二次方程式を調べたら 「答えが0になるなんとかかんとか・・」でさ。読んでもわからんかった。 この一次とか二次とは何のことなんだろ。 項の多さのことかな。 わからん。 >>126 今でも最大の素数が見つかったらニュースになるくらいだし その数と1以外の整数で割り切れない数という、定義は極めてシンプルだけど、証明するのが厄介な数 まあ2以外の偶数を除外すればいいんだけど >>129 次数は解をXとしたとき 1次 X = X 2次 X^2 = XX = X かける X 3次 X^3 = XXX = X かける X かける X が式に入っているものですね。 ちなみにXXXはエロい感じです http://ja.wikipedia.org/wiki/XXX 130 素数なんか無限にあるというのに、最大の素数というのが見つかったくらいで ニュースbになりますやら。 数学的に意味あるのかしらん? >>131 一次方程式 りんごは一個あります = 1 二次方程式 りんごはこことそこに置いてあるカゴの中に一個ずつあります = 2 三次方程式 りんごはこことそこにあるカゴの中に一個ずつあり、かつ、 それを売っている果物屋が2店、近所のダメな商店街にあります = 4 ・・こういうことでしょうか? つうかいちおうガッコで習ったことはあるんだよ!でもさっぱり理解できんかった。 方程式は未知数(いくつわからない数)とイコールを含む式のことで、イコールが成り立つように未知数を決めるクイズに使う。 x+2=5 は未知数xとイコールが含まれるから方程式で、xが3のときにイコールが成り立つ。 二次とか三次は方程式に未知数を何回か掛け合わせた数(x掛けるxとか)が出てくるときに、掛け合わせた回数の一番大きな数字を指す。 未知数をAとして、A×A-5×A+6=0はAを2回掛け合わせた数が出てくるから二次方程式。 方程式に未知数を掛け合わせた数が出てくると、その掛け合わせの数字に応じて解き方が違うので、わざわざ区別する。 二次方程式は2つ、三次方程式は3つの答えを持ってる。 上の方程式だと、Aが2でも3でもイコールが成り立つ。 お・・・・だんだんわかってきましたぞ! ところでどこかで方程式は五次が限界ときいたのですが、これはどういうことなのでしょうか。 >>136 4次までは、係数の値を順を追って入れていけば必ず答えがでる「解の公式」があるけど、5次以上には無いってことだと思えばだいたいあってる もちろん解ける場合もあるよ 理由はこんなとこじゃ書けないんで、アーベル・ルフィニの定理で調べて なぜ二次方程式だと二つの答えになるのだろう Aに代入する数字は同じですよね? この二次方程式などは 何を目的に作られた概念なのでしょうか? 二次なら面積、三次なら体積と関連した量を求める幾何的な発想から始まったんじゃないかな、そして抽象的というか、純粋に数学として、さらに高次のものも考えられるよねってノリで発展したってコースが考えられる あと変数の組をグラフにプロットしたとき、点を上手く繋ぐような式はできないか?という工学的な解析からの発想ってのもあるだろうな 旧ソ連出身でファイティングコンピュータとして名高いウォーズマン氏 その彼が編み出した計算方式がある。 人呼んでウォーズマン方程式だ。 この方程式は特定の条件を組み合わせることで 容易に最大値を増やすことが可能となる便利なものである。 だがしかし、おいらの長年の研究によると重大な問題をはらんでいることが判明した。 >>138 (X+2)(X-3)=0 という式があると、 この左側の計算結果が0となるには X=-2でもいいしX=3でもいい ちなみに、ばらばらにしたときには X^2 -X -6 = 0 とかける >>143 これを変形して X^2 = X +6 としてみよう。 左は2次で、右は1次だ。 そこでグラフを書いてみることにする。 XYの平面に書くために Y = X^2 = X +6 として左と右に別けてやると (左) Y = X^2 (右) Y = X + 6 >>144 左は放物線の形になって 右は直線の形になる これを方眼紙なんかを使って書くことができれば 放物線と直線とが2つの点で交わることがわかる。 この曲線と直線が二点で交わるのが、二つの答えになる理由です。 ちなみに交わった点のXの値が、先ほどの X=-2 と X=3 になっている。 しかし、オチがない >>130 ニュースといえば 金庫に入っている素数が盗まれた話は聞かないが コンピューターに入っているコインが盗まれたのは話題になったね。 >>141 そうなんだ。俺は足りない頭でしばらく考えてみたんだけど、 三角関数で使えるのではとか思った。あの「大きな建物の高さを調べるには 定規を使えないし、設計図を見るのめんどくさい。てっとり早く知るには どうしたらいいのか」というやつ。ようは自分の場所と建物の場所と、 その建物てっぺんの角度から高さを割り出す奴。正弦定理だっけ? 教養がないのがばれるが、これは二次方程式で答えが出せそうだな、と。 >>2 個人的にはこのスレのじいさん達が大好きだ もしかしするとばあさんかもしれないが >>122 周期ゼミ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%A8%E6%9C%9F%E3%82%BC%E3%83%9F 周期ゼミ(しゅうきゼミ)とは、セミのうち Magicicada 属に属する複数の種の総称。 毎世代正確に17年または13年で成虫になり大量発生するセミである。 その間の年にはその地方では全く発生しない。ほぼ毎年どこかでは発生しているものの、 全米のどこでも周期ゼミが発生しない年もある。 周期年数が素数であることから素数ゼミともいう。 このゼミは221年に一度開催されるのかもしれない、、、 >>132 大きいのはたぶんメルセンヌ素数だったと思うけど 数学的に意味があるかどうかは微妙だけど 素数かどうかの判定が容易なので どんどこやってますね 具体的な数字のやりとりから、文字式で一般化した奴は天才だわ 微積で次元を揃えること始めた奴も天才だわ 方程式なら5000年前のバビロニアですでにあるでよ。 アメリカ先住民にもあったし。 バビロンの粘土板 Plimpton322 三平方の定理の整数解が、くさび形文字で粘土板に刻まれているという。 まあ、今は異論が唱えられてもいるのだが、それでも凄い。 http://www.nihongo.com/aaa/chigaku/suugaku/Plimpton322.htm >>156 おぉ、バビロニアのタブレットに ピタゴラス数が刻まれたものがあるとみたことがあるが それだったのか http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%88%E3%83%B3322 バンクスによると、その粘土板はテル・センケレ(イラク南部の都市、旧ラルサ)から見付かったという[2]。 この粘土板が紀元前1800年頃に書かれたとされているのは、楔形文字の書式を元に推定されたものである。 ロブソン(2002)はこの書式は「4000から3500年前のイラク南部の文書に典型的に見られるもの」と書いている。 特に、はっきりと日付が明記されているラルサ出土のほかの粘土板との類似性からも、 プリンプトン322は紀元前1822年〜1784年に書かれたと推定される[3]。 ロブソンはプリンプトン322が、数学的というよりもむしろ行政的な文章と同じ形式で書かれていることを指摘している[4]。 >>152 三平方の定理って 円の方程式なんだよね だからいたるところに直角がww >>152 おいらも凄いとおもいます 代数学はアルジェブラ(algebra)でアラビア語の由来だけど 形式の整理はまた別らしい あと同じく、次元解析というか単位を意識して算術を行った 初期の例を探し中 でも数学者に「人類史上最大の数学的天才は誰か」といった 質問をしたら「それはリンゴの一個と人間の一人が同じ1であると 発見した古代人だ(一対一対応の発見)」と 言ってたぜ。人類がこの事実(リンゴの一と人間の一は同じ)を知るまで数万年かかったと 言われている。 いや、それ動物でもわかるしな、、、 しかも分岐年代からいくと相当に遡るはず >>159 具体的にはものを数えると時に指を折ってく作業の開発者って考えればいいのかな どでかい数の話をしようかなぁ、どうしようかなぁ 子供のころすげぇでかい数といえば無量大数だった >>152 記号代数の形式を整理したのはフランソワ・ビエトによるものらしい 本職法律家のアマチュア デカルト座標系に関してはピエール・ド・フェルマー この人も弁護士のアマチュア つまりみんな数学は暇つぶしにやってた さすがページの余白で証明するだけのことはあるぜww とりあえず上の人はメジャーじゃないけど凄いと思います 文字式で一般化というものが幾何学と関連しない代数学を指すとしたら、 ヴィエトの時代は斉次法則に縛られていたから、 それを破棄したデカルトかもしれない。 >>166 ふむふむ >>14 けっきょくネイピアまでしか遡れなかった.。 ジョン・ネイピア http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8D%E3%82%A4%E3%83%94%E3%82%A2 ジョン・ネイピア(John Napier, 1550年 - 1617年4月4日)はスコットランドのバロン。 数学者、物理学者、天文学者、占星術師としても知られる。 ネイピアの対数(Napierian logarithm)という。 ネイピアは 1594年にこの対数の概念に到達し、 この定義を用い 20年間計算を続け 7桁の数の対数表を作成し1614年に発表した。 また、小数点の発案者でもある。 宗教的活動も活発に行っており、ヨハネの黙示録を独自に解釈し、 カトリック教会やローマ教皇を非難した著書も広く読まれた。 >>167 ちなみにもう一人のビュルギの方は http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%AB%E3%82%AE ヨスト・ビュルギ(Jost Burgi またはJoost Burgi またはJobst Burgi 、 1558年2月28日 - 1632年1月31日)はスイス生まれの時計職人、 天文機器製作者である。 天文学の観測に、ゲオルク・プールバッハの三角関数表を用い、 1588年に対数を用いて計算を行った。 (対数の発見者はより早く対数について発表したジョン・ネイピアの業績とされる) 1604年から1630年の間はルドルフ2世にプラハに招かれ、 ヨハネス・ケプラーの計算係を務めた。 1631年にカッセルに戻りカッセルで没した。 と、ピタゴリアンであるケプラーの助手とかなってておもしろい 俺は数学的教養がまったくないのだが、複素数で調べてみたら これってひょっとしたら簿記の記入方法から来たんではないかなと思った。 この複素数って本来は 何を目的として発明された数学的方法なの? >>171 うーん、状況的には二次方程式の解が二つ プラスマイナスで表現できるからだと思うのだが、、、 たぶん名称自体が二次方程式の解の公式よりも遡らない気がする ただ、アル・クワリズミの方法だと可能性は残るか バビロニア式は完全に行き過ぎちゃってて、たぶん関係ない 何かの問答で得た答えが「マイナス」になるのが複素数だとしたら、 これってやっぱり簿記の記載方法でしかほとんど実用的じゃないと思うな。 たとえば欧州世界は15世紀に「マイナスにマイナスをかけるとプラスになる」 って話が誰も理解できなかった。これはインド世界の商人の考え方(収支)から 輸入されたものらしいのだが、当時はだれもこの謎を解けなかったらしい。こういった ところから来たのかな、と。 自分で答え決めてるなら聞く必要ないんじゃないかなと >>174 インド式算術をヨーロッパに持ち込んだのは ピサのレオナルドことフィボナッチ (1170年頃 - 1250年頃)らしいんだが 『アルゴリトミ』を翻訳したのはチェスターのロバート( だいたい1140年代)らしい。 この辺りからは、ちゃんと調べないと怪しくなるね。 ちなみに 2次方程式の解の公式はよくわからんww まとまった形で虚数の概念を提示したのは やっぱりジェロラモ・カルダーノ(Gerolamo Cardano、1501年9月24日 - 1576年9月21日) らしいんだが、 中国人が二次方程式の負の数に関してなんらかを提示してるらしい。 たぶんこの人 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A5%8A%E8%BC%9D 楊 輝(よう き、英: Yang Hui)は、中国・南宋の数学者。銭塘(現・杭州)の人物で、号は謙光[1]。 南宋末期(13世紀)は中国の歴史上、数学が最も発達を遂げた時代ともいわれ、 秦九韶、李冶、朱世傑と共に、彼の名前が挙げられることがある[2]。 >>170 『対数』ってのは結局のとこ 「掛け算、割り算」を「足し算、引き算」に すり替えることができる魔法らしい 数式こねくり回したときのeとかπとかの性質はなんであんな綺麗なんだろう >>6 うわぁ、算木って全部を別々の棒でやってるのか そういえば、なんか新しく見つかってた気がするけど算盤のほうだったか、、、 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AE%97%E6%9C%A8 算木は2色に着色され、赤の算木は正の数を、黒の算木は負の数を表した。 0 はその場所に算木を置かず空けておくことで示し、後に碁石を置いて明示するようになった。 九章算術には、「(引き算の時)同符号は引き、異符号は加える。 正を無入から引いて負とし、負を無入から引いて正とする」とある[5][6]。 この「無入」とは「0」のことである。これから、0と正負の計算を理解していたことが分かる。 >>177 インドや中国の算術には「証明」という概念がないから 彼らは数学者じゃないよ。単なる会計士だわね。 会計士と言うよりも予言者に近い。だって何の根拠もなく 答えを導き出せるのだから。 >>182 まぁ、ヨーロッパの数学者が 法律家や徴税人だったんだから 似たようなもんなんじゃww >>180 九九の表だった。 あんまりおもしろいもんでもないな ちゃんと探せば数字が書いてあるものもみつかるよ 2300年前に作られた世界最古の十進法の計算表が発見される!!十進法の起源は中国か!? http://commonpost.info/?p=90955 清華大学が入手したこの竹簡は、卒業生が香港の美術市場で購入して寄贈したものとのこと。 送られた竹簡は謎と混乱に満ちていました。竹札の順番はばらばらで、一部破損もみられました。 すべてが悪臭を放ち、泥とカビに覆われていました。明らかに墓からの盗掘品でした。 清華大学にある出土文献研究与保護中心の最上階に、学際的な研究チームが集結し、竹簡の調査を開始。 湿度と温度を調整した部屋に2500枚の竹札を並べ、乾燥させ、汚れを除去するという根気のいる作業を3カ月かけて行いました。 しかし、それだけの価値はありました。ほどなく、1枚が縦51cm、幅1.27cmほどの竹札の上に、墨で縦書きされた筆跡が見え始めました。 放射性炭素年代測定を行った結果、竹簡は紀元前310年ごろのものであることがわかりました。 その後4年間をかけて、シン氏らのチームは竹札の1枚1枚を解読し、内容と書体によって分類。 その結果、60種類以上の異なる文書が発見されました。 「ほとんどは歴史に関する文書だ」とシン氏は述べます。 「(儒教の経典である)『五経』の1つ、『書経』(尚書)の一部などだ。 そのほか戦に関する文書もあり、こちらはすべて古代の王国、楚で用いられていた美しい書体で書かれている」。 その中で、21枚の竹札は数字ばかりが書かれており、他と異なっていました。 清華大学の数学史学者、馮立昇氏が正しく並べなおしたところ、十進法による掛け算のマトリクス(行列)が出来上がりました。 これは、世界最古の十進法の計算表でした。 >>181 ちなみに現代数学でも 証明されてない定理が どんどこ積みあがってるらしい >すべてが悪臭を放ち、泥とカビに覆われていました。明らかに墓からの盗掘品でした。 盗掘当時の墓の中の状態を想像したくない... >>181 上のリンク(古代ギリシア数学史を学ぶ )で見てみると、 タレスの時代には既に証明があるんですね。 でも、そもそも、何でギリシャには証明があるのでしょう? 更に、そもそも、証明っていうのはギリシャが発祥なのでしょうか? >>176 欧州は「近代化」をそんな時代からやってたんだ・・ 日本はそのときダメな政治家によってめちゃくちゃに なってた時代やんけ。こりゃ負けるわな。つうか 欧州って実際はもっと早く覇権を唱えていたのが当然だったよね。 アメリカ大陸への到達もコロンブスの1000年ほど前にできたと思うね。 とまぁ、基本はトレドからの迂回輸入なんだろうけどね >>176 >>189 チェスターのロバート(Robert of Chester)は12世紀において 数学、天文学、錬金術、 クルアーン(コーラン)等の文献を アラビア語からラテン語に翻訳し紹介した人物。イギリス人。 ケットンのロバート(英語版)と同一視されることもあり、 名前は Robertus Retinennsis, Robertus Ketenensis, Robert de Ketene, Robert de Retines, Robertus Cataneus 等表記される。 スペインのトレドに集まった翻訳家でかつナバラ王国のパンペルナ(Pampelune)の助祭長の一人。 1136年、チボリのプラトとともにバルセロナで研究していたと推測される。 1141年にスペインにいた証拠がある。イタリアとギリシアに旅したらしい。 後、イギリスに戻る。 1143年、クルアーン(コーラン)をラテン語に訳した最初の人物であった。 >>188 訂正します。 上のリンク(古代ギリシア数学史を学ぶ )を最後まで読むと、 「これらの資料から、証明の発見をタレスに帰するのは無理がある。資料の関係でこれ以上述べることはできない。」 との記述があるのを見落としました。 >>188 数学者に訊くと数学の証明はどうも建築物が起源らしい。 工法は定理・証明そのもの。最初に幾何から証明概念が生まれたのも 故のないことじゃない。古代エジプトから幾何学を習った時に 証明概念も知ったのではないかな。 ただご存じのようにそういった学問上の発見に自分の名前を付けるのは ギリシャ人が多く、何もかもギリシャ起源とされてるのもそこから きてるのかもしれない。ところで天才型ってあんまり証明を重視しない んだよな。インド型とでもいうべきか。たとえばアメリカにいる 世界最大のIQをもつ女性は「モンティ・ホール問題」で一瞬で正答を はじき出したけど、その証明はしてなかったと思う。 >>194-195 なるほど。 それから、建築物もそうですが、天才型という視点はまるで気づきませんでした。 インドの数学者ラマヌジャンも予言に近い形で数学の難問を解いた。 証明もせずに一瞬で答えが出せるんだよ。ギリシャ以降に証明を重視 する(ということになっている)のも、ギリシャの文明がそもそも エジプトの建築的・建設的な文明から来てるからじゃないのかなあ。 >>191 まさに日本の明治維新(文明開化)ですね。エジプトやバビロニアが 近所にある地域ってうらやましいですな。 >>195 ついにでてしまったか「モンティ・ホール」ww とりあえずおいらは、触らぬ髪に崇りなしとしておこう >>164 巨大数を取り扱う理論体系を巨大数論(グーゴロジー; Googology)と言います。 グーゴロジーはグーゴルが語源です。巨大数研究者はグーゴロジストです。 http://ja.googology.wikia.com/wiki/%E5%B7%A8%E5%A4%A7%E6%95%B0 グーゴル先生がいろいろと教えてくれた >>198 あっ、うん、、、 シリアとかパレスチナとか とっても、 (・∀・)イイヨイイヨー って思うよ >>199 その女性は一瞬で答えを出したけどみんなが 「それは違う」と。そしてマスメディアさえが「世界で一番 賢い女性が間違った」とはやし立てた。これにたいし 彼女は「必ずこうなるからやってみて!」と 言ったのみで証明は行っていなかったと記憶してる。 で、そのパレスチナやシリアは嫌味でいってるの? キリストも生まれたし、今は世界中から石油をみずからの 支配下に置こうと戦争を吹っかけられてるけど、 偉大な文明を担っていたのは確かだよ。 モンティ・ホール問題は数学というより心理トリックだから、数学の天才は引っかかりにくいんじゃないかな。 >>197 彼らは頭がいっちゃってる(よい意味で)ので あるべき姿の方が先にわかっちゃうんだよね 途中の経緯は他の人がナゼわからないのか むしろ不思議なんだろうねww まぁ、おかげさまで今ではおいらでも フェルマーの最終定理をページの端っこで証明できます まだ出てなかったので有名どころを。 とりあえず留学生を確認中 >>198 知恵の館(ちえのやかた; アラビア語:バイト・アル=ヒクマ, ??? ?????? Bayt al-?ikmah) 830年、アッバース朝の第7代カリフ・マームーンが、バグダードに設立した図書館であり[1]、 天文台も併設されていたと言われている。 知恵の家と訳される場合もある。 サーサーン朝の宮廷図書館のシステムを引き継いだもので、諸文明の翻訳の場となった[2]。 「知恵の館(バイト・アル=ヒクマ)」は「図書館」を指すサーサーン朝の呼び名の翻訳だと言う。 >>191 >>206 とりあえずローマ教皇シルウェステル2世はイベリア系統だった http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%AB%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AB2%E4%B8%96_%28%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E6%95%99%E7%9A%87%29 アラビア学問との邂逅 12世紀ルネサンスに先んじて、10世紀にアラビア学問に直接的ないし間接的に触れた西欧人はごく少数であった。 シルウェステル2世は自由七科のうちの四科、こと算術や天文に長け、それらはアラビア世界に伝わっていた古代ギリシア・ローマの知識や、アラビア世界で発展された知識に基づいていた。 シルウェステル2世は西欧世界で忘れられていた算盤の一種「アバクス」を西欧世界に再導入した。 アバクスは復活祭の日付計算(コンプトゥス)や財務計算に用いられ、 この時期から12世紀ルネサンスにかけてロレーヌ地方やシャルトルで多用された。 シルウェステル2世にとってアバクスはオットー3世への書簡に比喩として用いるほど身近なもので、 弟子リケールはシルウェステル2世が作製したアバクスの形状を詳述している。 ただしこの時代にはまだゼロの概念は見出されていない。 天文では、立体的な天文図(天球儀)、天体運行を測るアストロラーベ、日時計などの道具を用いて実学的に教授している。 弟子リケールの『四巻史』ではその形状が事細かに記述されており、現物を前にしていたと考えられる。 シルウェステル2世が学び教えたアラビア経由・アラビア出自の学問は、イベリア半島からもたらされた。 アブド・アッラフマーン3世とハカム2世の治世のイベリア半島は後ウマイヤ朝の隆盛によってレコンキスタが停滞し、 キリスト教圏とアラビア教圏(アル=アンダルス)は相対的平和関係を築いていた。 アラビア語文献は、後ウマイヤ朝で暮らす「啓典の民」であるキリスト教徒やユダヤ人によりラテン語に翻訳され、 キリスト教圏に輸出され、シルウェステル2世が学んだバルセロナ近郊の修道院にも多く所蔵されていた。 シルウェステル2世はこれらの翻訳物から学び、アラビア数字を西欧世界で用いた初期の人物ともされている。 ただし、シルウェステル2世自身がアラビア教圏に直接赴いたというのは否定されている。 世界史だと 無→古代ギリシャ→無→ルネッサーンス→近代化→欧州が世界の単独文明 みたいな 記述の仕方だよね >>206 カイロにも「知恵の館」があって そっちはダール・アル=イルムらしいんだが なにが違うのかわからんww 長方形の面積の求め方って二次方程式だよね? 幅(X)に長さ(X)をかけたのが面積だから。ちがうかな それだと幅(X)と高さ(Y)と未知数が二つ出てくる。二元二次連立方程式というものになるが、条件(式)が足りないのでこのままでは解けない。 幅が長さの一次式で表現でき、既知の面積からタテヨコを求めるのなら二次方程式。 ここに平面の長方形があります。 幅の長さは知らない。 縦の長さも知らない。 この長方形の面積はいくらでしょうか? XかけるX=X あれ?Xが増えてもうたがな。 だってXの二乗が出てくるのが二次方程式って習ったんだもん・・ >>176 フィボナッチは 神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世の下のシチリアに行ったかと思ったが、 どうもそうじゃないんだなぁ、この辺りからかなりめんどくさい。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%9C%E3%83%8A%E3%83%83%E3%83%81 グリエルモは貿易商人の職を求めてムワッヒド朝(現・アルジェリア)のベジャイアに移住した。 まだ少年だったレオナルドも父親を助けるために現地に赴き、そこでアラビア数字を学んだ。 レオナルドはアラビア数字の体系がローマ数字よりも単純でより効率的なことに気づき、 当時のアラブの数学者の下で学ぶため、エジプト、シリア、ギリシア等を旅行した。 1200年頃には帰国し、32歳になった1202年に、彼は自身の学んだことを「算盤の書(Liber Abaci)」にまとめ、ヨーロッパで出版した。 レオナルドは、科学と数学を好んだ神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世に気に入られ、しばしば宮殿に呼ばれた。 1240年にはピサ共和国から表彰され、給料が贈られるようになった[5]。 >>215 わかりました。 ここにそれぞれの辺の長さが同じ四角形があります。 横の長さは知られず(X)。 縦の長さも知られず(X)。 XかけるX=面積 これが二次方程式の理解でよろしいでしょうか? ここは文系の方が多くて、他のスレみたいに理系の方がまだ少ないと思うので質問するけど… 皆は「マイナス×マイナス=プラス」をどう理解した? そういうモンだとおもって妥協した?それとも、しっかり理解した? 計算結果だけ覚えた? グラフに数直線を描いて +のときは右にその回数を進んで −のときは左にその回数を進む とかじゃ駄目なの? >>219 「マイナスの回数」ってのをそう受け入れる訳ね。なるほど。 >>217 それは確かに2次方程式だね。でも、四角形というより正方形だな。 仮に成立しないとすると、 (−1)×(−1)≠1 A、右辺の1を1×1と表現する。 (−1)×(−1)≠1×1 B、両辺に1×(−1)を付加する。 1×(−1)+(−1)×(−1)≠1×(−1)+1×1 C、分配法則で (1+(−1))×(−1)≠1×((−1)+1) 0×(−1)≠1×0 D、左辺を交換法則で (−1)×0≠1×0・・・Z この式が成立するなら、1にはならないと言う事か・・・。 つまり、前提としてA〜Dが成立する必要があり、 その結果、Zが矛盾するから成立すると言う事ですか。 日頃、考えた事が無かったので、そういうモンだとおもってましたが、 問われたので、ネットで感じだけ調べて、見たのと違う方法で 久しぶりに考えたので、間違ってるかもしれませんが、勉強になりました。 (間違ってたら恥ずかしいので、お手柔らかに(汗)) どうも書いてるそばから間違ったみたいですね。 これじゃ「マイナス×マイナス=プラス」じゃなくて、 (−1)×(−1)=1だね。 やっぱり、やりつけないものはやるもんじゃないね。 恥かくだけだ。 >>222 要するに、分配法則を受け入れるから必然的に「マイナス×マイナス=プラス」ってコトね。 >>223 いや、あら探しは全くする気はないのでご安心を。 こうした方が良いんじゃ?ってのは言うかも知れないが。 >>218 商いで考える。 こっちが相手の商社複数にそれぞれ借金してる(マイナス)とする。 そんでその借金がこっちの経営の回復などでどこかに出ていくとする(やはりマイナス)。 そうすればマイナスの借金が出ていくということになるので こっちとしては「プラス(儲け)」となる。 数学入門で書かれてた。ちなみにこれはインド発祥の考え方で これが入ってきた欧州人は長いこと理解できず「この話を考えるのはやめよう」とまで 言われていた。 ちなみに連立方程式ってXとYが入ってる方程式なん? そしたら先の正方形の XかけるXの面積にYという面積を持つ新たな正方形、 これを足したらどのくらいの面積になりますか? XかけるX+Y=? が 連立二次方程式なのですか? なんとなく フィボナッチ そろばん 会計簿 って感じのセットかと思ってたけど そうでもないんだなぁ というか、そろそろ ちゃんと教育を受けた人が出てきて いろいろ説明してよww >>228 それだと、方程式にならないよ。だいたい、等式になっていないしね。 一辺がx の正方形の面積と面積 y の正方形の面積を足したら25になって、引いたら5になった。 みたいな問題だと…。 x かける x + y = 25 x かける x - y = 5 となって、「連立」方程式になるな。ちなみに、「連立2元2次方程式」ね。 >>225 なるほどなるほど。普通借金とかで考えるよね。 でも、「借金×経過時間」とかで問題を作った方がよりよいかも…。 こんなのを見つけた。 http://www.ouj.ac.jp/kamoku/detail/1562673/ 今日もやるみたい。 16:00 数学の歴史 第6回「中世西洋の数学」 >>230 すると方程式ってのは「答えを得た手段・工程」のことなんですかね 文字のトコに何らかの数字を入れると等式が成り立ったり、成り立たなかったりする。 そんな等式のコトを方程式と言うんだよ。 関数は色々な数字を別の数字に変化させるモノ。 方程式の形で表された関数もあるよ。 >>234 数字を使ったなぞなぞみたいなものなのかな なんでこんなこまっしゃくれた方法でなぞなぞを造るんだろ。 二次方程式、なんてこんな字面で中身を理解できる人なんて いないでしょうに。「答えは何になるなぞなぞ」でいいじゃんよ。 方程式っていつ誰が何のために考え出したんだろ。それと これを世界中で習わせる意味も分からない。 しょうがないじゃないか。 大砲をどんな角度で撃ったらどこに落ちるかなんて計算に必要だからね。 何度も何度も実射するわけにもいかず、計算できなきゃ国が滅んだし。 空気抵抗が無いと仮定して、地面が平たいと仮定して、地球が自転していないと仮定するとね。 精度がより必要なら方程式が複雑になるだけ。 台湾の元総統の李登輝氏は、日本軍の高射砲兵時代に弾道計算のための方程式ばかり解いていたとか。 東アジアには西洋世界みたいに数学と何かの概念を結びつけ、 法律の文章みたく一つの言葉に二つの意味が生じない方法論、みたいなのはなかったのかな? こんなものを見つけた。 ttp://www.astronomy2009.jp/ja/webproject/life-g/05.html ガリレオは「幾何学的・軍事学的コンパス」と名付けた関数尺を発明した。 これは定規から組み合わされたコンパスに目盛りがついており、そのコンパスをガリレオが書いた使用手引き書にしたがって使うことで、たとえば、大砲を撃つときの角度と火薬の量を決定することができるのである。 1606年までに、ガリレオはこのコンパスを200個以上売り上げた。彼はこのコンパスの作り方と使い方を公表せず、ガリレオに報酬を払った者だけにそれを教授した。 このようなある種の専売によって、ガリレオはそれなりの収入を得た。たんなる善良な科学者の枠にとどまらない、商人としての姿をこのときのガリレオに見出すことができる。 数学の需要が商業や軍事など社会に存在するのが大きい。 >>246 物事何でも使えれば良いという実用中心主義だったから、その奥にある根源的法則を探ろうとしなかったんだよ。 逆に言うと、根源的法則があると思って頑張って探したのが西洋で、「そんなの探しても無駄」と根源的法則を 探ろうともしなかったのが東洋。 東洋の唯一の例外が、無茶役立つのになぜその法則が成り立つかいまいちピンとこない三平方の定理ぐらいか? さすがにこの定理の証明は東洋人も頑張って取り組んだ。 >>232 おぉ、めっちゃタイムリーじゃないですか というか、おいらが適当に挙げた人物が 全然間違ってた訳じゃなくてよかたww 111=13 7141=74 586=5555=54 という読み方さえマスターできれば年号からその出来事の性質が読み取れる >>232 第1回 古代エジプトの数学 第2回 古代ギリシャの数学 第3回 エウクレイデス『原論』と論証数学 第4回 アラビア数学の成立と展開 第5回 アラビアの代数学 第6回 中世西洋の数学 第7回 中世算法学派 第8回 イタリアの3次方程式 第9回 ルネサンス数学 第10回 デカルトの時代の数学 第11回 対数の発見 第12回 ニュートン 第13回 ライプニッツ 第14回 18世紀英国における数学の大衆化 第15回 和算 >>232 第6回 中世西洋の数学 12世紀にアラビアから西洋中世に数学が伝達されていく様子を紹介し, その数学が今度はいかに中世大学で展開していくかを,運動論と無限論を中心に論じていく. とあるから、たぶん登場したんじゃないだろうか イブン・ハイサム(965年 - 1040年) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%82%B5%E3%83%A0 イブン・ハイサムは光学理論の研究、および科学研究の実践や手法に関して重大な貢献をした、 史上最も偉大な科学者の一人である。 彼は965年にバスラで生まれた。 彼はバグダードで科学を学び、おそらくエジプトのカイロで没したと考えられている。 アラビアの科学はアレクサンドロス三世が征服したときに もたらせた古代ギリシャ文明が起源 >>248 実用と言うよりも、そういったこまごまとした学問(方学と呼ばれ、 工業技術・数学などはつまらない学問とされた)をやるやつは卑しい奴隷であり、 彼らを政治的に利用できるのが「大人(ターレン)」であるとする民族性から、 中国などの東アジアには自然科学がまったく発生・発達しなかったの。 対してコーカソイドが住む西洋世界は何でもかんでも神様神様であり、 目にも耳にも捉えられぬ神様の意を知る、そのために自然科学がメキメキ発生・発達する。 でも重工業によって英国が世界を征服するまでは科学者も実際は地味な 知識人に過ぎなかったけどね。 という割には、日本では和算が発達して連立方程式まで算木でやっていたんだよな。 武士のたしなみの一つとか、庶民の楽しみとかにまでなっていたし。 >>251 インドが抜けてるんだが さすがに第4回ぐらいでは登場してるんだろうか、、、 ニュートンとライプニッツが別々に登場してるのもなんでなんだかww >>113 とりあえず、みんなの背番号は d1 アヌ d10 アダド d15 イシュタル d20 シャマシュ d30 シン d40 エア d50 エンリルかマルドゥク d60 でもう一回アヌに戻ってくるってことで60進法ですね もう少しで野球できるww 実際「科学」で英国が世界を征服しなきゃ、ニュートンだって単なる仙人で 終わったよなあ >>85 これは球じゃなくて4面ダイスっぽいww でも年代が書いてないや 先史時代に発明されたトークンを使った簿記法の発見、ケンブリッジ大 July 13, 2014. http://jp.sciencenewsline.com/articles/2014071323590011.html トルコ南東部で行われた考古学発掘調査の結果発見された粘土で作られた多数のトークンは、 文字が発明される以前から(そして文字が発明された後も)、 貿易で取引した品物の数を記録するために使われていたことが判った。 また、研究調査の結果、このトークンを使った簿記法は、 文字が発明されてそれが普及した後も数千年に渡って使われ続けていたことが判った。 これまでの学説では、こうした旧式の記録法は、文字が発明された後は陳腐化したと考えられていた。 研究グループでは、ワードプロセッサーが普及した後もペンを使って手書きを行う習慣が続いていることと同じことが、 文字が発明された後でも起こったものと考えている。 トルコで発見されたこのトークンは、単純な形をした小さな粘土片でできたもので、 先史時代において数字を記録するために発明されたものだと考えられている。 異なる形をしているトークンはそれぞれ、家畜や穀物などの別々の商品を表したものだと考えられている。 先史時代の人間は、家畜や穀物を交換する際に同時にこのトークンを交換することで、 「証」としてその取引の記録を永久に残る記録として保存したのである。 つまり、これらのトークンは人類史上において最初の「契約書」でもあったのである。 >>258 それが日本人…東洋人の限界なんじゃないの?現物を圧倒的な形で見せないと理解しない。 蒸気船とかね。 そんなだから、せっかく八木アンテナを日本で発明したのに外国ばかりが使うような事態に 至るんじゃないの? 数学とその他の概念を結びつけるっていうバビロニア・エジプト・ギリシャ・インドの 考え方を早い段階で学べた環境にあったのはうらやましいと思う。 技術に数学を結びつけただけで世界を征服できるなんて当時の人間は 夢にも思わなかっただろうね。 お偉いさん「こりゃ、何も発明するな。考えるな。『秩序』が乱れるじゃ ないか!」 ↑ 東アジアって今もこれだぜえ? まだまだ欧米には追いつけないね。 いや、今は発明自体はおkだろ 予算どうするかは別として 秩序を乱したくないから、特許法を改正したんじゃ・・・。 最初から、裁判で勝つ目をなくしちゃったからね。 中村修二氏の後釜はもう出ないのかな。 >>256 多くの数学者は近代数学に大きな影響を与えた 微分方程式をライプニッツの記号「d」にあるとしてるからじゃないの? >>264 あんな一審判決最悪よ? 寄与度から計算してたけど成功しないリスクを考えてないのよ 中村の成功には何百人の中村がいるわけで あんな無謀なチャレンジがたまたま成功したら報酬ってふざけてる あんな判決認めたら今後中村が出てこない ↑企業が無謀なチャレンジをしなくなるという意味ね 一発当てたら儲かるので第二第三の中村に金だせる 一発当てたら発明者のものなら続かない 逆もまたしかり。成功した人にそれなりの報酬与えないと、全く研究者にやる気がでないよ。 第二次大戦で研究費与えられても、自分勝手に研究してた人いたっけ。 金を儲けたいだけなら研究者なんてやらんよ 勿論報酬必要だが設けの半分ってのは基地外じみてる だからこそ高裁の数億ってのが妥当なんだ おれは一審を非難してるんや なぜ岡潔はフィールズ賞の対象にならなかったのだろう >>269 いろいろこじれたからでしょ。彼は変な人だったのは明らかで、歴史上革新的イノベーションを起こして 来た人は要するに「変な人」だ。ニュートンしかり、ビルゲイツしかり、ジョブズしかり。 たまーに、iPS細胞の山中さんみたいに、イノベーションを起こしてかつ常識人の人もいるが、そんなの 期待するのは日本が駄目になる。 その変な人を手なづけられなかった、日亜の経営者が問題だとオレは思うよ。多分、普通の人への対応 と同じ感覚で接したのだろう。案の定、高輝度LEDで日亜よりも更に優れたモノが他のメーカーから出さ れて次第にシェア−が奪われている始末。 ニュートンとジョブズはあからさまに変な人だが ゲイツはそれほどでもないのでは 単なる感想だけど、彼のような人物をどかしたがる話を聞くと、 昔あったジャングルジムの様な危ない(?)遊具を撤去するのを、 なぜか重ね合わせちゃうんだよね。 (うちの辺りはすべて消えたけど、ある所もあるみたいだけど・・・。) まあ、無難でありたいのは分かるんだけどね。 >>265 科学技術の発展とかなら二人をわけるのもわからないでもないけど 数学史でやる意味ってなんかあるのかなぁって思って もしかして計算機とか? >>272 どうみても社長より中村さんの方が有能だったのに、 首になったのが中村、居残ったのが社長って典型的な「お上病」だね。 >>272 まぁアナタの主張はわからんでもない 経営者が変人をコントロールできなかったのは残念だが 変人を操るのは大変だしなぁ 日亜もしょうがなかろう とりあえず一審が頭おかしいといいたいだけや アメリカだったら天才には必ず「付き人」が居て、天才の才能を 極限まで伸ばすのにね。なんでどこにでもいる社長なんてのが偉いのか理解できない。 でもその親父の投資のおかげで青色ダイオードがうまれたんや 駅弁大学卒の平凡な男に数億だしたんだぜ 学歴でしか人間をみれないから、リスペクト不足のため訴訟を起こされ、イノベーションを起こせる人間は 海外に逃げられ、会社を急成長させた特許も今やどんどん他社に新技術を開発されてシェア−は低下す るんだろうに。 今後超少子化の日本が生き延びる道は、度重なるイノベーションしかないのに、このありさま。 日経連の態度も法律改正の点からみると、日亜よりだし、今後「変人」が多い天才を本当に日本は活用で きるんかいな? 多分、「コミュ力」などと言ってそのような人材をどんどん潰していくんじゃないのか? まあ日本は潮時ですわ 未だに光が当たっていない国も沢山あるんだ 今度はそいつらが歴史の主役になる番だよ >>282 子はなんで彼を低評価したの? それとも、天才を普通の人と同じ扱いするのは経営者として当たり前とでも思っていたの?? よくわからん? 変数を変化させる関係を表したのはなんというの?変数方程式? 複数の変数の関係を等式で表して、それを関数表現に使うのはあるが、普通に「方程式」だなあ。 「等式」でも良いけど。 >>284 たぶんそれは関数じゃないかな、もしくは定義域の話なのか あと方程式のばあいは変数よりも未知数と呼んだほうがしっくりくるな >>246 ちょっと近そうな話をみかけたのでご連絡いたします。 お金払ったら負けかなって思ってる 白馬非馬 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E9%A6%AC%E9%9D%9E%E9%A6%AC 白馬非馬(はくばひば)とは、概念に関する古代中国の思想。 「白馬非馬説」「白馬は馬にあらず」とも呼ばれる。 兒説や公孫竜らによって唱えられた。 白とは色に名付けられた概念であり、 馬とは形に名付けられた概念であるから、 色と形という二つの概念が組み合わさってできた白馬と、 形という一つの概念からできた馬は別物である、という詭弁の論理である。 『公孫竜子』には、白馬を視覚で捉えるとき、「白い」という色彩が、「馬」という形に組み合わされて白馬になるが、 もし視覚で捉える色彩を独立させて考えてみると「白馬」とは無意味な言葉である、と書かれている。 兒説はこの説によって自分がその時属していた稷下の学士の他の学者たちを降参させたことで有名である。 兒説は、韓非子にも話が載せられている。 「兒説が白馬に乗って関を通る時、馬には通行税がかけられていたため、役人は税を取ろうとした。 しかし、兒説は白馬非馬説を唱えて税を免除されようとしたが、 結局役人の方が引かず、税を取られてしまった。」という話である。 公孫竜は兒説より時代はやや遅れるが、名家に属して平原君の食客となった。 しかし、その末路は不幸であり、彼の唱える白馬非馬説を、道家の慎到が 「そんな論理など在っても役に立たない。」 と否定し、平原君も次第に疎遠してきたので最後は悶死してしまった。 古代ギリシャには「詭弁家」なんて学派があって、詭弁の研究をしていた。 堅白同異の論も書かれてる。 >>285 「ぶっ放した大砲の弾丸がある時間に比例して どれだけ飛距離が縮むか?」というのは 変数ですよね?これで「一秒間にどれだけ飛距離が縮むか?」を 表現した方程式は変数方程式・・じゃないのでしょうか? ああ、言ってることがわかった。 複数の変数の関係を表す等式は物理学ではたくさん出てきます。気体の状態を表すPV=nRTとか、アインシュタインの式E=mc^2とか。これらの式は、変数の幾つかが定まれば残りの変数を求める方程式として使うことができます。 なので、こうした等式そのものを方程式と呼ぶことがあります。例えばPV=nRTは「気体の状態方程式」と呼ばれます。 この式はP, V, n, Tの4つの変数(Rは定数)を含むので、そのうち3つが決まれば残りひとつを求める方程式として使えます。 >>289 「同じ文字には同じ値を代入する」っていう約束を守れば、中に未知数がいくつ有ろうが、複雑な関数が入ろうが、出来上がった等号で結ばれた関係式のことを「方程式」と呼ぶ、って感じでいいと思う 複数の変数が入ってるってのを明示したければ、多元方程式とか多変数方程式って言ったりもするけど、わざわざそんな言い方はせず単に「方程式」って呼ぶのが普通だな その砲弾の例は、飛距離と時間の関係を示した方程式に、時間の値として1秒を代入したって操作になる >>289 用語が微妙におかしいが、それでも「方程式」で良いと思うよ。 >>288 まじっすかww そんな時代から交流があったのかぁ いや、それギリシャ人が独自に発明したやつだから。堅白同異の詭弁と同じような 詭弁ってことさ。 ところで大砲の飛距離は「非線形」かな。曲線と非線形って何が違うの? 飛距離ではなく、「軌跡」なんじゃないの?当然曲線で非線形でしょ。 非線形ってのには、途中で連続していないモノも含まれるんじゃない?曲線ってのは連続関数だけだよね。 >>294 さすがにそうですよねぇww 不思議な繋がりがいろいろとおもしろかったです >>295 線形非線形は分野によって定義が多様なのですが、関数論で言えば、いたるところ微分可能で微分を繰り返せば線形(一次)にたどり着ければ線形かな。 お、そうですか。数学の話、いろいろありがとうございます。 >>278 とみせかけてショットガンシークエンシング法を開発して ヒトゲノムをほぼ単独で解析してみせたクレイグ・ヴェンターさんは アメリカのNIH国立衛生研究所、まぁここはアメリカ研究の中心地なんだけど に元は所属してたんだけど、上層部が飼いならすことができなくて独立ちゃって セレラ・ジェノミクス(Celera Genomics)を創立して好き放題やられちゃった。 独立後に圧倒的に解析能力の劣ってたアメリカを中心とする連合軍は なんとか共同研究でヒトゲノムを解読したことにしてくれと泣きつくはめにww たしか最初に共同研究を持ちかけられたときに言ったのが 「ヒトゲノムは我々が解読する、あなた方はマウスのゲノムでも解読してもらおうか」 みたいな台詞で、さすがに相手も怒っちゃって物別れになったとかww log(-1)=iπ ランダムな現象…たとえば、大学入試のセンター試験の結果にもπが入っている…。 >>302 その式は有名なオイラーの式と基本的に同じものだけど、「そう定義しても矛盾がない」というもので、自然に定まるものじゃないから。 定義式sinθ=e^-iθのθにπを代入して両辺の自然対数を取ったものだ。 あれ?右辺の符号間違ってない? >>114 どうやら「ゼロ」を発見したのは おサルさんだったらしい、、、 個人的には虫が気になる、、、 【神経科学】サルの脳に「0(ゼロ)」の概念に強く反応する特定の細胞があることを発見 東北大大学院医学系研究科 [転載禁止](c)2ch.net http://anago.2ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1432387073/1 「ゼロ」の概念 サル認識か 東北大院発見 (河北新報) - Yahoo!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150523-00000001-khks-soci http://amd.c.yimg.jp/im_sigg5Zpr.YT1xN85.ouyDvYEAw---x600-y334-q90/amd/20150523-00000001-khks-000-2-view.jpg サルの脳に、「0(ゼロ)」の概念に強く反応する特定の細胞があることを 東北大大学院医学系研究科の虫明元教授(神経生理学)らの研究グループが発見した。 研究グループは、この細胞を「ゼロ細胞」と命名。 虫明教授は「言葉や数字記号の『0』を知らなくてもゼロが認識できることを示した」と話す。 >>301 まず、円を半分にします。 パイが二つできます。 半円形のきれいな形です。 >>306 次に、さらに半分にします しずく型に似たきれいな形になります これを互い違いに並べて、じっくり観察しましょう 4つある、ふくらみの部分を足し合わせると、 やっぱり二つのパイになります >>309 次に、さらに半分にします 今度はショートケーキぐらいの形でしょうか。 ショートケーキといえば苺、 とても綺麗な色ですがこの際これは無視しましょう。 これを互い違いに並べて、またじっくり観察しましょう 8つある、ふくらみの部分を足し合わせると、 やっぱり二つのパイになります >>310 次に、さらに半分にします だいぶ薄くぺったんこになってきました これを互い違いに並べて、またじっくり観察しましょう 16つある、ふくらみの長さを足し合わせると、 やっぱり二つのパイになります 並べた形もだんだん長方形に近づいてきました >>311 さて、初めに立ち返ってみれば よういした円、これは「まどか」ではなくエンと読みますが この円の周の長さは円周であり (半径)の二倍×π(パイ) つまり二つのパイです。 これを分割してる訳ですから、ふくらみの長さを合わせると 最初の円の円周ともちろん同じです。 >>312 16個を並べるとこんな感じになるんですが この横棒の長さは(半径)と等しく この縦左のボコボコ部分はちょうど円周の半分になってます。 ( ̄ ̄ ̄ ̄) ( ) ( ) ( ) ( ) ( ) ( ) (____) これをどんどん繰り返していくと長方形に限りなく近づくので 円の面積には円周率(π)が入っているということですか? >>305 元教授じゃないことがわかっただけど 中国人かどうかもわからんww 虫明って苗字あるのかな? 日本は、ほぼ単一民族の国としては世界屈指の姓・苗字大国 >>313 なるほど。ところで3,14は何にかかるのかな? >>315 まじっすかww しかもここまできて昆虫とかじゃなくて 動物ですらないなんてww こうなると、「ゲン」さん「モト」さん「はじめ」さん なのかも気になってくるぜ 今のところもっともミステリアスな内容かもしれない >>318 どうやら「はじめ」さんらしいが 苗字にも振り仮名ふってくれww って思ったがこっちはありました http://www.med.tohoku.ac.jp/uploads/press150525web.pdf 東北大学大学院医学系研究科の虫明元(むしあけはじめ)教授(生体システム生理学) この研究成果は、ネーチャーのオンライン雑誌サイエンティフィク・レポートオンライン版に 5月22日午前10時に掲載されました。 本研究は、科学技術振興機構「CREST」、 科学研究費補助金の支援を受けて行われました。 俵一俵は60kg、 一石はやくその三倍。 一石は大人一人が一年に消費する穀物の容量。 以前俵一俵で家族7人が一か月食っていけるだけの穀物の量だとされたが、 これだと計算が合わぬわ。 家族一人当たり1日2合(米1合は150g)なら一月(旧暦だから28日)でピッタリ合う。 大人なら1日3合食べるので、こちらも計算が合う。 今は3合なんて食べられないけど、江戸時代はおかずが少なくてカロリーのほとんどは米から取ってたからね。 白米が庶民でもハレの日に食えたのは江戸の中ごろからだよ。 みんな白米が食えるようになったのは敗戦後。 日本の「白米」は世界常識はあり得ないふるまいを。 つまり本来食べるべきはずの穀物なのに、日本人がこれを異常にありがたがって 「換金作物」になってしまったのだ。本来なら食って食って食いまくって 人口をささえるべきなのに、「金」になってしまった。 他の文明でこういうことはあるのだろうか? 日本にとって白米とは中世の黒コショウのようなものだったのかな。 今してるのは、食える人たちが消費する米の量の話だからね。 粟でも稗でも1日2500kcal分食べててください。 稗や粟なんて水に浸して炊いて手間がかかって・・ 美味しいよ 穀物の流通は地域で大きな差があるからね。 税収を米に頼ってる藩なら、全部出荷して雑穀を食べるのが合理的だ。他に特産品があればそっちで現金を稼げるから領内で消費する米も出る。 一方、天領や都市では流入する米が住民に行き渡る。逆に雑穀は運送費乗せたら売れないから、都市では流通しない。 なるほど。地方では換金作物である白米を流通に乗せ、自らは 雑穀を食べるわけか E=mc² 5=139 13=59=555=53 9=53 よってm=c²、E=c⁴ c⁴8 5 139 c²9 576 c3 25 27 24 73 >>206 さて、「知恵の館」には他にも誰かいるんだろうか、、、 バグダードの「知恵の館」はアル=フワーリズミー http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%9F%E3%83%BC 中央アジアのホラズム(アラビア語でフワーリズム)の出身で、フワーリズミーの名は、「ホラズム出身の人」を意味するニスバ(通称)である。 生没年は諸説あり、780年あるいは800年の生まれ、845年あるいは850年の没とされる。 メルヴで学者として有名となり、カリフのマアムーンに招かれてバグダードに出て彼に仕えた。 知恵の館で天文学者として働き、図書館長もつとめ、のちにカリフとなったワースィクにも仕えた。 数学、天文学、さらに地理学、暦学などの分野で様々な研究を行った。 散逸した著作も多いが、様々な書を著し、日時計、観象儀(アストロラーベ)なども作成したとされる。 カイロの「知恵の館」は>>252 のイブン・ハイサム(965年 - 1040年) 「真っ直ぐな糸をもつれさせ、もつれた糸を真っ直ぐにする」 えろい人の仕事です 【科学】時空が「量子もつれ」から生じる仕組みを解明 東大 (c)2ch.net http://anago.2ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1432799422/1 【科学】事故死した数学者ジョン・ナッシュ氏、死の3日前 「アインシュタインを代替する量子重力の方程式を発見した」と友人に話す (c)2ch.net http://daily.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1432998139/ >>39 >>46 >>65 >>81 どうやら方位は 8方位 12方位 16方位 の歴史的な系統があるらしい さて、通貨単位もやりたいのでお とりあえずのおさらい https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%93 圓(えん、げん、ウォン、ドル、パタカ、トゥグルク)は、東アジアの各国において使用されている通貨の単位である。 なお「圓」は元来、「まる」を意味する文字で、日本における「円」の旧字体である。 メキシコドルの流入 中国においては古来から銅銭が通貨として広く用いられてきたが、 経済の拡大、あるいは産銅不足から銅銭のみによる取引に限界が生ずるようになった。 宋・元以後には紙幣や銀(銀地金や銀製品)が通貨の代わりに用いられるようになり、 明・清においても銅銭は引続き併行流通したものの、銀錠と呼ばれる秤量貨幣が通貨の主導的な地位を占めるようになった。 18世紀になると絹織物や茶の代価として、 スペインおよびその植民地であったメキシコから多量のメキシコドルなどの大型銀貨が流入するようになり、 「銀圓」と呼ばれて中国国内でも広く流通した。銀圓は従来の銀錠に対し、メキシコドルが円形の銀貨であったことに由来する[1]。 メキシコは漢字で「墨西哥」と表記され、メキシコドルは「墨銀」とも呼ばれた。 また当初は南蛮から流入したことを意味する「番銀/蕃銀」や、デザインおよび英(イン)と同じ発音である「鷹」から「鷹洋」の呼称もあった。 圓とドル ドルの起源はターラーであるとされるが、アメリカの1ドル銀貨はメキシコドルに基づくもので、量目、銀品位もほぼ等しくつくられた。 また東アジアにおいてはドルを漢字「圓」で表記したのであり、圓、ドル共に元をたどれば起源を同じくするもので、 19世紀後半において圓、ドルは国際通貨であった。 しかし300年以上に亘る流通と、圧倒的な鋳造量を誇るメキシコドルに対し、 歴史の浅いアメリカ、香港および日本などの銀貨は市民権が容易には得られず市場において若干の増歩を要求される始末で、 アメリカおよび日本は量目を420グレーン(27.216グラム)と若干増量した貿易銀を発行して対抗したが成功には至らなかった。 うーん、該当するサイトが見つからないから 自分でなんとかするしかないのかな 大モンゴル→スペイン(メキシコドル)への 機軸通貨の移行について話をしたいのだが、、、 >>333 まぁ、いいや とりあえずこれ ターレル ⇒ ドル ⇒ 円 http://homepage3.nifty.com/ ~sirakawa/Coin/E032.htm http://homepage3.nifty.com/ ~sirakawa/Coin/E032.files/Thaler.gif >>334 モンゴルが採用した三段階の銀の重量単位の呼び名 左は漢語、右はウイグル (小) 銭=スティル (中) 両=バクル (大) 錠=ヤストゥク ちなみに主要なボンゴル語とペルシャ語では、 (大)についての呼び名しか伝わってないそうで モンゴル語ではスケ(斧) ペルシャ語ではバーリッシュ(枕) という意味だそうな >>337 この重量基準は (小) 約4g →1(基準) (中) 約40g →10倍 (大) 約2kg →500倍 となっているが、 (小)(中)に関してはササン朝で流通していた銀コインが起源で (大)に関しては金朝のインゴット ? (てい:ディン)からきているらしい。 これは50両と交換されたが、モンゴル時代に同じ呼び名の「錠」になったとのこと。 でも東アジアには資本主義を発見できる知性はなかったね。 >>338 つまりモンゴル帝国の通貨重量単位は全てパクリで オリジナルな発見はなかったということですね このあたり他の世界帝国とも通ずるものがある気がします 上にある講義でライプニッツが如何に天才かが分かりました。 まさか、20歳を超えてから数学を始めたとは思いませんでした。 そして、数学が得意な人は簡単に見抜けるのかもしれませんが、 部分分数分解に幾何を混ぜて、あの有名なπの級数が出来てるとは思いませんでした。 経緯は分からないのですが、テーラー展開等、この時代は級数がはやってますね。 (Wikiで見ると、同時期の和算も一部のテーラー展開が発生した様ですから、日本も条件があれば、参加できたかも!?) 参加できたかどうか、どころか、無限級数の取り扱いについては、和算は世界トップクラスだったようです。代数的に一般化して積分の発明に至らなかったのが残念なところ。 和算にしろ中国やローマの数学にしろ、 漢数字やローマ数字で数学なんて気が狂いそうだ 記数法はあれだが、計算は算盤使うのでアラビア数字と同じ。 >>342 有名なπの級数ってオイラーのやつじゃなくて? >>344 ローマ数字は、加減算は便利と再評価されている。 >>347 ぉー、ありがとうございます おかげさまで ラマヌジャンの方法が負けてたり ケーララ学派や祖親子なんかが頑張ってたりと おもしろかったですww >>344-345 というか、高度な計算には算木とか碁石を使ってたんだが >>350 算木は聞いたことあるけど、碁石ってどうやるの? >>332 地中海世界における方位に関して >8方位 アテネのアゴラに「風の塔」と呼ばれる8角形の塔が立っていて それぞれ東西南北とその中間に方位を象徴する男性の像があるらしい。 前二世紀までに天文学者のアンドロニコスによって建設された >12方位 風配図で12方位を考案したのは、 前250年ころの海軍軍人で学者のアリストテレス・ティモシテネスと言われている。 エジプトのプトレマイオス2世によってエジプト海軍の操舵長に任命された人物である。 彼の書いた海のガイドラインである水路誌には方位は風向きで 「キオス島からレスボス島までノトス(南風)とともに200ステディア進む」 といった形で表現されている。 >16方位 コンパスの普及以降はこの形に統一されたらしい >>353 コンパスローズは32方位で 海図への配置は16方位毎らしい ウィキペディアによると以下のようにあるけど おいら調べでは16方位はエトルリア占いに通じるそうな https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%85%E9%87%9D%E5%9B%B3 初期の羅針図(ウィンドローズ)は30°ごとの12方位を描いており、特に古代ローマ人がこの形式を好んだ。 中世になると船員の教育レベルが低いため30°と言われてもピンと来なかったことから、16方位の羅針図が描かれるようになった。 16方位になると22.5°ごとという半端な数値になるが、一周を360°と考えずに4方位の半分の半分と考えれば直観的にわかりやすい。 また、グラードという単位を使えば、25グラードごとというキリのよい値になる。 円周の6等分はコンパスで簡単にできるが、4等分はふた手間ほど余計にかかる。16方位より12方位の方が実用的には手軽なのだ。 いまだに円の面積の求め方に円周率を使うことがわからん。 半径×半径×円周率・・ 円を中心点から三十二分割して、三角錐を互いにまとめて直線をとるまではわかる。 でもなんで円周率なのか? 感覚でいいなら 大きな円形のピザがある 一切れは、三角形に近い≒三角形=縦*横*1/2 r=縦 2rπ=円周の長さ=横の合計 ピザの全切れ 円形のピザ≒Σ三角形=r×横の合計×1/2=r×rxπ ピザの分割数が増加するにつれて三角形にどんどん近づく。 無限分割すると 円形のピザ=r×rxπ >>358 円周率を単に直径と円周の比と捉えるからおかしくなるので、「円(を含めたn次元の球)に関する数値を半径と関係付ける時に必ず出てくる係数」と考えれば不思議はなくなる。 別の考え方として、円周の公式を積分すると円の面積が求められる。係数の円周率がそのまま保存されるのは計算上当然のこと。 その直径と円周の比を表す基本的な係数が円周率なのだから、これは欠かせない。 1111=14 134=1114=111111=16 795=777=73 「円周率」という名でなければ、直観的に受け入れやすいのでは。 例えば、「アルキメデス数(π)」に変える。 すると円の面積は、半径×半径×アルキメデス数(π)だから、 1辺を半径とする正方形の面積のアルキメデス数(π)倍。 その円を外接する正方形の面積は4倍。 >>333 トロイオンス https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%82%B9 トロイオンス(troy ounce)は、貴金属や宝石の原石の計量に用いられるヤード・ポンド法の質量の単位であり、 1トロイオンス = 正確に 31.103 4768グラムである。金衡オンス(きんこうオンス)ともいう。 日本では、特殊の計量である「金貨の質量の計量」にのみ限定して使用できる単位であり、その定義値がわずかに異なる トロイポンド トロイポンド(金衡ポンド)は12トロイオンスに等しく、5760グレーンに等しい。よって、正確に 373.241 7216グラムとなる。 常衡では1ポンドは16オンス、7000グレーンに等しく、正確に 453.592 37グラムである。 かつては、1トロイポンドの銀をそのまま通貨として使用していた。これが通貨単位としてのポンドの由来である。 トロイ衡は、ウィリアム1世によるイングランド征服の時代にまで遡る。 その名前は、中世において重要な商都であったフランス・シャンパーニュ地方の町トロワに由来する。 という説があるが、 とりあえずいわく付きっぽいので追ってみたいと思います 真珠取引にモンメという単位が使われるようなモンかw >>366 おぉ、日本の誇る世界単位ですね。 おいらもそれと、あと一つあったような気がするんですが ど忘れしてしまいましたww >>365 ちなみにこれら他のものがあるのですが、、、 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%82%B9 ヤード・ポンド法の質量の単位には3種類の系統(常衡、トロイ衡、薬衡)があり、 それぞれに「オンス」という名称の単位がある。 薬用オンス 薬衡(apothecaries' system)におけるオンスは薬用オンス(apothecaries' ounce, 記号:oz ap, ? (Unicode 0x2125))という。 薬衡は、その名の通り薬品の計量に用いられる。成り立ちは異なるが、薬衡は今日ではトロイ衡と同じ値となっている。 薬用オンスの8分の1が薬用ドラムである。 体積の単位 体積の単位として使用されるオンスは液量オンス(fluid ounce, fl oz)という。 イギリスでは28.41ミリリットル、アメリカでは29.57ミリリットルである。 >>368 これはやはり麦でした しかし、、、 グレーン https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%B3 古くは、ポンドとグレーンとは別々の単位であり、その換算値は様々であったが、 1574年に商人と金細工職人からなる委員会が調査して、1常用ポンドがほぼ7000グレーンに等しいことが確認された[2]。 その後、1758年の法令によって1常用ポンド = 正確に7000グレーンと定められた[3]。 当初は、メソポタミア地方において大麦の穂の中央からとれた種1粒の重さとして定義された。 今日でも"grain"には穀物という意味がある。 >>369 ついでにこれも、、、 イナゴマメ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%82%B4%E3%83%9E%E3%83%A1 イナゴマメの乾燥種子の重さは約0.2 gほどで均一なため、重さの単位カラットの語源ともなったとされる。 しかし、実際にイナゴマメを個別に電子天秤はかりで計量すると、0.10gから0.25gの間でかなりのばらつきがあり均一ではない。 このことから、イナゴマメが宝石の取引に用いる分銅として機能したかどうかは疑わしい。 しかし、何らかの理由により取引の道具に利用されたことは推察できる。 ちなみにアッカド語で"kharubu"とあるらしい。 木の名前はギルガメッシュ叙事詩にも登場するとか これはもしかすると、あれに繋がる可能性が、、、 これは聞いたことない単位でした コインにステュムパリデスの鳥が描かれてたりしておもしろい オボルス https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%9C%E3%83%AB%E3%82%B9 オボルス(obolus)はドラクマの1/6の価値があるギリシアの銀貨である。 プルタルコスによると、スパルタ人は4チャルコイの鉄製のオボルスを持っていた。 また、オボルスは重さの単位でもある。 古代ギリシアでは、1オボルスはドラクマの1/6、およそ0.5グラムとされていた。 古代ローマでは1オボルス、1/48オンス、またはおよそ0.57グラムとされていたがローマ共和国のコインとしては決して発行されなかった。 現代のギリシアでは、1オボルス、0.1グラムと決められている。 古代ギリシアでは葬儀の際、死者の口の中に1オボルス入れるという習慣があった。 これは、死者が冥界の川を渡る時、船の渡し守のカローンに渡し賃として1オボルス払わなければならないと考えられたためである。 >>369 たぶんこれなんだろうけど、、、 メソポタミアの銀は、秤量貨幣にあたる。 メソポタミアは銀を産出しないため、アナトリア半島のトロス山脈などから銀が運ばれた。 シェケルという単位が紀元前30世紀頃から用いられ、シュメル語ではギンと呼ばれた。 紀元前22世紀のウル・ナンム王の時代には銀1ギン(約8.3グラム)=大麦1グル(約300リットル)と公定比率を定めた[36]。 >>373 http://metatron.la.coocan.jp/zone-62/numb206.htm ■シケル(shekel)は多数ある古代の重さと通貨の単位の1つである。 紀元前3000年頃メソポタミア地域で用いられていたことが知られている。 この重さの単位シケルは180粒の大麦が標準だった。 この単語の最初の音節「シ」はアッカド語で大麦を意味していた。 ■シュメールの地アッシリアから出土した、1シケルに相当する重さを表わしている分銅石の平均値は8.36gである。 この重さの単位シケルは180粒の大麦(8.33g)が標準だった。 古代オリエントを通じて、この1シケルが60個集まると 1ミナ501.6g(8.33gだと499.8g)相当の重さの単位になっていた(※2)。 >>372 貨幣史 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%A8%E5%B9%A3%E5%8F%B2 アテナイは紀元前483年からラウレイオン銀山をもとに銀貨を発行して経済力を持ち、ポリス内にも貨幣が普及する。 公共事業や民会、陪審に参加する市民にオボルス銀貨を支給する制度が始まると、 貧しい市民もポリスの市場で食料を買えるようになり、富裕市民の公共奉仕も貨幣化されていった。 アテナイの通貨単位は、1タラントン=60ムナ、1ムナ=100ドラクマ、1ドラクマ=6オボルスとされ、 タラントンやムナは計算用の貨幣で実物は存在しなかった。 とりあえず、おいらの記憶とは繋がった >>372 スタテル https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%86%E3%83%AB その名称は古代ギリシア語で「重さ」を意味する。 西ヨーロッパでは、ギリシア北部で傭兵として働いていたケルト人を経由してもたらされたため、マケドニア起源だと思われていた。 紀元前8世紀から紀元50年ごろまで流通していた。 ロビン・レイン・フォックスによれば、 元々はエウボイア島でフェニキアのシェケルを重量単位として使っていたのが起源であり、 重さもほぼ同じで1シェケル(8.33グラム)は1ミナの50分の1である[1]。 >>257 全員のポジションと守備位置が 確認できたのでご連絡いたします やはり大御所はベンチ要員でした、、、 No12_d60 天神アン(アヌ) No11_d55 妻アントゥウ No10_d50 大気神エンリル(マルドゥク?) No09_d45 妻ニンリル No08_d40 深淵エンキ(水神エア?) No07_d35 妻ニンキ No06_d30 月神ナンナ(シン) No05_d25 妻ニンガル No04_d20 太陽神うつぅ(シャマシュ) No03_d15 金星神イナンナ(イシュタル) No02_d10 嵐神イシュクル(アダド、後にマルドゥク?) No01_d05 ニンフルサグ No0x_d01 天神アン(アヌ) >>367 絹か生糸の輸出に関するものだった気がするのだが、、、 https://kotobank.jp/word/%E7%B5%B9%E7%B9%94%E7%89%A9-51247 日本大百科全書(ニッポニカ)の解説 絹織物 きぬおりもの より抜粋 絹織物の寸法は、綿織物と同じく広幅と小幅物がある。 輸出向けはすべて広幅で、91.4センチメートル(36インチ)幅のものが多く、 内地向けは帯地などの場合を除いて一般に小幅で、着尺地は産地事情により幾分異なるが、 約36センチメートル(鯨尺9寸5分)を標準としている。 また長さでは、輸出向けは1反(一般的には50ヤード、約45.7メートル、品種により30ヤード)で、 内地向けは1反(鯨尺3丈、約11.4メートル)、または1匹(約22.8メートル)を単位としている。 絹織物の厚薄を表すときに、匁付(もんめづけ)(あるいは目付ともいう)が使われるが、 これは精練したのちも幅1寸、長さ60尺の重量を匁(1匁=3.75グラム)で示し、たとえば4匁であれば四匁付という。 やはり天秤による3進数システムがみられるな このとき分銅を使ったのかどうなのか、、、 1.髪を剃り落とすように命じられる預言者エゼキエル http://shinozaki-baptist.jp/modules/kyuyaku/index.php?content_id=520 ・エゼキエルはエルサレム包囲を預言する象徴行為をするように命じられる。 最初に命じられたのが左脇を下にして390日間横たわり、次に右脇を下にして40日間横たわる行為である(4:4-8)。 エルサレムが包囲され、身動きがつかなくなるさまを行為で示せと命じられる。 次にエゼキエルは雑穀を用いてパンを焼き、パンの量は20シュケル(230g)、水が1/6ヒン(0.5L)で暮らせと命じられる(4:9-12)。 包囲に伴って食糧・水が枯渇する様を演じよとの命令だ。 ・三番目の命令は、髪の毛と髭を剃り、その1/3を火で燃やし、1/3を剣で切り刻み、1/3を風に散らせというものだった。 -エゼキエル5:1-2「人の子よ、あなたは鋭い剣を取って理髪師のかみそりのようにそれを手に持ち、 あなたの髪の毛とひげをそり、その毛を秤にかけて分けなさい。 その三分の一は包囲の期間が終わったときに都の中で火で燃やし、 ほかの三分の一は都の周りで剣で打ち、残り三分の一は風に乗せて散らしなさい。 私は剣を抜いてその後を追う」。 ・その意味が後半で示される。 エルサレムの住民の1/3は包囲戦の中で疫病や飢餓で死に、 他の1/3は侵略してきた敵兵の剣で切り殺され、残りの1/3は捕えられ捕囚にされるとの意味である。 おいらもアルキメデスがどうやって 合金を特定したのか気になっていたのだが、、、 ガリレオの最初の論文「小天秤(La Bilancetta ラ・ビランチェッタ)」 http://homepage3.nifty.com/kuebiko/science/freestdy/Gbalance.htm 世界の名著 第21巻「ガリレオ」責任編集・豊田利幸、中央公論社、1973年6月25日初版発行、¥650− 上記の本の「ガリレオの生涯と科学的業績」という項を豊田氏が書いておられて、 その中で、37ページから41ページにかけて「小天秤」の豊田氏による全訳が載っています。 訳は、国家版「ガリレオ・ガリレイ全集」をもとにした全訳であり、( )内に原語を記入したのは豊田氏です。 原文はラテン語ではなくイタリア語だそうです。 「小天秤」は1586年22歳の時の、ガリレオ最初の論文ですが、 公刊されたのは、1638年に最後の著作になる「新科学対話」の付録として、でした。 そこから訳文を引用しながら、私の議論を進めていきましょう。 まずガリレオは、アルキメデスについてのよく知られた逸話について批判し、粗雑に過ぎる、としています。 そしてアルキメデスははるかに精密な方法を使ったに違いなく、自分はそれと同じ方法を発見したと考える、と述べています。 >>380 けっこう不思議ですよねww まぁ、三角天秤ってことはないと思うんですが >>374 >>365 >>379 ポンド (質量) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%83%89_%28%E8%B3%AA%E9%87%8F%29 代表的な言語での呼び名は以下のとおり。 英語: pound(パウンド) オランダ語: pond(ポンド) ドイツ語: Pfund(プフント) フランス語: livre(リーヴル) スペイン語: libra(リーブラ) イタリア語: libbra(リッブラ) 起源 歴史的には、メソポタミア地方で大麦1粒の重さを元にグレーンが定められ、その倍量単位としてポンドが定められた。 使用法としては、人間が1日に消費する食糧としての単位であり、1ポンドの製粉によって焼かれたパンが1日分の主食量に相当する。 古代ローマではこの単位を天秤の意味の「リブラ (libra)」と呼んでおり、これがポンドを表す記号“lb”の由来である。 また、通貨の単位のポンドの略号“£”もlibraに由来する。 「○○リブラの重さ」を“○○ libra pondus”と言い、このことから“pondus”がリブラの別名となった。 さてさて、どれ一つ合ってないんだが どうしたもんんかww 古代ローマでは、一日消費麦単位は天秤よりリブラと呼ばれるようになった。 ローマからイングランドに一日消費麦単位が伝わった。 一日消費麦単位=5000麦単位程度だった。 リブラ・ポンドゥスと呼んでいたが、いつのまにかポンドになっていった。 一方で記号としてリブラの痕跡が残った。 他国・他の地域では リブラの重さは、 前半(リブラ)が残ったのがフランス・スペイン・イタリアで、 後半(重さ)が残ったのが英語・ドイツ・オランダ。 本当かどうかは知らない。 >>385 ふむふむ、勉強になります ちょうどローマ軍のサラリーを調べようと思っていたところなので さすがに包囲戦のときは食べる量も減るんですね 家族7人が一年間に食べる穀物の量を「俵」であらわす。 それが収穫できる田の広さは「一反」。 >>387 子供は何人計算なんでしょうか? しかし、こんだけ見てくと 東西を貫くシュメール起源のギンと 60進法のマナがあるだけで、 その先に進めてない気がする ただ西に進んだシェケルはおそらく銀の単位として残ったが 東ではダレイオス大王の下でいったん金の単位になってそうなのだが、、、 素人が踏み込んでも碌な解はなさそうなので参考書でも探すかww >>389 そしてこの構造は繰り返す、、、 ディナール https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%AB ディナール(dinar, ?????)は、アラブ地域などの多くの国で使われている通貨である。 アラビア語では「ディーナール」と発音される。 ディナールの名称は、ローマ帝国の銀貨、デナリウスに由来する。 歴史 693年、ウマイヤ朝のカリフであるアブドゥルマリクがダマスカスでイスラーム帝国初の金貨を打刻させた。 これがディナールの起源である。イスラーム世界の硬貨はこの時以来近代になって初めて鋳造硬貨が製造されるまで打刻硬貨だった。 当初はディンナールと呼ばれ、主に旧東ローマ帝国領で流通した(それまでは、東ローマ帝国が鋳造したノミスマ金貨が流通していた)。 8世紀半ばに成立したアッバース朝の時代になるとディルハム銀貨による銀経済であった 旧サーサーン朝ペルシア領でもディナールが流通するようになり、9世紀には金銀二本位制へと移行した。 ガーナ王国の金を、ムスリム商人が岩塩と交換するサハラ交易が行われていた。 またディナールとディルハムの法定換算比率は 1ディナール=20ディルハムであったが時代や地域とともに変化していき アッバース朝5代のハールーン・アッ=ラシード時代には1ディナール:22ディルハム、 時代により1ディナール=30ディルハムの比率も発生した。 そして現在、、、 http://www.huffingtonpost.jp/takahiko-tsubouchi/islam-dinar_b_6389268.html 金の品位96〜98%のディナール重量は4・25グラム、ディルハム重量は2・97グラム。 ディナール・ディルハムの換算比率は、1ディナール=10ディルハムが標準とされた。 現在のディナール・ディルハム構想も、かつての貨幣に準拠しようとしている。 デナリウス銀貨 デナリウスは共和政ローマ時代の紀元前211年ごろ、第二次ポエニ戦争の最中に造幣され始めた。 当初の重さは平均で4.5グラム、当時の単位でいうと1?72ローマンポンドである。 アントニニアヌス銀貨 カラカラが最初に発行したことと、その本名に「アントニヌス」と付くことから、それに結び付けてこのように命名された。 2デナリウス相当の価値があるとされていた。当初は銀貨だったが改鋳と共に青銅成分が徐々に増えていった。 最初に導入したのはカラカラ帝で、215年のことである。 ソリドゥス金貨 4世紀前半にコンスタンティヌス1世が通貨の安定を図って鋳造した金貨がソリドゥス金貨の起源である。 金保有量は4.48g。東ローマ帝国の時代にも同様の金貨が流通した。 東ローマ帝国では「ノミスマ」と称された。 >>388 そうだった。一か月の間違いだ。訂正してお詫びします。 一反はすると何か月分の収穫量だっけ? ということで調べてみると 一反とは一辺が30mほどで1000uほどの耕作地。 ここで上がる収穫量は「大人一人が年間に食べられる量」で 1000合だそうだ。 俵で換算すると? わからん。 ディナールとディルハムは同じ単位から派生した方言みたいなものと思ってた。現在の中東では、国によってどっちかが通貨単位になってるね。 >>394 おいらもおかずは大事だと思います >>395 恥ずかしながらおいらも同じ様なものだと思っておりました 昨日寝る前に、何かに繋がると思いついて寝たのだが 夢のお告げはありませんでした >>390 >>391 ちなみに東西に渡るこの通貨単位 実はアレクサンドロス3世による東征がベースにある模様 この伝統はテトラドラクマを継承したものっぽいです https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%83%9E アテナイでは1ドラクマあたり4.3グラムという基準に基づいてテトラドラクマ貨を造幣していた。 アレクサンドロス3世の軍がテトラドラクマ貨を通貨としてヘレニズム世界に広めたため、イランやインドでも通貨として流通するようになった。 >>395 調べていくと実はあなたの見解は正しいみたいですww そしてやっと>>338 へと繋がる訳ですね インドやイランはギリシャ文明が造ったからな。 ギリシャの先進文明を学ぶために集団結婚式(マンコが原住民)を挙げたらしいよ http://meerinchan.hatenablog.com/entry/2015/10/21/164615 キログラムの定義が、パリに保管されている実物から物理定数に移行するみたいだね これでメートル法の単位の全てが物理定数で統一されるらしい 科学的に見て、重さの定義は難しいんだろうか 質量を物量で定義しようとすると、力や長さとの組み合わせでトートロジーになっちゃうんだよ。 >>400 とみせかけて、 その基本単位のうちの一つは歴史的に流れに乗って制定された後 慣習により使われていて特別必要ないものなんだけど 廃止が検討された際には強い抵抗にあい 現在も生きながらえている、という感じじゃなかったっけか 376 名前:世界@名無史さん[sage] 投稿日:2015/08/15(土) 17:15:23.81 0 天国に来てもブドウ72粒しかくれないとかアッラーさんは随分ケチな神さんなんだな 377 名前:世界@名無史さん[sage] 投稿日:2015/08/15(土) 18:16:07.12 0 なんで72粒なんだろう、アラビア語だと72という数に特別な意味が含まれるのかな? 378 名前:世界@名無史さん[] 投稿日:2015/08/15(土) 18:18:26.32 0 あいや、じつは72とかいう数字も後世の追加設定なので、 実際はブドウは食べ放題サービスかもしれない。 それぐらいは天国に期待したい。 379 名前:山野野衾 ◆qDubHAi3S/a/ [sage] 投稿日:2015/08/15(土) 19:08:06.02 0 中国だと天の数が36、地の数が72。 孫悟空が使える術は地の数の72通りで、天界出身の猪八戒の術は天の36通り。 『平妖伝』にも、それぞれ同数の天地の術が登場している。 『水滸伝』の元ネタの人数は三分の一の36人。しかし中国史上では他にも36人でやった という記事がたまに見られるのは、意図したのか後世の付会か。 兵法は三十六計。 ゾロアスター教でも72は神聖視されるそうで、分布は広いかもしれません。 380 名前:世界@名無史さん[sage] 投稿日:2015/08/15(土) 20:59:27.28 0 中野美代子が西遊記に出てくる様々な数字の意味合いを考察してた本がでてたね 381 名前:世界@名無史さん[sage] 投稿日:2015/08/15(土) 22:33:55.18 0 カバラの72天使とかソロモンが使役する72柱の悪魔とか 由来は12宮の5分割とかもっともらしいが後付けっぽくもある 382 名前:世界@名無史さん[sage] 投稿日:2015/08/15(土) 22:37:30.68 0 >>381 は6分割の間違いスマソ 👀 Rock54: Caution(BBR-MD5:9368c25c0e1fcb4c3420acd807713d27) >>389 ササン朝は金貨は用いられなかったと聞いていたが 金貨の発行はされていたらしい 後、こんなのありました サー サーン朝時代の物価一覧 http://heartland.geocities.jp/zae06141/iranhistory_prices.html >>403 天の数36はあきらかに旬で10日と十干だろうなぁ このあたりエジプトとそっくりなんだが 戦後アメリカ文化が流入してきた日本においてヤード法が普及 しなかったのは何故でしょうか? アメリカだって面倒で古臭いヤード・ポンド法なんて本当は使わせたかないわ! アメリカの若いもんの間では、グラムは急速に普及しているらしい。 南米から来るブツは グラム単位で売ってるから。 10年ほど前、アメリカ旅行であちこち行ったけど キロミータで通じないことは一度もなかったよ なんとなくスポーツは最後まで残りそうな感じですね ゴルフとかボクシングとか >>390 「 カワユイ(^◇^)カリフ道」論邦訳Wiki 「イスラームのディーナール金貨とディルハム銀貨の紹介」 ウマル・バディロ(Achnagairn House, Scotland 1995) http://www22.atwiki.jp/kawaii_khalifa/pages/13.html イスラームにおけるディナール金貨とディルハム銀貨とは何か? イスラーム法によると、イスラームの1枚のディナール金貨は4.25グラムと同等の明確な金の質量をもつ。 イスラームの1枚のディルハム銀貨は2.975グラムと同等の銀の重さをもつ。 ウマル・イブン・アル・ハッターブはディナールとディルハムの関係をその質量に基づく有名な基準で制定した。 それは、7ディナールが10ディルハムと同質量になる、というものである。 ディナール金貨とディルハム銀貨の使い方 それ自体が富なので蓄えることが出来る。 イスラーム法で必須とされている通りザカート(所謂救貧税)を支払うことが出来る。 結婚持参金として使うことが出来る。 それが合法的な交換媒体であるので、売買が出来る。 ミスカールに対するイジュマー 神の啓示はディナールとディルハムについて言及しており、啓示にはそれについての多くの法判断が載っている。 例えば、ザカート(救貧税)、結婚、ハッド刑などである。 したがって、啓示内部で、ディナールとディルハムはリアリティや(ザカートなどの)評価に対する具体的な手段を持つことになる。 その法判断は、イスラーム法に反するもの(他の硬貨や物品)に対してよりも、むしろ前述の啓示における基準に基づくはずである。 イスラーム草創期および教友と支持者の時代から、 シャリーアのディルハムは10枚で金7ミスカール(ディナールの質量)分の重さにになるという合意(イジュマー)があることを知っておこう。 金の1ミスカールの重さは大麦72粒分であり、 そのため、1ミスカールの10分の7の重さとなる1ディルハムは大麦50粒に50分の2粒を加えた重さと同等になるである。 >>379 まず、天秤でカミを半分に別けます 次に、天秤でカミをさらに半分に別けます 1/2カミと1/4カミができたので これが釣り合うように天秤の支点をズラします この状態でどちらにもズラなくなったらカミを取って 次に全てのヒゲを乗せて釣り合わせます すると、片側に1/3ヒゲと もう片側に、2/3ヒゲが現れます。 >>411 アメリカンフットボールは今更メートルで、というわけにはいかんし。 こんなのがあるらしい、、、 字が小さくて全部は見えない、、、 【友の会講演会】 「古代オリエントのコイン(1):サーサーン朝ペルシアとその境界域のコイン」 http://aom-tokyo.com/event/151212coin.html http://aom-tokyo.com/event/images/151212coin.jpg コイン(金属貨幣)は小さいながら、多くの情報(発行者、文字、宗教、美術表現、経済など)を持っています。 こうしたコインを丹念に調査研究することで、どのようなことがわかるのでしょうか。 今回は、3?7世紀に西アジアの広大な地域を支配したサーサーン朝ペルシアとその「境界域」のコインに焦点をあてます。 サーサーン朝ペルシアのコインがどのように後の時代、または周辺地域において利用されていたのか。 出土資料、国内外の美術館所蔵資料などを調査した最新の成果を中心に紹介します。 >>414 そういえば単位が根本的にスポーツと結びついている そんなのってあるんでしょうかね 9ボールとかちょっとそれっぽい感じですが >>418 この右下の絵はみたことある気がするのだが なんだったっけかなぁ >>415 よく見えないのだが、誰か内容教えてくれないのかなぁ 『西方の部』 マケドニア アレクサンドロス 4ドラクマ銀貨 ギリシア、当てない ふくろう 4ドラクマ銀貨 プトレマイオス朝エジプト クレオパトラ、アントニウス ドラクマ銀貨 >>415 『中央の部』 ササン朝ペルシア ゾロアスタ教 ドラクマ銀貨 アケメネス朝ペルシア 金貨 アルサケス朝パルティア ドラクマ銀貨 >>415 『東方の部』 グレコバクトリア朝 4ドラクマ銀貨 クシャノササン朝 金貨 クシャーノ・サーサーン朝は様々なコインを鋳造した。 通常、コインの表には精巧な頭飾りを付けた君主が描かれ、裏にはゾロアスター教の火の祭壇か、シヴァ神と雄牛ナンディが描かれた。 クシャン朝 金貨 クシャーナ朝にとってローマとの貿易がいかに重要なものであったかは、彼らが発行した金貨の単位からもわかる。 クシャーナ朝は金貨の単位をローマの金貨単位にリンクさせており、その金貨は正確にローマの2アウレウス分の重量を持っていた。 さらにローマのデナリウスはディーナーラとして、その通貨単位がクシャーナ朝に取り入れられた。 ※参考:オクタヴィアヌス時代のローマの通貨交換レート 1アウレウス(金貨) = 25デナリウス(銀貨) 1デナリウス(銀貨) = 4セステルティウス(黄銅貨) 1セステルティウス(黄銅貨) = 4アス(青銅貨) >>422 経済[編集] クシャーナ朝の領土は、同時代に中央インドで繁栄を迎えてきたサータヴァーハナ朝などと同じく交易によって繁栄を迎えていた。 かつてクシャーナ朝が北西インドを征服する以前、この地域の貨幣経済は衰退期を迎えていた。 原因は知られていないが、北西インドでは銀が不足し、 インド・パルティア人やサカ人の諸王朝が発行する銀貨は極度に品質の悪いものとなっていた。 しかし、クシャーナ朝が北西インドを支配した時代、すなわちヴィマ・タクトとヴィマ・カドフィセスの治世以降、 彼らは盛んに金貨と銅貨を発行し、特に北西インドで作られた金貨は質・流通量ともに向上した。 ローマやインドの商人によってローマやインドへ向けて絹・香料・宝石・染料などが輸出された。 これらの商品はローマでは原価の百倍もの価格で売れ、代金として金がクシャーナ朝にもたらされた。 海のシルクロード、、、 https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/f/ff/Periplous_of_the_Erythraean_Sea.svg/1280px-Periplous_of_the_Erythraean_Sea.svg.png プラーナ文献では、アーンドラ朝(Andhras)とよばれる。 サータヴァーハナが王家名で、アーンドラが族名である。 デカン高原を中心とした中央インドの広い範囲を統治した。 パックス・ロマーナ期のローマ帝国と盛んに海上交易を行い、商業が発達した。 この時期の遺跡からは、ローマの貨幣が出土することで有名である。 王たちは、バラモン教を信仰したが、仏教やジャイナ教も発展した。 >>419 もしかして:カドゥケウス https://www.google.co.jp/search?q=%E3%82%AB%E3%83%89%E3%82%A5%E3%82%B1%E3%82%A6%E3%82%B9& ;source=lnms&tbm=isch&sa=X&ved=0CAcQ_AUoAWoVChMIv8iI67L-yAIVwiiUCh1a7gsH&biw=1366&bih=651#tbm=isch&q=Caduceus >>422 クラウディウス帝の発行したコインが ブリタンニアから南インドまで見つかっているらしい、、、 コインの散歩道から 戦国の七雄 http://homepage3.nifty.com/ ~sirakawa/Coin/C003.htm 中国の戦国時代(BC403−BC221)は、周王室の他に有力な諸侯が7つありました。 燕・斉・趙・韓・魏・秦・楚の諸侯です。各国は、独自の貨幣を鋳造しました。 わずか200年の間ですが、この時代ほど多種多様な通貨が作成されたことはありません。 この時代の貨幣はおおきく次の4種類に分類されます。 @刀幣 刀をモデルにしたもので、斉・燕・趙など東方の諸国で作成されました。 A布幣 農具のスキ・クワをモデルにしたもので、趙・韓・魏で作成されました。 B円形 紡輪をモデルにしたとも、刀幣の一部をとったともいわれていますが、 やはり抽象的な形として貨幣にふさわしかったのでしょう。 戦国の中期以降に秦で発達し、その後他の国でも採用されました。 C貝形 貝貨をモデルにしたもので、長江を支配した楚で作成されました。 当時の貨幣単位: 青銅の重量そのものでした。 斉燕の単位は、1環(かん)=10鈞(きん)で、1鈞はおよそ11g。 三晋の単位は、1鎰(いつ)=32釿(きん)で、1釿はおよそ12g。 秦楚の単位は、1斤(きん)=16両(りょう)、1両=24銖(しゅ)で、1両はおよそ16g。 当時の人口: 春秋時代は5〜600万人くらいだった人口は、鉄の農具が普及し、戦国時代には2000万人くらいに増加しました。国ごとの内訳は、 燕200万,斉200万,趙500万,韓100万,魏200万,秦500万,楚500万 計2200万 (斉と趙の数字は逆かもしれません)。 一つの国が、今の日本の県と同じくらいです。 詐欺学生が気にかかるww メソポタミアだったかレヴァントでは シェケルは3種類あったようだが 同じものなんだろうか http://homepage3.nifty.com/ ~sirakawa/Coin/E012.htm ● マウリア王朝時代のコイン インドで貨幣が最初に発行されたのは、紀元前600年ころだといわれています。 ガンジス川流域に16の国が並立していたころで、釈迦が仏教を始めた頃でもあります。 当時の貨幣の多くは、銀の板を四角に切り取ったような貨幣でした。重さには二つの基準があり、メソポタミアとの交易に適したようになっていました。 (1)重い基準 1サタマナ=11g これは、バビロニアのシェケル(10.9g)に対応し、主に陸上交易で使用されました。 (2)軽い基準 1カルシャパナ=3.52g これは、バビロニアの軽量シェケル(7.27g)の2分の1に対応し、主に海上交易で使用されました。 >>86 は 売り切れ、品切れ、お断り、とのこと ニューヨークウェストビレッヂのチャムリーズ (Chumley's) という 表玄関からは入れない店に行く必要がありそうです、、、 。・゚・(ノ∀`)・゚・。 日本じゃこっちの方がしっくりくるなあw >>429 > 一つの国が、今の日本の県と同じくらいです。 しれっと嘘を言うなカス >>435 北海道と福岡で戦争するぐらいの感じなんですねぇ 前漢・武帝の時代で5000万人台だったっけ? 始皇帝以降でシナ領域自体も広がってるし、戦国時代の全体2200万人というのはそう変じゃない それで各国ごとを計算すると平均300万人ってことで、静岡県・茨城県・広島県くらいの人口だな >>403 ローマ起源かと思っていたが それよりは遡るっぽい、、、 七十人訳聖書 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E5%8D%81%E4%BA%BA%E8%A8%B3%E8%81%96%E6%9B%B8 七十人訳聖書(しちじゅうにんやくせいしょ、羅:Septuaginta, 「70」の意。LXXと略す)は、現存する最古の旧約聖書の 翻訳の一つである。 キリスト教ではほぼ旧約聖書と同義(厳密には宗派で定義が異なる。本項の#構成とテキストを参照)、ユダヤ教では外典とされる。 概要[編集] ファラオの命でヘブライ人の経典(旧約聖書)をギリシア語に翻訳した聖書であると伝えられ、 紀元前3世紀中頃から前1世紀間に、徐々に翻訳・改訂された集成の総称を言う。 ラテン語読みであるセプトゥアギンタとも呼ばれる。 Septuaginta の由来については諸説あるが、旧約偽典のアリステアスの手紙の伝える、 エジプトのファラオ・プトレマイオス2世フィラデルフォスの命で、72の訳者が72日間で「律法」(モーセ五書)の翻訳をなした という伝説によるという説が有力である(その構成については旧約聖書の項を参照のこと)。 伝統的に七十人訳とされているものには、ヘブライ語並びにアラム語で書かれた旧約聖書のギリシャ語訳のみならず、 旧約聖書からは除外された文書で、これも同じくユダヤ人によって著作された文書で紀元前2世紀から紀元1世紀の間に完成した、 経外書、外典、偽典などの名で知られる文書群も含まれる。 >>430 ほむほむ 【メートル法】度量衡の歴史【尺貫法】 http://blog.livedoor.jp/waruneko00326-002/archives/31057781.html 117: hage 2010/08/23 21:13:24 旧約聖書の記述 1ミナ=575gram(通俗換算),650gram(王家換算),500gram(聖書換算),(パレスチナ,ウガリット近辺の質量単位) 貨幣1mna(ミナ,mina(english))=100denarius(デナリ)=50shekels(シュケル) シュケル自体が小麦180粒の重さの単位起源だから換算数字なんて時代と場所でバラバラ うーん、この交わりはどこで行われたのか、、、 そして錯綜しすぎているのだが、、、 >>367 日本ではないかもしれないのだが Satoshi という単位があるらしい しかし残念ながら1サトシでは ポケモンGetだぜ!とはいかないようです、、、 パソコンのマウスの移動単位:ミッキー ミッキーマウスに因む 100ミッキー/ドットは、マウスを1インチ動かすと画面上1ドット動く 1ミッキー/ドットは、マウスを1インチ動かすと画面上100ドット動く >>444 なるほどぉ エレクトリカルパレードとかやってるので 前から怪しいと睨んでたんですが やっぱり電気ネズミの一族だったのですね そーいえばフリーメイソンのマークは コンパスと定規なんけれど 日本で発掘された有名な物品にも コンパスと定規が刻まれているものがある これは長い伝統の末に反対側の島に流れ着いたのだろうか、、、 あなたは40代新聞作りですか?ドーハの悲劇「中国衝撃イヤフォン」「中国悪夢イヤフォン」ですか? それともいくつですか? それともいくつですか? それともいくつですか? >>446 メイソンさんはGなのだが 日本で見つかったやつはTLVという、 なんか列車名みたいな感じらしい、、、 中国人は片手で10まで相手に報せることができる TVでやっているのを見て関心した やっぱり文化の多様性は大切だなあ 2進数表現すれば10本の指で1024まで数えられるぜ >コンパス 「ぶんまわし」と言え、「ぶんまわし」と 舌を使えば2047まで数えられる。 下も使えば4095まで可能だが、それだけ持続できるかは別問題だ。 手の指10本+足の指10本+腕2本+脚2本+舌1本+ちんちん1本 計26ビット、67108864まで数えられる 若林商店の開発した 「アラバスター単位」(Au) というものがあるらしい この装置の開発にも関わった発酵学者小泉武夫が、 臭い食べ物の臭さを比較するための計測に用いてるとのこと ふむぅ、他にニュートンも出てきます https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%AE%E9%81%8D%E5%8F%B2 二つ目は、中国文明に高い評価を下しつつ普遍史との整合性をひとまず考慮しない態度を取った一派である。 ゴットフリート・ライプニッツは執筆した『最新中国情報』の序文[2- 14]にて中国のとりわけ実践哲学や道徳性が優れている点を認め、交流の必要性を説いた。 また、「0と1の数だけを使用する二進法算術の解説、 並びにこの算術の効用と中国古代から伝わる伏羲の図の解読に対するこの算術の貢献について」(1703年)という論文を発表し、 中国易の六十四卦は二進法で解読可能な事を論説し、そして八卦を創始した伏羲を絶賛した。 ライプニッツは伏羲を4000年以上前の人物と紹介しているが、これはマルティニの『中国古代史』を意識した書き方である。 >>462 先天図 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%88%E5%A4%A9%E5%9B%B3 先天図(せんてんず)とは、北宋の儒学者邵雍が考えた易卦の生変に関する学説にもとづく次序や方位によって八卦および六十四卦を配した図である。 邵雍はこの図の原作者を天地自然に象って八卦を創り出した伏羲とし、それを復元したと考えた。 一方、現行『周易』における卦の配列、 すなわち従来の易伝によって示された次序や方位によって卦を配列した図は後天図(こうてんず)と呼ばれ、 その作者は周の文王とされる。 魔方陣らしい、、、 河図洛書 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E5%9B%B3%E6%B4%9B%E6%9B%B8 河図洛書(かとらくしょ)は、古代中国における伝説上の瑞祥である河図(かと)と洛書(らくしょ)を総称したもの。略して図書(としょ)ともいう。 「河」は黄河、「洛」は洛水を表す。儒教において、八卦や洪範九疇の起源と考えられて重視された。 1 歴史 2 十数図・九数図 2.1 河図 = 十数図 2.2 洛書 = 九数図 2.3 河図と先天図 2.4 洛書と後天図 マヤの天上世界は13層 マヤの地下世界は9層 天井の方が結びついているものはわかるのだが 地下の法も何かと結合しているんだろうか、、、 >>465 これなんか壁画あったきがするなぁ 気のせいなんだろうか >>171 >>177 『ビージャガニタ』(代数学)は12章からなる。正の数に(正と負の)2つの平方根があることを初めて示した文書である。次のような内容を含む。 バースカラ2世 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%A92%E4%B8%96 バースカラ(Bh?skara、カンナダ語: ????????????、1114年 - 1185年)は、インドの数学者で天文学者。 7世紀の数学者バースカラ1世と区別するためバースカラ2世 (Bhaskara II) またはバースカラチャリア(Bhaskara Ach?rya、バースカラ先生の意)とも呼ばれる。 南インドの現在のカルナータカ州ビジャープラ県 (Bijapur district, Karnataka) にあたる Bijjada Bida でバラモン階級の家に生まれる。 当時のインド数学の中心地であったウッジャイン (Ujjain) の天文台の天文台長を務めた。 前任者には、ブラーマグプタ(598年 - 665年)やヴァラーハミヒラがいる。西ガーツ山脈地方に住んでいた。 バースカラは、12世紀の数学および天文学の発展に大きな業績を残した。 主な著書として、『リーラーヴァティ』 (Lilavati) (主に算術を扱っている)、『ビージャガニタ』 (Bijaganita) (代数学)、 『シッダーンタ・シロマーニ』 (Siddh?nta Shiromani) (1150年)がある。 『シッダーンタ・シロマーニ』は Goladhyaya(球面)と Grahaganita(惑星の数学)の2部構成になっている。 >>467 おいら『リーラーヴァティ』の記述から 彼がネイピア数の概念に到達していた可能性を予想してみたのだが どうなんだろうか >>3 おいら調べによると その記号に関与した人間の中の人は 30年間ほど時の狭間を彷徨う罰を与えられたらしい、、、 しかし、このリトマス試験紙はなかなかのニオイがしますね >>465 ふむぅ、マニ教だから何かのパクリっぽいのだが、、、 10層の天と8層の大地からなるという独自の宇宙観 【マニ教】グノーシス主義総合スレ【ソフィア】 [無断転載禁止]©2ch.net http://yomogi.2ch.net/test/read.cgi/whis/1452183566/146 146 名前:世界@名無史さん[] 投稿日:2016/03/21(月) 03:56:11.71 0 マニ教「宇宙図」確認 国内現存、謎解きに期待 朝日新聞 2010年10月19日10時42分 http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201010190109.html 明(善)と暗(悪)の二元的世界観で知られるマニ教の宇宙観を描いたとみられる絵画が国内に現存していることが、 京大大学院文学研究科の吉田豊教授(言語学)らの調査でわかった。 吉田教授によれば、10層の天と8層の大地からなるという独自の宇宙観がほぼ完全な形で絵画で確認されたのは世界初という。 吉田教授が「宇宙図」と呼ぶ絵画は、国内で個人が所蔵している。縦137.1センチ、横56.6センチで、絹布に描かれている。 仏教絵画との比較などから、中国の元(1271〜1368)の時代かその前後に、江南地方(浙江省、福建省など)の絵師が制作したとみられるという。 マニ教は布教に、教義を図解した絵画も使っていたとされる。「宇宙図」では最上部が天国とみられ、その右下に太陽、左下に月が描かれている。 さらにその下には円弧で10層に分かれた「天」があり、天使や悪魔、かに座や天秤(てんびん)座、さそり座など十二星座も確認できるという。 「天」の下は人間が住む地上で、須弥山(しゅみせん)があり、最下部は地獄と解釈されている。 吉田教授は「この絵画と文献資料を突き合わせることで、文献研究では分からなかった謎を解く手がかりを得ることが期待される」と話している。(大村治郎) 税金メーターというものがあるらしい、、、 【考古学】古代エジプトの「税を決める井戸」が見つかる ナイル川の水位を計測する井戸「ナイロメーター」の大切な役割とは [無断転載禁止]©2ch.net http://potato.2ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1463956608/1 同じツングースでもエベンキ族と女真族では、かなり民族的性質が異なる エベンキは沿海州オロチョン族に非常に近く、基本的に狩猟民族であるのに対し、女真族は満州(扶余=高句麗)を本拠地として養豚農耕を営む珍しい騎馬民族だった 日本でいう醤油顔、もちろん秦氏=天皇家が典型例である https://twitter.com/tok aiama/status/735605476981768192 女真族は、日本人の支配階級をなしている 天皇をはじめ産業界のトップの大半は女真族だ その根拠地は福井県と山口県山陰地方である この地域で馬と豚を扱う人が多いのは偶然ではない 満州養豚農耕の騎馬民族だった女真の血なのだ https://twitter.com/tok aiama/status/735605988712009728 女真は百済から日本海を経由して福井県や山口県、島根県などに上陸し「一所懸命」思想の下に拠点を築いた 大半が「武家」で秦氏末裔、源平藤橘の武家氏姓は女真族であることを意味する 彼らは拠り所とする帰属氏族への忠誠が非常に強く、土豪として氏姓を守り続けた 織田信長は福井の典型女真族だ https://twitter.com/tok aiama/status/735606818911576064 我が家は昔「マムシが原」という地名だったと近所の古い住人に聞いてすくみ上がった マムシの多寡を見分ける目印はトビの数だそうだ 鳶巣などトビという地名がついていれば必ず、そこはマムシの大量生息地とのこと もうひとつ、マムシを大好物にしている動物がいる 猪だ 見つけ次第喜んで食べる https://twitter.com/tok aiama/status/735601153036013568 >>707 うーん、どおっすかねぇ 世界の半分で開催されたのとかはあった気がします まぁこれ>>704 は、おいらが次ぎにくるビッグウェーブは 北京のチャイナかリオの南米なんだろうなって考えてたので ロンドンが先に爆破スイッチ押すとは思わんかったww /(^o^)\ナンテコッタイ しょうがないからこれ貼っておきますね 【国際】新パナマ運河が開通、従来の運河を通れなかったコンテナ1万3000個クラスの船舶も通過可能に [無断転載禁止]©2ch.net http://potato.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1466903722/1 世間は文章で賑わってますが パナマックスという単位がネオパナマックスに更新されるらしい、、、 そのうち逆襲のパナマ文書とか出てくる予感 ふむぅ http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1038211373/ 216 :世界@名無史さん:04/10/16 01:04:56 ここに誘導したので少し。 コイン商のサイトらしい。すさまじいボリュームを誇る。 http://www.cgb.fr/ 西洋各国貨幣の換算表 http://www.personal.utulsa.edu/ ~marc-carlson/history/coin.html 217 :アクィラ ◆0fUIPC892c :04/10/16 01:13:18 類似スレが立ったので挙げます。 そちらに出したデータ、 折角ですので、こちらに張ります。 以下、キケロー選集の巻末資料の度量衡表より加工 ローマ初期は1asを単位とした青銅の鋳塊。 1asは10uncia(=272.88g)の重量 前269年、銀貨(denarius, sestertius)導入。 1den.=4ses.=10as 1asは4uncia(=109.152g)の重量 その後、青銅貨の価値下落。 前217年時は、 1den.=4ses.=16as 1asは1uncia(=27.288g)の重量 前84年、スッラが金貨導入、 前46年、カエサルが金貨を大量に鋳造。 1aureus=25den.=100ses.=400as ラテン語の単複は、チェックしてないのは、ご勘弁を。 今日は計量記念日らしい、、、 体重を量るとボーナスがつくかも >>476 ちなみにスエズマックスというのも存在していて 歴史的にかなり重大な影響があったぽい 幅に合わせて新船建造が盛んになったらしい >>468 これは調べた結果 これは全然関係なかった でもインドは順列組合せはかなりやってたっぽい 電話のアイコンが謎らしい、、、 最近の若いもんは巻き戻しもできないらしい、、、 >>482 おぉ、たしかおいらもTEDみましたよ たしかクリプト一家でした またアフガニスタンで赤十字職員が襲撃され、死者が出た。 なぜイスラム地域の紛争地で危険極まりない十字章をこれ見よがしに晒すのだろうか。 赤十字が現地に入っている理由に関係無くイスラム過激派に「さあどうぞ攻撃しなされ」 と言ってるようなもの。 支援行動を安全にやりたいのなら十字章では無く赤新月章を使うなど 方法が他にあると思うのだが。 赤十字職員らに銃撃、6人死亡 ISの犯行か アフガン http://news.livedoor.com/article/detail/12649436/ ん〜ん、このサイトを最初に読んでいたときには赤十字章のトラックの 写真があったのだが、今は削除されているようだ。 「ナンバー3」同性愛者 「ナンバー8」ユダヤ人 「ナンバー12」ジプシー 全部で何通りかは良く分からんけど ファイナルソリューションらしい、、、 http://bylines.news.yahoo.co.jp/satohitoshi/20150816-00048525/ >>429 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E3%81%AE%E8%B2%A8%E5%B9%A3%E5%88%B6%E5%BA%A6%E5%8F%B2 半両銭と五銖銭 秦の始皇帝が中国をはじめて統一すると、各地でばらばらの貨幣が使われていた状況を改め、 秦で用いられていた環銭の形に銭貨を統一することになった。 秦で用いていた半両銭という環銭は中心の穴が正方形であった。以降東アジアでは基本的に銭貨というと、この円形で中心の穴が正方形のものとなった。 半両銭には、半両という漢字が刻まれている。 半両の両とは、重さの単位である。当時、1両は24銖(しゅ、1銖は約0.67グラム)であったので、 半両銭の重さは12銖、すなわち約8グラムとなる。 金貨は1斤(20両)と1両(約16グラム)を単位として楕円形と方形の物が造られ、 銀貨は1流(8両)を単位とする物が造られた[4]。 前漢呂后の時代、秦の半両銭が重く不便なため軽薄な銭貨を造るようにした。 これは、楡莢銭と呼ばれ、その重さは1銖のものもあった。 文帝代になると銭の私鋳を禁ずる法律を廃止したが、これにより資産家による大量の軽薄な私鋳銭の濫造が行われ、 銭の価値は暴落した。併せて、文帝は四銖銭の鋳造を開始した。 このとき、呉王劉?とケ通が四銖銭を大量に鋳造し、銭貨の流通が拡大した。 紀元前175年に書かれた賈誼の上奏文によれば、 当時四銖半両(四銖銭の半両銭)100銭の重さが1斤16銖(=400銖)が基準とされ、 それより軽い場合にはそれに何枚か足して1斤16銖分にしてそれを100銭分としたこと、 反対にそれよりも重い場合には100枚に満たないことを理由に通用しなかったことが書かれている(『漢書』食貨志)[5]。 >>484 いちいち塗装を変更していられないだろう 赤十字を赤新月に塗り直すのと、ISの攻撃を受けるのとどっちがいい? どこかの国が世界的アニメにペイントしなおしてましたよ トラックが痛車になってましたww >>490 真っ当な国際条約としては赤十字と赤新月は同じ実体の別のシンボルなので、赤十字なら攻撃していいと言うものではない。 ISの主張がむちゃくちゃすぎるので、わざわざ赤新月に塗り替えると言う発想は当事者からは出て来にくいのは仕方ないと思う。 現場はそんなこと言ってられないし、100年を超える実績を頭から否定されて混乱してるだろうな。 >>489 実際はいちいち塗りなおすのが一般的なんだよ だから最初から宗教中立なものにしておけばよかったのに >赤十字なら攻撃していいと言うものではない。 常識人ならそうだろうけど、十字マーク自体を憎悪の対象である連中に通じる理屈ではない。 >>488 度量衡理論 『三統暦』にある度量衡理論、黄鍾秬黍説が後の中国の度量衡を規定することになった。 長さの単位(度)は秬黍(きょしょ、くろきび)の一粒の幅の長さを一分とし、九十分にすると、 黄鍾の音律を出す管の長さ(九寸)にあたるとした。 容量の単位(量)は、秬黍が1200粒入る黄鍾の管の容積(810立方分)を一龠とした。 重さの単位(権)は、一龠に入る秬黍1,200粒の重さを12銖とした。 新で度量衡改正時に配られた枡形の標準器「嘉量」はこの理論を実践したものであり、 その優秀さから新が滅亡した後も参考資料として清朝滅亡時まで朝廷内で保存されていた。 度 - 分・寸(10分)・尺(10寸)・丈(10尺)・引(10丈) 量 - 龠・合(2龠)・升(10合)・斗(10升)・斛(10斗) 権 - 銖・両(24銖)・斤(16両)・鈞(30斤)・石(4鈞) >>496 三分損益法 三分損益法(さんぶそんえきほう)とは、三分損一、および三分益一と呼ばれる方法を組み合わせて音階を得る方法をいう。 古代の中国で考案された。『史記』25巻「律書第三[1]」に 「律數 九九八十一以為宮 三分去一 五十四以為? 三分益一 七十二以為商 三分去一 四十八以為羽 三分益一 六十四以為角」とあり、 『管子』「第58篇地員[2]」[3]の中にも解説がある。 蔡元定は三分損益法を元に『律呂新書[4]』で十八律をまとめ、朱熹の『儀礼経伝通解』では、その内容が『律呂新書』と重なる[5]。 近代邦楽では、順八逆六(じゅんぱちぎゃくろく)の法とも呼ばれる。 弦楽器または管楽器の基本となる管(律管)または弦の長さを、 (弦ならその張力を一定に保ちながら)その三分の一の長さだけ短くすると、 最初の音より完全五度高い音(属音)が得られる。 これを、三分損一と(近代邦楽では、三分一損とも、順八とも)言う。 逆に三分の一の長さを足した場合、完全四度低い音が得られる。 これを三分益一と言う(近代邦楽で言うところでは逆六)。 この二つを組み合わせて音階を得る方法を三分損益法と言い、ピタゴラス音律と同じものである。 前漢時代の京房は、この方法を五十九回も繰り返し適用することで、六十律をつくり、南北朝時代の宋の銭楽之はこれを推進して三六〇律を作った。 >>498 これはなかなかおもしろそうですね このスレにぴったり感があります >>429 >>488>>496 あってるのかなぁ、、、 1鈞(秦)=20鎰(三晋)=72環(斉燕) 30*16*16 = 20*32*12 = 72*10*11 7680 = 7680 = 7920 ちょっと違うらしい、、、きんいつです 秦制⇒ 銖・両(24銖)・斤(16両)・鈞(30斤)・石(4鈞) 斤→250g 楚制⇒ 銖・両(24銖)・鎰(16両) 鎰→251.3〜255g >>334 キーワード大事 http://pichori.net/Philippines/philippine_trade_dollar.html 貿易銀(Trade Dollar)は、メキシコ・ドルなど世界市場において流通した1ドル銀貨と同サイズの、 貿易取引専用に発行された大型銀貨で、基本的にこれらは量目420グレーン、品位.900、直径38ミリ前後の銀貨です。 ピース・オブ・エイト(piece of eight) 1497年のスペイン通貨改革の後に鋳造された8レアル(Reales)銀貨を、ピース・オブ・エイト(piece of eight)と言い、 メキシコを中心とする、スペイン系の中南米諸国で鋳造されて長く国際決済で用いられてきました。 8レアル銀貨はアメリカ合衆国の建国当初の米ドル・コインとして認められていて、1857年の造幣法が廃止されるまで米国の法定貨幣でした。 主な貿易銀貨 アメリカの「フィリピン・ペソ」 アメリカの「トレード・ダラー」 イギリスの「海峡植民地ドル」 イギリスの「香港ドル」 オーストリアの「マリア・テレジア・ターラー」 スペインの「ピラー・ダラー」 スペインの「カルロス・ドル」 フランスの「貿易ピアストル」 メキシコの「メキシコ・ドル」 中華民国の「壹圓」 清国の「光緒元寶 七銭二分」 日本の「貿易銀」 >>500 ふむふむ、おフランスのがピアストルになってるなぁ 19世紀にイギリスはピース・オブ・エイトを輸入して 5シリングに加工して通用させたらしい、、、 国旗デザインの盗用を27年間主張し続ける国 http://blogos.com/article/214798/ ルーマニアの首都ブカレストでは先月、抗議デモの参加者が街の中心部に集まり、 ルーマニア国旗を掲げた。 ソーシャルメディアには、このデモの様子を写した色鮮やかな写真が並んだ。 このニュースはこうしてサハラ砂漠にまで伝わった。 これを見たアフリカ中部の国、チャドの人たちは、ある問題を改めて指摘した。 ルーマニアの国旗は、同国の独占物ではない。チャドに所有権があるというのだ。 >微妙に色が違う 比べてみて「ああ、なんとなく」だけど、各々単独ではどっちがどっちだかわからない。 世界の国旗表をみてて思うんだけど、ヨーロッパでは三色旗や十字旗ばかりで 日の丸のように○一つというのは思いつかなかったんだろうか。 まさか○を書けなかったなんてことは無いだろうけどw ○3つは(国旗じゃないけど)あるんだけどねえ。 あの紋章、メディチ家の先祖が有名な絶倫男で玉が3つあったからだ、という与太話をイタリア人に聞かされたな。 >>389 http://sirakawa.b.la9.jp/Coin/A014.htm 【ダレイオスDaric[Darics](金8.4g)】─20─【シグロイSiglos[Sigloi](銀5.6g)】─12─【銅貨】 そんで、シグロイとシェケルは同語源らしい、、、 なぜ「午前ゼロ時」と言わないのか。「0」の正しい読み方あれこれ http://news.livedoor.com/article/detail/12894836/ 思うに「0」をゼロと読むのは日本人にとって訓読みの感覚なのではないだろうか インダス文明の度量衡は統一されていたっぽいが 微妙に地域差もあるらしい http://nagoyakochan.cafe.coocan.jp/CB/CB131217indasbunmei.html 度量衡は 1個0.86gを単位として、2、4、8、16、32、64と2の倍数の小さめの錘と、 160、320、640、1200の大きい錘が出土している。形はサイコロ形だ。 建築材料は8×16×32センチの日干しレンガ、それを焼いた少し小ぶりな 焼成レンガなどがあり、高い壁や建物や井戸が作られている。 ここには書いてなかったが 錘はチャート製の正方形で16が中心単位13.76gらしい なので160からの並びは10進系の単位との混合 そんで上のレンガ、未焼成の状態のサイズで 焼成レンガは7.5×15.5×30センチメートルとなるらしい つまりこの状態では縦横かえると微妙に調整がいると思う 雄(♂)雌(♀)の記号 リンネが記載を簡略化するために採用したことで世界的に広まった。 >>511 リンネさんというだけで なんとなくいやらしい感じになりますねww >>510 サイト元は間違っていて やはり10進系は 160、320、640、1600らしい ということは、20、40、100、か リンネの変態趣味のおかげで、生物の学名は猥語博覧会みたいなすごいことになってるね。 疋(ひき/ひつ/き・匹) 古代日本において布帛2反(端)分を指して呼んだ。 古代中国において使われた長さの単位両(=40尺)が転じたものという。古代中国では1匹=約9.4m。 とあるが、めんどくさくなってきたので 秦の行布は11銭の価値とされたらしい 布(麻布) 長さ8尺(185cm弱)×幅2尺5寸(58cm弱) 今のとこ話が繋がってなくて申し訳ない >>389 >>397 これはやっとそれっぽい資料が見つかったが ほとんど貨幣の話なので他でやるかなぁ、、、 >>375 >>376>>374 ここらへんの単位の錯綜は 記述間違いかと思っていたが 数値はだいたいあってるっぽい まるで暗号!日本人だけが読めない不思議な文字Electroharmonixってなに? http://do-ra.org/2017/06/24/122371/ ビットコインが分裂の危機らしいのだが 破産したマウントゴッグです 実は債権総額を乗り越えたらしい、、、 さすがゴッグだ なんともないぜ < ̄T\ __ \| ><ヘ兮、_ `∠ニ>、/ \●ソ > /ニ/|\__二ヘ/| \ニV\ @@@@∧ニ| `/ーL  ̄ヘ二厂) Fヽ ///∧\ // /イ /∠〉 レレレV-< ̄7―Vソソソ / / | / ヽ \ L二_L/ L二|二亅 アラビア数字(算用数字)の3桁区切り 1,000,000 小学生の時、なぜ3桁区切りじゃないのか悩んだ >>516 日本人だけでなく中華民国人にも読めないはず 注音字母にも似てるから なんで日本より広い中国の一里が、日本での一里より短い距離なんだろう 古代中国人は基本徒歩の江戸時代人と比べてすら、さらに狭い世間で生きてたってこと? >>524 もともと歩数などを基準。日本も古代でシナをパクリ同じ。 1里=6町ないし5町。 中世より条里制で6町を一片とした面積は36町を1里(面積)とした。 面積の1里(面積)=36町が、1里(長さ)=36町と混乱。 のち後者が浸透し、徳川家康は1里36町とするが徹底せず、1876年に1里=36町で統一された。 近代においては長さと面積では次元が異なるが、前近代においては多くの社会で次元の明示性がなく しばしば混乱を招いた 十進緯度経度のように、コンピュータ処理に適している十進数への切り替えが今後進むか? やだコンピュータ処理に適しているなら2進法とか16進法じゃないですか 世界史のようにおもしろいかねがはいってくるさいと グーグルで検索⇒『羽山のサユレイザ』 HX4VE 製図の尺度 実物の2倍 2/1 ↓ 2:1(JISがISO準拠に変更) 雌雄記号 占星術の火星と金星 生物学においはリンネが導入 メス 金星 銅、手鏡の形 オス 火星 ボルボ、つんく、鉄、盾と槍の形 ビーナスとマルスはじっさいにいい仲だもんな 不倫がバレて旦那にとっちめられたりしているが 友達から教えてもらったパソコン一台でお金持ちになれるやり方 興味がある人はどうぞ 検索してみよう『立木のボボトイテテレ』 P44 どっかの国の通貨記号が、日本の郵便マーク「〒」と同じだったな オーストロネシア語族で1000を表す語はribu系 印欧祖語ではtuHsont- https://en.wiktionary.org/wiki/Reconstruction:Proto-Indo-European/tuHsont- 前文明段階だと1,000の桁までが把握できる数か まあ組み合わせでいくらでも大きい数は表せるけど 英語版のウィキペディアには 古代エジプトにはゼロを表す記号があったと書かれているようだが どうなのかな このスレ生きてたのか!! スレ読み込み直したらいけた これはもったいないことをしたww ゼロを示す文字は、そこそこあったんじゃなかったかなぁ まぁ、位取り記法が無い限り 対比的に「ある」と「ない」を示す文字があったら 無い方の文字はゼロですからねぇ シュメールさんは数字のMAXが1なので ゼロ記法には失敗してる気がします 本の値段などの¥1000Eは、 ゼロを勝手に書き足さないようにする為の手描きの棒線の代り? >>522 どの字がゼロかわからんね、、、 【9月16日 AFP】 3〜4世紀のインドの書物に記された黒い点が、数字の「0(ゼロ)」の最古の使用例であることを、 英オックスフォード大学(University of Oxford)のチームが特定した。 この書物は、1881年に現パキスタン国内に位置する村で発掘されたカバノキの樹皮の巻物で、 発見場所の村の名前にちなみ「バクシャーリー(Bakhshali)写本」と呼ばれている。 1902年からオックスフォード大学のボドリアン図書館(Bodleian Libraries)で保管されてきた。 バクシャーリー写本は、すでにインド最古の数学書であるとされていたものの、 その年代についてはこれまでさまざまな意見が飛び交っていた。 しかし同図書館の科学者チームが放射性炭素年代測定したところ、 制作時期がこれまで考えられていたよりも約500年さかのぼる3〜4世紀であることが判明した。 ゼロの最古の使用例はこれまで、インド・グワリオル(Gwalior)の寺院の壁に残る9世紀の碑銘だとされていた。 ゼロを意味する文字はマヤやバビロニアといった古代文明でも使用されていたが、 現在使われている「0」記号の起源は古代インドで使用されていた点記号だった。(c)AFP >>522 というわけで修正、、、 それぞれ独立に発明されたそうな 66: ウムウル ◆w9gVwCWkR8GP 2015/04/19(日) 12:37:28.72 0 古代バビロニアが紀元前4世紀ぐらいに発明したらしい ちなみに、位取りの記法は 古代バビロニアが紀元前2000ぐらい 起源前後の中国 3〜9世紀ぐらいにマヤ文明 3〜4世紀ぐらいでインドらしい Q太郎たちがメシア信仰に陥ってるとのこと、、、 トランプ的には12使徒なんでしょうかww >>552 ウィキペディアせんせによりますと ギリシャではアルキメデスが発見となってますな 10^8ベースのシステムらしい 新大陸はマヤかと思っていたが どうやらオルメカの長期暦が 紀元前4世紀ということみたいですね >>553 スレが立っておりました どう読むんだろうか、、、 Qアノン https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/whis/1540959740/1 1 名前:世界@名無史さん[sage] 投稿日:2018/10/31(水) 13:22:20.54 0 今話題のQアノンを世界史的に語りましょう 質量原器の話がニュースになっているので 暖めていた話ができなくなってつらみ、、、 ローマ馬車の轍が 現在の標準軌の幅に繋がっている という説を検証してみたいと思います 確実にもしそうならば確実に1単位があるはず レベル表現 なれないと難しい マグニチュード 等級(天体) オクターブ(周波数) 西洋以外は皆無? ああしまった、こっちにも天才しておこう 天文・天体・宇宙開発 2 [無断転載禁止]©2ch.net https://lavender.5ch.net/test/read.cgi/whis/1502137052/472 乾象暦 - 呉(223年 - 280年) 景初暦 - 魏・西晋・東晋・劉宋(237年 - 444年)・北魏(398年 - 451年) 中国における日月食予測法の成立過程 https://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/10621/24/ronso1220200670.pdf 以下、乾象暦とそれに続く景初暦の食予報について検討するが、 その前に古代中国の「度」について一言説明しておきたい。 現在では角度と時間は全く別の概念であるが、 古代中国では両者は密接に関係付けられており、 太陽が1日に動く角度が「1度」とされていた。(中略) 天体の運動に関して用いられていただけなので、 現代的に言えば角度というよりはむしろ天球上の弧長のイメージに近い。 さて、古代中国の「度」で全周をひとめぐり測ると、 一年の日数と等しくなる。(回帰年ではなく恒星年) したがって、古代中国では全周は360度ではなく約365.25度となり 古代中国の1度は現在の1度よりやや小さいことになる。 本稿では古代中国の「度」を便宜上「中国度」と呼ぶことにする。 >>356 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjca/53/3/53_3_17/_pdf 2)羅針盤の形成年代 1)羅針盤の前身は “ 指南浮針 ” と呼んで,宋代に は盛んに使われていた。 2)浮針は,藺草(いぐさ)の “ なかご ” の白い芯に, 磁針を突き刺したものを使っていた。 3)その頃,既に磁北の偏心もよくわかっていた。 4)指南浮針は,少なくとも 1103 年以前から使われ ていたことは明らか。これは,朱ケ(しゅいく) が使節として高麗に赴いた時の紀行文『萍洲可談』 に明記されているからだ。 5)南宋時代には,浮針と円形方位版(これは紀元 前から風水の道具としてあった。)とを組み合わせ た羅針盤は15分ごとの,48方位を刻む版であった。 6)この時代には,鉄を熱して人工的に磁化する方 法が発明された。 宋代には 4 回にわたって中国全土に及ぶ恒星観測 がなされ,正確な天文測量の基礎が確立された(図 10)。その成果は容易に複写しやすいように,「石刻図」 の形で残されている(図 11)。 意外と新しい仕組みでした、、、 ことば談話室 二六時中? 四六時中? 松本 理恵子(2010/04/15) http://www.asahi.com/special/kotoba/archive2015/danwa/2010041000001.html ◇江戸時代の時刻と関係あり では、「四六時中」とは何でしょう。1872(明治5)年に採用された24時間制が関係しているようです。 つまり、4×6=24で「四六時中」。辞書の用例をみると、早くも1876(明治9)年の用例が載っています。 人々の暮らしに合わせて、言葉が変化したということなのでしょう。 今では、もともと「二六時中」だったなんて知らずに「四六時中」を使っている人も多いかもしれません。 ◇三五の歳、十三屋…かけ算や足し算で「しゃれ」 >>562 等48分割はは7.5度 4×4×3 風水羅盤 流派により、三元羅盤(三元盤)と三合羅盤(三合盤)の二種類があるという[1]。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E6%B0%B4%E7%BE%85%E7%9B%A4 中心に磁石の方位磁針が埋め込まれている。外周に向かって地盤・人盤・天盤という三盤から構成されているのが基本である。 地盤は、子・丑・寅と方位を示す二十四方位が刻印されている。 子を北極星の方角に定位させておくのである。磁石の方位を磁北(じほく)と言い、北極星の北を真北(しんぼく)と言う。 東京でおよそ6度、北海道で7度と日本各地の緯度により異なる。 風水はそもそも道教であるために、磁北ではなく真北を用いて測量する。 地盤の子を北極星にあわせる。 易経羅盤(えききょうらばん) 六十四卦の方位に別れ、内側と外側の逆卦が対になって刻印されている。 辰巳の吉方位には「泰」がある。内卦も外卦も同じ泰であり、陽宅から泰の方角は大吉であり、 その方角に住む人から見ても泰の恩恵を与えると言う意味である。 これらの四つの項目が表記された風水羅盤を「将盤」(しょうばん)または総合羅盤と言い、地盤・地盤・天盤を三合羅盤と言う。 最大の羅盤は、50層になる、易経羅盤の64方位が六爻に細分され384方位の吉凶を判断することが可能である。 新1万円札「数字のフォントがダサい」とネット上で批判が殺到! https://www.mag2.com/p/news/394006 👀 Rock54: Caution(BBR-MD5:7bff9ed63942b4cd01610d20b2c06e65) >>256 >>462 二進法はポリネシアの先住民が起源を主張しているらしい、、、 これはいろいろと考えなければいけません http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51910986.html (概要) 12月17日付け: Mangareva - Binary System 最近の研究により、欧米の数学者が二進法を発明した以前(数世紀も前)にポリネシアの先住民が 二進法(コンピュータの計算方式)を発明していたことが分かりました。 Proceedings of the National Academy誌によれば、 小さな離島であるマンガレバ島の先住民は何世紀も前に貿易を行うための計算法を発明していました。 当時、彼らは欧米人よりもはるかに数学的な進歩を遂げていたことが分かりました。 イースター島とタヒチの間に位置し、面積が18平方キロメートルの小さなマンガレバ島には、 現在、2千人の島民が暮らしています。ノルウェーのベルゲン大学の教授と彼の研究チームは、マンガレバ島の島民について研究をしていた際、 彼らが1〜10までの数字を使い20〜80までの数字を使わず、20、40、80という個別の数字を使った二進法で計算していたことを発見しました。 非常に大きな数を数えるときには10の累計で1千万まで数えることができました。 彼らは貿易を行う上でこの計算方式を最も頻繁に使っていました。 書面や表記法を持っていなかった彼らは、暗算しやすい二進法を使うことで貿易が容易にできました。 しかも全てを暗記していたのです。 17世紀の最も有名な数学者の一人であるゴットフリート・ライプニッツが二進法を発明したとされていますが、 現在、二進法は0か1で表すコンピュータ・システムの基礎を表す計算法として知られています。 >>567 VTK ぼるてっくす? なんでしょうか V80 T40 K10 ちなみにこれはインダス文明の 計量単位と裏返しになってますね ふむぅ、、、 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E9%80%B2%E6%B3%95 命数法 二進命数法とは、2 を底とする命数法である。真の二進命数法では、二の冪数(2n)に対応する数詞があり、数はそれらの和で表される。 自然言語では、このような命数法はパプアニューギニアのメルパ語[1] (Melpa) でのみ知られている[2]。 通常、二進法の数詞を持つとされるものは二つ組で数える体系であり、乗算が含まれないため、真の二進法ではない。 以下にパプアニューギニアの南キワイ語[3] (Southern Kiwai) およびシッサノ語[4] (Sissano) の数詞を示す[2]。 森の大きさ 豚200頭の森(「ドゥームズデイ・ブック」) >>168 >>167 >>178 ここにネイピアとその周辺について わかりやすくまとめてありました ティコさんの中の人まわりに人が集まっていておもしろいですね。 「必要は発明の母」ってやつでしょうか・ ジョン・ネイピアが20年かけた対数表について https://qiita.com/yaju/items/af46fd43bb790b1a2f3a (抜粋) 大航海時代の航海術にはサインやコサインの三角法が必須で、 三角法も有効数字が10桁以上もある精密なものが作られていましたが、 その計算、特にかけ算と割り算が困難を極めたのです。 1590年に、ネイヒ?アの友人がある事情でデンマークに行き、ティコ・ブラーエの天文台を見ました。 そこで三角法の式を利用して積を和に直す方法(積和の公式)が使われていることを知りネイピアに伝えたところ、 彼はこの話に刺激されて対数の研究を始めたそうです。 西洋式は10^7で小数を表現する伝統があるようなのですが これはどこからやってきたんだろう、、、 プトレマイオスさんの桁数は結構少なめだった気がします 重要度の単位 平成→令和の天皇即位 これがNFLスーパーボウルの100倍 ということはスーパーボウルの歴史を超えてきた 寿命から類推するとスーパーボウルが逆転する可能性は薄い >>554 >>572 ペルガのアポロニウスさんが アルキメデスさんの後に 10^4のシステムを利用したとの情報もありますが これはよくわからないですね 手で計算する限り数表などをつくるには10^7程度で十分な気はします 一万が人間的な単位というのは納得できるところなので 10^3システムはフランスの中の人が利用するまで あんまりなかったのかどうなのか、、、 地球単位で考えるのもなあ。宇宙を世界史の分野に入れるとか。 >>572 プトレマイオスさんの中の人は 半径60の円を小数点2桁まで ということは、60^3なので216,000=0.216*10^7 とすると、ほとんど一緒ですねぇ やっぱこのあたりが有効数字なんでしょうか >>158 単位算術はたしかシモンさんの中の人でした、、、 >>206 王朝時代からエジプトの神殿には 「生命の家」(ペル・アンク)という施設が存在した。 ここでは宗教・学術の著作活動や,文書の保管,神殿のレリーフや記念物に刻まれる 碑文の製作活動が行われたと考えられている。 「生命の家」の設置は,王朝時代のみでなく, プトレマイオス朝期にも確認することができる46)。 マネトンが高位の神官地位にあったことからも,Redford は彼がこうした 「生命の家」所蔵の王朝時代からの記録を基に執筆活動を 行っていたと推測している。 度量衡 度は長さ 量は体積 衡は質量 ひとつもかみあっていないじゃないか! 現代的な次元でいくと 時間が抜けてるだけで ちゃんとかみ合ってないような気はします 量と衡はわりとごっちゃになってしまうのと お金と衡もごっちゃになっちゃうので このあたりがしっちゃかめっちゃかになってしまいます 両、ポンド、マルク もとはどれも質量(重量)単位なんだよね 一定の重さの貴金属を用意する。 一定の枚数の貨幣を造る。 重さの単位が貨幣単位にもなる。 >>152 >>158>>165 >>166 インド数学はかなり早い段階で 代数学が発展していて おそらくビエトよりもかなり先行すると思われます 幾何学とはそうそうに切り離されたみたいです five-bar gateにせよ「正」にせよ 基数が5なのは片手の影響か? >>583 代数が独り歩きを始めると、虚数概念が必要になってくると思うんだけど、 その辺、インドはどうなんだろうか。 >>587 いまさら再発見いましたので ちょっくら調査してきます >>587 二次方程式の解の公式による 正負の二つの解を同時に扱ったのはこの方らしいですが 虚数概念に関しては触れられてなさそうですね マハーヴィーラ (数学者) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%A9_ (%E6%95%B0%E5%AD%A6%E8%80%85) マハーヴィーラ(Mahavira、ヒンディー語:??????)は、インドの数学者、ジャイナ教徒。9世紀にかけて活動した。 現カルナータカ州のグルバルガの出身。マイソールで活動し、アリヤバータやブラーマグプタの業績や、ジャイナ教の数学を研究した。 当時のインドの数学者の多くは天文学者でもあったが、マハーヴィーラは数学に専念した。 ジャイナ教は紀元前200年頃から数学研究を発達させ、『スターナアンガ・スートラ』などの文献には、 数論、分数などの算術、幾何、1次から4次までの方程式、順列組合わせが記述されている。 マハーヴィーラはこれらの成果をもとに『ガニタ・サーラ・サングラハ』(Ganita Sara Sangraha)を著し、ジャイナ数学の業績としては最高のものとされた。 >>577 セシャト https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%88 セシャト(Seshat)は、古代エジプトの知恵、知識、記述を司る女神であり、様々な綴りが見られる[6] 。 名前の意味は「代書する女性」で、彼女は書記および記録保管者とみなされ、記述法を発明したとされている。 彼女はまた、会計学、建築学、天文学、占星術、数学、測量を司る女神としても認識されていた。 「本の館の女主人(Mistress of the House of Books)」はセシャトの別名で、彼女の神官たちが図書館を監督し、最重要な知識の冊子が集められ、綴られた文章が保管された。 エジプト第4王朝の王子の1人Wepemneferetが「王立書記の監督官、セシャト神官」であると古代エジプトの石碑(Slab stela)には記されている。 ヘリオポリスは彼女の主要な聖域と位置付けられた。 たいてい彼女はヤシの茎を持ち、そこに時間経過を記録する刻み目をつけて、特にファラオの人生の時間配分(各ファラオの治世期間の長さ)を追跡し続けている様子が描かれる。 また彼女は他の道具を、それはしばしば、土地や建造物を調べるための一定間隔で結び目のある紐、を持っている姿でも描かれている。 >>589 >>467 ここらへん時代が錯そうしちゃってるので どういうことか今度調べてみよう >>583 「ホルスの目」が幾何級数の表現だという説は 深読みしすぎなのか何なのかわからん 「赤いピノキオ怒ってる」? 世界共通の“絵文字”には日本人にしか理解できないものがたくさん https://getnews.jp/archives/2286176 >>576 なんか間違ってそうですね 2.16*10^7 でしたか どっちにしろ>>572 はネイピアが簡易計算法の元にした 三角関数のやつからきてそうなので これにならったとしても良さそうな気はしますね http://www.pi-sliderule.net/sliderule/history/log.html ここだと 対数の発見がイタリアのミハイル・シュチーフェルになってますが おそらく1544年の誤りで、累乗について述べたものにみえます この方は2を底にしたテーブルっぽいです ちなみにヘンリー・ブリッグスの年数も間違っています 他にこの方のウィキペディアの記事の ジョン・ネイピアが対数の底として採用したネイピア数というのも間違っています ケプラー立体に至る流れは 好きなだけあってここが詳しかったです 正多面体クラブ 科学を楽しく面白く!...正多面体は作ってみると面白い。奥が深 〜い。 そしてハマる(^o^) http://polyhedra.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/5-f8f2.html 正多面体が5種類あることは石器時代の人も知っていた >>564 中国の羅針盤は 8方(四方と四隅)×等3分割 ⇒24方向が基本らしい そんで 航海用の羅針盤はこれを更に2等分して ⇒48方位 風水用の羅針盤はこれを更に3等分して ⇒72方位 そんで方位の名前もかなり違っていて 名前の方角が一致するのは12方位だけらしい >>468 インドの利子計算は簡易法でしたが >>571 逆にシモン・ステヴィンによる1582年『利子表』が ヨスト・ビュルギの対数に影響を与えた可能性が示されてますね (抜粋)ビュルギの対数は金利計算の複利の終価の表がもと ここのシモン・ステヴィンさんの記事が詳しいのですが やはりといいますか、とりあえず天才すぎてヤバイです 人と星とともにある数学 第6回 6月 7, 2016 ジョン・ネイピア小数点「・」誕生物語 >>577 ここには単位算術は説明が載ってないですが おそらく1585年『十分の一法』の絡みでしょうね (抜粋) 確かに、この記数表自体は使いやすいものではありません。 しかし、この本の中でステヴィンが主張したことは、十進法の導入、計算規則と単位の統一でした。 本は次の謝辞で始まっています。 天文学者、測量士、絨毯計測士、ワイン計量官、体積を測る専門家一般、造幣長官、そしてすべての商人にシモン・ステヴィンは幸運を祈る。 ステヴィンの目指したことは度量衡革命だったのです。 メートルがフランスによってつくりだされる1800年前後の実に215年前に、ステヴィンは統一という“革命”に着手したということです。 >>216 この方がアラビア式の計算方法のヨーロッパにおける先駆者かもしれない バースのアデラード バースのアデラード(羅: Adelardus Bathensis、英:Adelard of Bath、1080年頃 ? 1152年頃)は12世紀イングランドの自然哲学者で、 自身の著作の他に、占星術、天文学、哲学、数学などの古代ギリシア語で書かれアラビア語に訳された作品やもともとアラビア語で書かれた作品をラテン語へ翻訳したことで知られる。 アデラードが翻訳した著作はそれまで西欧では知られていないものであった。 彼はインドの数体系をはじめてヨーロッパに紹介したことでも知られる。 彼は、フランスの伝統的な学派、南イタリアに残っていたギリシア文化、東方のアラブ人の学問という三つの知的伝統の交差点に立っていたといえる[2]。 >>601 アデラード自身の著作の残りは甥を登場人物として使っていない。 彼は「レグラエ・アバキ」と呼ばれる一種のアバカスを利用して論文を書いた[21]。 その論文にはアラブ人の学問の影響が見いだせないため、ごく初期に描かれたと考えられている[2]。 この論文は、中世に貨幣の計算に使われたチェス盤のテーブル、つまり財務省とアデラードがつながりを持っていたことの証拠だと考えられている[22]。 さらにこのことの証拠はヘンリー1世のパイプ・ロールに見いだされる。 そこには彼が1130年にウィルトシャーのコミュニティーに課された[22]マーダー・ファイン(ある地域のなかで侵入しやすい領域でしばしばおきたノルマン人による殺人に基づいた、 その地域の住民が課される税金)からの償還を受けていることが示されている[23]が、この事実に関する証拠は他にはない。 ラテン世界でよく知られたバースのアデラードの作品はフワーリズミーの『天文表』の翻訳であり、 これがイスラーム圏の代数学に関する著作のラテン語訳のうちで最初に広く読まれた作品となった[2]。 中世において彼は幾何学を再発見して教えたことで知られ、 エウクレイデスの『原論』の最初の完全なラテン語訳を作成してそれを西欧の人々に説明する過程の嚆矢となったことで名声を得た[7]。 ここにも一部載ってましたね、ふうむ >>176 チェスターのロバート チェスターのロバート(Robert of Chester、ラテン語: Robertus Castrensis)は12世紀において 数学、天文学、錬金術、クルアーン(コーラン)等の文献をアラビア語からラテン語に翻訳し紹介した人物。 イギリス人。 ケットンのロバート(英語版)と同一視されることもあり、こちらはRobertus Retinennsis, Robertus Ketenensis, Robert de Ketene, Robert de Retines, Robertus Cataneusなどと表記される。 スペインのトレドに集まった翻訳家でかつナバラ王国のパンペルナ(Pampelune)の助祭長の一人。 1136年、チボリのプラトとともにバルセロナで研究していたと推測される。1141年にスペインにいた証拠がある。 イタリアとギリシアに旅したらしい。後、イギリスに戻る。1143年、クルアーンをラテン語に訳した最初の人物であった。 天文学[編集] アル・バッターニーの天文学をラテン語に翻訳し、いくつかの天文表(astronomical tables)を用意した。 算術(数学) アル・フワーリズミーの著書『約分と消約との学』(ilm al-jabr wa'l muqabalah)820年をラテン語に訳し『Liber algebrae et almucabola』を著した(あるいはバースのアデラードの功績ともいう)。 Al-jabr[1]に由来する「algebra」は今日英語で代数学を意味する語となっている。 またアル・フワーリズミーの別の著作『インドの数の計算法』(Kit?b al-J?m'a wa'l-Tafr?q bi'l-His?b al-Hind?)825年の翻訳『Algoritmi de numero Indorum』は、 直訳すれば「インドの数に関して、アル・フワーリズミー[2]」という意味の書名 錬金術(化学)[編集] 主にジャービル・イブン=ハイヤーンの書をラテン語に翻訳し、ヨーロッパの錬金術と、後の化学の発展のきっかけを作った。 1144年2月11日モリエヌス(Morienus)を『錬金術の構成の書』として翻訳した[3][4]。 これの序文は、ヘルメス・トリスメギストスの伝説を回想したものである。 ジャービルのアラビア語による『Kitab al-Kimya』(化学の書)は錬金術(羅: Alchemia)の語源となった。 チェスターのロバートはイベリア系統で バースのアデラードはシチリア→レヴァント(十字軍の地) フィボナッチはアルジェリア→ピサ(途中でシチリア) そうすると魔法使いの教皇と、どんな感じで絡んでらっしゃるのかしら >>601 彼はおそらく司教のトゥールのヨハネの助言を受けて11世紀末にイングランドを発ちトゥールへ向かったと考えられている。 トゥールのヨハネは1090年にウェルズからバースへ自身の受け持つ司教管区が異動した人物であった。 トゥールで就学していたころのアデラードは匿名の「トゥールの賢者」に刺激され天文学に関心を持ち、学問を深く志すようになった[7]。 アデラードは後にランで教師となるが、1109年にはランを発った[8]。 ランを発った彼は1116年には南イタリアやシチリアを旅した[2]。 そののちにはアデラードは「十字軍の地」、つまり、ギリシア、西アジア、シチリア、スペイン、さらにおそらくはパレスチナなどを広く旅してまわった[9]。 こういった地域に滞在した経験から彼は数学に関心を持ち、タルススやアンティオキアでアラビア語圏の学者たちと交流を持てたのではないかと考えられている[2]。 1126年までにはアデラードは自らがアラブ人の天文学・幾何学に関して得た知識をラテン世界に広めようと考えながら西欧に戻ってきた >>602 チェス盤のテーブルの話は機械があったら調べてみたいですね たぶんポンド、シリング、ペンスの相互変換で外国通貨は関係なさそうですが パイプロールもペル事務所も羊皮紙(皮)を示すとのこと >>604 クレモナのジェラルドは、トレドへおでかけ プトレマイオスの「アルマゲスト」 アル・クワリズミの 「 代数とアルムカバラ」 >>601 >>603 結局のとこ『インドの数の計算法』の簡易板があって おそらくこれが位取りシステムと10進法計算法を紹介したもののようです ただ自由に消せる砂板が必要だったかもしれません アブハサン・アル・ウクリディシによる計算方法が 現在の実際の計算記法に近そうです >>600 そんでもって952年頃の「アル・ウキリディの算数論」が小数記号を最初に用いたのかもしれません >>574 17世紀ぐらいでショートとロングが分離したそうな とすると10^7表記はこれに準じたものかもしれませんね 西洋の命数法 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 1475年 ジャン・アダムが1012(一兆)、1018(百京)を表す言葉としてbymillion, trimillionを用いた。 1484年 フランスの数学者ニコラ・シュケー(英語版)が著書『Triparty en la science des nombres』の中で、 1012(一兆)、1018(百京)、1024(一?)、1030(百穣)、1036(一澗)、1042(百正)、1048(一極)、1054(百恒河沙:万進法による)を それぞれbyllion tryllion, quadrillion, quyllion, sixlion, septyllion, ottyllion, nonyllionと表した。 この本は1870年代に初めて発行されたものであったが、この大部分はエスティエンヌ・ド・ラ・ロッシュ(英語版)の著書『L'arismetique』(1520年)からとったものであった。 1549年 ジャック・ペルチエがmilliard (milliart) を "Million de Millions"(millionのmillion)すなわち1012(一兆)として用いた。 彼はこの用法をフランス人の学者ギヨーム・ビュデ(英語版)(1467-1540年)によるものだとした。 17世紀 6桁(百万)ごとに名前の変わる伝統的な方式(後のlong scale)から、3桁(千)ごとに名前の変わる新しい方式(後のshort scale)が分かれ、 フランスやイタリアでbillionを109(十億)の意味で使う科学者が現れた。それでもthousand millionやmilliard(ペルチエの用語)を用いる方が多数派であった。 こちらの用法がイギリスやドイツその他ヨーロッパ全域で採用され、Chuquetのlong scaleのbillion(一兆)が使われ続けることとなった。 Tokyo42ということらしい 【日本初】世界に広がる「学費無料のIT技術者養成機関」が東京に開設 [チミル★] http://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1592815371/ >>578 度 不明 量 かさ=>容積 衡 平衡=>重さのつり合い=>重さ 句点が誤読を防止する 警官が自転車に乗って逃げる泥棒を追いかける 警官が、自転車に乗って逃げる泥棒を追いかける 警官が自転車に乗って、逃げる泥棒を追いかける うるさすぎて素数も数えられなくなりそう、、、 【生物】今年5月、17年周期で大量発生する「素数ゼミ」がアメリカに出現予定 [すらいむ★] https://egg.5ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1611808565/ 新潮新書、佐藤健太郎著「番号は謎」をブックオフで買ってきた。 プペル単位 映画のおもしろさの単位 最小単位であるかに関しては議論が残るそうです >>620 実写版デビルマンはマイナスだから単位には不向きだろうな 麻生「教育なんてさ、小学校までで十分だろ?微分積分、因数分解なんて誰も使ってねえじゃねえか」 微積は高校で理系のみ 因数分解は99*99とか暗算に使用できる ソロバンの達人ならいらないだろうけど >因数分解は99*99とか暗算に使用できる どういう人生なら、そういう計算が日常的に必要になるの? つーか、今時スマホも持ってないとかw で、どういう環境だとそんな暗算が日常で必要になるの? 一般論が全く想定できないなら、君の人生で最後に因数分解を日常で用いたエピを聞かせてよw 俺は624じゃないが普通に考えてるとき計算するけどな 2桁のかけ算ぐらいまでは良くやるわ 割算は難しいので数値はしょるけど というかわざわざいつも電卓持ってるのか? 会議の時とか困るだろ 誰も言ってない謎の電卓を持ち歩くという設定はもちだすのに 普通に二桁掛け算を計算するという状況をたずねても絶対に答えない なんで素直に揚げ足とりに失敗しましたと言えないのかなぁ 仕事しててもゲームしてても サーフィンしても使ってるから いつもなんじゃね? なんで素直に揚げ足とりに失敗しましたと言えないのかなぁ お釣りの計算のチェックができる スマホでお釣りの検算をしていたら キモイ・ケチと思われる 今時現金支払いw お小遣いの少ないオコチャマは大変だね 俺も小学生の頃は一生懸命暗算してたわ 小遣いが万札になった中学生以降は概算しかしないし 今じゃ現金の遣り取りなんかほとんどしないけど 子供は大変だね >>631 あぁ、なるほど 概算するのに2桁のかけ算してるんだが 普通はそうじゃないんだな これは失礼しましたww 概算とは、厳密ではない大まかな数字を使った計算のこと、および、その計算結果のこと。つまり、大体の(ざっくりとした)計算結果のこと。 >麻生「教育なんてさ、小学校までで十分だろ?微分積分、因数分解なんて誰も使ってねえじゃねえか」 麻生は間違ったことを言っていないということだね>>632 ようやく自分が何を間違えているのか理解できたようでなにより >>633 の一桁くんは なんで素直に揚げ足とりに失敗しましたと言えないのかなぁ 何だ「概算」という言葉の意味が分からなかった超絶低学歴君だったのか orz そして発言する言葉のなくなった低学歴者の得意技オウム返しと グダグダ言って逃げ回る奴ってのはだいた同じことしかできないんだよなぁ 電卓持ち込み不可の試験で役に立つ 小卒だと 常用漢字ですらカバーできない マイナスの概念がない 細胞・分子・遺伝子なし 因数分解の応用といえば暗号理論でしょう まあ普通の人々が直接さわる部分じゃないが 長年、応用がないとされた整数論が 現代では欠かせない理論になってる 古代ローマの限界 ・ローマ数字 古代中国の限界 ・漢数字 本郷猛 設定では城南大学の学生で知能指数600 高ければいいことなのだろうか 4人の子供に8枚ずつシールを配るには何枚シールが必要か 4*8=32枚(不正解) 俺がバックアップしといたので長寿のスレは、 「五代十国時代を語ろう」 845スレ 2001/12/19 - 2008/4/17 「人類の揺籃期」 772スレ 2000/11/6 - 2007/12/3 50gの水に50gの食塩を溶かすと何%の食塩水になりますか? 溶けない >>649 【おっぱい】エロの世界史【お尻】 1世界@名無史さん2014/05/24(土) 22:40:08.560>>275 エロなくして人類の発展はなかったということでよろしく。 >>651 飽和食塩水だから 温度が与えられてたら簡単な問いだな 普通にあってもおかしくない問題 100gの水と10gの食塩で食塩水を作りました。食塩水の塩分の濃度は何%ですか 10% 行きは時速10km帰りは時速5km平均時速は? 7.5km/h >>657 革命歴とか、チャレンジはいろいろあったけど、やっぱり古いやり方をやめられなかったよね 個人的にはカレンダーや手帳を毎年変えるのはいい加減やめにしたいんだが 英軍は第二次世界大戦中の何ポンド砲とかを戦後廃止してミリに移行 米軍の兵器はミリ もっとも兵器は端数が多い 155mm榴弾砲 203mm榴弾砲 5.56mm弾 >米軍の兵器はミリ ?間違えてないか 5.56mmは2/9インチ 7.62mmは0.30インチ 12.7mmは0.50インチ 76mmの3インチ砲 128mmの5インチ砲 155mmの6インチ砲 203mmの8インチ砲 ゼロから始まらないらしい 山田一 「はじめ」 山田零 「はじめ」にはならない 数学史的にいうとニュートンとオイラーとガウスが出てきたのが大きい 100円はだいたい101円だ 101円は約102円だ 102円はおよそ103円だ したがって100円は100億円である でも違和感を感じる 年齢と年代は「代」 40歳代・40代 2000年代 年代以外「台」 180cm台 80点台 40歳台 >>663 100円から101円になるのに1秒かかるとして下さい >>663 ということは、「ゼロは無限大」か 色即是空空即是色の意味がやっと分かった気がする 1時間が60分 1分が60秒なのは シュメール人が悪い タイの新20バーツ紙幣に一部誤記、回収へ タイ文字と算用数字が不一致 不動産表示法改正 「駅まで徒歩10分」から 「駅まで800m」または「駅まで800m(徒歩10分)」 道路距離(直線ではない)が基本、所要時間は併記可能、所要時間のみは不可 第27回国際度量衡総会、SIに ロナ クエタ ロント クエクト を追加 大盛りとは1.5玉 大盛りが2玉で中盛りが1.5玉 漢字がないなら並べればいいじゃないの? X XX XXX 十 廿 卅・丗 永久欠番42 アメリカ大リーグ共通で42が永久欠番 初の黒人選手ジャッキーロビンソンを記念して お得な値段(端数価格効果) 日本 98円 偶数派 米国 9ドル99セント 奇数派 ある会社が10人欲しいと下請け10社に言う 言われた下請け10社が100%受注はないのでさらに下請けに5人欲しいと言うと合計50人 人手不足は何人? 求人広告 月収200,000-500,000円 この広告の数字の正しい意味はどれ 1.月収は20万円で50万円はダミー意味はない 2.能力に応じて月収が20万から20万になる 3.年齢に応じて月収が20万から20万になる 4.経験に応じて月収が20万から20万になる 5.社長が50万円です むかしのにほんこのふんしようはたくてんがなかつたような 太平洋戦争中に敵の空母は84隻、戦艦は43隻が撃沈されているが、実際には空母は11隻、戦艦は4隻 天皇は戦争末期に「(米空母)サラトガが沈んだのは、今度で確か4回目だったと思うが」と述べている >>685 天皇に嫌味を言われるて もう終わってるな 8を横倒しにして∞に見立てる これは色々みられるでしょうが・・・ 関ジャニ∞(エイト)@ジャニーズ事務所 サッカー選手イニエスタの背番号8 これを∞に見立てて応援する、など エンドレスエイト エイトー>8->∞ー>メビウスの輪ー>XXXもの 44口径120mm砲 砲身の長さが口径の44倍つまり44*120mm 50口径の拳銃 口径が0.5インチ 統一性がない 正式表記は「セブン-イレブン」で「セブン・イレブン」ではない 数学2科目を必須にした東京外国語大、志願者が74%に急減し1・1倍の専攻も 受験料収入を減らす悪魔の教科 2チャンネル用語 おまえらー>おまいらー>ぽまいら キーボードの「O」「P」が隣接している影響だろう 皆のあこがれレギュラーは不人気? やはり日本人にはRと?の区別がつかないというしな 宅配ピザ大手のドミノ・ピザは、2023年2月13日からピザメニューのサイズ表記を「M・R・L」から「S・M・L」に変更した。 セブンイレブンのコーヒーの「R・L」 サーティー・ワン「S・R」 数学の板書の最後の記号, ハルモス記号 」 □ // 洋ゲーの日本語の文字が小さすぎる ・英語と日本語で同じ文字サイズ 英語の文字は単純なので小さくても読める 文字サイズが小さいと困るのはQOとかIlなど 漢字は画数が多いと同じ大きさでつぶれて読みにくい 隆・降 島・鳥 濁音・半濁音 ・英語と日本語で同じエリアに表示する 英語を翻訳すると日本語はおおむね1.5倍になる それを同じスペース・ウインドウ・ステータス画面に 収めるため日本語は小さくなる 翻訳で禁則が発生する行頭の句読点など ・日本語フォントがない システムフォントを使用するのでかっこ悪い サンクス 学習した Unicodeで の後ろに12348; 十進数 の後ろにx303C; 十六進数 本人「経験が1-2年あります」 奴隷商人「経験が2-3年あります」 発注採用担当「経験が3-4年あります」 管理職「経験が4-5年選手が来るぞ」 新紙幣のデザイン 算用数字が大きくなり見やすくなるが こども銀行券みたいだという批判も 中国の紙幣デザインを子供銀行券なんて言っちゃうと ネトウヨ認定されちゃうよ~ 怪しい奴ら ゼロ 負の数 虚数 無理数 無限循環小数 連分数 二進数 1の補数の+0、-0 2LDKとは 2部屋・食堂・台所 ? あっ loom(織機)とroomを データサイエンティストが凄いなら高校の数学の教師がどんどん転職だろう 迎撃率 迎撃が不可能な攻撃を公式のカウントから除外して発表する ウクライナ、選手ら220人以上死亡 スポーツ施設を出してなんとなく攻撃で死んだように見せてるけど 確率的には多くは徴兵で戦死だろう 【福島】原発港湾内の魚、基準超セシウム 東電、移動防ぐ網設置 がたがた言うなブサヨク主義者 基準の180倍は誤差の範囲 まぁ特亜三国は他国にゴチャゴチャ言う前に自国の放射能垂れ流しを何とかしろよという話だが あの三国には言うだけ無駄だし orz ハイクでした、、、 >>655 【考古学/天文】古代マヤ文明の「819日周期の暦の謎」がついに解明か、45年もの期間における天体の運行と同期していることが判明 [すらいむ★] https://egg.5ch.net/test/read.cgi/scienceplus/1683547557/ >>667 60進法はシュメールさんの中の人の影響だけど 時間がそうなったのは別の人のせいかなって思います デジタル時計 一番左の幅が細い 24時間表示では1か2しかない 12時間表示では1しかない ため 大型は均一幅が多い 潜水艦タイタン事故の原因が フィートとメートルの単位間違いかも? (との噂は多分本当ではない) しかしアメリカじゃ相変わらず フィートとメートルを併用してるが 不便じゃないんだろうか??? 7*9*13→819らしい だいたい60ぐらいのところに集まるのが 不思議といえば不思議ですよね 中心原理なのかもしれませんが >>713 この謎に取り組んでいたアメリカ・テュレーン大学の人類学者であるジョン・リンデン氏とビクトリア・ブリッカー氏は、819日を20サイクル、つまり約45年にすることで、地球から見える全ての主要な惑星の周期をカバーできることが分かったと発表しました。 例えば、土星の会合周期は約378日でこれを13回繰り返すと4914日となりますが、これは819日の6倍、つまり6サイクルです。 土星は6サイクル(会合周期378日×13回) 同様に 水星は819日を1サイクル(会合周期117日×7回)、 金星は5サイクル(585日×7回)、木星は19サイクル(399日×39回)、 火星は20サイクル(780日×21回) するごとに整数回の会合周期を迎えます。 リンデン氏らによると、このサイクルはマヤ文明にとって重要な日付や祝祭日とも関係があるとのこと。 この発見のもう1つの重要なところは、819×20サイクルに当たる16380日は260の倍数であり、この260はマヤ文明で一般的に使われていた暦であるツォルキンでの1年に相当するという点です。 研究者らは論文に「819日という暦を作ったマヤ文明の天文学者は、1つの惑星を見るのではなく、目に見えるすべての惑星の会合周期の予測に使えるよう、より大きなカレンダーシステムとしてこれを構想したのです」と記しました。 クムラン教団の364日のほうが使いやすそう 7で割り切れるし月の28でも割り切れる ひさびさに読み返してみてるが なかなかおもしろいなぁ >>718 クムラン教団のは昔おもしろいサイトあったような気がするけど まだ残ってるんだろうか、、、 >>341 これは要検討 >>374 1シュケル→180大麦 >>365 これは何一つ計算合わない気がするから 拗れすぎてるな、、、 >>383 >>385 ローマ単位 >>397 ギリシャ単位 インドを集めていこう >>422 レスアンカー >>430 が >>510 おかしいです めんどうになってきたのと 所々に重要な変換が挟まってるので いっぺん考える必要あるな そしてカキコミ制限もウザい、、、 >>673 バリカタとかは茹での単位なのか 堅さの単位なのか、、、 >>659 >>660 兵器の単位は、 効率を追及したうえで 人間性と標準化の極限で めっちゃおもしろいと思いますね ゆとり単位と書いてるが 逆なのでは https://www.itmedia.co.jp/news/spv/2308/11/news054.html >>396 研究者の精神的ゆとりの単位「ネルー値」 論文では、研究者の精神的ゆとりを表す単位「ネルー値」を提案。1ネルー=「今日、このまま寝てしまっても締め切りなどに影響がない状態」であり、「n日寝てしまっても締め切りなどに影響が状態」=nネルー、「今日締め切りの仕事をまだ達成していない状態」=0ネルーと定義する。 これのヤバさを ビッグモーター指数で教えて下さい! 世界から中国への投資-87.2%減、過去最大の減少、今後さらに減少する可能性 [お断り★] https://asahi.5ch.net/test/read.cgi/newsplus/1692073085/ トランプが大統領だったら独り勝ちの日本を懲らしめようと円高ドル安に誘導するけど トップが認知症でスタッフは別々の方をみている今の米は何もできない 日本のマスゴミは「もうだめだー」とネガティブなことしか報じないからな まぁ麻生の経済対策に駄目だししてた民主党が、政権についたら野党時代に 駄目だししていた麻生の政策を財源が枯渇するまで延長する他は何もしなかったし マスゴミは経済効果なんかきにせずに民主党に阿諛追従しているだけという例もあるからな もちろん>>726 の書いていることが書いてある通りの意味で使われたのかどうかは又別の話だが 江戸の和算は欧米に先駆けた発見もたくさんしたらしいな 東洋数学では間違いなく頂点だろうな >>727 >独り勝ちの日本 ずれていますよ、それは30年くらい前の話 今は先進国最弱、中進国に落ちそうな日本 名目成長率が異様に高かったんだけど、どう判断したら良いのかな? 物価高ゆえのまやかし? 製造業が国内回帰して、近いうちに国外より国内の方が多くなるようだ 設備投資や土地建物に企業が内部留保を放出しはじめたからじゃない GDPが上がっても庶民に実感がないのは、高度経済成長期ような 上から下まで皆が金を使って国民全体で景気を回すという時代ではないからじゃねぃ >>729 じゃあ欧米豪に移り住んで虫の様に増えてやればいい 国内に1億人、国外に3億人の日本人 772.5 お墓に刻まれたらしい これを予想してみる さて、昔諦めた「ニネヴェ定数」 195兆9552億 モーリス・シャトランなら間違いないと思うのだが、、、 http://metatron.la.coocan.jp/zone-62/numb030.htm アジア大会2023 中 179 日 44 韓 33 印 21 ウズベキスタン 19 世界的には金の数でランキング ひと昔前の日本では金銀銅の合計でランキング ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
read.cgi ver 07.5.0 2024/04/24 Walang Kapalit ★ | Donguri System Team 5ちゃんねる