「インドの英雄、チャンドラ・ボースは不可触民の敵 [無断転載禁止]©2ch.net

1世界@名無史さん2016/06/05(日) 14:36:54.650
大英帝国と戦ったインド独立運動家で、戦前の日本とも縁の深いチャンドラ・ボースは、終戦直後、飛行機事故で亡くなった
悲壮な最期にふさわしい英雄だ。昨今のウヨクが、日本とインドとの絆とばかり持ち上げようとしている人物である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%90%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%82%B9

しかし、その実態は、カースト社会から排除された、村の共同井戸すら使わせてもらえず、渇きでも死ぬ不可触民への差別を
問題視しないくせに、イギリス人からの差別には耐えられない矛盾すら意識しない、卑劣な差別主義者でしかない。
彼はガンジーの平和路線と対立しながらも、ガンジーですら見せていた、不可触民の存在への問題意識は欠いていた。

不可触民解放運動リーダーの血の叫び!を以下に記述する。
http://www.amazon.co.jp/不可触民の道-三一新書-920-山際-素男/dp/4380820025

山際素男 『不可触民の道』三一書房、1982
152頁
  ガンジーについて、一言私の意見を述べておきましょう。 
  私たちは、ガンジーが何を語ったかについて大した関心を払っていません。
 インドの独立に彼が果した歴史的役割を軽視する積りもありません。…(中略)…
  ガンジーの思想には明らかな矛盾があるのです。カースト的農村秩序を破壊せず、
 不可触制だけを取り除く、という考えがそれです。

102世界@名無史さん2016/07/24(日) 14:37:23.870
ガンジーは不可触民の問題にたしかに関与したが、カースト制度そのものは理想的な分業体制だとして肯定していた。

103世界@名無史さん2016/07/24(日) 17:20:28.470
ボースは悪魔とでも手を結ぶ男だから、金九ごときとは比較にならない。
ヒトラーや東條のあとは、毛沢東のお膳立てで、スターリンへ近づこうとして
飛行機事故にあった。ガンジーが同胞に殺されたのは悲劇だが、ボースはどうだか。

104世界@名無史さん2016/07/24(日) 17:27:05.450
英印軍、ドイツインド義勇軍など様々な分子を統一してインド国民軍を組織したという実績に比べ
金九は怒号と憤激と殺人だけだろ。

105世界@名無史さん2016/07/25(月) 12:34:44.330
悪魔と手を結ぶくらいなら、イギリス労働党と手を携えなくてはならないよ。

106世界@名無史さん2016/07/25(月) 22:21:39.460
当時の労働党がインド独立を支援していたとは初耳だが。

107世界@名無史さん2016/07/26(火) 16:45:50.260
支援もなにもアンベードカルがやってたことだよ。
ボースや金九のようなチンピラゴロツキにはない姿勢だな。

108世界@名無史さん2016/07/26(火) 16:51:08.870
金九の運動と違って、インパール作戦など犠牲者の数が比較にならないのが
ボースのやり口だが、だからといって、金九が正当化しうるってわけでもないけどね。

109世界@名無史さん2016/07/26(火) 19:44:50.240
木の根ペンションへの行き方

https://www.youtube.com/watch?v=BIizN1a7Zx4

110世界@名無史さん2016/07/27(水) 05:14:25.520
>支援もなにもアンベードカルがやってたことだよ

同じインド内でガンジーやイスラムとも対立していた人間がどうやって国外のチャンドラと連携するんだ?

>金九の運動と違って、インパール作戦など犠牲者の数が比較にならないのが
>ボースのやり口だが、だからといって、金九が正当化しうるってわけでもないけどね。

正規軍相手の正面戦闘で戦った実績を持ったチャンドラと潜伏と殺人しかないチンピラ金九では格が違うだろ。

111世界@名無史さん2016/07/28(木) 17:07:15.830
アンベードカルが労働党に働きかけたように、ってことだよ。
日本語が読めないのか?
また悪魔と手を結んで、悪魔を援助する軍隊を結成し、
悪魔とは戦わないほどまでに手段を選ばない人物については、
大物やくざ同士の仁義としてなら理解できる。
そして確かにチンピラと親分とでは格が違う。

112世界@名無史さん2016/07/28(木) 18:32:16.610
>アンベードカルが労働党に働きかけたように、ってことだよ

働きかけても期待する結果は出ないと見たからドイツに近づいたんだろ。

113世界@名無史さん2016/11/28(月) 16:52:06.920
アンベードカルは正しかったな。
労働党政権はインド独立を公約にして戦った。
ただしインド民衆の意識変革の方が遅すぎた。

114世界@名無史さん2017/01/14(土) 02:19:03.380
ですな

115世界@名無史さん2017/01/19(木) 16:26:54.130
ガンジーは不可触民の娘を養女にしましたけれど、
かのボースは何もやってませんね。
自分がイギリス人に差別されるのは許せないけれど、
同じインド人を差別するのは平気だったのではないでしょうか?

116世界@名無史さん2017/01/19(木) 16:59:06.430
そりゃそうよ
差別される謂われのない自分が差別されたから怒るんだろ

117世界@名無史さん2017/01/21(土) 21:09:30.990
インド国民軍がカースト的迫害を展開したなんて話聞いたことが無いがあるのか?

118世界@名無史さん2017/02/03(金) 10:03:15.350
差別主義者ボースが追い出したいのはイギリス勢力であって、不可触民ではない。
見るだけで汚れるぐらい忌み嫌っていても、不可触民がインドから消えたら、
汚れ仕事を差別主義者たちが肩代わりしなくてはならないからな。
ガンジーと違って、心を痛めたり、対策を講ずるはずもない。
そもそも植民地朝鮮のテロリスト金九だって、朝鮮人被差別民をターゲットにテロをやってはいない。
外国勢を排除した理想国家を作るのに、ボースの方がより恥知らずであったというだけ。

119世界@名無史さん2017/02/08(水) 01:06:14.180
インド国民軍が差別主義者で反発されて不可触民勢力が抵抗し、交戦したとかいう話も聞いたことが無いが。

120世界@名無史さん2017/02/11(土) 16:36:10.170
反論するにも頭を使った方がよろしい。気をつけないと無限ループだぞ。
インド国内で差別問題と取り組んだガンジーと違って、日本軍がインパール戦に敗北した以上、
インド国民軍と不可触民解放運動はそもそも接触の機会がなかったからね。
インド国内でカースト差別の維持を図る勢力が独立主義者も含めて、不可触民の敵だな。
またアンベードカルの運動は、大量殺戮を拒まない武力闘争路線ではないし。
なぜか侵略国家の手助けをして、ガンジーですら取り組んだ悪しき伝統文化の改革には
取り組まない恥知らずのボースは、アンベードカルに相手にされない。
まあ君が相変わらずの無駄なレスつけるくらいなら、せめてテロリスト金九をもっと叩いてやれ。
イギリス帝国への攻撃は許せても、大日本帝国への攻撃は許せないダブスタでね(w

121世界@名無史さん2017/02/12(日) 05:14:56.200
チャンドラ坊主

122世界@名無史さん2017/02/13(月) 03:32:42.390
インド国民軍が戦後差別主義者として糾弾されたという話は聞かないが何か問題でも起こしたのか?
独立したインド政府は差別主義者として弾劾どころか軍人恩給まで支給している。

123世界@名無史さん2017/02/13(月) 23:35:04.280
>せめてテロリスト金九をもっと叩いてやれ。
>イギリス帝国への攻撃は許せても、大日本帝国への攻撃は許せないダブスタでね(w

日本陸軍と交戦したとか言う独立連合軍ならともかく
宿屋で日本人を殺害したのが大日本帝国への攻撃のつもりだったのか?
インド国民軍は紛れもなく大英帝国軍と交戦したことが確認されているが。

124世界@名無史さん2017/03/03(金) 23:07:07.610
欲望まみれだった若き日のガンディー
http://dot.asahi.com/nhktext/2017030300015.html

ガンディーは「自己統制」を非常に重視しました。また、飲酒や肉食をしない、ものを所有しないなど、極端な禁欲主義を唱えてもいます。
「欲望」に非常にこだわり、それを「乗り越えろ」と言い続けた人なのです。

ただ、知っておかなくてはならないのは、彼が「欲望を乗り越えろ」というとき、
常に念頭にあったのは「自分がいかに若いとき欲望まみれだったか」という話だということです。
これは、ガンディーの思想を知る上で非常に重要な部分だと、東京工業大学教授の中島岳志(なかじま・たけし)さんは指摘します。
彼の若き日、前半生を振り返ってみましょう。

* * *

ガンディーはインド西部のグジャラート州で、商人の家に生まれました。カーストはそんなに高くありませんが、それなりに裕福な家だったようです。

母親は非常に敬虔なヒンドゥー教徒で、肉食をせず、断食も欠かさず行うなど、宗教的戒律を厳しく守っていた人でした。
にもかかわらず、ガンディーはあえて肉食をしてみている。
さらにはたばこを吸ってみたり、そんな自分に絶望して自殺未遂したりと、要するに非常な問題児だったのだと思います。
さらに、これはガンディー自身も自伝(『ガーンディー自叙伝 真理へと近づくさまざまな実験』全二巻、田中敏雄訳注、東洋文庫)で、
まるで自分自身をえぐるかのような筆致で書いているのですが、ヒンドゥー社会にはチャイルド・マリッジ(幼児婚)という伝統があり、
ガンディーも若くして結婚をしました。どうも、幼いときに親が勝手に婚約を決めたようで、自伝によれば三回婚約したそうです。
ただ、最初の二回についてはほとんど記憶がなく、三人目の婚約者であるカストゥールバーイーが、ガンディーの生涯の妻となりました。

結婚したとき、ガンディーとカストゥールバーイーはどちらもまだ13歳。
あまり分別がつかない年齢のうちに結婚生活がはじまったわけで、ガンディーは完全に性欲におぼれてしまいます。
自伝には「学校にいてもそのことを考え、いつ夜になるか、いつ自分たちが会えるか、このことばかりが気にかかっていました」とあります。

125世界@名無史さん2017/03/03(金) 23:12:10.300
嫉妬心もふくれあがり、妻を完全なコントロール下に置きたがりました。
妻が「友達と遊びに行きたい」と言っても「駄目だ」と言ったりして、ほとんど自由を与えなかった。
その結果、カストゥールバーイーは文字を覚える機会を十分に得ることができず、
晩年になってようやくたどたどしい字で手紙を書くことができるようになったといいます。
「妻として夫の言うことを聞くのが厳粛なヒンドゥー教徒の生き方だ」といって妻の自由を奪い、夜になれば肉体的なことを求める。
ガンディーは、そんな凶暴な夫だったのです。

そうした日々を反省的に捉える契機が訪れたのは、彼が16歳のときでした。
尊敬する父親が、重い病気で倒れて伏せってしまうのです。
ガンディーは熱心に看病をするのですが、その一方で妻と抱き合いたい欲望が抑えられず、
自分の部屋に戻っては妻と過ごすということを繰り返していました。

ところがある日、いつものように看病をそっと抜け出して寝室で妻と抱き合っているときに、父親は容態が急変して亡くなってしまいます。
ガンディーは死に目に会えなかったのです。

このことを、ガンディーは生涯、自分に対する天罰だと考えていました。「父を殺したのは、私の性欲である」とも言っています。
自分の欲深さを知り、その欲深い自分に絶望するということを、ずっと繰り返してきた人物なのです。

名誉欲や出世欲も人一倍強かった彼は、20代のときに妻と幼い息子を置いて単身イギリスに渡ります。
そこで弁護士になるために猛勉強をするのですが、一方でダンスパーティに行って羽目を外したり、独身だと偽って若い女性と散歩を楽しんだりもした。
過ちには至らなかったものの、あるイギリス人の女性に恋心を抱いたこともあると、自伝では赤裸々に告白しています。

それだけではなく、イギリスでのガンディーは、ヒンドゥー教の菜食主義者の団体に出会い、
もう一度自分なりにヒンドゥー教というものを見つめ直そうともしています。
しかし、そんなに簡単に欲望を捨てられるわけではありません。
そんな自分に対してずっと葛藤を続けたのが、ガンディーのイギリスでの日々だったのです。

■『NHK100分de名著 ガンディー 獄中からの手紙』より

126世界@名無史さん2017/08/19(土) 20:16:42.510
スバス・チャンドラ・ボース(1897年1月23日 - 1945年8月18日)は、インドの独立運動家、インド国民会議派議長(1938 〜1939年)、自由インド仮政府国家主席兼インド国民軍最高司令官。

民族的出自はベンガル人。

ネータージーの敬称で呼ばれる。

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/9/92/Subhas_Chandra_Bose.jpg/220px-Subhas_Chandra_Bose.jpg

127世界@名無史さん2017/08/19(土) 20:18:18.290
1921年にマハトマ・ガンディー指導の反英非協力運動に身を投じた。

ボース自身は「ガンディーの武力によらぬ反英不服従運動は、世界各国が非武装の政策を心底から受け入れない限り、高遠な哲学ではあるが、現実の国際政治の舞台では通用しない。
イギリスが武力で支配している以上、インド独立は武力によってのみ達成される」
という信念を抱いており、ガンディーの非暴力主義には強く反対していた、

128世界@名無史さん2017/08/19(土) 20:20:25.530
1939年9月の第二次世界大戦開戦を知ったボースは、
「待望のイギリスの難局がついに訪れた。これはインド独立の絶好の機会である」
と述べ、独立のための武装闘争の準備を開始した。

ボースは被搾取民族にとって独立達成こそが先決であり、
反英諸国のイデオロギーについて論争する「贅沢な余裕はない」という見解を持っていた。

129世界@名無史さん2017/08/19(土) 20:23:35.950
ボースは亡命して、イギリスの敵国であるナチス・ドイツに身を寄せたが、
アドルフ・ヒトラーはインド独立運動家を「ヨーロッパをうろつき回るアジアの大ぼら吹き」と呼び、
「インドは他の国に支配されるよりは、イギリスに支配されるほうが望ましい」と『我が闘争』に記していた。

1941年9月の食卓談話でも「イギリスがインドから追い出されるなら、インドは崩壊するであろう」述べるなど、
イギリスによるインド支配が継続されるべきであると考えていた。

このためドイツはボースにベルリン中央部の広大な邸宅をあたえ、自動車や生活資金も供与したものの、独立運動への直接的な協力には極めて冷淡であった。

130世界@名無史さん2017/08/19(土) 20:24:34.390
1941年12月、日本がイギリスやアメリカなどと交戦状態に入った(大東亜戦争/ 太平洋戦争)。
ボースはマレー作戦での日本軍の勝利とイギリス軍の敗北を知ると、
「今や日本は、私の戦う場所をアジアに開いてくれた。この千載一遇の時期にヨーロッパの地に留まっていることは、全く不本意の至りである」
として、日本行きを希望して大使館と接触するようになった。

しかし日本大使館は「考慮中」という対応しか示さなかった。

131世界@名無史さん2017/08/19(土) 20:26:24.660
潜水艦で護送され、東京に到着したボースは、インド独立連盟総裁とインド国民軍最高司令官に就任した。

当初日本の東條英機首相はボースを評価しておらず、ボース側の会見申し入れを口実を設けて拒絶していた。
しかしボース来日から一ヶ月後に実現した会見で、東條首相はボースの人柄に魅せられ、一ヶ月後の再会談を申し入れた。

再会談でボースと東條は日本とインドが直面している問題に関する意見を一致させ、東條はその後食事会にボースを招待している。

132世界@名無史さん2017/08/19(土) 20:27:40.070
ボースはそのカリスマ的魅力で、国民軍の募兵を積極的に行った。

その後ボース率いるインド国民軍は、インドの軍事的方法による解放を目指して、
1944年1月7日、ビルマのラングーンに本拠地を移動させた。
ボースは同地においてビルマ方面軍司令官河辺正三中将と出会った。
河辺中将は歓迎の宴席で示されたボースのインド独立にかける意志と、その後の態度を見てボースに惚れ込み、
「りっぱな男だ。日本人にもあれほどの男はおらん」と極めて高く評価するようになった。

133世界@名無史さん2017/08/19(土) 20:29:56.200
河辺中将は日本軍によるインド侵攻のためのインパール作戦の作戦の指揮を執ることになるが、
「チャンドラ・ボースの壮図を見殺しにできぬ苦慮が、正純な戦略的判断を混濁させたのである」と、
作戦実行の背景にボースに対する日本軍側の「情」があったとしている。

ボースは国民軍をインパール作戦に参加させるようたびたび要求し、日本側を困惑させた。
6月にはすでに作戦の失敗は明らかであったが、
河辺中将は「この作戦には、日印両国の運命がかかっている。一兵一馬でも注ぎ込んで、牟田口を押してやろう。そして、チャンドラ・ボースと心中するのだ。」と考えていた。
インパール侵攻の失敗により、インド国民軍はその後、主にビルマで連合軍と戦った。

134世界@名無史さん2017/08/19(土) 20:52:41.230
私たちの国にも、中国に亡命して大韓民国を建国し日本軍と戦った、偉大な金九先生がいます

135世界@名無史さん2017/08/19(土) 20:53:13.170
大韓民国独立万歳

136世界@名無史さん2017/08/19(土) 22:49:13.000
金九は偉大

137世界@名無史さん2017/08/20(日) 10:16:18.390
>>136
日本が、チャンドラ・ボースのインド独立軍と共に戦ったのは、朝鮮人にとっては不都合な真実真実

138世界@名無史さん2017/09/09(土) 16:03:02.660
ヒトラーやボースのようなワルたちの口車に乗ったせいで
日本人は悲惨な目にあったな

139世界@名無史さん2017/09/09(土) 16:35:48.600
ヒトラーに同盟を申し込んだのは日本じゃないの?

140世界@名無史さん2017/09/19(火) 17:34:14.040
>>1
で、ボースが不可触民の敵である証拠はまだ出ないのか?
その引用じゃガンジーしか書いてないだろ

141世界@名無史さん2017/10/03(火) 16:29:01.010
>140
1じゃないですけど、『アンベードカルの生涯 (光文社新書)』はお勧めですよ。

142世界@名無史さん2017/10/04(水) 07:56:06.950
当事者のインド人は祖国独立の英雄と称え、反日日本人や特亜人が差別主義者と貶めるという皮肉。

143世界@名無史さん2017/10/05(木) 00:10:17.490
中国から見れば日本と組んだ敵の味方だし、
韓国から見ればインド国民軍は光復軍とは違い口先だけでなく実際に独立の為に戦ったわけだし、
これらに近い反日左翼が貶めたがるのは当然なのかもしれない。

どちらもテロリストじゃね?犠牲者の数が違うだけで。
手段のためなら、目的を選ばないし。
日英同盟が継続したら、日本は滅ばなかったな。
英国王室を尊敬した昭和天皇が哀れだ。

145世界@名無史さん2017/10/05(木) 18:24:38.350
>犠牲者の数が違うだけで。

いや、大英帝国軍と正規戦を戦ったのと宿屋で日本人客を殺害したのでは全然違うだろ。

146世界@名無史さん2017/10/12(木) 16:43:25.970
チャンドラがアンベードカルと手を結んだら
面白かったね。

147世界@名無史さん2017/10/13(金) 00:53:50.730
インド人自身の間ででそんな議論でてるのかな?

148世界@名無史さん2017/11/03(金) 16:22:48.840
>>141
ttps://bookmeter.com/books/126319
ニ五一頁
>凶悪な連中がインドの玄関口にまで
 きている時に、法と秩序を乱れさせるのは
 狂気の沙汰だ。インド対イギリスの争いは、
 民主主義が勝利した暁に再び再開すれば
 いい。その時にはインドの独立を阻むものは
 誰もいないだろう、と厳しくガンジーの政策を
 批判した。
 
なんの事はない。ガンジーでさえ、日本軍を
逆恨みせずに、独立のチャンスをつかもうって
ときに、アジア解放の軍隊を凶悪犯呼ばわりとは
イギリスの犬だな。アンベードカルってのは。

149世界@名無史さん2017/11/05(日) 14:30:58.520
今の当事者であるインド自身の評価でそのアンベードカルとやらは、
ガンジーやボースより高評価なの?横から左翼や中国朝鮮が
ボースをディスって、アンベードガルとやらを持ち上げるのって少し出しゃばりすぎじゃね?

150世界@名無史さん2017/11/07(火) 10:11:17.700
まあ近年になってボースのようなテロリストを持ち上げても、インド全体の国民統合には繋がらないからね。
モディ首相やインド人民党のような差別主義者の集団ですら、アンベードカルを持ち上げない訳にはいかない。
なにしろインド憲法の起草者だから、終始一貫して、インドの英雄だ。
それにしても韓国で例えれば、「親日派」とされる社会改良家と、
テロリストの独立運動家を同時に持ち上げるほどの、恐るべき欺瞞だ。

http://asama888.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/125-004a.html
 アンベードカル博士といえばマハトマ・ガンジーと同時代の政治家で、
上位カースト出身のガンジーとは対立した才能豊かな人物。
しかもカースト外で奴隷扱いされていたアンタッチャブル(不可触民)出身。
博士が著した「ブッダとそのダンマ」は仏教徒のバイブルとして広く読み継がれている。
今年が特別だったのは、与党も野党もアンベードカル博士を称賛し、
有権者の関心を引き付け選挙で有利になるための計算高い動きが際立った点にある。
 ヒンドゥー原理主義団体・民族義勇団(RSS)を母体とし、ヒンドゥー至上主義で知られる
インド人民党(BJP)政権のモディ首相は、マディヤプラデッシュ州のアンベードカル誕生の地を
生誕日に訪問するパフォーマンスを演じた。それに遡る3月、インド人民党は全国幹部総会で、
「イスラム教徒は荷物を担いで好きな国へ出ていけ」発言で知られる党創立者の
シャヤマ・プラサド・ムカジー氏とアンベードカル博士を同格に扱うようにという通達を出したほどの節操のなさだ。
カースト差別から抜け出そうとインド古来の仏教を選び、ヒンドゥー教を棄て仏教に改宗した
アンベードカル博士を、ヒンドゥー教が世の中で最高であるとするBJP創始者と同格に扱うという、
日本では考えられないウルトラC的発想だ。

151世界@名無史さん2017/11/09(木) 00:23:32.610
インド人はボースはテロリストって非難してるとは初耳だが。

152世界@名無史さん2017/11/10(金) 19:58:38.570
中国の工作の指針としてはボースをテロリストだの差別主義者だのとディスる方針なのかな?

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