チベット人て漢化しなかった羌族なの? [無断転載禁止]©2ch.net
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中国史に出てくる羌族の名前が中国っぽいのに
吐蕃の人命はまったく中国っぽくない
チベット人は古代で他の羌族と分裂したんだろうか おおもとのチベット人はもうすでに中華に同化してる
今のチベット人は征服されてチベット語を話すようになった少数民族だよ
征服された少数民族同士に繋がりは最初からない シナチベット語族の中で支那人でない側をチベット人だとすれば
チベット人の大元はヒマラヤよりも西のインド亜大陸側にこそあるといえる タングートも西夏なんていう中国人への寄生虫国家じゃなくて
ちゃんと青海で国家を樹立してほしかった
名前は「羌」で チベット高原にとどまったのがチベット人
漢民族に近いところに行ったのが羌
羌のなかにはは殷から攻撃を受けてチベット高原の谷とかに
逃げ込んだのもいる
それが白馬族 >中国史に出てくる羌族の名前が中国っぽいのに
漢名と自言語での名前とあったとか 羌姓の爾馬(日麦)氏は、漢姓の安氏と読みかえて名乗っている。
四川の瓦斯土司(巡撫司)は安氏と名乗っていた。
羌やチベット仏教徒の康巴の氏族は、双系相続なので父系or母系で
どちらか有力な氏族の姓を名乗るが、場合によっては両方の二文字を名乗る。
ケサル王をことを、清の文書には嶺格薩爾と書いているものがあるが
嶺が父系の氏族名となる。 六四天安門 祈念
∧∧ ∧∧
(*゚ー゚) (´∀`)
| つ(⌒⌒)と |
〜(,_つ\/と_ ,,)〜 チベット語だけでも方言差どころか一大語族を成すほど多様なのに
羌語やアルス語や白馬語まで入れてチベットとか羌と呼ぶなんて無茶
ギャロン語やラヴルン語の複雑な文法を知ったら尚更同意できない
「系」とか「グループ」とか付けるのもしぶしぶ
まあそういう意味なんだろうけどすごく違うよ ビルマ人も日本での平安時代くらいまではチベット人だったらしいな
そして南下してオーストロアジア系の民族を征服した ◆なぜ稲作が長江江南ではありえないのか
日本に水田稲作が伝わった当時の長江江南の遺跡から出土するイネは
中粒種と短粒種が約半々の割合で混ざって出土してくる。
ところが、日本の最古水田から出土した炭化米は短粒種のみ。
しかも、当時の長江江南の主力農具だったはずの石スキが伝わっていない。
というか、最古水田にはスキという器種自体がないし、石刃の農具もない。
それどころか、当時の長江江南には無いエブリとクワといった農具が最初に
伝わってしまっている。
しかも、当時の長江江南の炊飯器だった鬲や鼎といった三足土器も
最古水田にはさっぱり伝わっていない。
日本稲作が長江江南から伝わったなんて2兆パーセントありえません。 シナ・チベット語族のウルハイマートはどう考えても西方だよ
だってヒマラヤとかアッサムあたりの方が細かく分かれていてしかも省略されていない原型に近いと思われる語形を持っているんだもの 昔
シナ・チベット語族の祖語話者はどこにいたのだろうかと
世界史板の質問スレで聞いたら
スンダランドって言われたな いくらなんでもスンダは無いだろ
シナチベット語族は孤立語だらけだから屈折語尾などの系統探索の手がかりが乏しくて研究しにくいし シナチベット語族の祖型は接辞付きまくりの膠着語の筈なんですけどねー
現存する少数民族言語はもちろんのこと復元された上古漢語にもその形跡らしいものがあるし 声調のない民族言語は、膠着語ですね。
安多藏語といわれる青海省のチベット語は声調がない。 接辞がよくつく膠着語というとオーストロネシア語族もオーストロアジア語族も該当する
これらとシナ・チベット語族とでどれも無声調言語から声調言語へ、
また膠着語から孤立語へという変化が程度の差はあれ同時進行している
(ただし南島語では稀で、声調を持つ孤立語は海南島のTsat語(回輝話)ぐらいだし、
その元のチャム語自体が実は南亜語だという説もある)
もちろん無声調のままの言語、膠着語のままの言語もそれぞれある
チベット語では北のアムド方言や西のカシミール地方のラダック方言やバルティ語(イスラム教徒のチベット語)
が無声調で、チベット文語にも似た複雑な子音群が観察される
中国語が単音節の孤立語だというのはなかば神話で、古典語(漢文)はたしかにそうだが、
現代中国語はすでに膠着語に変化している
現在世界で最も典型的な孤立語というとベトナム語ということになるが、これも綴りに騙されていて
日本語にもよくある漢字二字の固定的な熟語を読みやすくするために音節ごとに切り離して綴っているせいで
独立性の強い単語のように見えているというだけ
もっとも孤立語の定義を単語に占める形態素の数の少なさではなく、語形変化を文法的手段とするかどうか
を基準とするなら、語形ではなく助詞や前置詞や副詞だけで文法を表示するベトナム語は孤立語だと言える ◆ペテン師・佐藤洋一郎がなぜダメなのか
経年変化や環境変化で短期間のうちに著しく頻度を変えてしまう遺伝子の調査において、
佐藤洋一郎が調査に使ったイネの調査サンプルは、
日本のイネの調査サンプルが稲作が伝わってから800年以上も経ってしまった鍵・唐古遺跡の炭化米、
朝鮮半島のイネの調査サンプルにおいてはいつの時代のイネを使ったのかさえ全く公表していない。
このように調査サンプルから疑わしい、欠陥ありありの、お遊び程度でやったペテン調査での捏造である。
この場合、BC10Cの稲作開始時の最古水田である菜畑遺跡の炭化米とそれ以前の朝鮮の炭化米で
比較調査しない限り、まともな調査結果など得られるはずがない。
ちなみに佐藤洋一郎はこの件で京大考古学陣に全面否定されている。
日本稲作が長江・江南から伝わったなんて言ってる頭のおかしな考古学者など一人もおりません。 チベット人はどうやってあのような高地に定住したのだろーか
教えてください >>20
山岳民族が征服されてチベット語を話すようになったんだよ そういやチベットのあたりはブルシャスキ語とかの独自の言語いくつかあるな >>23
秦漢の「白狼王歌」の頃から、四川や雲南の遊牧民はシナチベ語族チベットビルマ語派だぞ。
吐番ももともと四川か青海の遊牧民であり、シナチベ語族チベットビルマ語派を使っていて、
晋書の頃にラサに侵入したことになっている。 >>18
>固定的な熟語を読みやすくするために音節ごとに切り離して綴っている
単語当たりの音節・音素が少なめのベトナム語ですらできてることを、ドイツ語がなぜできない
「単語」が長すぎるぞ >>21 ムダ毛と眉上隆起を消してよく高地適応能力だけ取り入れられたなって思う
あるいはデニソワ人の見た目は板東英二や瀬戸内寂聴みたいだったのかw >>25
じゃあラサとかの人間が雲南とかの人間に「チベット化」されたんじゃね >>27
代わりに副鼻腔の体積を確保するため頬骨が広がってチョン顔になってしまいましたニダ<丶`Д´> >>26
ドイツ語の場合は形態素で切ると、人称と数と時制を表す子音一つだけの「語」
なんてものが続出することになるから、それはそれで書き間違いや読みにくさの元になると思われる
あの長すぎる名詞はハイフンでも使ったほうがいいかもしれないが、使う時と使わない時の線引きの
基準が今度は覚えにくく間違えやすいものになりそうだ 河口慧海
チベットは仏教国なり。チベットより仏教を除去せば、ただ荒廃せる国土と、
蒙昧もうまいなる蛮人とあるのみ。 多田等観
チベットの仏教は本質的には密教ではなく顕教です 今でもチベット高原には漢民族の進出が少ない
高山病が障害となっている やはり中共のチベット併合はチベット人の内部分裂があったからこそだな チベット自治区の漢語は、北方話なのだが、四川訛りがきつい。
四川には少数民族語が10以上あり、通用語は四川話。
カム地方のチベット仏教徒が使っているので、ラサでも四川っぽい漢語が通用する。 ラサは高額なお布施やきつい無償の役務を要求してくるから、四川のカム地方に反発されてしまう。
霊感商法の被害から、信徒同士仲間割れしやすい。 四川には所により東の漢族と西のチベット族ほか少数民族との文化上の様々な融合現象がある
ガンゼチベット族自治州の入り口の手前、渡し場のある雅江という町で雅江倒話という言語が話されている
この言語は清代から何百年もかけてゆっくりと漢族とチベット族が融合する中で生まれた
分類上は漢語方言で主要な語彙は四川の西南官話だが、文法構造はチベット語そのもの
基本語順はSOVで、形容詞は名詞を後ろから修飾する
名詞や動詞の後ろに付く様々な助詞が文法的に重要で、他動詞構文は能格の主語を持つ
文末の存在の動詞に由来する語気助詞「有」がついて話者の態度を表す
雅江倒話は「雅江の町のさかさま弁」ぐらいの意味で、語順が漢語と逆に聞こえるからこの名がある
よその漢族には変てこだと笑われ、よそのチベット人には漢人ぶって気取ってやがると敬遠されるが
話し手にとっては漢語でもチベット語でもない、物心ついた時から使っている自分にとって最も自然な母語なのだ >よそのチベット人には漢人ぶって気取ってやがると敬遠されるが
ルー大柴のしゃべりみたいな感じに聞こえるのかな? 北方語にはないはずの「濁音」も、チベット語の影響で使われてたりするのかな?
中央アジアに移住した回族の言語「東干語」は、アラビア語やロシア語やテュルク系言語の影響にもかかわらず、音韻面では北京と何ら変わらないそうだけど >>42
倒話にはチベット語に由来する語彙もあり、そちらに限っては濁音を持っているが、
新しい現象として前鼻音化することも多く、若い世代の発音には揺れがあり不安定
これが更に進むとチベット語ラサ方言のように無声の有気音/無気音と前鼻音化した有声音
という3種を経て無声の有声音/無気音のみの2種になることが予測できる
系統を問わず声調言語化は有声閉鎖子音の無声化を伴うことが実は非常によくある
(呉語のような当てはまらない例も多い)
東干語は中国式に言えば回族の話す西北官話の一種で、声調も3つにまで減少しているが
依然として声調言語であることは確かだし、内部的には有声音を持つように変化する理由はない
現状では外来語でさえ声調を持っていて辞書にはそれも記載されるというので、
強固に固有の音韻体系を守っているのだろう
ロシア語の教育やメディアが影響するとしたら東干語の内部ではなく話し手そのものの激減という形で
いきなり根こそぎ襲ってくるような種類のものなのかもしれない チベット人はこの世界以外の世界知ってるから勝ち組み 日本にも阿弥陀や観音の信仰があって、西方浄土があるのだよ。 西方浄土がチベットなわけがない
だって印度から見てチベットは西方ではないから北方浄土になってしまう
それどころか浄土教の発祥地から見ればチベットはむしろ東方だ ユーラシアで最初に今につながる現生人類が住んだイエメン辺りとかw 鳩摩羅什の時代の仏教ならば、西方の景教やゾロアスター教なんかの影響だろう。 チベット仏教では西方浄土だけでなく東方浄土、北方浄土、南方浄土それぞれがそれぞれの性質を持ち、それぞれに尊ばれている。インド後期密教は対称性を重視したからね。 そもそも浄土教が発祥した時代にはチベットはまだ仏教じゃないぞ 大乗仏教には、たいがいの顕教部分に浄土を説く経典があるだろ ダライラマ14世は観音菩薩の転生だろ?
観音は、阿弥陀浄土の両脇のうちの一人だぞ。 阿弥陀の浄土は西方だとして
弥勒の浄土はどこにあるのかね? 大乗仏教はカルト
証拠は創価学会
チベット仏教のほうが優れている チベット仏教も大乗仏教だろ? 上座部仏教ではないぞ。 頭の悪い浅い読書をしたバカがよく陥るのが
起源とされるものを絶対視してその後の経緯を一切無視する原理主義
その思考は結局起源とされる教えにも背く歪んだ思想 それは仏教に限ったことじゃないんだろう
論語読みの論語知らずなんていう諺もあるくらいだし それは深く読みすぎてわからなくなってることの例えでまた別じゃないの 俺は原理主義者じゃないが原理主義を否定する奴とは会話できない >>4
寄生虫国家というのはあんまりなのでスレ違いと思いつつ敢えて言わせて貰う
西夏は「新元史」156で
趙氏南遷,中原文獻掃蕩無餘,獨拓拔氏建國二百餘年,
唐之故家遺俗尚有存者,如高智耀、李體刳F是也
(趙氏(宋朝)が南遷すると、中原の文献は全て失われた。
ただ拓抜氏は建国より二百年以上、唐朝の旧家や古い習俗がなおも残っていた。
高智耀や李驍轤ヘこれを保持する者であった。)
と評されるように
中原の地では中華文明が
唐末五代で盛唐の名残が消え宋で新たな展開となったのに対し
(唐三彩と宋代の焼き物が違うように)
西夏は唐代の文化を守り伝えていた
国号は本来「夏」であり中華の正統を保持する国で
本来の帝国の本拠地である西ローマが潰えた後のビザンチンのようなもの カム人はタングートに近いし、カム地方の明正土司は西夏タングートそのものの出身。住民も西夏語のようなものを話す。 中国政府はダライラマを輩出したこともあるメンパを別民族として、東の方の仏教化していないチベット系の別言語のグループをチベット族と識別
ダライラマ政府だと前者がチベット族で、後者はチベット系の別民族って認識なんだろうか 東の方は、ペユル寺などのニンマ派が非常に有力なので、ラサの主流のゲルク派とは違う傾向がある。
でも、チベット仏教であるには変わりがない。
みやこと微妙に違ってようが、九州人でも広島人でも岡山人でもヤマト民族には変わらないのと一緒。 チベットと印パ国境にチベット系のイスラム教徒がいる 雲南には、チベット語を話すキリスト教徒もいて、リス族で民族籍を申請している。 チベットとパキスタンやミャンマーの境には謎の民族が 明治の頃のチベット人と触れた日本人、イギリス人の中で
チベット人にいい印象を持った人間はいるんだろうか チベットとパキスタンやミャンマーの境には謎の民族が 康定などカム地方は、ボン教信仰してたら羌族登録だったり
ムスリムだと回族登録だったり、いろいろ選択しているみたいだな。
定住民だと、ムスリムって家族まるごと改宗だから、言語と宗教の組み合わせで選択の幅が結構ある。 チベット仏教信仰してたらチベット人だというのならモンゴル人は何なの?
モンゴル系からだってダライ・ラマは出てるよね モンゴル語は、シナチベット語族チベットビルマ語派ではない。 シナ・チベット語族チベットビルマ語派の言語を話していてチベット仏教を信仰していても
それだけでチベット人ということにはならないよ
チベット語と同系統と言いながら天地のように文法が違う言語がいくつもあるんだから 大偉人を排出したモンゴルがチベット人になんてなりたいわけないだろ >>99
川西民族走廊と言われる地域は、チベット系の言語やチベット語でも方言の多様性の多い場所みたいだな
http://www.minpaku.ac.jp/research/activity/project/other/kaken/19250
そのうちプミ族(これは雲南に分布するけど)と羌族だけチベット族から分けて認定されたのはなんでだろう >>109
従順だったから迫害から除外するため
チベットと内モンゴルは今でも他民族より移動の制限が厳しい >>80
欧州のアラン族も容姿端麗だったそうだ フン族に比べて 匈奴の頃はモンゴル高原にも高身長、彫りの深く髭面で
濃い顔の人が多かったようだけど
ドルジ顔優勢になったのは室韋蒙兀からか >>109
単に国が広すぎて調査が行き届かなかったからマイナーな民族を認識できなかったんだと思う
中国の49年〜54年の第一次民族識別工作で38民族(羌族含む)を認定、
54年〜64年の第二次調査で15民族(プミ族)を追加、
その後65年にロッパ族、79年にジノー族を追加、これで漢族を除く55民族が認定完了
このあと増えてないのは事務的に煩雑だからとかそういう割としょうもない理由かもしれない
現時点でも学術的におかしい区分がけっこうあることは中国でも知られている
それでも雲南の細かな民族をわりと早期から拾えたのは、
抗日戦争期に北京大学、清華大学、南開大学3つの名門大学が雲南省に疎開して
西南聯合大学という伝説の臨時合同キャンパスを開いていて、
そこで始終顔を突き合わせていた社会学者や言語学者が互いに刺激しあって
省内をあちこち調査していたおかげらしい >>114
同じモンゴル語を話すと言っても
印欧系と混血したのかシナチベットと混血したのかではかなり違うからな チベットとネパール、ミャンマー、インドのアルナーチャルプラデーシュ州とかいう州、パキスタンが接する辺りに
ブルシャスキ語だのクスンダ語などがあるな >>117のようなレベルのやつが顔の話題大好きなんだろw ドルジ顔って言い出したのは別のやつだろ
面食いのドブス腐女子で白人大好きなメンヘラってとこまでは特定できてる アルナーチャルプラデーシュ州はインド領だが完全にチベットらしいな >>115 マカオのポルトガル人(混血だけど)すら認めてないもんな 言語が同じなら同じ民族というのが世界の常識
逆行するのはレイシスト >>77
いや、それこそが寄生虫っぽい
青海で建国してたら中国とチベットの文化を採り入れさらに一捻り加えた
オリジナルな文化を持てたはず >>118
ビルマ人(≒チベット人)でなく、
それらのどれかがモンとピューの土地を征服できてりゃな 危うく系統不明になりかけてたベトナム語
なんとかオーストロアジア語族ということになった >>124
言語が第1軸、信仰が第2軸っぽい運用している。 方言でも独自の文字を持ってしまえば持ったもん勝ちで新民族として独立できそう
モンゴルから分かれたオイラトがそう。でも中国では結局モンゴル族に戻されてしまってるけど >>131
内蒙古ではずっと蒙古文字を使い続けてるが
外蒙古では蒙古文字に戻すの断念してキリル文字使用続行
ブリヤートではずっとキリル文字のままで蒙古文字復活の話すら出ない
そうするとモンゴル人は二つの民族になったということか? >>131
下位区分があるから、55民族の中にも広島人や岡山人みたいな細分類がある。
方言はそこでだいたい特定している。
ただし、内陸チャイナは他民族共存地域なので、マルチリンガル状態となっており、
他言語の影響を受けない純粋な方言はもうない。
純粋な大阪弁を話せる人はいなくなっていて、標準語と和歌山弁の影響を受けた
ちゃんぽんのような言葉しか話せない・・・そんな感じ。 >>128
ダライラマ14世と書くと、金盾が作動しちゃうんだ・・・ 。。。φ(。_。;)カキカキ >>134
台湾の先住民とか広西のチワン人とかほぼ漢民族化してるもんな。生活していく上でそうならざるを得ないから仕方ないのかもしれんけど。 チベット人自体が東のほうの民族に「チベット化」されたんでは 吐蕃の歴史や晋以降の史書みると、東の甘粛・青海もしくは四川の遊牧民の影響力は大きい。 >>140
チベットのみならず中華というか夏もその遊牧民に「シナチベット化」されたんじゃね シナチベットである周が中華をシナチベット化したんじゃない? >>131
そもそも言語の違いのほうが大きい
ブリヤート語はオイラート語、ダフール語に似て述語動詞が人称変化する
ほかのモンゴル語とその仲間にはそんなチュルク語あるいは印欧語みたいな特徴はない
トド文字は別にオイラート語に特化した文字ではなく、アラム・ウイグル式蒙古文字の欠点を補い
すべての母音の区別を表記し、チベット語などからの外来語をも明確に表記することをめざしたもので、
他部族が保守的でなければ全モンゴル系言語に使用することだって可能だった
トド文字は今やロシア側ではキリル文字に換えられ、中国側では旧式蒙古文字に言語もろとも同化させられ気息奄々だ
>>132
キリル文字と言ったってブリヤート語とモンゴル語とカルムイク語(ロシア側のオイラート語)は
それぞれ綴りが全然違うし語彙もやはり異なるので、スラブ系の諸言語のような関係だろう
民族意識が細かく分かれがちな感覚は漢字圏よりもヨーロッパに近いかもしれない ロシアにはブリヤートとカルムイク以外のモンゴル系っているのかな モンゴルとトゥングースの合流した祖先を持つハムニガンという集団がいる。
ハムニガンとは元来モンゴル語でエヴェンキを指す言葉だが、
バイカル湖西岸地帯に2,000人ほどとモンゴル領内、中国領内にもいるこの集団は
エヴェンキ語とモンゴル語のバイリンガルであるという特徴がある。
ハムニガンのエヴェンキ語は他地域のエヴェンキ語と大差ないが、
彼らのモンゴル語は古い特徴をよく保存し、
中央のモンゴル語やブリヤート語とは別の独立した言語である。
(中国領のサンタ語や東ユグル語、バオナン語、康家語と同様、
モンゴル系言語ではあるがすでにモンゴル語そのものではない) 上の方によく似た趣旨のレスがあるが、むしろ
中原に降りた羌族に近い部族によって「チベット化されたタイ系(またはミャオ系)」民族が
漢民族そのもののような気がする。
甲骨文字は、もともとタイ系かミャオ系の言語で使われていたもので、
山から降りてきたチベット系部族が「訓読み」して、読みが半ば置換されたものじゃないかね。
(だから、音声言語を追いかける西欧の言語学者は、シナチベット語族の存在を疑わない)
でも、本来は古いタイ語やミャオ語を記す文字だったから、甲骨文字の読みとしては単音節化した。
殷代にはすでに置き換えが完了しているから、漢字の音符の系譜では事情はつかめない。
夏時代相当の文化は、黄河中流域の文明のなかでは実は最終バッターで、
しかも「8番まで凡退で2アウト出塁なし」の状態で、
「我らは何でも食うアル。米も粟も肉も乳も昆虫も何でも食うアル」を旗印に生き残った部族。
洛陽周辺で発生したカオスな混成部族が、漢民族それ自体の起源なのではないか。 メソポタミアやイランやギリシア、イタリアの例からすると
漢民族の先祖は全く未知の言語をしゃべる民族だと思う こういうこと?
メソポタミア=シュメール
イラン=エラム
ギリシア=ミノア
イタリア=エトルリア/ラエティア シュメールだけじゃなくてフルリ語とかハッティ語もあるみたい
きっと昔は世界中こんな感じと思われる 嘘かまことか、タイの教科書ではタイ族のルーツをアルタイ山脈だと記載しているらしい
だとするとチベット・ビルマ系のルーツはシベリアになってしまうかもw タイ族って長江上〜中流域あたりにいたって話じゃなかったっけ
アルタイ山脈から天山山脈の麓を抜けて祁連山沿いに河西回廊に入ったあと、
関中を越えてさらに南下して米作地帯へ至るって、途上に競合多すぎな気がする
ザコなら途中で滅亡してそうだし強者ならどこかで定着できたと思うわ 今のビルマ人やタイ人の先祖の大部分はモン系なんだろうな 南下してきた支配者の言語が、アルタイ山脈から来たって説なんだな。 どういうわけか雲南のハニ族あたりの少数民族なんかもよく伝承で
先祖が天津にいたとか南京から下ったとか
北の方のメジャーな地名がポンポン飛び出すんだよな
なんか大きい話が好きで適当に言ってるだけのような気がするんだがw
なまじ固有名詞だから嘘くさくなるけど
それなりに何か神話的なものを踏まえてるんだと思う しかし、(現在の)タイ人の「北方崇拝」も凄まじいよな。
今でも分家が住んでおり文献記録も残る雲南でとどめておけばいいのに、
長江流域、華北平原、満州平原とどんどん北上して、
ついにシベリアはアルタイ山脈にまで到達した。
これはインドシナ半島の新参系民族に共通する「クメール蔑視」の裏返しなので、
真面目にとりあってはいけないと思うw
タイ族に関しては、華中付近が原住地というところまでは正しいと思うけどね。
ミャオ族も同じ。タイやミャオの本来の形質である
鼻ぺちゃだが色白で体毛極薄というパターンは、
温暖だが年中曇りで日照時間が極端に少ない四川盆地が故郷と考えると合点がいく。
コーカソイドの鼻が高くなったのは、吸い込んだ空気を湿らせるためとも言われているわけで、
あんな広い鼻では、極寒乾燥の満州やモンゴル高原では暮らせないと思うw 東南アジアやインド文化圏という範囲で見れば
タイ人やチベット人の侵入は多様性が増したように見えるが、
もっと広い範囲で見れば単一化しただけだろうな
ユーラシア西部が印欧語で埋め尽くされたりアフリカ南部がニジェールコンゴ語で埋め尽くされたように ユーラシア西部どころかアメリカとオセアニアまで印欧語で埋め尽くされた
文化の多様性という観点でこれはちょっと危機的状況だわ クメールやチャンパは、古くからその言語があり、大昔の王朝の公用語だった。
今でも存在しているのは幸運なことである。 カンボジアはなんとかモン・クメール系の国民国家として残ってよかったな >>159
そう考えてみると、東アジア東端部って「謎のシャングリラ」だよな。
とりあえず、語族レベルで無関係な日本語、朝鮮語、ツングース諸語、モンゴル諸語が
これだけの民族興亡を経て生き残っているということ自体、他の地域では考えられない。
アイヌ、ニブフ(正直今はどっちも厳しい)あたりは「ごく最近まで世界史に登場しなかった地域」なので
まあ近代まで残ることもあるだろうなとは思うが、
日本語族(japonics)と朝鮮語が、農耕民であるにも関わらず、
東アジアの農耕本家たるシナ・チベット語族とも、北方の機動力が高いモンゴル・トルコ・ツングースいずれとも
少なくとも現在の知見では無関係な孤立言語というのは、世界史的奇跡と言ってもいい。 >>163
夫余語族は渤海滅亡後まで残ってたんかな >>163
朝鮮は支那との間に遼寧の不毛地帯が広がってて遊牧勢力に分断されがちなのが大きいと思う
半島北部はともかく漢江以南の山がちな地形は馬で行くにはあまりにもしんどすぎる
日本は海とそれから狩猟採集なのに定住できた程の異様な食料資源の豊かさのおかげ >>165
そもそも、弥生人にしても朝鮮南部の初期農耕民にしてもそうなんだけど、
彼らがどちらも、明らかにシナ・チベット語を話していなかったらしい
というのが驚愕すべき事実なんだよね。
この2つの地域の初期農耕民の多数派は、
シナ・チベット語どころか、タイ・カダイ語もミャオ・ヤオ語もオーストロネシア語も、
ツングース語もモンゴル語もトルコ語も、確実に話していなかった。
中国史書には、少なくとも朝鮮についてはいろいろ複雑な言語地理的記述があるが、
少なくとも、「自国語での文献時代」の幕が開いてみれば、
西南日本も朝鮮南部も、シナ・チベット語とは関係のない言語集団が大集団で住んでいた。
田植えをして味噌や納豆を食い歌垣で無礼講をやるのに、言語的にはタイ族ともミャオ族とも全く無関係。
俺自身は、農耕開始=農耕民の大拡散=言語の極端な均一化仮説を採るので、
「日本祖語は弥生語だった」と理解しているけど、
これに反対するのなら話は変わってくるけどね。 縄文式土器が当時最先端の技術で作られた土器だったように古代の日本は世界の中心だった 口語系の言語は消滅し易いね
イヌイットの諸語しかりシベリア先住民の諸語しかり >>166
遺伝的にはアラスカ周辺の民族と近いんだっけか、あの辺も極端に酒が飲めない人が多いな >>168
紀元前500年から紀元前1000年という、世界史的には「わりと最近」になってから、
華北にしても華南にしても、農耕の歴史が長い東アジアにおいて、
(特に九州の弥生式稲作のような)完成された農耕を行う住民が出現した(おそらく渡来した)のに、
彼らが、既存の古い周辺農耕民と言語系統が全く異なっていたらしい、というのは
これは首を傾げるほかはない驚異的というか奇怪な事実。
それも、西南日本だけじゃなくて、どうやら朝鮮南部も状況としては同じ。
さらに、この2集団相互にも、言語系統上の関連性がない。
日本語の起源論が、「学問の腐海」「学者の樹海」と言われる悲惨な有様になっているのに、
この樹海に入って二度と帰ってこない学者が今でも続出するのは、
この言語状況が世界史の常識に反するから。 征服されて農耕文化を押し付けられたんじゃなく
自力で大陸まで出向いて取ってきたってことなんじゃね? >>166
日本語も朝鮮語も紀元前1000年くらいに中国南部から来たとして、
中国南部は他にも未知の語族が多数あったんじゃね 日本語も朝鮮語も3万年以上前に出アフリカした人々の言語から直接分かれた
紀元前1000年の中国南部などというちんけなところに起源はない ◆なぜ稲作が長江江南ではありえないのか
日本に水田稲作が伝わった当時の長江江南の遺跡から出土するイネは
中粒種と短粒種が約半々の割合で混ざって出土してくる。
ところが、日本の最古水田から出土した炭化米は短粒種のみ。
しかも、当時の長江江南の主力農具だったはずの石スキが伝わっていない。
というか、最古水田にはスキという器種自体がないし、石刃の農具もない。
それどころか、当時の長江江南には無いエブリとクワといった農具が最初に
伝わってしまっている。
しかも、当時の長江江南の炊飯器だった鬲や鼎といった三足土器も
最古水田にはさっぱり伝わっていない。
日本稲作が長江江南から伝わったなんて2兆パーセントありえません。 BC3C末、徐福一行の故郷、華北では三足土器で炊飯していました。
粗製灰陶で出来ている鬲です。
灰陶を焼く穴窯も、炊飯器の鬲もさっぱり伝わっておりません。
秦王朝のシンボルでもあった鼎も土器にも青銅器にもさっぱり伝わっておりません。
中国青銅器の雷文や龍文はもちろん、龍信仰さえさっぱり伝わっておりません。
簫、磬、鐘、鐃、ロ于、鉦など、様々な古代中国の楽器もさっぱり伝わっておりません。
三足やラッパ型の様々な酒器もさっぱり伝わっておりません。
金銀細工や金銀メッキもさっぱり伝わっておりません。
龍などをモチーフにした様々な玉器もさっぱり伝わっておりません。
瓦や箸や傘もさっぱり伝わっておりません。
漢字の前身、篆書などを刻んだ遺物などもさっぱり出土しません。
瓦屋根の戸建てや木骨泥墻などの住居もさっぱり伝わっておりません。
帯の付いたローブ状の古代中国の服飾も靴もさっぱり伝わっておりません。
徐福どころか古代中国人なんて縄文から弥生を通して一切定着しておりません。
ただ、無知で、馬鹿で、低脳の、頭の弱い人間だけがダマされる創作デムパです。 ◆ペテン師・佐藤洋一郎がなぜダメなのか
経年変化や環境変化で短期間のうちに著しく頻度を変えてしまう遺伝子調査において、
佐藤洋一郎が調査に使ったイネの調査サンプルは、
日本のイネの調査サンプルは稲作が伝わってから800年以上も経ってしまった鍵・唐古遺跡の炭化米、
朝鮮半島のイネの調査サンプルにおいてはいつの時代のイネを使ったのかさえ全く公表していない。
このように調査サンプルから疑わしい、欠陥ありありの、お遊び程度でやったインチキ調査での捏造である。
この場合、BC10Cの稲作開始時の最古水田=菜畑遺跡の炭化米とそれ以前の朝鮮の炭化米で
比較調査しない限り、まともな調査結果など得られるはずがない。
ちなみに佐藤洋一郎はこの件で京大考古学陣に全面否定されいる。
日本稲作が江南からなんて言ってる頭のおかしな考古学者など一人もおりません。 >>171
農耕開始=農耕民の大拡散=言語の極端な均一化仮説、てのが例外を多く含むものだと思うけど
コーカサス諸語とか自分たちで麦耕作始めたわけでもないけど、借り物の生産様式を採りながら現在まで孤立言語群を維持している
しかも山に囲まれているとはいえ数千年にわたって諸勢力による支配を幾度も受けてるし、ああいうのこそまさに奇跡と感じられる 閉鎖的な山奥ってよそ者の支配者も深入りしたくないと思うんだよねー
だから仲間内だけの独自言語が発達してても別になんも不思議には思わんわ モンクメール系の人間が増えて狩猟民であるネグリトが山間部とかに追いやられたみたいだが、
これは日本人朝鮮人の先祖と先住民族(蝦夷とか)の関係みたいなもんじゃないの
朝鮮にも蝦夷みたいに狩猟先住民がいたとしても不思議ではない 朝鮮の先住狩猟民って九州から北上してきた縄文人のことやぞ
寒冷な半島では遼河文明から齎された農耕生活のが断然有利なので紀元前3千年とかそこらで消え去った 13000年ほど前に朝鮮経由で細石刃が伝わってるから、日本から縄文人が
土器を伝える前に半島に先住民がいたと考えるべきだろう。 >>163
500年前までの南北アメリカ大陸の先住民語のことを考えると
ここ500年で世界的に見て「どちらが珍しいか」が逆転したにすぎないことがわかる
いくつもの大語族が乱立し、その大語族のグループ分け自体が
類型論レベルの構造の類似でしかないことさえままあるのが南北アメリカ先住民語
むしろ西ユーラシア・中央アジア・アフリカ大陸中南部の状況のほうがここ5000年で生じた新しい現象だろう 少数民族言語の音写なんて2000年前までにしか遡れないし
音自体が正確に再現できるとるなると1300年前まで。
しかもあくまでも長安か洛陽の音で音写されている前提であって、
その前提が崩れると再現不能。
モンクメール系が多かった時代より前のことは歴史学の領域ではない。 先住狩猟民は尻尾を生やした猿猴みたいな扱いで『山海経』に出てくる。 そういえば北狄・西戎・南蛮は何となく現存する民族のどの系統か想像ができるけど、東夷って何だろうな
朝鮮や日本の話でないとすれば、当時の中原の東側だと、あとはもう泰山の山懐くらいしか隠れ住む場所はなさそうだけど
それかこの表現ができたころは、中国の東シナ海から黄海沿岸には、かなり内陸まで漢族と系統を異にする諸民族がいたのかな
古代臨淄人は白人系だったとかいう研究もあるけど。ひょっとして東夷の中に、日本祖語や朝鮮祖語の話者もいた? >>188
遼東の川の名前の「汶」は朝鮮祖語で水を意味する*mɨ́r(現代朝鮮語の물)の転写に見える(日本語のmiduは同系語である可能性が高い)
(音符「文」の上古復元音は*mɯnないし*mə[n])
http://starling.rinet.ru/cgi-bin/response.cgi?single=1&basename=%2fdata%2falt%2fkoret&text_number=++97&root=config
https://en.wiktionary.org/wiki/%E6%96%87
春秋左氏伝の魯の宣公には「于思于思(髭が濃い様)」という言葉を受けて牛(ウシ)を引き合いに出している箇所がある
http://mokusai-web.com/shushigakukihonsho/shunjuu/shunjuu_10_senkou1_body.html
なお朝鮮祖語で牛は*sjóとなり日本語のウシとも関係があるとみられている
http://starling.rinet.ru/cgi-bin/response.cgi?single=1&basename=%2fdata%2falt%2fkoret&text_number=+995&root=config ワ族もモンクメール語族
ただし文明の度合いはモン族クメール族に比べて差がある 朝鮮半島や遼東半島なら中原から見て東というより北の印象にならんか?
地球儀上では東でも実際に行くならかなり北を回って行くことになるから 東夷という蔑称で喜んでいる民族のいる半島があるときいて 東夷は素晴らしい民族だ、と孔子が言ってるんだから
儒教の国なら誇って当然 >>188
莱か。
確かに現在残る民族とは系統がことなる民族かも >>186
だからってそれらの民族が存在しなかったことにはならない
あったものをなかったことにするのは歴史学の仕事ではない >>197
出土した文物が無い限り、系統不明という扱いにしたままではいけないの?
山海経のバケ者扱い集団に対応した遺跡が無いと、文化的系譜でも保留でしょう。 >>39>>44
実に興味深い。そういえば、甘粛の一部には、今度は極度にアルタイ化した漢語方言があるよね。
対格後置詞「哈」が発生して、安定したSOV構造を獲得している。
でもやっぱり逆はないんだよな。
チベット語やモンゴル語が、漢語の語順で話される混成言語が出現することは無い。
この原則は、日本語も例外ではない。
筆記語は「SVO&前置詞言語」っぽく書かれる場合すらあったのに(漢文風味に寄せた候文など)、
口頭語で前置詞が発生したり、SVOになったりすることは有史以来絶対にあり得なかった。
広東語なんかも、よく見るとそうなんだけど(タイ語の影響)
どういうわけか、中国語は「他所の言語の統語法の侵入を受けて【変形させられる側】」なんだよな。
そして「倒話」と笑われはするが、笑われているということは、意味自体はなんとか通じている。
1930年代には、官話を英語の語順で話すことが流行した時期もあるし、
「孤立語のくせに、統語法が実はgdgd」なのが、中国語の本質なのかもしれない。
>>1との関連でも、この話はけっこう重要だと思う。
岡田英弘がいう「中国語には文法がない」という一見するとひどい極論は、この本質を指しているのだろう。 >1930年代には、官話を英語の語順で話すことが流行した時期もあるし、
大まかには一緒と思うけど。違う部分としたらひょっとして英語で関係代名詞を使うようなシチュエーション?
例えば「これは彼が育てた豚(です)」の意味の文の「彼が育てた」を「豚」の後で修飾するような感じ? >>201
さすがに関係代名詞は無理。中学英語のような変な例になるが、
我打網球在公園昨天(I played tennis in the park yesterday.)のような感じの文章。
(今の標準官話では、我昨天在公園打網球という語順になるのが普通だと思う)
「ハイカラな感じがする」といって、一時期流行ったらしい。
あの言語、非文に逸脱するまでの幅が広くてしかも曖昧。
でも、教養ある人にとっては、教養ある中国語というのは、語法も語順も極めてうるさい。
それも、一般ルールというより個別の先例(古典の用例)に依るところがある。 それを言い出すと雄鶏を鶏公とかいうように後置修飾まで認めないといけなくなるけど、さすがに詩経とかにまでさかのぼって規範にしようとはしないか >>200
五屯話もそうだし、あと唐汪話、河州話というのもある
いずれもモンゴル語・チュルク語のような「アルタイ的」特徴を持つ漢語方言
五屯話にはチベット語のような特徴もあるが
雅江倒話はチベット風ということでは突出している
>>199
雲南のペー(白)族のペー語は漢語との長期の接触の後に
SOVからSVOに語順を変化させた例だけれど、同時に大量の漢語借用語を取り入れていて
系統的にももう漢語の仲間ではないかと言われるほどなのでまた別か
ただし今ある漢語諸方言もそうやって同化の末に生まれたという考えが一般的だから、
あとはどこまで複雑な文法項目が他の方言と一致するかが混成言語か方言かの分かれ目だろう
漢語が「変形させられる側の言語」という言い方は
それを習得する漢人も存在するから(クレオール化)間違いではないと思うけど、
出発点として他民族が漢語を便利な道具として自己流にカタコトで使い始めるから(ピジン化)
漢語のほうがそういう変種を生みやすいんだよね >>202
「北京人在紐約」と書いて基本的な意味の「北京人はニューヨークにいる」ではなく
「ニューヨークの北京人」を意味することがあるのはその頃に生まれた習慣だろうか
趙元任の言語学の入門書にもこぼれ話として「在」のそういう用法についての話があった 「Beijinese in New York」の直訳なんだろう >>205
晋書によれば3〜4世紀ぐらいじゃないのか? 五胡の羌系の一つだとされている。
吐番はラサ土着勢力ではなく、外来の征服者だから。
言語は吐番以前の記録が無いのでわからん。 中国語もチベット語も青海の遊牧民が持ち込んだんだろう >>207
ああもちろんそのつもりで書いたんだが
言っといたほうが良かったか 上古漢語の時代の発音が、人名や国名などが他の文字体系で記録されてる例はあるのかな
他地域と全く没交渉だったとも思えないけど 上古漢語の発音で他民族の言語が記録された例なら山ほどあるんだがな 後漢から南北朝にかけて、漢民族は、カロシュティー文字圏と確実に接触してるんだよね。
トカラ文字を解読しろとは言わない。カロシュティー文字資料で、何か良いものはないかなあ。
前漢より前は絶望的。それだけ中華文明は地理的に半ば孤立的状態にあった。
なお、唐以降になると、ウイグル文字による漢語表記などは時々出てくる。
カールグレンなどの推定音とくらべても、日本語の漢音(の旧かなづかい)に近くてビビる。
今の推定中古音は、ちょっとこねくり回しすぎかもしれない。 ウイグル語で龍をluuという様な韻尾のŋが消える現象は現在の華北の方言にもあるときいた 日本語で「リュウ」と呼ぶのもひょっとしてそういうことを反映?
他のŋ終わりが-ウ、-イになってるのも 漢音の元となった長安の方言自体子音の脱鼻音化という中古音から外れた変化を遂げたものだったからな え、そのへん全然くわしくないけど中古音って長安方言じゃなかったんだ?
どの地方が基準になってるの? カールグレンが復元した中古音は各地の方言から推定したもんだよ
各地の特有の変化がすべて起こる前を仮定した平均的なシロモノであるとしか言いようがない YoroやYeruみたいな名を挹婁ってあてたってことは、挹の字の最後のp音が脱落した方言が華北には後漢のころに既に存在したのか
ひょっとして北方語での入声の完全消滅は、宋代や元代どころか遥かにさかのぼるのか? なぜ発音がわかる最初の史料が千年も後の時代となる満州語だか女真語だかの単語を挹婁の語源だとするのか?
女真語の祖先と漢語とで平行して子音が消えたと仮定しなければ成り立たない話だ >>216が言ってるのは各地の方言や漢字音から再構された長安音が
現代の西北方言音にも通じる存外ローカルな特徴を帯びていたという話
韻尾の鼻音の鼻母音化そして脱落は日本漢字音や呉語などから判明
声母の鼻音の「前鼻音+有声閉鎖音」への変化などは日本漢字音やビン語などに残る
ただ前者はカールグレンの頃にはたしか別の解釈をしていたと思う >>222
日本漢字音って、単純化&魔改造の果てのように言われるけど、
歴史的にも地理的にも、存外中国語の諸相を示してるよね。
漢音のngが母音で書かれることも、中国語側にも対応する現象があったわけだし、
唐宋音の末鼻音が全部「ん」になることも、実は中国語側にも対応する現象がある。
特に入声を残している江淮官話あたりだと、
m,n,ngは全部統合されて「鼻音終わり」という音素となり、
母音終わり・声門閉鎖終わりとの間で三つ巴の対立ということになる。
これは事実上、「鼻音終わり」「長母音終わり」「短母音終わり」の対立で、
これではまるで現代日本語みたいだ。 >>208
トバン成立前は全土がアルナーチャルプラデーシュ状態だったのだろう 危機に瀕する言語 かつ 孤立した言語 Kusunda タライ平原の先住民タルー族も、今はインドアーリア系の独自の言語を話してるようだけど、本来は系統不明の言語を話してたのかな 系統不明の言語ってどうやって出来てるのかな
急に誰かがザメンホフって作るの? 同化する力の強い言語、人口を増やす力のある民族の言語が
使用地域を増やし年月を経て方言として分化して
それら方言が姉妹言語に発展していけば
同化に取り残された先住民の言語が系統不明になっていく
5,000年ぐらい前は世界中の言語がもっと系統不明のものばかりだったと思われる
どの言語集団もそう多くはなく、数十人からせいぜい数千人だった 乳幼児が一語文、二語文、三語文と徐々に語数を増やしていくことから鑑みると
我々人類の文法も原始時代から徐々に構成する語数を増やしていってそれぞれの言語の文法が構成されてきたと考えられる 言語の誕生自体は何万年も前の話なので別
今ある孤立言語が孤立しているのは最近になって誰かが新しく発明したからではない 特定の核の見出しにくいクレオールとかw
安本美典は日本語の成り立ちをこう解釈してたような バスク語のように旧世代の言語が残っているケースもあれば
日本語のように複数の言語の混成で独特な言語が出来るケースもある 日本語が複数の言語の混成というのは漢語や英語などからの外来語のことかね?
固有の和語の部分は出アフリカ時代からの生き残りであって決して既存の北方と南方の言語の混合などではないぞ 日本語は縄文晩期か弥生時代に大陸からもたらされたんだろうな
最初に稲作を持ち込んだ奴かどうかはわからん とにかく昔のチベットは孤立した言語が多かったのは間違いない 系統不明言語といっても
「観察し得るどの言語とも関係づけられない」という孤立言語と
「周囲のどの言語とも関係づけられ得る」という系統不明は別もの
日本語は前者または独自に語族を形成するとみるのが主流で
後者に入れるにはあまりに証拠が足りない
後者の典型はヴェトナム語 >>240
ベトナム語は、オーストロアジア語族(旧称モン・クメール語族)で確定なんじゃないの?
見かけはあまりにもタイ・カダイ語族やシナ語派に近いため、話が混乱していただけ。
絵に描いたような「東南アジア大陸部言語連合」の典型的言語で、
文法は何から何までパーフェクトな孤立語、発音も同言語連合の典型中の典型だが、
それと系統論とはまた違う。 >>241
耳で聞いた印象なら広東語に近いんだけどね
ベトナム語=柔弱な広東語 広東語=威勢のいいベトナム語
という感じに聞こえる
でも系統関係はたぶん無いんだし
近いから自然に似たんだろうね >>241
ヴェトナム語はオーストロネシア語族とも無視できない対応例が多数ある
また文法の枠組みも1人称複数の包括形/除外形の区別があり
近隣ではオーストロネシア語族の影響を考えるのが自然だ
そうした特徴はチャム語との接触の結果だろうとばかりも言っていられない
チャム語にはない要素が両者で対応している例もあり
またチャム語自体が実はオーストロネシア語ではなく
オーストロアジア語族の基層に大量にマレー系の語彙がかぶさってできたともいう >>242
三年も広東に住んでたくせに広東語の事は何もわからない俺だけど、香港人の話す広東語と広州で耳にする広東語は何となく違うような気がした。
香港人の話す広東語は間延びしているというか、語尾を引っ張ってる感じだけど、
広州のはメリハリがある…ように聞こえた。 >>238
それは絶対にない
当時の日本の人口密度は豊富な食料によって狩猟採集民としては異常に高かったため
少数でしかやって来ていなかったであろう大陸からの新入りの方が言語的に同化されるというのがまず一つ
それに農耕民が日本に農耕文化を伝えたなら農耕文化の起源地の言語で農具や農作物の名を呼んでいなければおかしい
もし進んだ文化が人間ごと入ってきたなら
それこそ朝鮮半島北部の紀元前に存在した「朝鮮国」の様に植民国家の様相をとることになり
大陸本土と同じ生活形式をするために同じ形式の遺物がいくつも出土することだろう
だが現実日本の弥生時代は同時期の朝鮮北部とは違い、大陸と同じものは稀、銅鏡・銅鐸などに至っては到来と同時に国産化・ガラパゴス進化を遂げる始末
異言語を話す人間が大挙してやってきたなら絶対にこのような独自文化を保ったままの発展は起きえなかったことだろう ちなみに日本列島に「渡来系弥生人」とされている平らな顔族形質が最初に入ってきたのは紀元前2000年ごろであり
実は稲作の到来とも弥生文化とも全く関係がないそうだ >>239
そんなことは、証明できません。
ラサや四川青海甘粛の言語には、テュルク系やモンゴル系の語彙が紛れているのはあるけど。 縄文式土器が四大文明をしのぐ当時最先端の技術だったように日本は昔から世界の中心
稲作も日本が発祥と考えるのが自然 >>245
縄文晩期の西日本ってかなり人口密度低くなかった?
それにビルマやタイやハンガリーだってもともとの民族が
少数の侵入者の言葉をしゃべるようになってるぞ
農具や作物の名が起源地の名前と違うというのも、
起源地では日本語と同系統の言語が消滅してるはずなので確かめようがない >>247
いやアルナーチャルプラデーシュ州の言語やブルシャスキ語やクスンダ語の存在が チベット、ネパール、ビルマ、タイ、ベンガルが
それぞれ日本や朝鮮みたいに孤立した言語の国にならなかったのが残念すぎる 13世紀頃までは、東南アジアやベンガルは、クメール系やムンダ系のオーストロアジア語族が全盛だったじゃん。
変な妄想やめろよ ( ´,_ゝ`)プッ >>252
アウンサンスーチー新派か?ミャンマーと言え >>243
発音だの代名詞体系だのは、確実に言語連合要素だよね。言語接触による受容。
言語連合と系統論を厳密に切り分ける作業を経て、ついにベトナム語の系統論が明らかになった。
ベトナム語はこの手の「ノイズ」が多すぎる。
発音はどうみてもチワン語や広東語そっくりだし、指摘の通り文法はチャム語臭いところもある。
そして次に、基礎語彙から借用関係を徹底排除するという作業が行われる。
ここにもノイズが大量にある。大量の漢語はまだ分かり易いが、他からの借用語もある。
これらを全部排除した上で、閉じた論理関係として祖語を構築して比較する作業が行われた。
そうすると、どうやらクメール同系らしい、と言う驚きの結果が出た。
この方法論自体は王道かつ古典的。これまでうまくいかなかったのは、
ベトナム語にあまりにもノイズが多すぎ、比較言語学の俎上に乗る基礎語彙の抽出が困難だったから。
他方で、日本語でこの方法を突き詰めても、
誰がどうやっても、結局何も出てこないことも、また明らかといっていい。
そして問題は中国語だ。果たして本当にチベット同系と出るのか?
俺はこの点だけはまだ疑っている。 同系だろ。今の中国語のルーツは周が使ってたチベット語だろうし >>249
弥生文化には大陸のどこかから移動してきた形跡はない
せいぜい朝鮮半島南端部に進出があるだけの九州北部発祥の独特な文化だということも理解しておいてほしい
それに東日本では別に文化が丸ごと上書きされた訳ではない
現地の形式が保持されたままそれが弥生文化と次第に混合していった
もし異言語話者が言語を鞍替えしたなら印欧語の中の島嶼ケルト語の様に基層の文法が残っていたりゲルマン語のように大部分の単語が祖語に遡れなかったりするものだが、文献に残る最古の上代ですら日本語とはっきりわかる程度にしか違わない
これは明らかに言語の交代などなかったことの証左だ
言語の塗り替えは北東北においてアイヌ語に対して行われた位で南東北までは日本語圏だったと考えなければ文化の多様性に対する言語の均一性の辻褄が合わない >254
チベット・ミャンマー語群と言うとなんかマヌケに聞こえるwwwwwwwwwww >>257
奈良時代の文献が今の日本語と同じだからってなんで日本語が縄文語だと思うんだ? >>260
日本列島はブリテン諸島とは違って大陸からの絶え間ない侵入に脅かされる地理環境にはない
上代東国の言語は当時でも日本語の方言
文法レベルでも大きな差はないし記紀にも毛人に通訳が要ったとか書かれていない
縄文文化の名残が色濃かったにもかかわらずだ
考古学的にも人間の入れ替わりは少なく文化は融合しつつ徐々に変化していった
一方欧州では島嶼ケルト語は大陸ケルト語とは違い
頭音変化などの印欧祖語にはない活用を持っており語彙の一致の割に文法が異常にかけ離れている
これは先住の民族の言語がクレオール化を経てあとから来た言語と入れ替わったからだ
考古学的に見ても印欧語話者とおぼしき集団が侵入して先住民(伝説上のトゥアハ・デ・ダナーンなどの異民族)を滅ぼしているのは明らか 日本とチベットは似ている
ほぼ新モンゴロイド化されたが方や山岳国、方や島国のために狩猟民族系の遺伝子がある
そしてその辺境に方やアルナーチャルプラデーシュとかの狩猟民族
かたやアイヌや隼人といった狩猟民族 トバンより前の言語の証拠とか見つかるわけもないよなあ >狩猟民族系の遺伝子
民族の遺伝子!!!!
こりゃ驚きだ >>255 広東語には濁音(有気有声音)はないけど、ベトナム語にはあるよな
植民地時代のフランス人がべトナム語と広東語は方言連続体みたいなことを言ってたみたいだけど、この違いは大きいような
あるいはベトナム語でも濁音が全くない方言とかあるのかな。むしろビン語とだとベトナム語とうまく連続体でつながりそうだけど、分布域が違うし >>269
広東語と越南語に系統関係が無いことはあきらかなんだが
耳で聞いた印象が酷似してるんだよ >>271
それも確かにその通り
聞いた印象は似てる 話者に子音を省略する代わりに声調を付けて発音させたいと思わせる何かが中国から東南アジア大陸部にかけて存在している? あの辺に定着したら、アラビア語ですら声調言語化するんだろうかw >>271
呉語のそれは明らかに後から発達したもので
日本語のうち東京式のアクセントは実は高低ではなく強弱アクセントで
朝鮮語の高低アクセントは慶尚道以外は残留要素がわずかにしかないものだ
そんなことよりその3者は指示詞がコソアのように3系列あるという共通点が >>278
字が無い時代まで遡らないと調べようが無いから無理
字が無い時代だから新資料発見もありえない
タイムマシンの発明に期待するしかないよ >>280
朝鮮語も系統不明なのでそんなことわかりません
言語年代学での計測によれば日本語と朝鮮語にもし系統関係があるとしても
分岐後少なくとも7千年は経過してると見られます 朝鮮語の祖は檀君なので系統などあるはずもありません 日本語と朝鮮語で祖語まで遡ったらその時は印欧語とかアフロ・アジア語とかまで一緒になってるよ >>257
その立論、なかなか難しくありませんかね。
まわりくどい書きぶりだが、おそらくこういうことだろうと思う。
「沖縄から東北南部まで、極めて均一な縄文語が一貫して話されており、それが日本語の唯一の起源である」
これ、世界の狩猟採集民(または森林地帯における極めて古い農耕民)の状況を考えても、
非常に難しい仮説だと思うよ。
縄文文化が豊かなら豊かなほど、歴史が長いなら長いほど、この仮説の成立は困難になる。
白人侵入前のカリフォルニア州や、現在のニューギニア高地人をみてほしい。
それに、言語というのはバベルの塔よろしく、放っておくとどんどん多様化してしまうものだ。
日本語がここまで均一だということは、分岐年代が新しいということ。
ということは、それだけで「均一縄文語仮説」は極めて難しい立場に立たされる。 >>284
ならば縄文時代中に次々と外部から新たな民族が入ってきて今頃日本はインドネシアの如く言語のモザイクとなっている筈だ
しかし現実はそうではない
縄文時代中時代が下るごとに言語集団と一致したであろう各地の土器のパターンは減少して均一化していっている
それは「放っておくとどんどん多様化」とはまさに逆の傾向だ >>285
生活用具と言語の振る舞いは、全く違うものなんだけどねえ。
言語は、乳児期から幼児期に母語を習得して、基本的にはそこで固定するものなので、
大人になってから、便利なものを自覚的に取り入れたり、自分で考えて改良したり出来る
生活用具とは、全く異なる振る舞いを示す。
電話交換機呼び出しが黒電話になり、プッシュホンになって携帯になり、更にスマホになる
囲炉裏が竈門になり、ガスコンロになり、ついにIHヒーターになる
こういうものとは、言語は全く違う。
言語は、隣の連中の言語が便利そうでも、こんなに合理的に変えられない。
近代における第二言語としての英語の爆発的普及は、
圧倒的な教育メソッドの普及と、視聴覚媒体の前代未聞の普及による特殊なもの。
こんなことは空前絶後で、これまで世界のどこでも不可能なものだった。 言語の分布を語る時必ずと言っていい程それが何語族かにばかり注目される
しかし語族が同じ(語彙が共通している)であっても文法が異なることが何を意味しているのかは無視されがちだ
基層言語が文法は保持しつつ後発の言語の語彙を取り入れて変化した場合、その様な、語彙的には共通の祖語に遡れるにも関わらず語順の違う言語が生まれるのだろう
http://tedlab.mit.edu/images/wals_svo.png
http://tedlab.mit.edu/images/wals_svo_legend.png >>286
外部からの民族単位での侵入の形跡がまるでない
それだけでカリフォルニアやニューギニアとはまるで違う世界だということが分かる 日本列島という巨大な島々の中の一億人を超える人々の間で話される言語がたった2つ(樺太を含めれば4つ)の祖語に遡れることが証明されているのは実に驚異的ではないか? 俺自身がどう考えているか、というと、
日本語は、弥生中期の福岡県板付遺跡付近の、極めて狭い地域の1部族の言語であって、
これが遠賀川土器の普及と同時に、今の名古屋付近までの広義の西南日本全域に一気に広まった。
更に、しばらくして、名古屋周辺から東北南部まで一気に広まった。
ここで、実際にはかなりの先住部族において、混血度よりもはるかに明確な言語交代が一気に起きた。
印欧語の普及(大航海時代以降除く)というより、テュルク語の爆発的普及に近いだろう。
テゥルク語は、基層言語の影響をほとんど残さず、モンゴル高原からイスタンブールまで一気に広まった。
ただし、遺伝的には、この九州弥生人、部族内部の女性を伴って部族ごと移動した可能性が極めて高く、
その意味では、中央アジアの「男たちの征服譚」と同一視はできない。
イメージとしては、明治初期の北海道のアイヌコタンの様相に近いかもしれない。
和人がコタン内部に住み着いて、混血しながら数を増やし、気がつくと和人の村になっている。
これはイギリス人の描写によるものなので、記述にバイアスは無いと思う。 SOV言語が最もありふれてるのに
なぜか不思議なことにSOVが珍しいと思ってる人が多い
SOVは日本語だけと言ってる人を見たことがある >>288
スペイン以前のカリフォルニアも、ほとんど民族単位の外寇はありませんよ。
西は海で、北の森林地帯とも、内陸や南部の砂漠地帯とも生活様式が違いすぎ、
孤立状態にあった。そして、気候は温暖で過ごしやすく、漁労も採集も容易だった。
その状態が何千年も続いた結果、「墳墓毎に全く異なる言語」が話されるようになった。
民族単位の興亡がそれなりにあった、中西部以東や米国南西部の乾燥地帯では、
「ある程度の広さをもったそれなりに均一な言語圏」が、いくつか広がっている。
数千年前に農耕を始めちゃってるけど、ニューギニア高地人も同じ。
下界の密林地帯とは全くの音信不通、ほぼ完全な途絶状態だった。
農耕レベルは伝播当時のスタイルで、完全にシーラカンス化し、
山ごとに、部族がそのまま何千年も暮らすことになった。
相互にそれなりの交流はあったが、外部との交流や外寇は白人来襲までない。
おかげで、数十人単位の部族ごとに、言語がバラッバラになってしまった。 もうひとつ、日本語が「統一縄文語」起源とは到底考えられない傍証としては、
狩猟採集に関する語彙の極端な少なさがあげられるだろう。
特に、「哺乳類の内臓に関する語彙」の異常な貧弱さは、
日本語祖語話者が、哺乳動物の狩猟に
ほとんど依存しない社会で暮らしていたことを示唆する。
だいたい「きも」と「わた」しか内臓を示す用語がない狩猟民なんて、
この地球上にあり得ない。魚ならこれで実用上十分だけどね。
日本祖語話者は、確実に農耕と漁労をしており、狩猟と牧畜をほぼ完全に欠いていた。 アイヌ語ならば獣の内臓の各部位、そして
「鮭の種類」「年齢別の鮭」を呼び分ける語彙がいくらでもあるわね。 >>290
中央アジアは定住民の世界ではない
基層もナニも人間そのものが移動しただけのことだ
高い人口密度のあった定住狩猟採集民の日本とは決して一緒にしてはならない
定住民のあったところを一つの語族で塗り替えた場合かならず塗り替わる前の言語の特徴が表れる
英語のSVOとゲール語のVSOの違いは決して一つの祖語が分かれて生じた訳ではなく、印欧化される前の言語の違いによるものだ そもそも縄文人の主要な食糧って獣肉じゃないんじゃ
普通に考えて海産物でしょ >>284
琉球諸語ですら、たかだか西暦千年くらいに移住してきた日本人がしゃべっていた日本語らしいね >>293
本土との分岐年代は2200年前だ
1000年では足りない もっと正確に言うと表層的な文化語彙では中近世に本土からやってきたり並行的な変化を遂げたことが明らかなものがあるが
基礎語彙レベルでは2200年前、少なくとも琉球諸島に稲作がやってくるずっと以前謎のほぼ無人状態時代よりも前の縄文文化があった時代に分かれたことが分かっている
(部分的にみられる上代特殊仮名遣いとの対応が主な根拠らしい)
日本語族話者が稲作を携えて外部からやってきたのだったらこんな状況には絶対にならないよ 日本語は均一なのは参勤交代のおかげなんだが
それ以前はバラバラで意思の疎通も難しかったみたいよ >>299
2200年前という年代は、
その時代に琉球に日本人が来た年代ではなく、
琉球諸語の前身の方言が現在の日本語と別れた年代
つまり1200年くらいは日本の中で留まっていて、
それから琉球に来た >>293
なんでだよ
焼肉屋で使う用語があるだろ >>303
与那国・八重山・宮古といった南琉球諸語が奄美・北沖縄・南沖縄の北琉球諸語とは本土との差に匹敵するレベルで異なっている理由は? >>301
だからさー、分岐年代を吊り上げながら、同時に均一均一と均一を連呼するってのは
どういう論理を展開したいんだ?
これ、まさに矛と盾の故事そのものだぞ。
分岐年代が吊り上がる=古くから分岐していた=差異が大きい⇔(反対概念)⇔均一だ
こういうことだぞ。これは比較言語学の基本論理。
はっきりいうと、>>285の理屈は、言語学ではない。
言語が時間を経て均一化されていくというのは、
「エントロピーが勝手に減少する」のと同じ異常な話。
別に、言語は均一化する、という大命題を立てて「俺様言語学」を創始してもいいけど、
既存の言語学に関する議論すべてを敵に回すことになる。
つまり、一切援用できない。「分岐年代」なるタームも使えない。
それはそれでありなので、そうならそうで議論を進めてもいいけどさ。 http://www.k3.dion.ne.jp/~kodaira/sono404.htm
景行紀に記されてる熊襲の酋長の名前も日本語だよねえ
どれも「日本語に翻訳した」じゃなくて確実に「日本語族に属する言語」
特に「鹿」を「さか」って読むのはすごく日本語と共通の祖語から分化した別言語っぽい >>306
限られたところで地理的に隔離されない限りは無用に分裂はしないだろ
なにもなかったら言語が分裂するなんてバカバカしすぎるあり得ない前提
方言連続体を保持するならまだしも意思疎通不可能な程離れた言語として細分化されたら指揮系統に支障が出て弱体化して他民族に滅ぼされるだけだ
現にアルバニア語やアルメニア語やギリシャ語は他の言語と分かれて長い年月が経過しているが別個の言語へ分裂することはない >>305
渡来は一度じゃなかったんじゃね
違う地方の違う年代の日本語がベースになってるとか 本土の人が琉球に渡ったとは限らない
両方共ムー大陸から直接行ったのかもしれない >>304
語源をしらべてみ?正直笑えるから。
ハツなんて、一見日本語の2拍語の顔をしてるがどうみても英語由来だw
プップギなんていう、朝鮮語からの外来語すらある。
日本語はめったに朝鮮語から借用しないのに、
臓物の名前ばっかりは、ついに万策尽きて朝鮮から輸入したのだ。
やまとことばの内臓用語は、あとは「ちみち」くらいだな。
明らかに、日本祖語話者の社会は、ほぼ全く哺乳類の解体をしない社会だった。
縄文人はそれなりに狩猟をした形跡があるのに。 >>311
一番古い時代の渡来は2200年前
それ以降も本土(および北琉球)の影響は重層的に言語に残されている >>310
少なくとも日本語圏の場合、離島ではおしなべて言語の変化が速まる。
しかも一つの島の中ですら集落によって明らかに言葉が違うという状態になる。
北琉球と南琉球くらい距離が離れたら、
800年そこらでも言葉が全く通じなくなって不思議はない。 >>313
わが国最古の国語辞書たる『和名類聚抄』曰く
心 こころ
肺 ふくふくし
肝 きも
腎 むらと
脾 よこし
我々日本人は長らく仏教文化により肉食に縁のない社会だったことを忘れてはならない
その文化断絶の存在を無視して我々は縄文人の言語を話していないとするのはあまりにも乱暴なハナシではないか >>316
ポリネシアの言語って離島同士だけど意思の疎通に問題なさそうな程近いまんまだよ?
人が行ったきりで戻ってこなかっただろうと考えられるハワイやイースター島の言葉でもマルケサス諸島あたりとそう大きくは変わらない
https://en.wikipedia.org/wiki/Polynesian_languages#Internal_correspondences >>318
ポリネシアと日本で状況が違ってくる理由は分からない。
日本の離島では通婚圏が狭いのかなという気はするけど何とも言えない。 >>319
ほぼ人間が返ってこなかったところでもそれほど変化してないんだから
どう考えても通婚圏の問題じゃないだろいーかげんにしる!
離島では変化のスピードが加速するなんて理論はマユツバだってことだ >>319
先住民の影響では
琉球には先住民がいた >>321
日本語に限らない一般的な傾向として、
(1) 話者が多くて盛んに交流しており、
(2) 異質な言語と接触しておらず、
(3) 都市と文字文化が発達している
という条件の下では言葉の変化は遅くなりやすい。
移住元と移住先が遠く離れていても両方に十分な話者人口が確保できていれば、
両方とも古い形を残して言葉は離れていかないことがあり得る。
逆に日本の離島ではなぜか隣の集落との交流ですら陸地より希薄になりやすいらしい。 http://kikigengo.jp/nishihara/lib/exe/fetch.php?media=library:references:rkoj-pellard.pdf
>上代日本語の同じ乙類イでもさらにツキ乙(月)〜ツクヨ甲(月夜)のようにウと交替するものとキ乙 (木)〜コ乙ノ乙ハ(木葉)のようにオ(乙)と交替する ものの二種類に分けられる。
>この二通りの交替がより古い状態の名残りであり,元は*ui 対*@i のような 2つの異なる音であったと考えられる(松本 1975, 大野 1977, 服部 1978–1979, Martin 1987)。
>ところで,琉球諸語では両者が区別されており(表13),上代特殊仮名遣いと一対一の単純な対応関係がないものの,奈良時代以前の区別が現代の琉球諸語に残存していると言える >>323
>逆に日本の離島ではなぜか隣の集落との交流ですら陸地より希薄になりやすいらしい。
なぜかって?
その島へ他所から複数の(日本語方言を話す)集団が入植したからだろ
琉球諸島から人の住んでいた痕跡が見つからない時期があること知らないのか? どちらにしろ日本語話者が比較的最近に外部から日本列島に入って定着したというのは考古学的にも言語学的にもありえないね
大陸側で完全消滅したとしても中国南部におけるオーストロネシア語族の様に遺物からそれが想像しうるものだ >>325
琉球諸島に限らず本土の離島でも傾向は同じ。
そして一つの島に違う系統の方言が入っているわけではなくて島全体で一系統なのが普通。 >>327
少なくとも奄美や沖縄では同じ島の中で(「シマ」ごとに)アクセント体系が違うパターンが多い
そしてそれら琉球諸島の諸言語のアクセント型は本土にあるものと同じ
例えば沖縄本島南部では鹿児島などと同じ二型式アクセントだ >>320
アイヌ語の方言差は主に語彙的なものだが、
どこの方言も似たり寄ったりで、思ったほど大きいとは感じられない
文献にはいくつかの通訳を重ねてやっと意味が通じるなんていう話もあるが、
頭からわからないわけではなくて、大意なら通じたようだ
できるだけ正確に疎通させようとするとそうなるというだけ
教育制度も宗教制度も文字など広域的通信もなかったのに
何百年もよくあれだけ文法的に均質性を保っていられたと逆に驚く
日本語の方言集と比べたら特に
狩猟民は農耕民よりよく移動するからだろうか 仏教が伝わって以降の日本人も
うさぎ、しか、いのしし、くま
を普通に狩りで食っていたのだが 青海でもラサでも、チベット民族は食材制限なんかしてなかったぞ。
ラサでは、解体はムスリムがやるということで、不浄なことは押しつけ。 >>330
内臓を表す語彙は記録されてんだからその話はもう意味がない
撤収撤収! https://www.youtube.com/watch?v=XUuojzBN2kU
23:30
数百から数千の男たちが武器をもって戦いに備えている
兵を招集するために彼らは黄金の矢を放つ
軍紀は大変厳しい
戦闘では最前列の兵士が一人残らずたおされるまで
次の列は前に出ない
彼らは戦って死ぬことを誇りとし
病気で死ぬことを忌み嫌う チベットは恐るべきアジアの征服者で
彼らは唐王朝の首都を襲い
インドの諸王朝にも攻め込み
シルクロードの要点を抑えました
バグダッドのカリフとも二度戦い勝利しました このスレの流儀でシナ・チベット語族のいくつかの民族をぜんぶチベットって呼んだらそうなるんだろうなあ 日琉祖語(日本祖語 proto-japonics)の分岐年代は、誰がカウントしても2000年から2500年ぐらいに収まる。
そして、弥生式稲作農耕に関する範囲に、必要かつ十分な農耕語彙を備え、
季節や自然に関する用語も、西日本平野部の照葉樹林帯にぴったり適合する。
漁労に関する用語は豊富だが、狩猟と採集に関する用語は極めて貧弱。
(むしろ、内臓よりナッツ(堅果)の冷遇のほうが重要だろう。日本語は最初から穀物主食を前提とする)
だれがどう考えても、日本祖語は西日本集団の弥生語だ。
あまりにも明確だから、こんな明確な言語はどこかから来たんじゃね?
と疑われ、ここから話が混乱していった。
ここまで(約2500年前、単一の日本祖語が西日本にあった)は、
明らかに明確なんだよ。この単一祖語は、西日本の一部族、
おそらく近畿ではなく福岡市板付遺跡に住んでいた1つの部族語として問題ない。
あとは全部、血統よりも顕著なエスニシティ交代に伴う典型的な言語交代が、
弥生文化の進出と同時に起きた。だから、東北と北海道において、
弥生文化およびその後裔の北限と、日本語圏の北限は、
奈良時代以降、2016年現在(樺太・北方領土に届かない)にいたるまで常に完全に一致する。
数千年かけて均一化『されていった』統一縄文語なんて、
比較言語学全部のちゃぶ台をひっくり返すキモいオカルトなんて、思いつく必要性自体まったくない。
このへんにしておくよ。ただ、この奇妙奇天烈なオカルトはなんとかしないと、
シナ・チベット語族についても論じることが出来ないので、一応始末しておいたw ということで、シナ・チベット語族の話に戻したいw
ベタなところで数詞から。
http://www.zompist.com/numbers.shtml
いろんな語族の数詞が並べてある。
俺がどうしてもひっかかるのは、シナチベット語族の数詞と、タイ・カダイ語族の数詞の一致だ。
かつては、これが、タイ・カダイ語族をシナ・チベット語族の分岐とする有力な証拠だった。
今は克服されているとされるが、ほんとうかな?と思う。
この数詞体系、タイ・カダイ語が古い漢語を借用したんじゃなくて、
本籍はタイ・カダイ祖語で、チベット・ビルマ語派が古い時代に借用し、
漢語はさらに新しくなってから、タイ・カダイ語から直接借用したんじゃないの?という疑いを拭えない。 タイ・カダイ=スペイン、漢
漢=チャモロ、日本、朝鮮
後世だとこういう風に例えられるか。漢語の祖先を話してた人々はタイ・カダイの話者より文化的に「遅れていた」? ボド語群の身体語彙が日本語と似ているのは同根だとしたら何年前に分岐したんだろう?
数千年レベルではないことは確かだがやはり3万年前の最初の日本への定住時からあった語彙か
>>338
いやほんとうかなも何も漢語と一致してるのは南方のタイ語群だけで北方のその他のタイ・カダイ語族は違うバラバラの数詞つことるやんwww
しかもタイ語群に丸パクリされてる漢語由来数詞は遡っても精々中古漢語由来で、シナ・チベット語族の各言語から導き出される祖語の形どころか上古漢語のそれからも分岐したとは考えられない
どこからどう見てもタイ語の数詞は隋唐代の中国語からの借用
http://www.zompist.com/numbers.shtml
これを見たら分かる通りシナ・チベット祖語にはゴチャゴチャとした子音クラスターが付いていて中古以降の漢語ではそれを省略した代わりに声調が生じている これな
written 一 二 三 四 五 六 七 八 九 十
+proto-Chinese *skət·ʔ *’nejs·ʔ *súm *s·lih *hŋá` *gruk *sñəs *prjat *t·ku` *gip
+Old Chinese *ʔjit *njis *sum *s(p)jij/ts *ngaʔ *C-rjuk *tshjit *pret *kwjuʔ *gjip
+Middle Chinese ʔjit nyì sam sìj ngú ljuwk tshit peat kjúw dzyip
+(Karlgren) ’iêt8 ñzhi6 sâm2 si6 nguo4 lyuk8 ts’yet7 pwat7 kyeu4 zhyep7
Mandarin (Běijīng) yī èr sān sì wǔ liù qī bā jiǔ shí 中期漢語とカール紅蓮の違いって、ひょっとしてそれぞれ日本語の音読みでの「呉音」と「漢音」だったりする?
例えば二の再構音が、ちょうど日本漢字音で前者が「ニ」後者が「ジ」に近いけど しない
再構と音素表記の方法が少し違うだけでほとんど同じ 何を調べたらそうなるのか絶妙のズレ加減でおいそれとつっこめない 山本太郎、安倍首相をメッタ斬り!
「TPPはゲームセット、完全に詰んだ!」
抑制のない成長に基づく経済政策は終焉
日本国民はどう対処すればいいのか
新しい政権は民意を反映し、
食糧、住宅、健康、教育、最後に防衛です。
国民の意志を裏切ることは、
極端な場合、自殺や殺人にまでつながります。
民衆の指導者は
職業的政治家ではない人々から見つかるのです。
世界平和の脅威は、
イスラエル、イラン、アメリカです。
イスラエルの役割は跪いて、
パレスチナに許しを請うことです。
アメリカによる他国の虐待に
反対の声を上げなければなりません。
彼らが世界中に‘民主的’制度を確立したい
という衝動(世界を支配する)をコントロール
するのは、マィトレーャの任務です。
非常に間もなく
マィトレーャをテレビで見るでしょう。
彼は「匿名」で働いております。
彼は非常に物静かなやり方で話します。
彼の控えめな態度に混乱してはなりません。
マィトレーャは毎日テレビに現れ、
質問に答えるでしょう。 >>340
さすがに、そこまで稚拙な話はしていない。
ビルマ・チベット語派の頭子音クラスターなんだけど、
これ、遡れば遡るほど、どんどん分析的になっていくんだよね。
ただの音韻的問題じゃなくて、文法的な意味を孕んでいたことが示唆される。
これは多数の接頭辞の痕跡で、古くは抱合的な要素の強い言語だったようにみえる。
さらに大胆に推測すれば、この子音クラスタは、母音が脱落して形成されたのかもしれない。
つまり、頭子音クラスタは、本来は文法接辞であって、意味の中核を担うものではない。
そう考えると、シナチベット祖語の数詞の「コア部分」は、こうなってしまうはず。
*tyig *hnis *t'um *shi *ŋa *r'uk *Nis *r'iat *kua
これは単純な単音節語だ。話が、振り出しに近い位置に戻ってしまった。
こいつがどこから来たかという話なんだ。
ひねり無く考えれば、ビルマ語派にあたりをつけるべきだろうが、
本当にそれでいいのかね?いう気がする。
接頭辞としての頭子音クラスタは、原理的に後から付けることが可能だからだ。
なお、中国語の声調は、末子音の一部と、単独頭子音の清濁が起源であって、
頭子音クラスタとは関係がない。 >>346
そういう祖語の性質はまさにギャロン語のような言語で保存されているんじゃないの
そのままではないとしても >>346
シナ・チベット語族の数詞の子音群はどこまで遡っても単語の一部であり文法接辞である痕跡はどこにもない
数詞である以上文中で1〜10は同様の使い方をされる筈であり、従ってk-, k-, k-in-, p-l-, p-l-, t-, s-, t-, t-と全然ばらばらな頭子音が文法要素であると考えるのはあまりにも稚拙すぎると言わざるを得ない(呆れ)
(タイ・カダイ祖語ですらない)タイ語群の方がシナ・チベットの起源というのはもはや笑い話以外の何物でもなすぎる… >>349
>数詞である以上、文中で1〜10は同様の使われ方をするはず
ほんと??
このへんは、いろんな言語をみてると、到底そんなことは言えないと分かりそうなものだが。
具体的な言語の数詞というのは、変なものが、それもアドホックにつくものがザラにあるぞ。
3だけ特有の接辞がつく、7だけ特有の接辞がつく、
1桁の半分以上にバラバラの謎接辞がつく、こんなものはザラにある。
あえて、シナチベット祖語からクラスターを外したものを提示したのには、意味がある。
もし、文法的分節ができない、単なる音韻上のクラスターがだんだん潰れていったのなら、
様々な潰れ方をするのが普通で、再構成形ときれいに一致しないはずなのだ。
漢蔵祖語コア部分 *tyig *hnis *t'um *shi *ŋa *r'uk *Nis *r'iat *kua
シナ祖語 *skət·q *'nejs·q *súm *s·lih *hŋá` *gruk *sñəs *prjat *t·ku *gip
上古漢語 *qjit *njis *sum *spjij *ngaq *Crjuk *tshjit *pret *kwjuq *gjip
中古漢語 *qjit *nyì *sam *sìj *ngú *ljuwk *tshit *peat *kjúw *dzyip
なぜこんなに「きれい」なのだろう。 ちなみに、漢語と無関係そうにみえるバリエーションのタイ・カダイ語族の数詞は、
オーストロネシア語との関連性が疑われるようにみえる。これはサガールの研究と軌を一にする。
ところが、同じサガール(だったと思う)が、
オーストロネシア語の数詞の起源について論じている。
同語族の「5(*lima)」が掌(または片手の指全部)という意味を持つことは有名な話だが、
オーストロネシア語の数詞は、途中から身体の比喩や複合語が交じって、
本来的な数詞ではなくなる可能性があるのではないか?という話がある。
話は再び混沌としてくるわけさ。 >>350
>様々な潰れ方をするのが普通で
んなわけない
チベット語の文語と口語の差にように規則的になるのが普通
「様々な」が何か知らんが不規則という意味だったらその時は起源の異なる言語の混成を疑うものであって
シナ・チベット語族の数詞は非常に自然で規則的な変化を普通にしている ていうかあのハイフンは別に接辞表してないからね
読みにくいだろうから適宜区切ってるというだけであって文法性があるという意味じゃあない
あれくらいの子音連続は世界中の言語の中では普通に子音成節の範囲
下手したら中期朝鮮語にすらあるレベル 中期朝鮮語の子音クラスタは、明らかに古い複数音節が潰れたものですよ。
それはそうと、個別の音韻法則を論ずること無く、外形だけで突撃したのは
流石に無謀だったかな?w
ただ、タイ語まわりも、よく考えると奇妙なことがいっぱいあるんですな。
タイ語の数詞が漢語からの借用だとして、
どの民族移動ルートを考えても、先祖代々漢字なんて一文字も書いたことがないような
かなり南方に移動したタイ系言語が、ごく一部を除いてどの民族も一斉に、
どうして中古音によく似た数詞に、まるっと置き換わったんだろうね。
数詞って、圧倒的に優位な文化的影響を受けない限り、なかなか他の言語に置換されないもので、
だから言語系統論では重宝されてきたのに。
(ミャオ語は、数千年来ずっと中華と接触し続けてきたとされるが、
漢字文化を断固拒否するという文化的伝統のゆえに、基礎語彙を守り通した)
そして、逆向きに考えると、さらに不思議な事実が浮かび上がる。
中華周辺で漢語語彙を借用した言語は、
どれもこれも、みんな隋唐の中古音を借用しているのだ。
上古音を明確に借用した言語は、どういうわけか一つもないのだ。
日本語のように、中華との主たる接触期が明確な言語ばかりではない。
大陸では、隋唐よりずっと前から漢民族と接触してきた民族は星の数ほどある。
本当に上古音なんて存在したんだろうか?
チベット語の影と漢字の音符理論の幻が生み出した、怪しい蜃気楼なんじゃないの? >>354
算術と一緒に輸入されたから
日本だって同じ
訓読みでは算数できないでしょ
算用数字が言語を超えて普及したように漢数字も過去には算術用の文字としてアジア全体に普及したんだよ 数詞なんて完全に外来に入れ替わるものなのか?
イチ、ニ、サンとひ、ふ、み
unu、duo、triとone、two、three
固有のものと外来のものが並存しそうなものだが おいおいこいつ滅茶苦茶言ってんなと思ったら今度は上古漢語の存在否定しはじめたぞ
誰かなんとかしろよ
r ‐、
| ○ | r‐‐、
_,;ト - イ、 ∧l☆│∧ 良い子の諸君!
(⌒` ⌒ヽ /,、,,ト.-イ/,、 l
|ヽ ~~⌒γ ⌒ ) r'⌒ `!´ `⌒) よく頭のおかしいライターやクリエイター気取りのバカが
│ ヽー―'^ー-' ( ⌒γ ⌒~~ / 「誰もやらなかった事に挑戦する」とほざくが
│ 〉 |│ |`ー^ー― r' | 大抵それは「先人が思いついたけどあえてやらなかった」ことだ
│ /───| | |/ | l ト、 | 王道が何故面白いか理解できない人間に面白い話は
| irー-、 ー ,} | / i 作れないぞ!
| / `X´ ヽ / 入 | 普通は併存しないよね
日本語は文字が三系統あるし音訓で使い分けがあるから生き残れるけど普通は消えてく
英語だって数詞はゲルマン系しか使われてない
ラテン系はanualとかdecadeとか部分的に残ってるだけ >>356
ドラヴィダ語族の中に4以降の数詞が印欧系と完全に入れ替わってるのがあったりチャモロ語の数詞がスペイン語に取って代わられたりと枚挙にいとまがない 算用で使うには言いやすくて聞きやすい必要があるわな
進数や桁の概念がない頃の数詞では計算は大変だ
漢数字を音ごと採用しても不思議はない つーか数詞なんて原始時代には1と2とあとせいぜい3まであれば事足りるもので
現在でもニューギニアとかの言語では1と2しかなくて数詞の概念すら怪しいのがゴロゴロあるんですわ
高度な社会制度のない民族が国家社会を他所から導入したらそこで税収を数えるための数詞もまるっと借用されるのがしごく当たり前のこと でもさ、>>349が鬼の首を取ったように言うように、
タイ系の一部言語では、1から10まで「全部残ってる」んだろ?w
少なくとも、1、2、3、たくさんというレベルではない。
それに、漢数字は抽象性が高く、一、二、三、十以外は、
無文字民族には手におえないぞ。本当に六やら九やらが汎用したのかね。
ここではおもっくそ煽って書いてるけど、俺はそこまで想像力はないわけで、
元ネタや学説動向を、針小棒大にもじってるだけなんだけどね。
上古音に関して言えば、中古で消えた末子音をとってみても
かつての想定音は、-dだの-gだの、変な子音が溢れかえっていたが、
今は、-ゼロ、-q(声門閉鎖)、-hという、
打って変わって、まったくおとなしい想定音に収まりつつある。
でもこの動向、見方を変えると深刻な問題を引き起こすことになる。
上古音は、中古音との間で、従来考えられていたほどの離隔がないということになる。
そうすると、逆に、チベット文語やビルマ語派からの距離は遠くなる。 ひとつ
ふたつ
みっつ
たくさん
未開人の言語ならこの程度 残ってるんじゃなくてそもそも数の数え方が単一の祖語に遡れないだけじゃん アイヌ語と朝鮮語の1〜4は共通の語源を有する可能性が高い
そして5以降は双方1〜4からの派生らしき形態が含まれているがその作り方は全く異なっており
そもそも双方の言語でほとんどの語彙は一致しない(それでも一番近くはある)
数詞は語族の壁を越えて容易に入れ替わる
言語の分類の判断材料としては不適切だ そもそもタイ人は中華王朝の支配する北方から来たんだよ
伝説でも考古学でも言語学でもそれは完全に証明されてる
思いついたトンデモを裏付けも取らずに書くのはここでは笑われるだけなんやで(ニッコリ あと隋唐代には現在のタイ王国のあるところにはタイ族の国は影も形もなくアウストロアジア語族話者の天下だったことも基礎教養だよ
あの頃だと今も同系の荘族のいる広西あたりで百越の民の一派として蛮族扱いってとこだろう 唐崩壊後には広西と広東に南漢という国があったが、
そのかわりにタイ系(チワン族とトン族)の国家があった方が面白かったな
名前は南粤で。 南漢も楚も(ビンも荊南も蜀もだが)君主が漢民族というのがつまらん 海南島の臨高語(オンベ語)みたいに、自称漢族が別系統の独自言語を話してたってケースはその国々の中にはないのかな
文書には漢文を用いてたとしても そりゃ、五胡十六国や五代十国も異民族出身なのに漢文ですからね。あり得ます。
内陸の大理だって漢文使ってますから、より沿岸寄りの荊だって武陵蛮が漢文使ってるのあり得ます。 >>371
あくまで自称だし、楚は周王に対抗して非中華を演じていた時期もあったろ
漢民族というのも血統より文化の意味合いのほうが強い >>374
漢民族に限らず民族というものは文化集団であって血統など関係無い >>375
この板でみんなそう思ってればいいけどね 海南島ももともとはタイ・カダイ語族の世界だったのか興味深い 漢語だって福建台湾と同じ閩南語の飛び地になってるのが変 閩人の基層はやはり中国本土で全滅したオーストロネシア系なのだろうか?
分布状況から海洋民族だということは分かるが 閩南語の分布が福建、台湾から広東をすっ飛ばして雷州半島と海南島だから
陸伝いではなく海越しということになる
まあ、どう考えても海洋民族だわな さすがに、漢字・漢語の起源をタイ・カダイ語族に求めるのは筋悪だろうが、
確かに気になることがある。
遺伝子調査によると、ビルマ系諸部族とチベット族の間には、決定的な遺伝的離隔がある。
これは男系(Y染色体)でみても女系(ミトコンドリア)で見ても決定的で、問題を回避するシナリオがない。
チベットとビルマ(広義)の間に、先島諸島と台湾の間に匹敵する、大断崖がある。
でも、言語的に見えば、誰がどう見てもチベット諸語とビルマ諸語は同系。
ということは、どちらかにおいて、少数の民族進出および支配による言語交代が起きたことになる。
さてどちらか?
チベット族の遺伝子には、少数ながらビルマ系と共通するものが含まれる(男系女系同じ)
他方で、ビルマ諸族の遺伝子には、チベット系固有の遺伝子はほぼ皆無(これも男系女系共通)
ということは、遺伝子が語る世界史シナリオとしては、
「ビルマ系の部族が山を登って、チベット先住民を少数で征服し、言語を交代させた」
ということになる。
この仮説、チベット・ビルマ語派内部においては、比較言語学とも矛盾しない。
しかしだ。そうなると、漢族の出自の問題、そして>>1の問題が浮上することになる。
チベット諸語が、山を登ったビルマ系部族によって言語交代させられた言語だったとしたら、
チベット諸語とビルマ諸語の分岐より先に来る「シナ語の分岐」とは一体何物なのか?
素直に考えれば、シナ語派は、チベット征服前の原チベット・ビルマ祖語から分岐したことになる。
そうなると>>1はどうなる?羌は、本当にチベット諸語を話していたのか? > ビルマ系の部族が山を登って、チベット先住民を少数で征服し、言語を交代させた
晋書によれば、羌地(甘粛・青海・四川)の羌が山を登って、ラサ(藏)を征服した。
征服者は全体の2〜3割程度であり、7〜8割のラサ・シガツェ・ロカなどの先住民は奴隷であったと考えられる。
(この比率は、四川省の涼山イ族の土司時代の頃の自由民と拘束民の比率を参考)
征服者はもと羌地の羊や牛の遊牧民であり、先住民はブラマプトラ川流域の農民である。
(さらに古い先住民として、山海経にでてくる尻尾を生やした狩猟民がいたものと考えられるが、晋の時代には農民に駆逐されていたと考える。)
征服者の文法+先住民奴隷の語彙 みたいな感じで言語更新がなされたとみたほうがよいかもしれない。
多数の奴隷を少数者が支配するには、奴隷の語彙を使ったほうが手っ取り早い。
文書に残す場合は、概念を格構造に整理する文法は支配者のものに再編する。 古代の羌そのものがシナ・チベット系言語の支配者と
非シナ語派の被支配層で構成されていたのでは >>386
支配者がテュルク系orモンゴル系、被支配者がシナ・チベット系ってあり得る。
>>384
羌は、遊牧民の血が高めだ。
カム地方のカム(康)人、白馬人、北川県羌族、青海省土族などが、とりわけ元遊牧民の比率が高いだろう。 >>384
今のビルマ語は、
モン人を征服したビルマ人(チベット人)が広めたというのは確実のはず
千年くらい前の話に過ぎないし チベット語を話す羌族が、(孤立した言語を話す)チベット先住民を征服し、
チベット先住民がチベット語を話すようになる
→チベット語を話すようになったチベット人がモン人を征服する
という流れは確定でしょ >>385-389
そんなに「出自を山岳民寄り」としてしまって良いのかなあ。
イ族なんかは、「山から降りてきた」という(自称だけど)逆向きの出自を有していて、
ビルマ語派が山を登ってチベットを征服した、という話よりずっと後の移動に見える。
ビルマ語派は、もう少し下界または南方に故郷があって、
純然たる牧畜民ではなく、もっと農耕寄りの生業をしていたんじゃないのかなあ。
だとすると、今のチャン族と古代の「羌」を、直接接続することはできなくなるように見える。 周も秦も山岳民なんだから山岳民寄りでいいんじゃない? ビルマともチベットとも関わっていないヒマラヤンの言語があるから、言語は全面的に民族移動を現していないと思う。 今のビルマ人の先祖の大部分もモン系だろう
モン人の方がだいぶ文化も進んでいたはず シャン族族その他少数民族を含めた国籍保有者をミャンマー人
ビルマ族のみをビルマ人、こんな感じかの? ミャンマー人と言ったら国籍の話だからビルマ族も含むだろ
その他のミャンマー人やビルマ族以外のミャンマー人と言わないと >>393
アルナーチャルプラデーシュの言語やクスンダ語な マガール語も、ビルマともチベットとも関わっていない集団が使う言語だが、チベット・ビルマ語族である。 シナチベット語族であるにもかからわず日本語と身体名称が似通っているボド語群は他所から来たシナチベット話者に大部分の語彙を上書きされてしまったんだろうか? めと「目」、くちと「口」みたいに、シナチベット語族のほかの語派でも日本語と身体語彙が共通することもありそう
だからボド語群のもシナチベット本来の語彙でもいいんじゃない >>403
ボド語ってのと日本語の共通の先祖がチベットか雲南あたりにあったんかね? ハプロDつったらアイヌ語族だと思うんだが
アイヌ人こそ日本の原住民
アテルイやモレは岩手県民の先祖ではなくアイヌ人の先祖 発現しない遺伝子と言語を結びつけるなど、血液型占いみたいなことヤメレ 史書/言語/遺伝子など特定の指標で民族移動が説明できなくても、
手法の進歩によってわかるようになる日がくるかもしれないので、先送りでよろし。 そもそもシナ・チベット祖語って何年前にあった言語なのか >>414
俺のじいちゃんが若い頃に軍隊で行った大陸で流行ってたと聞いた 5年くらい前にNHKのシナ・チベット祖語講座を見たような気がするんだが ものすごい勢いで流行ったからその後の廃れ方が激しかったんだよ
もう今じゃダサい言葉の代表格
誰も話そうとしない 昔は稲作の起源が雲南だと思われてたので日本人や日本語(弥生人=稲作渡来民)の起源を
ビルマとかに比定する向きが多かったようだが
稲作の起源が長江下流域と判明した今では流行らないね
もちろん日本人や日本語の起源ははるか北で、
朝鮮半島を南下する途中で稲作文化を吸収しただけかもしれんけど アイヌの存在とアルナーチャルプラデーシュの先住民のイメージが被るな まぁ朝鮮半島が水稲を受容するのは日本列島より後のことなんだがな >>334
これ新唐書が出典だろうけど所々脚色してるな >>422
アイヌは疫病で絶滅したも同然だろ 金田一の頃15000人しか残ってなかったんだぞ。 アマゾンのヤノマミのように防疫医師の立ち合いでないと面会できないようにしないと、絶滅してしまう存在だったんだろうな。>アイヌ民 アイヌって昔は大陸との交易で栄華を極めたんじゃなかったの? 安東氏や蠣崎氏はアイヌではない。
平氏や藤原氏そのものではないけど、和人だ。
和田家文書は偽物である説が根強いので、大陸との交易もそれほどでもない。 遺伝子分析で日本人とチベット人にだけ残ってるDNA郡があるんじゃなかったっけな
無論中国韓国日本でも共通DNAは沢山保有してる中で、他の大陸系や東南アジア諸国は保有して無いDNA郡がこの二地域にだけ残ってるとかなんとか
分析結果としてはアジア人として遺伝子が変化していき人種分化していく中でもかなり古いDNA(元々は人種分化が無かったと考えると淘汰された物)だとか >>429
Dグループといえばアンダマン諸島だが
インドのアディバシーにも高率なのが気にかかる。 アルタイ山脈にも同じハプロgrpがあるのだし
モンゴル民族もそれとは別の若番のハプロgrpが一定数いる。
グループが古い新しいは人種とは全く関係ない。
代謝や形質に関与しないジャンク部分をハプロgrpとして選定しているので当然である。
先住民の末裔はほぼ絶滅して、混血した僅かな者しか残っていないか
隔離状態にあるのが通常。 >>1
今の中国人は吐蕃を鮮卑の末裔としている。
西周に移動したのが鮮卑か古羌かは定かではない
DNAは鮮卑とは違うが遺伝子の話になると叩きをはじめるやつが2ちゃんねるにもいるからな >>433
センピなのはトバンでなくトヨクコンでは 吐蕃は鮮卑の禿髪部である説もある。
禿髪は、契丹系の拓跋部や慕容部とは違う語族である可能性も高い。
また、西夏の李氏は党項拓跋氏を名乗っていたが、シナチベット語族の西夏語を使っていた。
五胡十六国以後の政権では、鮮卑系の氏姓を名乗るのが流行しているので
彼らが契丹系の言語を使っているわけではない。 >>429
それアイヌとアルナーチャルプラデシュとかの、
先住民族から受け継いだだけの気がする
チベット語話者や日本語話者は後で来た奴らだろう 古い人骨からとれないDNAで先住民由来とかいうのはオカルト。擬似科学。 日本語の文法は別に朝鮮語やアルタイ諸語と特段同じという訳ではない
特に動詞と形容詞の区分し方に関しては全然違う
仮に日本語が日本列島の外から来たとしたらその時代には現在残っているすべての語族の祖先が現在の位置には定住していなかった程昔のことだ 日本語はムー大陸から来た
他と似ていないのは仕方ない 少なくともスタロスティンがボレア大語族として括った範囲ではなんらかの共通の期限はあるっぽい 現在の言語学では大語族というくくりを立証するのは無理か
語族でくくられる範囲がかなりぎりぎりまで広く取られてるしな
少しでも音韻対応が立証できれば同じ語族として扱うから、それより上のレベルでの結びつきを考えることはまずないな
印欧祖語の語頭の*dw-がアルメニア語ではerk-になるほどの変化だけど、これでもアルメニア語はインドヨーロッパ語族に一応分類されてるし
ヒッタイト語のグループがインドヨーロッパ語族の姉妹群とする説もあるみたいだから、もしその見解が正しければ、唯一「印欧-アナトリア大語族」というのが成立するか >>437
多分両方とも先住民は旧モンゴロイド、
支配層は北東の新モンゴロイド 日本・四川省・チベット自治区などは圧倒的に新モンゴロイド形質が多い。
旧モンゴロイドが多めなのはカンボジアのクメール語話者。それに次ぐのが華僑華人以外のインドネシアやマレーシア。続くのがフィリピン。 新モンゴロイドは感情の起伏が穏やかで根に持つタイプだから支配者層に向く 昔はチベットはインド文化圏のせいかインド顔だと思い込んでいたら
完全に東アジア顔で驚いた
そして東アジアと北アジアでアイヌだけが顔違う 日本人も昭和の頃は自他ともに喜怒哀楽が激しいという評価だったけど
今ではすっかりしおらしくなてる
まだ学生運動とかやってた頃の日本人の気風を知りたかったら韓国人を見ればいい チベットの周縁部(西部と南部)にのみ独自言語が残っているようだが、
これは東部北部からシナチベット語に浸食されたのか、
真ん中には調査が行き届いていなかっただけなのか >>447 一番旧モンゴロイド度が高いのは東ティモールだろう
あそこをアジアと呼ぶとすれば。 密かにブルネイも旧モンゴロイド度が高かったりして?多数派のマレー語話者も先住民が言語交代をしただけってことはないかな 新石器時代の華北の遺跡から出土した人骨は
いまのタイ人やフィリピン人に近いらしいな もっと前の山頂洞人はオーストラロイドに似てるんだっけ
生き残りが後の東夷か? 数いる少数民族の中でもダントツにスゴいのがバスクだな
経済的にもスペイン一だったし、スペイン王国(カスティーリャ)の起源もバスクだし
日本で例えるなら、
アイヌの居住地が最先進地で日本の国王がアイヌ系みたいな感じ 今でもバスクはすごいよ
ビスカヤ行ったことあるけどスペインの標準を軽く凌駕してる
イギリスとの関係が太くて産業革命の波に上手に乗ったのが原因らしいけど
今も製鉄業が盛ん バスク人はムスリムをイベリア半島に封じ込めてきた戦闘民族
遠洋漁業にも強く大航海時代以前からアメリカ近海の秘密の漁場を知っていた
そのため一時は大西洋のタラ漁の過半を占めていた
干しダラは古くからヨーロッパの主要食材でありそれを握ることで巨万の富を蓄積
少数民族でありながら尊敬と畏怖を集めた バスクは、「銃・病原菌・鉄」でいう病原菌免疫のない先住民系住民ではない。
国連はバスクを先住民認定していない。
アイヌは松浦武四郎が記録したように、病原菌免疫のない先住民系住民でありアイヌ語は絶滅状態。
比較するのは条件違いだと思うよ。 バスク人は海の民系の生き残りだろ
フェニキア人、エトルリア人、ユダヤ人なんかと同じ臭いがする 遊牧民のチベットやモンゴルは細菌キャリアになるが、全く発症しないとかあるんでな。 猫飼っていていると、風邪ひかなくなるから、牛や羊飼うともっと効くと思うよ。 >>461
カスティーリャの起源はナバラとアストゥリアス、
アストゥリアスに関しては、バスク人のアルフォンソ一世が、
西ゴート系貴族のアストゥリアス王に婿入りして三代目として即位したかのように見せかけているが、
実質的にはアルフォンソが初代らしい アイヌに関しては、本州以南の倭人・大和文化と常に濃厚に接触し続けてきたし、
北アジアの諸民族とも、接触を続けてきたわけだから、
アメリカ大陸先住民のように、「無菌温室に病原菌侵入で植物全滅」まがいの、
ダイヤモンド説のストーリーで衰亡した、と決めつけるのもどうかと思う。
たまたま、天然痘の北海道伝播がちょっと遅れただけ。
大和民族も、ほんの数十年前まで、本来牧畜地域の病気である結核が猖獗を極めていた。
アイヌと和人との間に、そこまで差があるとも思えない。
そりゃそうと。最近の比較言語学だと、
タイ・カダイ語族は、「オーストロネシア語が単音節化して生まれた語族」だ、
という学説がでてきている。
オーストロネシア祖語は原則2音節言語で、片方の音節が脱落したと説明する。
(古代の)シナ語もやはり、ビルマ語派などと比較すると、単音節化が著しい。
この「単音節化」の主犯は誰?と考えると、これはどうもミャオ・ヤオ語族くさい。
湖南省を中心とする地域に、ミャオ族の祖先が住んでいて、
その周囲に、オーストロネシア&タイ大語族(両広または福建)と、
シナ・チベット語族の先祖(湖北?河南?)が住んでいたのではなかろうか。
そしてこれが今に続く「東南アジア大陸部言語連合」の由緒正しい数千年来のコア。
こう考えると、中原(洛陽盆地)は本来辺境だった?という天地がひっくり返るような像が浮かび上がる。
なお、最近の学説だと、稲作の起源はむしろ広東省の珠江流域という説が有力。
両広はぼぼ確実にタイ族の故郷なので、こっちも言語連合と動きが一致しない。 東南アジアの先住民族は当然オーストラロイドだろうな
だがインド以外のオーストラロイドはどうにもパっとしない インドのオーストラロイドってドラヴィダ人のことか? >>473
そうだよ
あとアーリア系のインド人もオーストラロイドと混血はしてるはず
顔が他のコーカソイドと全くちがうしな アイヌは縄文系の直系だから南方から来たはず
でも日本人やニブフ人とも混血してる モンゴロイドが南方とか北方とかに分かれる前に来たのが縄文人だってそれ一番言われてるから >>471
三苗の神話とか
殷の時代から存在していた楚の存在が気になる 湖北湖南や広西といった内陸は、沿海部の定住民と違い社会構造が遊牧民ノマド的。
秦の時代に北から送り込まれた政治家達が、漢の時代にも独立維持していた。
遊牧民そのものもいるし、農業でも定住しない焼き畑だったりする。
呉とか越と違い、内陸は内陸でチベット・ノマド統治で、自治してた歴史がある。 湖北湖南の少数民族の話が出てきたから聞くけどさ
雷姓は潳山蠻が後漢末以降に漢化したものだってあるけど
http://baike.baidu.com/item/%E9%9B%B7%E5%A7%93
袁術が最後に頼った雷薄は蛮の首長だったのかな タイ人やビルマ人はモン人ベースで、
少数のタイ族やビルマ族に言語的に同化させられた、
文化もモン系の高い文化がベースになっているが
タイ族ビルマ族の侵入による混乱で社会は停滞もしくは後退した・・・
でOK? >>481
楚は、ただのシナ・チベット語族の一派だったように思う。
楚辞なんかを見ても、漢字もよくみれば変な使われ方はしていない。
「兮」は有名だけど、これは秋田民謡で言う「ハァ〜〜〜」のような合の手のことで、
言語として、何か漢語との違いをもたらす意義はない。
タイ語族ではないことはほぼ確実なのは、どうもタイ系言語らしい越の歌を、
楚人が外国語として記した例があるから。
中原の華夏族は、案外湖北省あたりからやってきたのかもしれん。
471のミャオ語接触仮説からも、こう考えるときれいに説明できる。
岡田英弘説(江南から北上)だと、華夏族の本籍はタイ系になっちゃうんだよね。
これは明らかに言語が合わない。 >>484
ちょうど同じタイミングでスリランカから移入したテーラヴァーダが普及しだしたんだよな
教団がそこらへんの変遷に一枚噛んでるのかもしれん >>486
教団がタイ族ビルマ族に取り入ったのかな >>487
自ら取り入ったのか分からんがビルマではパガン朝が南部にまで領域を拡げた段階で、
既存の呪術的な大乗仏教勢力が追いやられてテーラヴァーダーに切り替えられた
その後やたらと寺院を作った王朝だけど、そのことが言語交代に寄与したかは知らん >>488
言語交代と言うのは、農村部まで勢力を入れないと起こせないと聞いた
(エジプトがアラビア語になった時と)
寺院がパガン朝やその後の時代まで農村部にビルマ語を広めていったということかも タイもビルマも、モン人主体の時の方が割と進んでいたイメージがあるが、
タイ族やビルマ族が主体になってからは同時代の日本よりも遅れているイメージ モン人は基本ビルマ南部だけで、中部はピュー人がすでに紀元前後から押さえていた。
ピュー人はカチン族などと近縁のチベットビルマ語派、したがってタイとは言語面での歴史展開が異なる。 チベットからずっとチベットビルマ語系の民族の南下は続いていたわけね でも明らかにチベット遊牧民のルーツを示す文化保持しているのは
ハニやリスなどに限定されとるんですよ。 ハニやリスはチベット人がそのまま移住した民族、
他のビルマ系民族はもともとモン人で言語がチベット化したって感じかな >>496
現国名と歴史的地域・民族名の区別もつかんトーシロはだまっとれ シナチベット語族って
インド東部→チベット→中国本土に流れ着いて
チベットに残った部族が羌とよばれたチベット語族系で
中国本土に行ったのがシナ語派で夏や殷の建国者となった
と適当に考えてた 殷の文化は周以後の中華文化とかなり異質な感じがする
異民族どころか語族レベルで違う種族のような感じがする
周以後は現代まで時代による変化はあっても一続きの歴史に思えるが >>501
言語は東進していない。
史記にでてくる牧野の戦いの時に、河西回廊にいたのが羌。
その後、漢書の時代に藏彝民族回廊を雲南へ民族異動。
シェルパがインド・ネパールに移住したのは、雲南の廸慶が起点で500年前。
歴史板なんだから、歴史書の記述にしたがうよ。変な説は要らない。 >>503
シェルパ以前に古代からシナ・チベット語族はインド亜大陸もといヒマラヤ南麓に細かく分かれて分布していたが?
むしろ分岐の加減から見るとそっちのが根源の様に見える
そもそも羌とか史記なぞは完全に歴史時代のモノであって何千年も昔のシナ・チベット祖語の引き合いに出すべきではない >>503
ブティヤ(シッキム語話者)、レプチャ(レプチャ語話者)も、雲南廸慶・四川甘孜からの移住の件を、
清代の歴史書に記されている。
結構東から西へ移住した例は多い。 漢族が3000年前に西から中原にやってきて先住の苗族やタイ系南島系オーストロネシア系を追いやったという考古学的証拠は存在するんだろうか?
http://www.geocities.jp/ikoh12/honnronn5/005_03_2nihonngo_no_kigenn-kyuusekkijidai.html
>まず松本は、後期旧石器時代の太平洋沿岸言語圏について大略次のように述べている。
>4)チベット高原から一部の集団が黄河に沿って北東進して、今から3,000年余り前に黄河中流域に定着
> したのが後の漢民族(および中国語(漢語))の始まりと見られている。中国語の成立には、その地域の
> 先住民であったミャオ・ヤオ(苗)族との間で激しい言語接触起こし、一種のピジン・クレオール化がおこっ
> たと考えられる。 「世界言語の中の日本語」は以前読んだけど、その中の「日本語を現存している他の言語同士の混合とするのは間違い」という記述には同意 >.507 うろ覚えだけどミャオ語の中では水稲栽培に関する語が一次語彙で、伝統的な生業とみられがちな焼き畑に関する語彙はそこからの派生だとか
大昔は少なくとも江南辺りは水田稲作を行うミャオ・ヤオの縄張りだった? >>502
周がシナチベットだからその後の中国語がシナチベットになったんだろうね もし省3つぶんくらいの面積と人口で殷民族の末裔が残ってたら
インドでのドラヴィダ人みたいな立場になってただろうな 甲骨文字はシナ・チベット語族ではないのか?
部首を組み合わせて音符にすることはまだなかったのか? >>515
メソポタミアやイランやインドやギリシアの例を見ると
中国も文明が発生した時期は全く別な言語をしゃべっていただろうな >>515
一応文法は中国語と変わってないらしく
漢文とほぼ同じような文法で読めるらしい 甲骨文字の時代に言語が入れ替わったという証拠はあるんだろか?
過渡期の痕跡がなんらかの形で現れた筈だが 中国って何千年間もモンゴル人と満州人に支配された土地だぞ
今の中国は明治維新後に日本に来た中国人留学生が作ったもので
全部日本から何もかもパクってできた偽造国家 >>518
楚の言語が気になる。でも漢語派のかけはなれた方言なだけかもな。
>>519
政体と文化がごっちゃ。
中国語や中華料理が1949年に突如創始されたとでも?
漢民族交代説だって何か確認された訳でもないでしょ。 >>518
殷周革命で入れ替わったなら過渡期など無い事になる 中原は人口希薄なヨモギボーボーの荒原で、
四周から流入した雑多な集団が互いの言語を混淆させてピジンを作り意思疎通の用に立てた。
これが漢語派の起源、と説く説もあるようだ。 >>520
楚の言語って言ってもまちまちなような気がする
楚が建国された時の言語と、戦国時代の時の首都の言語じゃ違うだろうし、
戦国時代だと領土が広いので雑多な異民族がいそう 苗族の伝承に登場する「色黒で小柄な先住民」ンガイ・ンツイの存在が気になる。
争いを好まず、新参者のミャオが移り住んでくると静かに立ち去った、というくだりが
アイヌ神話のコロポックルや
イヌイット伝承のトゥニートそっくりだ。 まさか・・・ね。 >>521
んなアホな
人間の言語が一瞬で入れ替わるなんてありえん
それもあんな広くて人口の多い中原のだぞ 始皇帝の文字と言葉の統一作業で
いろんな言葉が消えていそう >>526
庶民の話し言葉ではなく甲骨文字の読み方の事だぞ
支配階級が革命で変われば即だろ GHQに占領されてたあいだ日本人が英語で喋ってたわけじゃないし >>525
色黒で小柄っていうとネグリトか?
それとも旧モンゴロイドのことだろうか?
貴州省の話? ネグリトや旧モンゴロイドに伝わる先住民の伝説なんだから
違うだろ ミャオ族はネグリトでも旧モンゴロイドでもなくない? ミャオ男性にわずかにハプロタイプDが残存しているのはまさか・・・ アイヌのコロボックルというのは先住民族とかではなく、
千島アイヌのことらしい 先住民の影響なんて、本当あほらしいな。
武陵蛮だって、チベット遊牧民の影響強くて、荒地では遊牧してたというのに・・・ 六四天安門忌
∧∧ ∧∧
(*゚ー゚) (´∀`)
| つ(⌒⌒)と |
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