五井直弘の「漢代の豪族社会と国家」によると漢代に入っても、半地下式の家つまり竪穴式住居の跡が見つかっている
しかも洛陽の郊外から
その、一方で豪農層は「台榭高楼」とよばれる楼閣建築の豪邸に暮らしていたとか
城壁の内と外、豪農と貧農とでは相当な格差があったらしい