西欧の侵略がなかったら清は自力で近代化できた?
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アヘン戦争から始まる
西欧諸国の武力侵略と
反植民地化
それがなかったら清は近代化することはできたのだろうか >>213
日本は立憲君主制の民主国家
皇帝専制ではない 明治の初期(立憲まで)は専制。
明治天皇も当初は専制する気だったが、立憲君主への説得に成功した。 中国が遅れていると思っているのは19世紀生まれと20世紀生まれだけかもしれないな
2001年以降に生まれた人間は、中国といえばむしろ進んでいるイメージだろうし >>216
さすがに、それはない
まだ、先進国とは言えない 地域差が激しいのと人権意識が薄いのがな
中国の先進地域が進んでるのは誰もが理解してるが
国全体というとね 香港や上海が独立国だったら、少なくともイタリアよりは進んでるだろう
でも、全体としてはなあ 今まで、あんな風に経済が急成長してきて、順調に軟着陸して巡航速度に入った試しは無いんだよなあ。
それまでに重ねてきた無理や無駄や歪みが、必ず噴出して大変なことになる。
中国だけがそうならないとは、ちょっと思えない。 江戸幕府よりは先進的だった清朝
まったく無能で腐敗していたと言われる清だが、それは明治政府と比べたときの話だ。江戸幕府と清王朝を比べると、
いかに清朝の方が進歩的で経済発展にも尽くしたか、文化的な水準も高かったかが分かる。
そして、光緒帝は伊藤博文を顧問に迎えようとしたが西太后に阻まれた。
(by 八幡哲郎) 光緒帝は啓蒙専制君主だったが、西太后がジャマだった 「啓蒙」とは「めくらをひらく」
使用禁止とはならないのかな 政治的な基盤が弱いのに、敵国の宰相経験者を招けると考えるのは若さゆえの甘えだわ。 よく言われるのは、
「国がひとつしか無ければ、
才能がある人間が才能を発揮できるチャンスが少なくなる」ということだった。
それは同じ中国でも春秋戦国だと
様々な才能のある人間が異国で才能を開花させてることからもわかる 現在ではスポンサーは企業なので、国がひとつでも問題ない 好景気は人手が不足し、不景気は人手が余る。
才能を発揮できるチャンスも相関するんじゃないか。
過去に比べ、多様性ある現代は、古代、中世に比べ、
才能開発の機会が多いから、競争相手はより多いかもしれないが、
好景気になりやすく、経済規模も大きいから、チャンスも相対的に多いと思うわ。 もともと西洋、中東、インドは距離的に近いから影響を受けて文化発展しやすいのは分かるが
中国は明らかに僻地なのにそれまで発展したのが凄い
モンゴル帝国により中国の技術が西洋に伝わったのも痛い いわゆる「シルクロード」が前歴史の時代から存在した説なかったか?
意外に海路より早く往来できたとか
細かい事は失念したけど、誰かソースない? >>229
他スレでも、議論あったけど、
ユーラシアの部族集団同士の交流って、ベーリング海近くの、
チュクト人とかまでも、及んでいたんじゃなかった?
薄い交流さえあれば、技術の間接的な伝播は、その辺までは行っていたのかもしれん。
あと、アメリカ大陸の諸民族とは、氷河期にベーリング地峡を人類が渡って以降は、
交流途絶してたと考えて良いのかどうか。 >>230
エスキモー・アレウト語族とか、あるいはまだ仮説段階だけどデネ・エニセイ語族とかは新旧両大陸に分布してるんだから、ベーリング地峡消滅後にもある程度の移動、交流はあったんだろうね。 >>223
漢字って、語源を考えると、かなりのものがR15指定しなきゃいけなくなるよ。
「道」⇒首チョンパして掲げてる象形文字。
だし。
姦しい。嬲る。
こういう漢字も、フェミニズム界隈の一部の人からは、
最近やり玉に挙げられている。
男
男男しい。 とか、 女男女
とかの漢字も使用するようにすれば、問題は防げる気がするけどね。 >>229
鉄が中国に伝わったのは世界史的(西洋、中東、インド)に見て遅いから
当時は伝わるのがかなり遅いのもあると思う
それでも高文化に発達してた中国は凄い 文明は南北間は伝わりにくいが
東西間は伝わりやすいと言う 無理だろうな
徳治政治が二千年も上手くいってたから近代化なんか必要ない
技術は知らん
洋務運動が失敗した理由は知らない
太平天国の乱でイギリスに頼ったのは悪手だろうと思う 清朝はせっかくイエズス会士が西洋の文明を伝えてくれたのに、
それを受け入れようとしなかった
だから近代化なんか無理だったと思う >>215
日本で君主専制的に政治が運営されたのは天智天皇から嵯峨天皇
までだろ。それ以外は集団指導体制。
歴史の転換点でポツポツ独裁的なのが出て来たがそれでも権力基盤が固まると集団指導体制に移行した。 西欧の侵略が無かったら清朝は自然に滅亡して、
その後は五代十国のような分裂状態になったんじゃないのかなあ
そして各国が外国と自由に貿易を行うようになっていたかもしれない >>1
そもそも西欧の侵略がなかったら、近代化しようという
モチベーションもないと思うんだが 産業革命の芽があったのは清より明だな。
つくづく思うが万歴帝は歴史を変えた大物だわ。 中国には自由がないから、サイエンスは決して生まれなかったと思う 科学革命の起こった17世紀のヨーロッパってそんなに自由だったか? アヘン貿易がなくなったら、産業革命のイギリス経済のみならず、
世界経済もたちゆかなくなっただろう
そうなったら、中国の経済にはどんな影響が出たかな? 日本は鎖国したままでも(ペリーの黒船がなくても)
近代化が進んでたし西欧並の近代化ができたとか
ネットやyoutubeでみた 江戸時代末期の日本の自然環境は崩壊寸前だった
近代化による石炭へのエネルギーの転換ででぎりぎり救われた いずれイギリスは植民地で中国の特産品である茶や綿織物を製造しだしたと思う
そうなったら中国には銀が入ってこなくなる
他のヨーロッパ諸国もイギリスから直接買い付けるようになっただろうしな >>221
光緒帝は立憲君主制を目指してたんだよね 日本の場合、ペリーがやってこなくても、
いずれ開国して海外と貿易をするか、
あるいは鎖国したままゆっくりと衰退していって滅びるか、
そのどちらかになったと思う >>249
いまだに、日本に開国要求してきたのはペリーだけと思ってる人がいるのか
昔の日本史の教科書ではそうなってたからな >>249
> あるいは鎖国したままゆっくりと衰退していって滅びるか
どっちにしても開国は時間の問題で、その選択肢はなかった
「開国するな」という当時の主張は、いまの「外国人労働者を入れるな」と同じで、後の世から見ればバカげた意見 幕末の日本の尊王攘夷運動は、実は開国後の異常なインフレが主な原因だったらしい
単に思想や外国人嫌いだけが原因ではなかった、ということね 明清代の中国の経済的繁栄は、幸運に恵まれたという要素もあると思うけどな
・日本やアメリカ大陸で銀山が発見された
・しかも日本や西洋諸国は中国の特産品である茶・陶磁器・綿織物・絹織物などを
製作する技術をまだ持ち合わせていなかった
この二つが重なってもたらされた繁栄 >>1
逆だろ
近代化に失敗したから清は侵略・半植民地化されたんだ 袁世凱がやらかさなけりゃ孫文のもとで普通に近代化できてたんじゃね 清代の中国は、同時代のヨーロッパのように、
事業への投資・資本の蓄積は進まなかった
産業資本が育たなかったから、自力での近代化は
無理だったと思う >>49
空気が湿っている方が
寒さを、強く感じるの?
降雪後の晴れの日が、暖かいのは何故? >>179
重要なのは何故19世紀後半、西洋にだけパスツール、コッホ、ダーウィンのような存在が出てきたのかだろ
西洋は実は12、3世紀頃から学校などで自然科学など何の役に立つかも分からんことを探究していた
その長年の積み重ねの結果が単なる経験則の積み重ねではあり得ない科学革命を起こした ほとんどの国は開国して植民地になってる
日本は軍備に数十万の武士が居て戦意の高い攘夷派が居て抑止力になり
貿易には絹などあって開国に耐えられた
清の場合は戦意の低い弱兵しかいなくて阿片戦争吹っ掛けられて負けた 中国の科学は単なる経験知だから、その原理とかあまり深く考えていないんだよね。使えれば良いってカンジ。
原理を考えても五行説みたいなのを有難がって、それを検証もしようとしないカンジ。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています