古代ギリシャから似たような病の存在が知られていた。
1852年、フランスのベネディクト・モレルが、統合失調症を初めて公式に記述し、Demence precoce(「早発性痴呆」)と呼称した。
1871年、ドイツのエヴァルト・ヘッカーが「破瓜病」を著す。
1874年、ドイツのカール・カールバウムが「緊張病」を著す。
1899年、ドイツのエミール・クレペリンが Dementia Praecox(「早発性痴呆」)を著し、破瓜病、緊張病に妄想病を加えてまとめる。
1911年、スイスのオイゲン・ブロイラーは、必ずしも若年時に発症するとは限らず、また必ずしも痴呆に到るとは限らず、この病気の本性は観念連合の弛緩にあるとして Dementia Praecox(「早発性痴呆」)を Schizophrenie(旧称「精神分裂病」)と改名し疾患概念を変えた。
1935年以降、日本では公式には1975年まで多くの人がロボトミー(脳の外科手術)を受ける。
1937年、日本精神神経学会の精神病学用語統一委員会が、Schizophrenie の日本語訳を「精神分裂病」とする試案を提出した。それ以前は、日本国内では、「精神内界失調疾患」「精神解離症」「精神分離症」「精神分裂症」など、様々な訳語が使用されていた。
1939年以降、ナチス・ドイツでは統合失調症患者等をユダヤ人と同等に見なし虐殺した(T4作戦)。
1952年、フランスの精神科医ジャン・ドレー(フランス語版)とピエール・ドニカー(英語版)がクロルプロマジンの統合失調症に対する治療効果を初めて正しく評価し、精神病に対する精神科薬物療法の時代が幕を開けた。
1957年、ベルギーの薬理学者パウル・ヤンセン(英語版)が抗精神病薬ハロペリドールを開発。
1967年、イギリスの精神科医デヴィッド・クーパーは反精神医学を唱え、精神分裂病は存在しないと主張。その理論は、大方の承認を得るまでには至っていない。
1984年、非定型抗精神病薬のリスペリドンが開発される。
1990年、中安信夫が初期分裂病(現・初期統合失調症)という臨床単位を提唱。
☆電波☆統合失調症の歴史
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1世界@名無史さん
2019/10/03(木) 23:27:20.690■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています