中国では昔から、個人や企業による債務不履行が大きな社会問題となっている。最近では、最高裁判所が把握している全国の債務不履行者のブラックリストに308万件の企業名と個人名が載せられているという。
もちろん中国でも、債権者が訴えに出れば、裁判所が債務の不履行者に対し、履行命令を出すことはある。問題は、命令を出されてもそれを無視して返済を拒否したり、姿を隠すことで履行から逃れたりするケースがあまりにも多い点である。
そういう債務不履行者のことを、中国人は「老頼」と呼ぶ。「老」とはベテランの意味で、「頼」は「借金の踏み倒し」を意味する「頼帳」という俗語の略だから「老頼」とは要するに借金踏み倒しのベテラン、借金踏み倒しの常習犯、ということである。
上述の最高裁判所情報では、「老頼」の部類に入る企業や個人のリストは260万件もあるから、全国のあちこちに「老頼」が雲隠れしていることがよく分かる。
裁判所は、「老頼」たちに対してなすすべもないのかとなると、そうでもない。
裁判所の「老頼対処法」は警察力を用いて彼らの隠れ場所を事前に突き止め、ある日一斉に行動を起こして一網打尽にするやり方である。
筆者の出身地の四川省では先月29日、全省で200以上の裁判所が1万人あまりの警察官を動員し「老頼一掃作戦」を展開した。そのうち、綿陽市だけで751人の警察官と112両の警察車両が動員され、23人の「老頼」が拘束され、17件の債務履行命令が執行された。
裁判所によるもう一つの「老頼必殺法」は、姿を消した彼らの身分証番号・住所などの個人情報を、本人の顔写真とともにネットや公の場所で公表する手法である。
先月4日、福建省泉州市中級人民法院(裁判所)は11人の不履行者の名簿を顔写真付きで裁判所のウェブサイトで公表したが、ネットの拡散によって、その筆頭となる負債額8億元(約133億円)の陳某という老女が一躍、「老頼女王」として全国に名前と顔を知られるようになったのである。
南京市と長沙市の場合、市の中心部で大型のテレビスクリーンを設置して、「老頼」の名前と顔写真を朝から晩まで順番に流していくという方法が取られている。済南市済陽県人民法院の場合、農村部出身の「老頼」の顔写真と名前を、その本籍地となる村の掲示板に貼り付けるのが有効な「老頼対処法」としてよく使われるという。
河南省開封市となると、「老頼」たちの顔写真が載った布告を、家族の住む家の玄関口やドアに貼り付けておくのである。
最近、北京市朝陽区人民法院はさらにすごい対処法を開発したという。携帯通信業者の協力を得て、「老頼」たちが実名で登録した携帯番号とその債務不履行情報をリンクすることに成功。「老頼」が自分の携帯から人の携帯に電話をかけた時、相手の携帯電話の待ち受け画面に、「通話の相手は債務不履行者である」との文字が表示されることになるのである。
以上が中国全土の裁判所などの公共機関が、債務不履行者に対して行う対処措置の数々だ。現代の文明社会の視点からすれば、これらの措置自体は度の過ぎた人権侵害であろう。
しかし中国の裁判所にとっては、このような手段でも取らなければ「老頼退治」はとてもできるわけがないから、人権侵害でもなんでも良い、ということになる。そして大半の中国国民も、このようなやり方を不当とは特に思わないようである。
結局この国の場合、ひどい人権侵害も社会の「必要悪」とされているから、普通の文明社会に進化できる見通しはなかなか立たないのである。
◇
【プロフィル】石平
せき・へい 1962年、中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。
http://www.sankei.com/world/news/170907/wor1709070012-n1.html
http://www.sankei.com/images/news/170907/wor1709070012-p1.jpg
拓殖大学客員教授の石平氏
もちろん中国でも、債権者が訴えに出れば、裁判所が債務の不履行者に対し、履行命令を出すことはある。問題は、命令を出されてもそれを無視して返済を拒否したり、姿を隠すことで履行から逃れたりするケースがあまりにも多い点である。
そういう債務不履行者のことを、中国人は「老頼」と呼ぶ。「老」とはベテランの意味で、「頼」は「借金の踏み倒し」を意味する「頼帳」という俗語の略だから「老頼」とは要するに借金踏み倒しのベテラン、借金踏み倒しの常習犯、ということである。
上述の最高裁判所情報では、「老頼」の部類に入る企業や個人のリストは260万件もあるから、全国のあちこちに「老頼」が雲隠れしていることがよく分かる。
裁判所は、「老頼」たちに対してなすすべもないのかとなると、そうでもない。
裁判所の「老頼対処法」は警察力を用いて彼らの隠れ場所を事前に突き止め、ある日一斉に行動を起こして一網打尽にするやり方である。
筆者の出身地の四川省では先月29日、全省で200以上の裁判所が1万人あまりの警察官を動員し「老頼一掃作戦」を展開した。そのうち、綿陽市だけで751人の警察官と112両の警察車両が動員され、23人の「老頼」が拘束され、17件の債務履行命令が執行された。
裁判所によるもう一つの「老頼必殺法」は、姿を消した彼らの身分証番号・住所などの個人情報を、本人の顔写真とともにネットや公の場所で公表する手法である。
先月4日、福建省泉州市中級人民法院(裁判所)は11人の不履行者の名簿を顔写真付きで裁判所のウェブサイトで公表したが、ネットの拡散によって、その筆頭となる負債額8億元(約133億円)の陳某という老女が一躍、「老頼女王」として全国に名前と顔を知られるようになったのである。
南京市と長沙市の場合、市の中心部で大型のテレビスクリーンを設置して、「老頼」の名前と顔写真を朝から晩まで順番に流していくという方法が取られている。済南市済陽県人民法院の場合、農村部出身の「老頼」の顔写真と名前を、その本籍地となる村の掲示板に貼り付けるのが有効な「老頼対処法」としてよく使われるという。
河南省開封市となると、「老頼」たちの顔写真が載った布告を、家族の住む家の玄関口やドアに貼り付けておくのである。
最近、北京市朝陽区人民法院はさらにすごい対処法を開発したという。携帯通信業者の協力を得て、「老頼」たちが実名で登録した携帯番号とその債務不履行情報をリンクすることに成功。「老頼」が自分の携帯から人の携帯に電話をかけた時、相手の携帯電話の待ち受け画面に、「通話の相手は債務不履行者である」との文字が表示されることになるのである。
以上が中国全土の裁判所などの公共機関が、債務不履行者に対して行う対処措置の数々だ。現代の文明社会の視点からすれば、これらの措置自体は度の過ぎた人権侵害であろう。
しかし中国の裁判所にとっては、このような手段でも取らなければ「老頼退治」はとてもできるわけがないから、人権侵害でもなんでも良い、ということになる。そして大半の中国国民も、このようなやり方を不当とは特に思わないようである。
結局この国の場合、ひどい人権侵害も社会の「必要悪」とされているから、普通の文明社会に進化できる見通しはなかなか立たないのである。
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【プロフィル】石平
せき・へい 1962年、中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。
http://www.sankei.com/world/news/170907/wor1709070012-n1.html
http://www.sankei.com/images/news/170907/wor1709070012-p1.jpg
拓殖大学客員教授の石平氏