オーストリアと、ハプスブルク君主国に属していた国々・地域の歴史について
語るスレです
>>119
結果論だが
オーストリアにとってはそっちの方が都合が良ったんじゃないか シェーネラーはオーストリア帝国内の非ドイツ諸民族、すなわちスラヴ人あるいは
特にユダヤ人の排除や抹殺を公言していたからなあ…
なんか119&121の話の路線
どこぞの史実で見たような・・・怖すぎる
それで国がまともになるとでも思っていたのなら、いよいよ何考えてんのかと
なんやかんやで結局、
それこそハプスブルク家を筆頭に、
血脈も文化も混淆してる人たちのほうがよっぽど覚めててまともだったってことだな
実際、ハプスブルク帝国では、
貴族階級はスープラナショナリスティック、市民階級はナショナリスティックって傾向があったようだね
確かクーデンホーフ・カレルギー伯爵が著書でそう述べてたような
まあ、「ナショナリズム」って概念自体、フランス革命の所産ってことでもあるし・・・
>>121
オーストリア人にはスラブルーツは多いのよね。
ヒトラーの信任厚かったスコルツェニー然り。
ついでながらヒトラー自身にもスラブの血が入ってんだっけか フランス革命がナショナリズムを解き放った瞬間から、こうなるのは
避けられなかったんじゃ無いかと思う
だからこそメッテルニヒはウィーン体制をつくりあげて、諸民族のナショナリズムを
抑え込もうとしたんだろうけど
そもそも論だけど、
「『言語的同一性』『文化的等質性』が『市民階級』の政治的勃興と直結する」というのが
なんか大幅に飛躍した論立てになってる感じで、
「えー? そうなの?」という感が拭えなかったりするんだよなあ
それこそ旧ハプスブルク帝国領って、
何がどこまで「『言語的等質性』『文化的等質性』」なのか切り分けることなんて、
不可能なんじゃなかったのかと思うんだけどさ
あそこまで文化的に入り組んだ地域だと、
一人の人が二つも三つも別言語を話せることなんて全然珍しくないし
(例えば「ドイツ語もハンガリー語もスロヴァキア語も」とか)、
特に都市部だと、同じ町内会の中でもそれぞれ違う宗旨の檀家さんが三つも四つも一緒になってたりするでしょ
(例えば「A家さんはカトリック、B家さんはユダヤ、C家さんはオーソドックス、E家さんはプロテスタント」とか)
「言語的同一性」「文化的等質性」など最初は存在しなかったのだが、
フランスからナショナリズムというものが伝わったので、大急ぎで人工的に
それらのものを創り出そうとした、というのが実態に近いのかな?
てか、ことの始まりのフランスにしても、
「言語的同一性」と「市民階級の政治的権利拡大」って
それらの概念がどういう論理のもとに繋がるのか、今ひとつ、つかみどころが無いんだよね
>「『言語的同一性』『文化的等質性』が『市民階級』の政治的勃興と直結する」論の具体例が無いとなんとも
政治的勃興も何を指してるのかよくわかんないし
いわゆる「民族主義」が「言語的同一性」を基本にしてるというのは、一定程度(飽くまで一定程度)分かるとして
それが「フランス革命」によって「ナシオン」と位置付けられたというのが、なぜかなと
まあ欧州の場合には、言語圏を越えての、領主のお国替えとか姫君のお輿入れとかが歴史的に多いから、
上層の人々と中間層ほかの人々とで第一言語が違うという事例は昔はままあったのかもしれないけれども
ヨーゼフ2世は、ネーデルラント・北イタリアを除き、ハプスブルク帝国内の
公用語をドイツ語に統一しようとしたけれど失敗した
人間が他者に対して寛容になれるのは、自分たちが優位に立っているときか、
あるいは経済的な豊かさがあるときだけじゃないのかなあ
中世イスラームの「寛容」だって、あくまでムスリムがユダヤ教徒やキリスト教徒に
対して一段上の地位にいるという前提での「寛容」だったし
おまけに異教徒は人頭税も払わされていた
ハンガリーに関して言えば二重帝国時代が1番繁栄した時代だな
過去の歴史を遡っても二重帝国時代の繁栄に勝る事はない
ブダペストはロンドンに次いで2番目に地下鉄が開通した街
チェコやハンガリーは第二次大戦後,スターリンが戦利品として分捕った地域という
イメージも強い。容共FDRがスターリンのイエスマンだったばかりに・・・
最初はソ連の側も、東欧に社会主義体制を樹立しようとは考えておらず、
ソ連に友好的な東欧ができていればいいと考えていた
しかし1947年にトルーマン・ドクトリンとマーシャル・プランが
打ち出されて西欧諸国の組織化が始まると、ソ連の対東欧政策は硬化した
ボヘミア三重帝国が実現してたらプラハも繁栄の時代を謳歌したんだろうな
テスラはハプスブルク領出身のセルビア人だがセルビアでもクロアチアでも偉人扱いか。
ハプスブルク帝国の後継国家のうち、チェコスロヴァキア以外は
どこも経済的にうまくいかなかったな
帝国崩壊後もユダヤ系住民にとっては二重帝国が永遠に彼らの祖国であり続けたようだな
1850年代は二重帝国にとって経済発展の時代だった
この富が世紀末のウィーン・ブダペスト・プラハで文化の華を咲かせる
ナチスの迫害で二重帝国内のユダヤ系がアメリカに逃れてアメリカの繁栄を
縁の下で支えていくんだよな
皇帝レオポルト1世は1669年にユダヤ人を追放したが、彼らの去ったウィーンの経済は
たちまち衰退し、1〜2年後には、皇帝は金持ちのユダヤ人と帰還の交渉を始めた
日本ではチェコ人のことを慎重で冷静な国民性、なんていう人がいるけど、
チェコ人はけっこうナショナリズムが強い民族なんじゃないのかな
二重帝国時代には議場で楽器を鳴らして議事進行を妨害したりしていたし、
第二次世界大戦後のドイツ人追放のときもけっこうえげつないことをやっている
第二次大戦後の西ドイツにおける対オーストリア感情って
「奴らも共犯なのに被害者面しやがって」
という感じだった?
第二次大戦後に再建されたオーストリア軍ってヒトラー寄りだった軍人が結構居座ってた?
>>117
民主制と君主制の相克といえばリヒテンシュタインのフランツ・ヨーゼフ2世
ナチズムが吹き荒れていた国内で君主大権を行使して選挙を無期限延期、議会がナチスに占拠されるのを防ぎ
リヒテンシュタインを敗戦国にしなかった
1世の大甥だな アインシュタインの最初の奥さんは二重帝国出身でセルビア系だな
日本ではコアラがいる国とたまに間違われるよな(汗)
0154世界@名無史さん2021/03/11(木) 23:57:21.650
オーストリア帝国がそれなりの規模で存続していたらウィーンはどれ位の規模の都市になってたんだろ?
第1次大戦前のウィーンの経済規模はロンドン、パリ、ベルリンの3都市に匹敵していた
人口考えるとマドリード位かな
0155世界@名無史さん2021/03/12(金) 00:08:33.300
0156世界@名無史さん2021/03/13(土) 12:44:15.940
イギリス王室のことに亡国に幻想を抱き続ける一平民が口出しすんな。
いつまで貴族ぶってるんだ。未だに殿下や旧帝室とか実に馬鹿馬鹿しい。
亡国のロイヤルファミリーって面白い存在だよね
確かオスマン家は割と人数いるんだっけ
ハプスブルク家は今どんな感じなんだろ
0159芋田治虫2021/06/11(金) 22:26:44.370
統 総トうカッカトはドコのドイツナンでスカ
大きな戦争を起こし、多くの人々を殺して傷つけた、nという国がその戦争に負けて、西g、東gという2つの国に分断された後、長い年月をかけ、西gと東gが統一して、
gという国を建国した直後に、gの政府が、統一に反対した人達を攻撃したとき、
僅かな人達が疑問に思ったし、中には統一を後悔する者もいたが、gの多くの人々が一緒に攻撃した。
自分はまだ子どもで、統一に賛成していたので、疑問に思わず、一緒に攻撃した。
しばらくして、gの政府が、東gと西gが統一することに力を尽くした、東gと西gの指導者達及びgの初代の指導者を、批判したり評価しない人達を攻撃したとき、
少数の人達が疑問に思ったし、少数の人達が、gの政府を批判したが、やはり多くの人達は一緒に攻撃した。
自分は、gの初代の指導者及び東gと西gが統一することに力を尽くした、西gの指導者を尊敬していたので、疑問を抱かず、一緒に攻撃した。
その直後、東gの人達と、西gと東gが長年属国にしていて、西g及び東gとはもちろん、西gと東gが統一した後も、もめ事が多い、※ファシリアールの人達と、※ワイマールクセンの人達を、
gの政府が攻撃したとき、少なくない人達が疑問に思ったし、少なくない人達が、gの政府を批判したが、半数以上の人達は一緒に攻撃した。
自分は先祖が、ファシリアールの隣にあり、nが大きな戦争を起こす前に、植民地にした、oという国の移民であり、自分は、gの政府の攻撃に疑問を感じたし、自分の家族や親族の中には、不安を覚える人もいたが、
しかし自分は、東gも、ファシリアールも、ワイマールクセンも好きではなかったので、一緒に攻撃した。
長い時が経ち、自分も年を取り、gの政府が、oを、nの少年兵だった人で、西gと東gが統一する直前に、多くの人々に支持されるoの指導者になり、oの指導者を引退した後に、しばらくして死んだ後も、
oの多くの人達が、oのnの少年兵だった指導者を支持しているから、oはnのような、危険な国になる可能性が高く、
自分の国及びoの周辺国の人々を守るためだと言って、oを侵略したとき、自分の一族は、oの移民の子孫だったので、gの政府や人々から攻撃されたが、その時には全てが遅すぎた。
その時、自分達にできることは何もなかった。
0160芋田治虫2021/06/11(金) 22:27:07.500
>>159
※ファシリアール。正式な国名はファシリアール共和国。かつて西gと東gに分断されていた時には、西gに属し、南部にある州とされていて、独立主張が強い地域。
b州×
ファシリアール共和国〇
※ワイマールクセン。正式な国名はワイマールクセン共和国。かつて西gと東gに分断されていた時には、東gに属し、南東部にある州とされていて、独立主張の強い地域。
s州×
ワイマールクセン共和国〇
追伸・この物語の主人公「自分」のモデルは実在します。
もちろん、俺はこの人を良く知っています。
この人は昔はドイツを評価していましたが、今は批判しています。
そして、昔はnやnのような人達の全てを憎み、もちろん、この物語の最後に登場した、nの少年兵で、後に指導者になった人のような人も憎んでいましたが、今はその人を含む、nの少年兵や市民たちは、憎んでいません。
この人は、5ちゃん(旧2ちゃん)などの掲示板や、いろんなブログにも、書き込んでいます。
もしかしたら、今日も5ちゃん(旧2ちゃん)などの掲示板や、何らかのブログを閲覧して、何か書き込んでるかもしれませんね。 0161芋田治虫2021/06/11(金) 22:27:30.690
ハイル・ヴァイツゼッカー(^o^)/
ハイル・コール (^o^)/
ハイル・ホーネッカー(^o^)/
0162芋田治虫2021/06/11(金) 22:28:18.910
0164世界@名無史さん2021/12/03(金) 07:27:35.360
9月に辞任したクルツ前首相、35歳で政界引退
エリーザベトがあまり悪女扱いされないのは間男がいなかったからかな
夫留守じゃなくて妻が出かけっぱなしで間男といっていいのかわからんけど
そりゃ出掛けっぱなしだからでは?
非難するにしても悪じゃなくて困った御方、皇帝陛下可哀想みたいな感じになる
0170世界@名無史さん2023/08/23(水) 13:08:07.420
ヨーゼフ2世の啓蒙活動が成功していたらなあ