グスタフ・マーラー 柴田 南雄著 ―現代音楽への道― 岩波新書280。
さて、ちょっと息抜きにレコードのことに触れておこう。「第三交響曲」には
すぐれたレコードが少なくない。ゲオルグ・ショルティ指揮のシカゴ交響楽団
による録音は燦然たる音の輝きに眩惑されるような出来ばえである。しかし、
わたくしはその見事な音の饗宴に接して、これは、今日のマーラー理解という
世界的現象のほんの一面、いわばその感覚的な表層しか代表していないと思った。
中略。それゆえにこそ、レコード・ジャーナリズムからはおそらく歓呼を
もって迎えられるレコードであろう。しかし同時に多くの人が、歓呼の彼方
に振り切ることの出来ぬ空虚感の広がるのを実感せざるを得ないだろうと思う。
その理由は何か。中略。
わたくしには、この「第三」をクラウス・テンシュテットがロンドン・フィル
ハーモニー管弦楽団を指揮した一九七九年一〇月の録音が、マーラーの
創作の今日的意味を考える上ですぐれた演奏に思える。以下、省略。
今、許 光俊教授も著作でコメントされている第三をショルティ、CSOで
聴いている。柴田 南雄氏の言うとおりこれはこれで見事な演奏。
テンシュテット盤は最終楽章以外真面目に聴いていないので、また、
聴いてみたい。是非、ショルティの新盤は吉井 亜彦氏は無印。
テンシュテット盤は◯。