確実な資料に基づいて議論すべきだ。
1903年のレーヴェ版の序文:

 アントン・ブルックナーの第9交響曲、その完成された3つの楽章が
ここに公刊されることになる。(巨匠のもともとの意図によると)
この作品は器楽のみによるフィナーレで締めくくられるはずであった。
しかし、深刻な病苦が幾度となくこの作品の作曲を長期にわたり
中断させざるを得なかったので、ブルックナーは彼の最後の作品を
仕上げられないのではないかとますます恐れを抱かねばならなかったのである。
そして彼は、完成された3つの楽章の後に《テ・デウム》をフィナーレ
として続けて演奏することを決心することにいたった。
《テ・デウム》への大規模な移行の音楽のために書かれたスケッチが
残されている。しかし、そこから見て取れるものは、巨匠の最後の意図
をただおぼろげにわからせてくれるのすぎない。
 私はこの交響曲の初演(1903年2月11日ヴィーン)
を行なうにあたって、作曲者の意思を尊重し、 《テ・デウム》を
交響曲の後に続けて演奏したが、そのような終曲を置かなくても
全く問題はないと思った。この交響曲は、その残された状態のままで、
十分に統一がとれているからである。

1903年8月ヴィーン
                 フェルディナント・レーヴェ
                 (訳:野口剛夫)<音と言葉社レーヴェ版スコアより>

レーヴェの見解は現代では異論のある所だが、
少なくとも、初演を《テ・デウム》付で行なった彼が、
そういった演奏には否定的であったという認識を
すでに初版で述べていることは評価されるべきだろう。