宇野功芳 V S礒山雅?

 たまたまバッハ学者、礒山雅氏の『マタイ受難曲』(東京書籍)を読んでいたのである。あの傑作に含まれる1曲1曲についてあれこれ解説を加えた本だ。とはいえ、一般読者を想定して、語り口は平易。『マタイ』好きなら、持っていてよい1冊だ。特にバッハがキリスト教をどう自分のものにしていたかということが詳しく触れられているのが私には興味深い。
 この本の最後のほうでは、約40種類の録音について著者の意見が記されている。これがなかなかおもしろい。
高く評価されているのは、たとえばレオンハルトやショルティ。この組み合わせには、えっと思う人もいるかもしれない。その反面、かねてより名演奏と誉れ高かったクレンペラー、カラヤン、そしてメンゲルベルクには冷たい。そして、古楽系でもコープマンには否定的。
氏の判断基準ははっきりしている。彼らが個性的な指揮者だとは認めたうえで、作品そのものの表現や力や性格を無視しているのがダメだと言うのだ。
クレンペラーについては、かつて若き日に愛聴したものと記したうえで、問題点が指摘されている。
メンゲルベルクに対してはことのほか厳しい。
「この演奏に感動して涙する若い聴き手がいると聞くのだが、そういう人はどうやって耳の抵抗を克服しているのか、知りたいものである」
「聴いていて途方に暮れる」
「うんざりする」
のだそう。もっとも、その理由はきちんと記されているし、もし自分が聴衆のひとりだったら、圧倒されるだろうとも記されているが、何だか大人の配慮というか、言い訳っぽい。