今、最近新しく出たワインガルトナーのベートヴェン交響曲全集を聞いているところ。

そして思った。
フルトヴェングラーの対極に立っていた指揮者は、トスカニーニでもカラヤンでもなく、ワインガルトナーではないだろうか。
瞬間瞬間の表情に全てを賭けるフルトヴェングラーに対し、常に全体の構成を考えて曲を構築するワインガルトナー。
フルトヴェングラーは「音と言葉」でトスカニーニを一言も悪く言っていないが、ワインガルトナーは鋭く批判している。

両者の美学は正反対で、決して相容れることがない。
(ただし最晩年のフルトヴェングラーはワインガルトナー化(?)の傾向がある。
ワインガルトナーの運命を聞いて、'54年正規録音のフルトヴェングラーの運命を連想した。)