>>985
「音楽を語る」の45ページの記述の事か?これを要約すると、音楽によって
「アリストテレスのいう《悲劇的浄化》」を生じることはできない、という議論であり、
《悲愴》ではそうした方向が試みられているが「偉大な悲劇」とはたいへんに違う
《悲劇的浄化》ではなく、もっと暗い絶望と諦観が優勢である、
ここで悲劇的なものは、詩の大悲劇におけるように救済する力をもっているのでなく、
また人間を向上させるものでもなく、人間を刑務所に入れるように、
自己というものに封じ込めてしまう、
という要旨だ。こっちはアリストテレスなど知らんから、ははぁてな感じだが
つまるところ音楽と詩劇との比較論であろう
これのどこが「悲愴をコテンパンに叩いている」になるのだ???