> 金明培は、茶道の起源が韓国だと主張し、その根拠として韓国の全羅南道羅州郡に
> 「茶道面」という地名があることを挙げている[7]。しかしこの地名は、1914年に
> 「茶庄面」と「道川面」が合併した際に両者から一字ずつ取って付けたものであり、
> 「茶道」とは無関係である[8]。朝鮮の文献に「茶道」が現れるのは19世紀になっ
> てからであり、その内容は中国の茶書から引き写しただけで、朝鮮の茶道の独自性
> は認められない[8]。
>
> 日本統治時代に、日本人によって茶の生産と普及が進められた。1911年に尾崎市
> 三が光州市無等山証心寺付近に無等茶園を作り、1913年に小川が全羅北道井邑市
> に小川茶園を作った[9]。また、1930年代から高等女学校と女子専門学校で日本
> 式茶道が教育された[10]。朝鮮で日本式茶道が普及し茶の消費が増加し、茶の供
> 給を増やすために1939年に尼崎関西ペイント株式会社(京城化学)が全羅南道
> 宝城郡に宝城茶園を作った[9]。
>
> 1960年代以後、茶に対する関心が新たにおこり始めた。1979年に韓国茶人会
> (한국차인회)が創立され、1984年に韓国茶人連合会(한국차인연합회)に改
> 編された。また、1982年2月6日に全国大学茶会連合会(전국대학다회연합회)
> が、1983年に韓国茶道協会(한국다도협회)が、1989年には韓国茶文化協会
> (한국차문화협회)が設立された[10]。ほとんどは日本の茶道の模倣のようで
> ある[11]。

Wikipedia「茶道」より。