ノクターナル・アニマルズ
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>>277
なるほどねー
まぁ監督が答え出しちゃってるから俺らの好き勝手な解釈は監督の意図からそれちゃうんだけどねたw
結局、夫からの嫌がらせか鼓舞かどちらかってことにしておこう
もちろんスーザン=レイは間違いないね >>47が読めなくなってるけどどんな事が書かれてたの? 監督のコメント出てからここぞとばかり47への反論を始める 最初から気がついていたよ
卓越した想像力と深い洞察と誤読勘違いだらけの>>47の魅力をw >>280
urlの最後についてる余計な]をとると読めるよ >>47は細部はともかく大筋としちゃ魅力的な推察だけどもな 上であったセブンハッピーエンド説と同じで普通と違う解釈ってオタクの優越感をくすぐるのよ
凡庸な観客はこう思っただろうが実はこうだったんだぜ、てな感じで
都合の良い情報しか拾ってないから巧く組み立てられてるように見える
まあ>>47に関しては自説のために事実をねじ曲げまくってるから話にならんのだけど
それも映画一回見ただけだと記憶があやふやになってしまうから騙されてしまう 別に騙されてないけど。。。
何行ってんだ?と思って終わった スーザンは結局は母親の考え方に沿う人生を送るに至ったわけだが
それを母親への依存とか支配から抜け出せないでいるとし
スーザンのアーチスト志向断念をことさら強調するのが>>47
だが映画の事実からはかなり無理があるw
ただ今のスーザンは現旦那の件でハッピーではないことは確かで
どこかでボタンを掛け違えてしまったのかとスーザンと共に見ている方も振り返りたくなる
で、明らかにエドワードとの子供の中絶と離婚が分岐点
全部スーザンの判断だった
いいレストランで一人酒を飲みながらしだいにエドワードが現れないことを分かっていくスーザンに
あらためて自分の行動の責任を実感し受け入れようとする成熟した女性の姿を感じたよ って長々書いてみたけど結局>>47よりつまらないんだよね
悔しいけどw >>287
ただあそこのスーザンの目(母親と同じ目)は、冒頭のギャラリーに一人居る時の目と変わってないんだよな 妻・娘・略奪者と自分より強い存在に流されて生きてきたトニーが、
復讐を通して自分の弱さや自責と向き合い、自分の意志を通すことに挑んだ
しかし結局はその弱さを抱えていくことができずに死んでしまう
スーザンに置き換えると、
エドワードとの結婚を通して両親への反発心やブルジョワ的な虚栄心を乗り越えようとしたが、
結局自分の弱さに負けて結婚は破綻、エドワードのような「弱いが繊細な人間」として生きるスーザンは死んだも同然
ただ同時に、死は新しい自分への転生でもあって、現実に生きるスーザンとしては成功した
最後の悲しい目は、「自分がエドワードと生きる道はもうない」ということを理解したから
と妄想した スーザン=トニー説はマスターベーション以上の価値は無いよ
エドワードからしたらスーザンを弱い者・奪われる者として描く筈がない
スーザンと母親の会話もエドワードとスーザンの会話も無視してる
むしろ都合の良いキーワードだけ拾って自説を補強するのに使ってる トニー=エドワードなのもあくまで小説を読むスーザンの脳内変換なんだよな 47の言うトニー=スーザンとしてメッセージをスーザンに届けたいというエドワードの試みは失敗
通じていない
スーザンはトニー=エドワードと変換しているんだから >>294
> エドワードの試みは失敗
それは同時に、最後まで仕掛けに気づかなかったスーザンの失敗でもあるってことだろう >>295
ごめん書き方がよくなかった
つまり47の失敗と言いたいんだ あの内容の小説で主人公がスーザンなんて伝わるわけないだろとは思う
伝わると思ってたならエドワードは凡庸どころか大馬鹿野郎
そんな仮説をそれらしく嘘で飾り立てながらどや顔で発表する47も大馬鹿野郎 >>249までは誰も何も言わなかったのに恥ずかしいやつばかりだな 冒頭のインスタレーションも映画内小説もセンスがないので、お似合いの二人だと思った。
似合いすぎてトラブったと。 今日新宿上映最終日観てきたけど
横の方にいた男が上映中に何度も指をポキポキ鳴らしたり
ペットボトルをバキバキ潰しながら飲んだり
家で一人でDVDでも観てるかのような傍若無人っぷりでドン引き
エドワードのセリフ、失えば二度と戻らない
ってセリフが響いた映画でした >>304
そんなアホ客には文句いったらんかい!
こんなとこで吐き出してんじゃねえよ。
作品となんも関係ない内容じゃないか。 心がささくれ立ってるねw
クリスマスに予定がなさそうな人 確かに>>304のレスは最後の1文以外スレチというか板チだから>>305の言い分も分からないではない
>>304も次からは映画一般板にある以下のスレを利用するといいと思う
【映画館】今日の隣の席の人【劇場】 Part.4
http://lavender.5ch.net/test/read.cgi/movie/1509630628/ この映画を恋愛や異性に縁がない人が観て意味があるのか? >>310
仮に意味が無いとして、見てからそれに気付くわけだからどうしようもないだろw 意味云々より縁が有る無しで映画を選ぶというのが信じられん
殺人や宇宙や江戸時代に縁がなくても面白そうなら見るし楽しめるだろう でも俺もがっつり恋愛ものは>>310みたいな時は見向きもしなかったな
これはただのサスペンスだと思うが 殺された嫁がずっとエイミーアダムスに見えてたんだが別の女優が演じてたんだな
眼鏡の度が合わなくなったことをこの映画で知れたw なぜ自分の経験、境遇、環境に合わせて観る映画を決めなければならないのか 最初のダンスシーンで変態っぽさを予想したが、最初だけで変態度皆無だった
警部補の目がイっちゃってるからもしやこいつはと思ってたら、正義感の強い超いい人だった
いろいろ裏切られる映画 この映画の感想はアメリカにも、目黒雅叙園ホテルがあるんだなと思っただけ 雅叙園風レストラン、高級店なんだろうけど下品よねぇ 目黒雅叙園好きだけどなあ
ケレン味というものじゃないかな もともと遊郭だった場所に娼館をイメージして再建した建物だものそりゃ下品だわよ >>47読んでえええ!?と思ったけどやっぱ復習説が正解なのかぁ
でも小説のキャラがスーザンの色んな面を投影して描かれてるっていう解釈は面白いな つかその考えに説得力あるから信じたわけで監督の声明なかったらずっと47だと思ってたわ スーザンの脳内映像ではエイミー・アダムスは出てこないし特定の誰かと言うより
登場人物それぞれに投影されてる面はあるのかもね
復讐の話なのかもしれないけどスーザン目線に絞ることでいくらでも想像の余地が残されてるのが面白いな マイケルシャノンは強靭な男性性を背負わされたキャラ演じることが多いね >>47が書いてる通り小説パートのトニーはスーザンの投影だろうな
ただしエドワードはエミリーの読解力では理解出来ないと思ってたし待ち合わせにも最初から行く気はなかった
いたずらにエミリーの心をかき乱した復讐劇という感じだろうか 母親役のローラ・リニーがまだ53歳でびっくりした
エイミー・アダムスと姉妹で通る年齢差なのに、あのいかにも金持ちの母親然とした演技すごいな 小説パートはすげえこと起こってるのに
実際は元ダンナから連絡あって
ちょっといいカッコしてデートに誘ったけどすっぽかされた、っていうだけの話
が余韻としてよかった すっぽかされただけなんだけど、元夫の男が遅咲きの出世をして
街角やテレビで人気小説家として名前や顔を見せる度にスーザンには嫌な思いを繰り返させるわけだから
それを考えるとスーザンは浮気夫と元夫に二重に苦しめられ続ける人生なんだな >>334
スーザンざまあみろって感じはなかったな
恋愛ってこういうのよくあるよねえっていう着地が大人っていうか
もうちょっと安い店選べよ!だからダメなんだよ!とは思ったけどw 客単価どんくらいなんだろな、あの店。
100ドルや200ドルじゃないよな。 >>335
ああ、それは俺も思ったw
口紅落とすくらいじゃなんにもなってない ラストでスーザンがエドを待ってるレストランと、キル・ビルでブライドが黒服仮面を
斬りまくってた「青葉屋」って、実は同じところなんだなw
まあ手が飛び足が飛び血が吹き出しまくるシーンはセットなんだろうけど。 スーザンが寝るのを忘れて読んでる姿がノクターナルアニマル
小説家を目指す時点で普通の勤め人の小さい成功では満足しないエドワードも同じ種族
庶民とは違う世界を見せてもらった うーん、自分と元褄の関係を小説に比喩しての復讐というか当て付けか・・
わかりづらいなー
リンチ辺りを意識してたんだろうか?
アーロンの声がトッポジージョみたいにやたら高くて憎々しさが半減した
声って重要だわ
どうしても悪ぶってるキックアスにしか見えんかったw >>335
これは結構鋭いとこついてるかも
実際のとこエドワードは店のチョイスで行く気なくした
っていうのが真相だったらすごくリアルかつシニカル >>344
アホかいな。
そんなんじゃこの話の雰囲気に合わないだろ。
20年もスーザンのこと忘れられない男がスーザンの選ぶ店がどんなのくらい分かってるに決まってる。
それで来ないってのが店のチョイスの問題であるはずがない。 復讐劇ではなく主体性を持って生きろってメッセージの映画だとしてもアートの絵面無かったら陳腐な映画だよな オープニングのルシアンフロイドとビルヴィオラを引用した映像がピークだったな 原作予習してから観に行ったが
スーザンは主婦で母親はエドワードとの離婚に反対ってだけで
別に抑圧なんてしてないし
子供の堕胎もしていない、エドワードも再婚してる
>>47の解釈は面白いが
監督の一存でそこまでラストの意味合いを変えられるとは思えない 上の記事だが>>246で指摘される前に「コメンタリーだと違うと言ってるけど」って書いてるじゃん >>351
コメンタリーが出てから記事を修正したんだぞ 298 名前:名無シネマ@上映中 [sage] :2017/12/14(木) 00:53:19.52 ID:s4sl0arG
>>249までは誰も何も言わなかったのに恥ずかしいやつばかりだな いろいろと役に立つパソコン一台でお金持ちになれるやり方
時間がある方はみてもいいかもしれません
ネットで検索するといいかも『蒲原のロロムムセ』
T63KW 小説パートが迫真すぎて
フィクション内フィクションと分かってても胸がキリキリした ・冒頭のあのシーンで驚いた・・・けどしつこすぎ
・物語上必要なのだろうけど小説内のトニーの行動が愚かすぎてイライラMAX
・エドワードがスーザンに「愛しているなら努力しなきゃ!」って説得していたけど
本当に愛がある状態だったなら努力なんかする必要はないのでは? 今鑑賞終えた
これ結構な傑作だろ、小説パート引き込まれるし
現実とうまくリンクしてて小気味良い 去年映画館でみたけど最後のシーンの意味を今でもふと考えることがある 愚かなスーザンに復讐した、あるいは気づかせようとした、
という解釈で割れているみたいだけど、エドワードの方も相当やばい奴じゃない?
付き合ったけど合わないから別れる、というのは普通によくある出来事なのに
別れないように努力しないといけないと言ったり、別れたことをずっと根に持っているとか、まともじゃない
(子供を勝手におろしたことについてはスーザンが悪いと思うけど)
スーザンが最終的に母親と同じような人生を歩んだり芸術家をあきらめるのも個人の勝手だし
そういったことを責められるのは、一言でいえば「大きなお世話」でしかないと思う エドワードの方は小説家目指してたし、やっぱり普通とは違う思考で当然と思う いや死ぬほどつまんなかったわ久々に二時間盗まれた思いだ。シングルマンはなかなかの傑作
だと思うから期待してたんだけどな。話がつまんないのはいいとしてもあのときの映像的美しさが
今回は皆無だったのが一番痛い。トムフォード、一発屋でしたね 劇場で、dqnに絡まれるシーンで席を立った観客が一番見る目があったと思うわ。 今見た。ラストシーン、スーザンは返信してないんじゃないかと思った。
原作があるので答えはあるのだろうけど。 47に元夫はその後成功したって書いてるけど成功したなんてシーンあった? 本屋に新刊がずらっと並んでるシーンがなかったっけ? トニーのあまりにものヘタレっぷりに極度の怒りが爆発した
しかし劇場であるが為、罵声を浴びせることが出来なかった
結局ストレスが極限まで達し劇場鑑賞中に、吐いた
後にレンタルしてディスプレイにありったけの罵声を浴びせまくった
トニーは最後までヘタレ
あんなクソ男に生きる資格はない
復讐のプロセスもクソ女々しい
あああ!またストレスがたまって来た!
クソが! >>376
あー、おクスリ増やしておきますね。
今日から新しいおクスリも飲んでいただきます。 >>376
あなたあの主犯男より怖いんじゃない?w ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています