ヤンが鏡に映る自分を見つめている姿を、ヤン自身の視線の記憶を通じて眼差す手持ちショットが何度か登場する。いずれのヤンも無表情であるが、計算された画角やカメラの震えを介し、静かに混乱した内面性を伝えてくるためむしろ有弁。
巨大なスクリーンで見つめる「ホームムービー」は何故どれも魅力的に感じてしまうのか。
ヤンが静止する一日の中の数秒は、私たちの心が燃える瞬間と変わらない。