・岡山県南溝手遺跡出土の土器の胎土からイネとともにキビ族植物のプラントオパールが検 出された。
・上表よりやや遅い縄文晩期の遺跡、都城市黒土遺跡でもイネにくわえてアワ、ヒエ(キビ
 族植物)など雑穀類が検出された。
佐々木高明の「日本史誕生」によれば
・生物考古学の第1人者笠原安夫が岡山県の遺跡で、おびただしい炭化種子を調べた結果、 縄文晩期の層から焼畑によく生えてくる畑雑草を大量に検出した。
・福岡市の四箇(しか)遺跡からヒョウタン・マメ・ごく少量のハダカムギとアズキの炭 化粒、焼畑やその周辺に生育する雑草や樹木類の炭化種子が数多く検出された。

 先述の彦崎貝塚の例や藤原、佐々木の叙述から見えてくるのは
 縄文のイネは主穀物ではなく雑穀の中のひとつとして位置づけられたのであり、且つ水田稲作ではなく、焼畑乃至畑作農耕が営まれていたと推定されることである。
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