路上で身分の高い武士と松本さまと出会えば、金沢百姓は雨合羽を脱いで道端に寄り、土下座をしなければならない。

雨に濡れても、その松本さま一団が通り過ぎるまでは、顔を上げる事もできず、「びしょ濡れ」になる事から、俗にびしょ金沢というありがたくない名前でも呼ばれていた。


松本さまが座敷に上がっているあいだ、草履取り金沢百姓は主人の草履を二枚裏合わせにして、腰に差すか、懐にしまって控室で待機している。

そして、玄関で「誰々の草履取り」と呼ばれると、玄関の式台から1mほど離れた所から、松本さまが降りる足元へ草履を投げ揃えた。

草履が上手く揃わなければ、松本さまに恥をかかせる事になる。
そのため、草履取り金沢百姓は日頃から草履投げの練習を欠かさなかったのであった。