小誌が入手した2008年1月の裁判資料によれば、家広氏に
<金245万円の支払い義務があることを認める>
と記され、毎月5万円ずつ家広氏が返済することで決着した。
ところが二年近く経っても一度として返済されなかったという。

「差し押さえするにも費用がかかるので、困った末にお父さんの恒孝さん
(徳川記念財団理事長)に『返して欲しい』と手紙を書いたのです。
すると2010年1月恒孝さんから245万円の振り込みがありました。」(同前)

確かに恒孝氏は自宅を含め、都内一等地に少なくとも約1330平米の土地を保有。
資産価値は15億円はくだらないとみられる。
その恒孝氏は「政治については発言は控えたい」と執事を通して回答。
かたや家広氏はどう答えるか。
静岡県での遊説を終えたところで直撃した。
―借金で裁判に?
「報酬やその他でとにかく思っていたのと全く違った仕事だったんですよ」
―返した?
「いやでも・・・最終的に完済したと記憶しています」
―父親が払ったのでは?
「ええ、立て替えてもらいました。その時の私にそれだけの現金がなかったということです」
親のスネをかじって、借金トラブルを収拾した十九代目。
「困窮したる時を思い出すべし」とは家康公の遺訓である。

徳川氏ブログ
https://tokugawaiehiro.hatenadiary.org/entry/20100601/1275352372