言論としての批評や評価は、とその語り手と別個なんですね。
認知的不協和が起こらない場合を考えるとよくわかるのですが、

・高い自己イメージ
・高い評価

という取り合わせであれば、認知的不協和がおこりません。
「自分に対してそんな高い評価は馬鹿げている、お前糞耳だな、歌も下手に違いない」
という反応は見たことありませんよね。