なんか「正しい死というのはそういう意味じゃない!」とか言われたけど、作者の意図はどうあれ(どうせ何も考えてないんだから)、「正しい死」という言葉を使うこと自体の危険性に気付いてほしいですね
人間はどう行動すべきか、どう生きるべきかということを言うのなら「正しい行為」「正しい生き方」について語ればいいじゃないか?なぜ「正しい死」という表現を使うのか?
死そのものを客体化し、人の死の価値を何らかの合目的性によって評価しようとする発想や表現そのものが危険だということは少し考えたら分かるんじゃないですか?それこそポリコレや表現のポリティクスに対する意識が高いことを自負しているのなら