一番 最初 に言 われた こ とは、「『法華経 』は 、何 が書 いてあ るのか、誰 に も分 か らない。皆 、迷 ってい る。実 は 『法華経』 には御本尊 のお姿が書い てあるんだよ」

そ の次 に、 「皆 、南無妙法蓮華経 って何 だ、 と疑 問に思 うだ ろ う。南 無妙法 蓮華 経 にっい ては、色々な説 き方 が出来るかも知れ ない けれ ど、君た ちに分 か り易 く言 えば、生命 を変化 させ おお もとる大 本 なんだ よ」 と言 われ ま した。 「生命 は絶 えず変化 してい るだ ろ う。全然動い ていないようだ けども、実際 は、絶 えず変化 してい る。我 々が"年 を取 りた くない"と 言 って 、安楽椅子に じっと座 っていても、刻 々 と年 は取 る。何かや っていて も年 は取 る。着 々 と人間は年 を取 る。動物だ って年 を取 る し、色 々な物体 だって変化 し、やがて壊れ てい く。 その変化 させ ているおお もと原動力 とい うか 大 本 を、 日蓮大聖人は 『南無妙法蓮華経』 と名 付 け られたんだ」

。「だか ら、題 目を上げ ることで、変化 の大本 を取 り入れ るこ とになるんだ
よ。 もっとはっき り言 えば、取 り入れ な くても、我 々は、元 々、南無妙法蓮華経の 当体 なんだ
よ。題 目を唱 えるこ とによって、変化 の大本 を動か してい くか ら願 いが叶 うんだ。願 いが叶 うのは当然な んだ」