記録によると1970年ごろから東大中心の教授会でスポーツ推薦制度が廃止され
野球部員の供給源は立教高校か進学校の選手が主体となり、弱小化した
部員数が少ない中でもエースと言われた投手が何人かいたが、以降30年優勝はなく
最下位を何度も経験した
1990年以降、浜田総長のもと推薦制度が復活したが、1989年にたまたま
立教校主体のチームが何十年ぶりの優勝をした。その時の選手に溝口監督もいた
東京六大学のような勝ち点制では投手に少なくとも2人の主力投手がいないと
いいところまでは行くけど優勝には届かないんだよな
他校も投手の獲得が第一優先だから、立教も毎年2人ぐらいの有力投手を獲得しないと
今後も優勝は難しいだろう