第6位 Pearl Jam : 1995/02/21 大阪 厚生年金会館
1995年という年は、関西在住のわたしにとって、「阪神大震災の年」という記憶が強い年です。
あの頃の空気感は断片的に記憶に鮮明にあるのですが、その震災のおよそ1ヵ月後にPearl Jamが大阪公演を行っていたことは、全く記憶に残っていません。
その頃のわたしは同時代の音楽に殆ど興味がなく、音楽雑誌なども全く読んでいない時期なので、まあ仕方ないところではあります。
1997年に縁あってアルバム”Yield”を聴いてから、熱烈なファンになったわたしにとって、やはり1995年の大阪公演は神格化されてものとして写ります。
元々は神戸で予定されていたものが震災で大阪に会場変更になったこと、会場には被災したファンが少なからず居たことなどを思うと、今の日本の在りようと重ね合わせてしまいます。
そして’Porch’でEddieがホールの壁をよじ登ったこと、やはりその場に居合わせたかったなあ、と強く残念に思います。

その95年の初来日から8年後、待望の再来日は空席の目立つ、残念な興行結果となってしまいました。
素晴らしい内容だっただけに、日本のファンの激減ぶりに悲しい、情けない心持になったことを覚えています。
ああ、これでしばらく来てくれないだろうな、と。そして今年2011年でまた8年が経ちました。今年も今のところ来る気配が全くありません…。

この日はブートビデオが残ってますね。観客も多くて、この時は人気あったのになあ。