ロックが反抗期の代名詞だとか、それは
よく言われるプロ市民界隈をネガティブに
正当化した発言にまったく違いなくて、
カネ儲けに忙しい人たちの発言力をテコに
した場違いな毎度の名セリフだと思う。
彼らは対訳や歌詞を全く読んでないそうだ。

歌詞は人格形成期の陶冶だとしか思わない。
評論家やプロ市民が、歌詞を歪曲して、
かつての我が身の自己正当化の道具として
イメチェンしただけで、実際に評論は
不可避的に成立してた。なぜなら誰かの血液や
死肉でそれら原稿は書かれていたからだ。

ジャンルで言えば、ロックにはやはり
ロックとしてのおおよその目標(軍縮)が
あったわけだが、大衆の言葉を盾に、
なんとか都合上の産物になれと煽る
リスナー寄りの評論家さんたちがいる。

従順なリスナーさんらは特殊な読書体験から
行動規制に疑問すら抱かずに
社会への反抗という決められたお題目と
お決まりの道を走らされ、やおら逮捕され、
界隈の間引きや実力主義に踊らされて
使われ、騙されて夢を見せられていた事に
ようやく気づく…赤の他人に無意識に従い、
本心からの夢を台無しにされていた事に
ようやく気づく。これがほとんどの手合だ。
飼い慣らされたくないなら
本物・オリジナルの努力・実力を学ぶことが肝要。
他に道はない。