村田君がアニメーターになって最初の夏。
彼から会おうと電話が来て、喫茶店か当時はやり始めたファミレスで会ったと思う。

リュックからブリーフケースを出すと、更にそこから動画用紙を取り出した。
動画マンをやりながら、プライベートで超ベテランの大塚康生さんにレッスンを受けてると言う。
そう話ながら、ものの1分くらいで次元大介を描き上げてしまった。
コンバットマグナムを構えた、ルパンファンお馴染みのバストアップだ。
「(東京)ムービーの採用試験だと、この絵を指定時間以内に後ろ向きに描かされるんです」
何分以内と言われたか忘れてしまったが、言うが早いか彼は2枚目の用紙を重ねると、
これまた数分も経たず次元を反対向きに描き変えてしまった。
もちろんコンバットマグナムは撃鉄が上がり、シリンダー穴まで見せてる。
次元にせよ拳銃にせよ、彼は記憶だけで細部まで描いて見せてしまったのだ。

教えてもらった動画の仕事は、そんな彼の才能を生かし切れてると思えなかった。
「パーマン」で主に自動車を描いてるとのことだったが、
原作の絵柄を考えると細部まで描き込んだものではなかっただろう。

雌伏の1年ののち、大塚さんの指導を受けて腕を磨いた彼は「ラピュタ」の動画に参加する。
動画班と言っても、メンバーは全員が宮崎高畑コンビの作品で原画を担当したアニメーターばかりだ。
まだ19歳で動画でしかなかった彼が採用されたのは、その才能にお墨付きをもらったも同じだ。

その頃、たまに会ったら「宮崎監督とも直で話せてる」と現場のことを楽しそうに話してくれた。
作品の中身についてはまったく教えてくれなかったが、宮崎監督が描いたラクガキを貰ったと見せた。
フクロウのようなクマのような動物とラナが走り書きされていた。
そこから5年経ってわかるのだが、奇妙な動物は「トトロ」の原型だった。
「トトロ」の構想が「ラピュタ」制作中の83年に既に生まれてたことに、当時の僕は驚いた。