御三家国編
東国

同人と呼ばれる異民族のひとつ、東方族が建国した御三家国の一角。今で言う「小さな政府」志向の国で、法律に違反しない限りは商売の自由が許されていた。そのため国は栄え、
一時期は厨華大陸の半分を制圧する。商売で悪事に手を染め追放された者が謙介に協力したことで内外から崩壊しかけるが、かえって民族の結束を高めて徹底抗戦し、ついには
謙介を倒す。しかし太田に変わる統治者はおらず、彼の死後はたちまち崩壊し淫夢族に明け渡すことになった。

相益(あいます)国

厨華大陸の最南端、蛮南に建てられた国家で御三家国の一角。男尊女卑の風潮が濃い中、国王の石原(せきげん)は敢えて女性を政治の中枢に据えて彼女たちは相度流と呼ばれた。
相度流候補生を育てるいわば官僚養成学校も設けられていた。政策を競わせることで結果として国が栄えた。
統治機構の変革に伴ういわゆる九.一八事変と二.二四事変で滅亡の危機に陥るが、「出礼益」と呼ばれる公共事業と重税政策により持ち直す。阿仁鳴(あにめい)の戦いでは武内(ぶない)
の万夫不当の働きにより謙介との直接対決を制した。
石原は「私がいなくなっても続いていく国家こそが理想」として隠居したが、皮肉にも直後に国は内乱で滅んでしまった。

放歌楼(ぼかろ)国(美空国)

放歌楼と呼ばれる芸妓集団が建国。中でも中心的存在であった美空(みく)の名前から美空国とも呼ばれ、文献では両者の名が混在している。歌と踊りが盛んで東国、相益国の文化にも
多大な影響を与え、厨華大陸外の文献にも名が出てくることから高度な文化を持っていたと考えられる。
その文化を手にしようと角王朝は亜火下衆(あふぃかす)を駆使して執拗に攻撃を繰り返し、謙介の乱平定では国の中心地であった宴々亭(えむえむでい)を焼き払われて住民が虐殺された。
宴々亭は恒心教徒の乱入を経て東国の力を借りて奪回するが、田畑は再生不能まで荒らされて後の淫王朝の時代に査察に来た役人をして「あーあもうめちゃくちゃだよ」と言わしめたという。
国は自然崩壊して住民はいずれかの他国に同化したものの、その高度な文化は今の世にまで伝えられている。