慰安婦を「性奴隷」と決めつけた国連人権委(人権理事会の前身)のクマラスワミ特別報告者の報告は、事実の裏付けのない証言などが引用され「性奴隷」との誤解が世界に広まったが、またもや国連の名を冠した嘘が広がりかねない事態となっている。

 プライバシーに関する国連特別報告者のジョセフ・ケナタッチ氏が、日本政府に送った公開書簡である。テロ等準備罪を新設する組織犯罪処罰法に対し法案段階で懸念を示したのだ。専門家によれば、日本の法制度などを十分に理解せず、誤解に基づく指摘だった可能性が高い。(大竹直樹 滝口亜希)

「落馬の危険がある」

 「今回の法案を読んだとき、このように思った。たとえて言うなら、私の友人が、手綱もくらもあぶみも使わずに馬に乗ろうとしているようなものだと」

 ケナタッチ氏は6月9日、東京都内で開かれた日本弁護士連合会(日弁連)のシンポジウムにインターネット中継で参加し、書簡を送った意図を明らかにした。

 ケナタッチ氏に言わせれば、テロ等準備罪は「安全を講じるような器具をまったく使わずに馬に乗ろうとしているようなもの。私は友人として、その友人に対し、落馬の危険があるということを伝える義務があると思った」というのだ。

 その上で、「日本政府として反論があるならば、私の質問に答えるべきだ」と語気を強めた。

 ケナタッチ氏の書簡は5月18日付で日本政府に送付された。テロ等準備罪の対象犯罪が幅広く、テロや組織犯罪と無関係なものも含まれる可能性があることなどを理由に、法案が「プライバシーや表現の自由を不当に制約する恐れがある」と批判したのだ。

 一部のマスコミも、ケナタッチ氏の批判を大々的に報じた。

政権追及の格好の材料

 特別報告者は特定の国やテーマ別の人権状況に関して事実調査・監視を実施する。政府に対し情報収集を求める権限があるが、ケナタッチ氏は「日本政府に問い合わせることもなく誤解をもとに一方的に批判した」(外務省の担当者)という。

 「政府が直接説明する機会を得られることもなく、公開書簡の形で一方的に発出された。内容は明らかに不適切なものであり、強く抗議した」。菅義偉官房長官は5月22日の記者会見でこう述べた。

 菅氏は書簡送付の経緯について「政府が直接説明する機会を得られることもなく、公開書簡の形で一方的に発出された」と説明。

 その上で、法案について「187の国・地域が締結する条約締結のために必要な国内法整備だ。恣意(しい)的運用がなされるということは全く当たらない」と反論したのだ。

 にもかかわらず、野党は政権追及の材料として、この書簡を利用した。元検事で民進党の山尾志桜里前政調会長は、ケナタッチ氏の書簡を引き合いに「国際社会に対して恥ずかしい事態だ」などと批判を強めた。

 報道キャスターとしてならした民進党の真山勇一氏は「国連特別報告者のケナタッチ氏が懸念を表明している。誠実に回答すべきだ」と政府を責め立てた。

第2のクマラスワミ?

 国連の名を冠してはいるが、外務省の担当者は「ケナタッチ氏は国連の総意を言う立場ではない」と強調する。

 実際、国連のグテレス事務総長は5月27日の安倍晋三首相との会談で、ケナタッチ氏について「国連とは別の個人の資格で活動しており、その主張は必ずしも国連の総意を反映するものではない」と明言した。

 国連特別報告者の報告書には法的な拘束力はない。だが、ケナタッチ氏の報告書が一人歩きすれば、「第2のクマラスワミ報告書」と化す恐れもある。1996年には特別報告者のクマラスワミ氏が慰安婦を「性奴隷」と位置づける報告書を提出し、韓国政府や日本の活動家らに利用された。

 言うまでもなく、日本のテロ等準備罪は、TOC条約の2つのオプションを活用し、条約が定める長期4年以上の罪を包括的に対象とすることなく、組織的犯罪に対象を限定している。

 ケナタッチ氏の母国、マルタを含め多数の締約国の法制よりもはるかに謙抑的な内容といえるが、にもかかわらず、日本の法律だけがやり玉に挙げられた形だ。

http://www.sankei.com/premium/news/170629/prm1706290003-n1.html

>>2以降に続く)