タバコと喫煙の印象はメディアによるものも大きい。特に子どもたちは影響されやすいが、テレビなどで喫煙シーンを流すことは世界的にも禁止の方向へ動いている。韓国では政府主導でテレビを利用した禁煙キャンペーンが始まっているが、日本はこの面でも国際的に大きくたち遅れている。

筆者はこの7月、タバコ対策事情を取材するために韓国へ行ったが、テレビを見て驚いたのは政府がスポンサーになって禁煙啓発のテレビCMをバンバン流していることだ。現地の人間の話によると、韓国のテレビで「喫煙シーンは絶対にNG」らしい。

日本では普通にタバコを吸うシーンが流されるが、韓国のテレビの制作現場はタバコについてどうとらえているのだろうか。

公営放送局である韓国放送公社(KBS。日本のNHK)のプロデューサー、チェ・チュル氏は日本のアニメの大ファンだが「日本のアニメ『ワンピース』を韓国で放映する際、サンジのタバコが飴玉に変えられてしまったことがあった。今の韓国テレビ界で、喫煙シーンを流すことは厳しく規制されている」と言う。

韓国では2003年から2004年にかけて段階的に強化された国民健康増進法により、テレビ番組の中での喫煙シーンに規制がかけられた。アニメ『ワンピース』のような海外からの輸入コンテンツに喫煙シーンがあれば、そこにモザイクをかけたりチュル氏が言うように別のカットに差し替えたりする。

「冬ソナ」の喫煙シーンもモザイクだらけになる

韓国のテレビドラマといえば『冬のソナタ』(KBS2、2002年)がなじみ深い。このドラマの中で高校生役のペ・ヨンジュンがタバコを吸うシーンがある。複雑な事情を持った転校生という役柄の演出上、重要なシーンだが、このドラマを韓国内で再放送する場合はどうなるのだろうか。

チェ・チョル氏は「KBSには放送局の中でも特に厳しい局の規則がある。高校生がタバコを吸うというのは、今では考えられないシーンだ」と首を振る。ペ・ヨンジュンの喫煙シーンも韓国内で再放送する場合、手元にモザイクがかけられたり、そのシーンまるごとカットされたりするようだ。

なんとも味気ない話ではあるが、韓国のタバコに対する感覚はそれほど厳しい。

ドラマの制作でも、喫煙シーンを入れられない影響は大きい。「日本の医療ドラマ『白い巨塔』のリメイク(2003年のフジテレビ版)を作ることになったが、設定では肺がんだったのを膵臓がんに変えたこともある」。かつて編集ミスでうっかり喫煙シーンが放映されたときには、視聴者から激しい抗議が多くあったそうだ。

ところで、韓国でタバコについて取材を重ねていると、禁煙した人たちがある人物の名前をよく口にするのに気付いた。その人物とは、イ・ジュイル。韓国の国民的なコメディアンだ。彼の影響でタバコを止めたと言うのだ。いったいどういうことだろう。

国民の意識を変えた一人のコメディアン

イ・ジュイルは、コンサート司会者からテレビへ進出し、全斗煥(チョン・ドファン)大統領のモノマネで人気を博したが、1990年代の後半から病に倒れてほぼ活動を休止した。その後、2002年1月からは韓国健康福祉部(日本の厚生労働省)の禁煙キャンペーンに賛同し、テレビCMでタバコの害を訴え続け、同年8月に肺腺がんで死去した。

ソウル郊外の自動車修理工場のオーナー、58歳の男性は「私は10年前にタバコを止めたが、その理由はイ・ジュイルがやっていた禁煙キャンペーンのテレビCMを見たからだ。彼の影響はとても大きかったと思う」と言う。

また、ソウルの繁華街で美容師をする31歳の女性は喫煙者だが「まだ中学生だったが、イ・ジュイルの禁煙CMはよく覚えている。タバコが健康に悪いことを知ったのも彼の発言からだ。だから、本当は今でも禁煙したいと思っている」と眉根を寄せた。

前出のテレビ局KBSのチェ・チョル氏もまたイ・ジュイルの禁煙キャンペーン映像のショックを受けた一人だ。「私は非喫煙者だが、彼のテレビCMで多くの韓国人の意識が変わった。ただ、最近はこうした有名人ではなく、ごく普通の一般人がタバコで健康を害した事例を紹介することが多くなっている」とも言う。

https://news.yahoo.co.jp/byline/ishidamasahiko/20170809-00074255/

>>2以降に続く)