<北朝鮮の存亡を賭けた独裁者の狙いは平和条約調印と南北統一。一枚上手の金正恩に日本のミサイル防衛も憲法も歯が立たない>

北朝鮮のICBM(大陸間弾道ミサイル)開発が急テンポで進んでいる。北朝鮮といえば、半ば鎖国状態のなかで科学者が銃殺に怯えつつ必死で研究を進める国を想像してしまう。

だが実際には科学者や技術者はロシアや中国などに留学し、先進技術を自由に移入してきた。

その結果できる「北朝鮮製ICBM」はこれまでのゲームを一変させ、北東アジアの政治地図を塗り替えるだろう。冷戦最後の前線、南北対立は溶融し、北東アジアは諸勢力が相克・提携するバランス外交の場になる。

北朝鮮が核開発を進めるのは、アメリカに政権をつぶされるのを防ぐため。リビアのカダフィ大佐惨殺の背後にはアメリカがいた、同じ目には遭いたくない――

金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長はそう思い、ICBMでアメリカの手を封じた上で話し合いを強要。休戦中の朝鮮戦争について平和条約を調印し、北朝鮮国家と自分の安泰を図りたいのだ。

アメリカは北の核開発を止めようと、直接交渉や6カ国協議、国連や独自の制裁、中国を使っての圧力を試みたが、北朝鮮は乗り越えてきた。今回ICBMを見せつけたことで、北朝鮮問題は極東の地域問題からアメリカ自身の問題となった。

ICBMが来襲しかねない状況で、アメリカは北朝鮮の処理をいつまでも中国に丸投げできない。

金正恩の「除去」は至難の業

だが、アメリカは武力を使えまい。影武者を何人も使い、常に居場所を変える金の「除去」は至難の業。核開発施設も地下にあり、アメリカも全て把握できない。1回の攻撃で北を無力化しない限り、北朝鮮は日韓の米軍基地に報復を加えるだろう。

もはや北朝鮮問題の主導権を握るのは北朝鮮自身だ。各国はそれに気付かないかのように、ポーカーゲームを続けている。

中国は自分の足元でアメリカに勝手なまねをさせたくないが、北朝鮮の処理を丸投げされても困る。北との関係はそれほど緊密なわけではないが、何もできないと言えずにやるふりをする。

アメリカは米韓合同軍事演習を中止して平和条約締結交渉を始めれば危機は回避できるのに、なぜかそう言わない。米マスコミは、頭のおかしい北の指導者が急にICBMを向けてきたという調子で報道し、トランプの対応を批判する一方だ。

ロシアはこれまで北の核開発を助け、石油輸出も増していることに?かむり。国連で制裁が議題になるたび、自分の協力を北やアメリカに高く売りつける。

日本はといえば、ICBMが上空を通過するはずの地域に高空には届かないパトリオットミサイルを慌てて移動したり、集団的自衛権を発動してICBMを撃墜するのは憲法違反かどうか「神学論争」を繰り広げたりしている。

こうした無責任なポーカーゲームを尻目に、歴史の舞台は回り始めた。国内世論に北の核問題解決を迫られる一方で武力行使の手は縛られたアメリカにできることは、北朝鮮との話し合いしかない。

しかし平和条約締結で朝鮮戦争を終わらせれば、米軍は韓国に居残る大義名分を失い出ていくこととなる。

そうなると北朝鮮主導の南北再統一への力学が働いて、ロシア以上のGDPを持つ統一朝鮮、それも核兵器を持ち、日本に敵意を持つ大国が誕生するのだ。

核ミサイルが飛んでくるかもしれないのにゴルフ休暇を楽しむトランプ米大統領、核ミサイルと米中日のはざまで立ち位置を定めかねている韓国の文在(ムン・ジェイン)寅政権、加計学園問題で支持率が低下した安倍政権――

立ちすくむ役者たちをのせた舞台は回転を速めると後方に消えていく。

次なる幕は、北東アジア諸国の見栄と意地の力比べ、歴史上の恨みの清算の場。中国経済が大崩れしなければ、アジアは中華圏復活の様相を強め、アメリカも中国のルールに従わざるを得なくなる。

日米はアジアがもたらす脅威と利益を見つめ直し、その上で同盟関係を再定義する作業を始めるべきだろう。日米双方とも一国だけでは、アジアでの脅威に対処し、利益を確保するのは難しい。

河東哲夫
外交アナリスト、モスクワ大学ビジネススクール客員教授。

http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2017/08/icbm-13.php