この夏、韓国を旅した。日本統治からの解放を祝う「光復節」をはさみ、ひたすら歩いて感じた隣国。そこには奇妙な「反日」の空気があった。【鈴木琢磨】

少女像バスに乗せ

夕方から雨が激しくなってきた。さすがに中止だろうなと思ったら、その新人歌手は舞台に上がった。8月14日、ソウル中心部の広場で開かれた世界慰安婦デーのイベントで元慰安婦のおばあさんが歌手としてデビューしたのだ。

ビニール傘の下、チマ・チョゴリ姿で懐メロ「恨(ハン)多い大同江(テドンガン)」を歌った。CDの解説を読むと、おばあさんはこう言ったという。「日本軍に引っ張られていかなければ、私は歌の仕事をしたかった」。

その夢がついにかなった? 感動ドラマの演出なのかもしれないが、ため息しか出ない。

この日の朝もため息をついた。ソウル市内を少女像を乗せたバスが走るというので、初日に乗ってみようと思い立った。バス停で待つこと1時間。運転席から2番目の席に硬質プラスチック製の少女像は座っていた。

日本人と気づいた地元紙記者にインタビューされたが、答えに窮した。「これで歴史認識が深まるとは思えないけどなあ」。

日本大使館に近い曹渓寺(チョゲサ)前を走るとアリランが流れ、「アボジー(お父さん)」と叫ぶ少女の声。慰安婦を描いた映画「鬼郷(クイヒャン)」の音声という。だが、乗客の反応は少女像にちらっと視線を送るくらいにすぎない。

このバスは民間会社が慰安婦問題への市民の関心を呼び起こすために企画したものだが、朴元淳(パクウォンスン)ソウル市長も初日に乗り込んだ。

翌日の各紙は慰安婦問題を巡る2015年12月の日韓合意について市長が語った「我が国民が納得できる新しい合意がなされなければならない」とのコメントが核心だった。

中央日報には「少女像バス」の車窓の向こうで安倍晋三首相が骸骨になった旧日本軍人に電気ショックを与えている政治風刺漫画が載っていた。添えられていた言葉は<復活……軍国主義>。

漫画家には格好の材料になったようだが、日本人の私には理解しかねるバスだった。

光復節記念式典、大統領の隣に…

文在寅(ムンジェイン)政権になって初めて迎える光復節の15日、雨はまだ降り続いている。定宿にしている明洞(ミョンドン)のホテルでテレビのスイッチを入れると、記念式典をやっていた。

なんと文大統領夫妻の隣にあの新人歌手のおばあさん、隣には元徴用工の男性もいた。文大統領は演説で植民地時代の徴用工問題解決に取り組む考えを示した。また新しい歴史カードか……。

そういえば、12日にはソウルの竜山(ヨンサン)駅前で徴用工の像の除幕式もあった、と耳にした。足を運ぶと、ツルハシを手にしたあばら骨が浮き出た男性像が建っていた。碑には労組代表者の<痛みの歴史を忘れない>などと刻んだプレートが張られていた。

まるで梅雨だ。歩き回るわけにもいかず、映画館をはしごする。長崎県・端島炭坑を舞台に朝鮮人強制連行をテーマにした話題の「軍艦島」は案の定、いかにも悪者の日本人が登場する。目をそむけたくなる残酷なシーンも多く、気分は重い。

映画関係者のソウルの友人に尋ねたら「クッポン映画だよ」と苦笑いした。クッポンとは国家(クッカ)とヒロポンの合成語、ナショナリズムを過度に刺激するとの意味らしい。

もう1本は大ヒット中の「タクシー運転手」。1980年の光州(クァンジュ)事件の真相を世界に伝えるため、厳戒態勢の現地にタクシーで入ろうとするドイツ人記者と運転手との人情ドラマ。

民主化運動の流れに自らを位置付ける文大統領も早速、映画のモデルとなったドイツ人記者の妻と鑑賞したらしい。先の友人は言った。「また政治映画か。国民ウケを狙っているんだ」

夜、私の大好きな「全国のど自慢」の司会者、宋海(ソンヘ)さんが愛する楽園洞(ナグオンドン)かいわいで鶏の空揚げをつまみにビールを飲んでいると、大通りから大音響。かねや太鼓も聞こえる。

太極旗と星条旗を掲げた保守派のデモだ。年配層がほとんどで、軍服姿もちらほらいる。

https://mainichi.jp/articles/20170825/dde/012/030/060000c

>>2以降に続く)