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 それによると、大きな影響力を持つマクマスター("H. R." McMaster)大統領補佐官(国家安全保障担当)が、協定破棄はタイミングを考え注意深く実行するよう注文しました。

 この記事は「ホワイトハウスが本気で協定の破棄を考えているのか、再交渉の席に韓国を呼び戻すための戦術かは不明だ」とも解説していました。

甘く見ていた韓国

 当時は韓国政府も「単なる脅し」と軽く見ていました。中央日報の「トランプ大統領の韓米FTA破棄言及、再交渉で優位に立つ狙いも」(9月4日、日本語版)は、韓国政府関係者を指すと見られる「ワシントン外交筋」の以下の発言を紹介しています。

・先月(8月)22日にソウルで開かれたFTA改定特別会議で韓国側が米国側の主張を全く受け入れず、今後の日程も決められずに別れたことに怒ったトランプ大統領が、破棄の検討を参謀に指示したと把握している。
・韓国の強硬姿勢にさらなる強硬姿勢で対抗すべきだというトランプ式の交渉術とみられる。

 転機となったのが、韓国政府が9月21日に発表した対北支援です。日米両国政府が繰り返し思い留まるよう申し入れたのに、韓国政府は無視して援助を決めました。

 同じ日にニューヨークでの日米韓首脳会談で北朝鮮への圧力強化に合意したというのに、です。韓国政府は援助の時期は未定とも発表しましたが、北朝鮮包囲網を破ったのに違いはありません。

 米政府が運営するVOA(アメリカの声)は、韓国政府の決定を批判する国務省報道官の発言を報じました。報道官が同盟国をこれほどはっきりと批判するのも珍しい。

 「国務省、韓国政府の対北支援決定に『北には最大の圧迫を加えねば』」(9月23日、韓国語版、談話の一部は英語でも)で、東アジア太平洋局のアダムス(Katina Adams)報道官の発言を読めます。翻訳します。

・これは韓国の決定だが、米国の立場は変わらない。我々は世界の国に対し、最大の圧力を加えるよう追加的な行動を呼びかけている。それには経済面、外交面で北との関係を断つことも含む。

自動車が焦点に

韓国こそ最も厳しい制裁を実行すべきなのに……。

鈴置:「金正恩をコーナーに追い詰めたトランプ」の最後で「怒った米国は韓国の頭を小突きました」と指摘しましたが、このことです。米国は「このままじゃ、済まないぞ」と韓国に最後通牒を発した。しかし、普通の韓国人が米国の怒りに気がついたのは9月28日になってです。

 中央日報の「韓国通商交渉本部長『米国の韓米FTA破棄の圧迫はいつでも現実化しうる』」(9月28日、日本語版)によると、金鉉宗(キム・ヒョンジョン)通商交渉本部長は9月27日、ワシントンで韓国特派員団に以下のように語りました。

・米国の韓米FTA廃棄はただの「ブラフ(ハッタリ)」ではなく、実質的な威嚇であり、今後いつでも現実化しうるという判断を固めた。
・最近10日間、ワシントンに滞在してホワイトハウス関係者や22人の上・下院議員および関連業界代表に広く会って話を聞いた結果、彼らは米政府が今後の協議過程でいつでも廃棄の圧迫をかけてくるという一致した意見を我々に伝えた。

FTA再交渉はどんな展開になるでしょうか?

鈴置:自動車・同部品が焦点になると米韓双方のメディアが報じています。ありていに言えば「韓国は米国製の自動車をもっと買え」ということです。米国は「協定破棄も辞さず」とハラをくくった。自分の期待する譲歩を韓国からすべて引き出さない限り、妥協しないでしょう。

韓国も「破棄」でハラをくくればいいのでは?

鈴置:韓国は容易にハラをくくれません。米韓FTAは米韓軍事同盟の一部と韓国では認識されています。それが破棄となれば、ただでさえ北朝鮮の脅威に怯えている今、国民の安全保障に対する不安が一気に膨らむでしょう。資本逃避の加速材料となるのも間違いありません。

通貨危機か、反米親北か

では、文在寅政権はどんどん譲歩する……。

鈴置:基本的にはその構図となると思います。ハラをくくった米国の方が強いに決まっています。米国には韓国から譲歩を引き出すだけではなく、「破棄」を威嚇材料に「親北反米」路線を止めさせるかもしれません。

 例えば、韓国が対北人道支援に実際に乗り出したら、途方もない要求――例えば「米国製自動車を年間100万台輸入しろ。飲まなければ協定を破棄する」と突きつけるのです。そして裏では「人道支援を止めたと宣言すれば、要求を50万台に下げてやろう」とささやく……。

(続く)