「ダック・アンド・カバー(Duck and Cover)」という英語表現がある。冷戦期の1950年代、核戦争の勃発に備えて、米政府は国民に対し核爆発があったら「頭を引っ込めて体を覆え」と大真面目に説いていた。

教育用映画も製作され、先生の指示で子どもたちが一斉に教室の机の下に潜り込み、頭を手で覆っている姿勢がお手本として示されている。

82年の米ドキュメンタリー映画「アトミック・カフェ」では、当時はこんなバカなことをやっていたんだと揶揄(やゆ)しているが、まさか2017年の日本でこの光景が再演されるとは思ってもみなかった。

北朝鮮が8月29日と9月15日に弾道ミサイルを立て続けに日本を横切る形で発射した。かの国は国際社会からの警告を無視し、主として米国を標的にして挑発行為を続けている。体制維持が目的だろうが、私たちはこの事態を精確に把握し、いたずらに挑発に乗ることなく、冷静に対応することが必要だ。

ところが、全国の自治体では北のミサイルに備えての訓練が実施され、教室で防空頭巾を子どもたちがかぶったり、体を丸くしたりして身を守るような指導がなされている光景が、無批判に、いやむしろ好ましいこととしてテレビのニュースなどで報道されていた。

ミサイルが北海道のはるか沖に落下して数時間が経過した時点で、テレビでは北海道の根室からヘルメットをかぶった女性記者が生中継していた。このヘルメットには、どんな意味があるのか。危険に対する恐怖心を過剰にあおってはならない。公共放送の基本ではないか。

かつて民放連の委員会で緊急地震速報を伝える放送のあり方について、かなりの時間を割いて議論をした経験がある。東日本大震災の際にはこの警報が有効に機能した。

だが、ミサイル危機に際してのJアラートはどうだろう。総務省が作成した現在の画像と文面、内容の妥当性に問題はないか。民放連やNHK内ではそのことを議論・検証すべきではないか。

僕の記憶では、日本のテレビ放送の歴史のなかで、広範な地域で、お上(総務省)作成の同一画面が全局横並びで、30分近く流れ続けた(8月29日)のは初めてのことではないか。大震災や昭和天皇崩御の時でも、各社は自前の画像と情報を流していた。

ミサイル発射の兆候は今では偵察衛星でかなりの程度、把握できている。北朝鮮がミサイルを発射したとの一報が流れるや、テレビに関わっている人間たちが一種の思考停止に陥っていることはないか。熟慮の時である。(テレビ報道記者)

https://mainichi.jp/articles/20170922/dde/018/070/023000c