【朝鮮日報】16歳で日本に徴用された父の人生 日本は、戸籍の年齢を操作して植民地の青年を連行した[12/16]
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黄海道谷山で生まれた李興燮さん(1928−2014)は、父を助けて畑仕事をしていたが1944年5月に徴用されて日本に連れてこられ、光復(日本の植民地支配からの解放)後も遂に韓国へ戻ることができなかった。当時数え年で16歳だった李さんは徴用対象ではなかったが、太平洋戦争で窮地に陥った日本は、戸籍の年齢を操作して植民地の青年を連行した。父は、白い木綿の洋服を別れの贈り物として与えた。本書は、佐賀県の炭鉱に連れていかれた李さんが翌年1月1日に脱出・逃亡して解放を迎えるまでの、およそ1年3カ月間の記録を収めている
少年は2週間の軍事訓練を受け、ふんどし姿で切り羽に送り込まれた。豆かすが半分以上という飯にたくあん2切れだけの食事はあまりに粗末で、ひどく腹が減った。故郷を離れるときに父がくれた荷物の検査で指輪が出てくると、状況は一層悪くなった。「戦争中にこんな物を隠して供出しなかった」という理由で「非国民」のレッテルを貼られ、外出禁止などの罰が加えられた。李さんは脱出を夢見るようになり始めた。逃げ出したものの捕まった朝鮮人が生ゴムの棒で殴られ、半殺しの目に遭うのを見たが、これ以上そこにいられなかった。
正月、初めて外出した。その日に脱出した。復帰の時間が迫ると、炭鉱の反対側にある北の海岸へ向かうバスに乗った。漆黒の闇に身を隠しながらも、李さんは空襲で廃虚と化した光景に口をつぐんではいられなかった。「これが、われわれをこんな目に遭わせた日本の姿なのか!」
しかし、李さんの手記には敵意は薄かった。「正義などみじんもない戦争に巻き込んだ日本人」と厳しく叱責(しっせき)しつつも、戦争に苦しむ日本人に向けた憐憫(れんびん)と普遍的な人間愛を共に強調した。炭鉱で彼が属していた組を指揮していた男性は、「佐賀県の地図が欲しい」という少年の言葉がどういう意味なのか知りつつも、知らないふりをした。むしろその翌日、地図を渡しながら「北に行けば軍港がある」と、それとなく教えた。厨房(ちゅうぼう)のとある少年は、いつも腹をすかせていた李さんの手にこっそりとおこげを握らせてくれた。逃げ出した李さんが隠れていた朝鮮人の飯場には、敗戦の3カ月前から日本の軍人たちが現れ、物乞いをした。李さんに食事をさせてくれた朝鮮人のおばさんは、「軍服を着た若者」にすぎない日本の青年たちの弁当箱にも、コメのご飯をぎっしり詰めて返してやった。
日本が降伏した翌日、少年は帰国の船に乗るため福岡県北部にある博多港へ行った。ところが、故郷に向かうことはできなかった。押し寄せた朝鮮人は数十万人にもなるのに、釜山行きの船は毎日300人ずつしか乗せていかなかった。帰国を待っていては飢え死にしそうだった。李さんは「無理やり連れてきたのなら、なんとかして送り返してやるべきではないか」と心の中の怒りを漏らしたが、結局、当面の生活苦から解決しなければならなかった。その後、肉体労働をしながら九州を流れ歩き、1970年から大阪で金属回収業を営んだ。
本書は、歴史の傷を克服するための加害者と被害者の共同努力が作り出した貴重な成果だ。77年に李さんの娘・ドンスンさんが通っていた中学校の担任、室田卓雄さんが家庭訪問にやって来た。李さんの徴用体験談を聞いた室田さんは、当時中3だった教え子に「お父さんの歴史を書いてみないか」と勧めた。その年の夏休みにドンスンさんが父親と向き合い、聞き書きしたものが本書の出発点だった。室田さんは「こんなことがあったのかと驚きだった」と文章をまとめ、翌年10月26日に小冊子を出した。その後、10年かけて李さんが自ら日本語の辞書を繰りつつ執筆した分を加え、『アボジがこえた海』というタイトルであらためて出版した。李さんのつたない日本語の文章を数人の教師がボランティアで校正した。その本を読んだ九州や大阪の中学生が、李さんの物語をステージ上で演劇にした。その間に大学の教員になった室田さんは、2006年から自分が在職する流通科学大学に李さんを招き、毎年2回、講演を頼んだ。高齢を押しての李さんの講演は、亡くなる2年前の12年まで続いた。強制徴用判決を巡って未来がないかのような不和を示す韓日両国の現実が、本書を読んでいて終始、残念な思いと共に重なって見えた。280ページ、1万5000ウォン(約1520円)
金泰勲(キム・テフン)出版専門記者
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2018/12/14/2018121480062.html
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版 2018/12/16 05:01
https://i.imgur.com/unbAFLN.jpg
▲(1)(2)切り羽で採炭作業を行う朝鮮人。狭い坑道で体を斜めに横たえてつるはしを振るうという重労働に従事した。(3)16歳のとき日本へ連れていかれ、九州の炭鉱で強制労働させられた李興燮さんの生前の姿。/写真=国立日帝強制動員歴史館所蔵 >>1
もし日帝が非道で残虐なら戸籍の年齢なんか気にするかよw
律儀にそんな所気にしてる設定な時点で色々破綻してるわ。 上の写真素材は日本人って何度も指摘されてるのに、
相変わらず使ってるな
さすがチョン 徴用するのに戸籍にしろ年齢にしろ操作する必要無いと思うが。 日本人は本当にひどいな
これら被害所の証言を実証して謝罪と賠償してほしいわ 外国人実習生みてると徴用工も本当にあったんだと思えるわ 戸籍操作を疑う前に、詐称とか捏造を疑うんだが。
そこら辺の根拠はなんだ? なんか、いかにも嘘くさい。
帰りたいなら1970年まで日本にいない。
在日が日本にいるための嘘の作り話だろ
これ 記事じゃ無くて書籍紹介か
1944年5月徴用ねえ。
察するまでも無い。 日本が統治するまで日長一日中日陰で地べた這いずって糞舐めてた朝鮮土人に日本人と同じ
労働させたら、そりゃ過酷な残虐行為だと思うのは当然 >>10
たしかに、徴用するのに、年齢やら戸籍やら操作する必要ないな。
当時、朝鮮人の男性が戦争に駆り出されて不足してたわけでなし。 >>12
韓国人男性が韓国人女性と組んで他国で売春してるのを見ると、強制連行じゃなくて追軍売春婦はあったと思うの 『徴用する側』が戸籍操作ってのは不自然やな。
『徴用』するなら、なら戸籍も年齢も関係なく『徴用』するだろうに。 豆かすが半分以上でも飯が出てる時点で
一般の日本人よりマシな食生活なんだが >>1
作り話書いて演劇とかやって
日本人を騙してきたわけだ 半島なんてインフラ整備するのにかかった金すらも朝鮮人から徴収出来てたかすら怪しいだろ、赤字じゃね 金属回収業ってなんでいまだに韓国人がやってるの?
そんなにもうかるのかね 戦後日本政府からお金あげるから帰りなさいって言われたのになんで帰らなかったのかな〜〜? >>1
コリアンファンタジーw
史実は正確に
密入国で日本に出稼ぎに来て
年齢を詐称して炭鉱員募集に応じただけ
非国民w
朝鮮ヒトモドキに非国民w
日本人に成り済ましてて、日本人だと思ってたから非国民言われたんだろうがw
朝鮮ヒトモドキのことを非国民とは言わない
チョンという 戦後生まれの徴用工は、これからいくらでも
現れます。 >>1
>押し寄せた朝鮮人は数十万人
数十万人という人数がどれほどの規模なのか、チョンにはわからんのだろな。
日本が降伏した翌日に数十万人が集まったと書いてある。
8月16日に数十万人?どこから?どうやって集まったの??交通機関は?
船に乗れるのは300人とも書いてある。数十万人を乗せるには何日かかるか?
60万人を300人で割り算すると2000日、つまり5年超もかかることになる。
そもそも何十万人もの人が港に集結したら食糧どうなる??
もう少しありそうな設定をひねり出そう。
>>7
だね。日本人炭鉱夫の写真なのに。
相変わらず大うそ捏造チョン。 1944年5月か…基本設定をしっかりする気はないのかねぇ。 >>25
色々あるのよ
駐車場の鉄板とか
室外機とか良く盗難になるだろ
チョンに言わせると金を外に出してるんだと
韓国では室外機は室内にあるニダ… >>1
徴用は日本人も韓国人もされていた
まるで自分だけが悲劇の主人公のように泣き叫ぶ
恥も外聞もない醜い韓国人 年齢をごまかして募集に参加した・・・というのが真相か?w 年齢ごまかして出稼ぎに来たんだろ
それこそ戸籍がいい加減だった昔にはよくあった話 >>1
>280ページ、1万5000ウォン(約1520円)
ラノベにしては高いな。 自分が戸籍や年齢を詐称したのを、日本政府に詐称させられたニダって言いたいのか
そこまでして日本に居続けたかったのねw >>1
作り話するにしても警官、役人、軍人が、と書かずに「日本が連行」とか設定甘いボカシすぎw
ちなみに朝鮮人を騙したのは朝鮮人の身内や民間業者しかない。 >>1:ダウト!!!
朝鮮人の徴用が始まったのは44年の9月からです。 ホラ吹くにしても
せめて100年もたたない時代の話くらい
整合性取れよ
聞いてて恥ずかしいわ >>25
一時期住んでた枝川で、毎週ビールの空き缶6×7を毎回夜中にかっさらってたぞ。
いくらにになるかは知らんが。 家族が食ってくのに親が働かせたいからと
頼んで大目に見てもらったが可能性が高い >>1
>豆かすが半分以上という飯
そんな飯ねぇだろ
麦が半分とか大根が混ざってると言った方が、まだ信憑性がある
ど〜せ金目当てで歳を偽って日本に来たものの、
仕事がキツかったんでバックレたってのが真相だろうWw 「年齢がおかしい」「計算が合わない」とさんざん突っ込まれまくったから、
とうとう「日本が戸籍をいじった」ということにし出したか。
それがうまくいったら、朝鮮戦争の慰安婦も、戦後の赤狩りの犠牲者も、
ぜんぶ「日本軍の蛮行」に付け替えることができる。最強だな。 当時帰国船で希望者はみんな帰ったのに、1970年まで大阪にいたのか つーか、年齢詐称して子供を連れていかなきゃいけないほど切羽詰まっていたのなら
父親はどうしてたんだ……?
たとえ兵隊として使えなくても「地獄の軍艦島()」に送り込むとか使いみちはあったろうに
「男手が無くなると大変だから」
と残していったのか?
随分お優しいすなあ、極悪非道の日帝さんとやらは 【朝鮮日報】16歳で日本に徴用された父の人生 日本は、戸籍の年齢を操作して植民地の青年を連行した
朝鮮人の妄想・捏造癖は世界一www >結局、当面の生活苦から解決しなければならなかった。その後、肉体労働をしながら九州を流れ歩き、1970年から大阪で金属回収業を営んだ。
一言
「帰れよ!」 戦争があれば徴用も徴兵もある…どこの国でも
当時は日本人として義務を果たしただけ
最底辺の国から日本が助けて豊かにしてやったのに
文句だけは一人前の朝鮮人 ワロタ
こいつら、戸籍の記述方法も知らねーでやんの 意地でも帰らないのは日本の方がマシな暮らしができるのを知ってたからでしょ 徴用者で日本に残ったのは240人余なんだが、この人もその一人なの
みんな自由意志で残ったんだけど 被害者になる為には年齢が合わない、そこで思案の末にまた嘘が始まるパターン 佐賀の警官はすぐ発泡するらしいしなあ
こわいこわい 歳とると嘘でも真実だと人間は信じるらしい。韓国朝鮮の言うことは史料無しに鵜呑みにするのは危険 >>1
日本がなかったら、今頃、もっとひどいことになっていただろうな。
それぐらい、当時の白人たちはひどかった。そして、今もその傲慢さは全く治っていない。
うらむのなら、まず、世界中を植民地にしていた白人だろうね。
仮に日本が朝鮮を踏みつけにしたとしても、所詮は異民族なんで、自国民の安寧を最優先させて当然。
世界中が戦国時代だった時代に、なに、甘えたこと言ってんだって話。 ネット時代にこんな低質な嘘で騙せると思ってるのかねwwww いくら帰国船が満員だったといっても
半年もすれば帰れたはずなんだよね。おかしいです。 相当盛った話だな。
写真も嘘だし。
就職するのに戸籍謄本とか出さずに行けるわけがないから、年齢ごまかして徴用なんてできるわけがない。
300人乗りの船しかないから帰れませんでした、ってことはあり得ない。
半島から日本への帰国者が多数いたのに、その逆方向が不可能なわけはない。
しかも、故郷の黄海道谷山は北朝鮮じゃないか。帰還事業で何度も船出してるわ。
結局このおやじも、日本にあこがれて年齢ごまかして入国し、入ればこっちのもんと職場を抜け出して都会に逃げ込んでいっただけだろ。
子供に説明できないから適当なウソを言ってるだけじゃないか。 >光復(日本の植民地支配からの解放)後も遂に韓国へ戻ることができなかった。
>本書は、佐賀県の炭鉱に連れていかれた李さんが翌年1月1日に脱出・逃亡して解放を迎えるまでの、およそ1年3カ月間の記録
>その後、肉体労働をしながら九州を流れ歩き、1970年から大阪で金属回収業を営んだ。
なんですぐに帰らないの、結局日本に居座り続けただけのタカリ民族じゃねーかw >>62
いや?
「犯罪犯して収監されているもの」が含まれているが?
だから国会で「望まざる」という発言がなされた訳だし。 >>1
またまた大嘘ばっかり・・・・うそくせーはなしを >>1
本当に強制連行なら祖国に帰国するよね
日本兵も終戦後はほとんど帰国してる
帰国しないのは自分の意志で現地に残った人たちだけ >少年は2週間の軍事訓練を受け、ふんどし姿で切り羽に送り込まれた。
切り羽ってコトは炭鉱だろう。
何で軍事訓練? 慰安婦も、徴用工も・・・年齢もそうだが嘘ばっかりだな。
在日になるための方便だったのかな・・・。
子どもや孫も恥ずかしいだろう。
韓国に帰って温かく迎えてもらいなさい。 またゴキブリ糞チョンが大嘘こいてますw 笑って相手にしないでやって下さいwww ウ
またゴキブリ糞チョンが大嘘こいてますw 笑って相手にしないでやって下さいwww ソ
またゴキブリ糞チョンが大嘘こいてますw 笑って相手にしないでやって下さいwww バッカ >>80
強制連行されて無理矢理なんかさせられた、てトコだけ書ければ
細かいことはどーでもいいんでわ。 GHQの命令で徴用者は最優先で帰国させるよう言われたんだが w 当時16歳だったが日本が戸籍を操作して徴用された
1944年9月から徴用なのに5月に徴用された
徴用者は優先的に帰国船で帰れたのに1970年まで大阪にいた
もう一度話を作り替えたほうがいいぞ >李さんに食事をさせてくれた朝鮮人のおばさんは、「軍服を着た若者」にすぎない日本の青年たちの弁当箱にも、コメのご飯をぎっしり詰めて返してやった。
えらく米が余ってたんだな。 >>12
そんなもん見なくても徴用はあったぞ?お前らが捏造してる人さらいによる強制労働は無かったけどな。 本当にかわいそうなのは、この人の父親が嘘つきだということ 突っ込みどころ満載過ぎて、どうすればいいのか途方に暮れるwww 父親の嘘を正当化するために日本が悪さをした事にしているだけ。 >>1
と、言う設定を作ってみた
これで年代合わなくても問題ないニダ!!って考え この物語に真実は何%あるんだろ?
「日本にいた」ってだけじゃないのか? 「1944年5月に徴用』てどこかでも見たぞ。
この金型があるんじゃないだろうか?顔の型のように。 「日帝の被害者」が寿命で死んで枯渇してきたからなあ。そろそろ補充をしないとな。
ということで今生きてるやつを「被害者」に仕立てるために「日本は戸籍を操作した」
というファンタジーを定着させたいんだろう。 >>97
いや、こいつは、2014年に死んでる
>高齢を押しての李さんの講演は、亡くなる2年前の12年まで続いた。 ∧_∧
<丶`◇´>すぅ〜
⊂ ⊃
( )
〈_フ__フ
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∧_∧ ウソウソウソウソウソウソウソウソ ウソウソ ウソウソ
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20年近くになるかな昔あるブログでブログ主と顔見知りになった博多区の朝鮮部落のおっさんがいうには
自分は強制連行された ブログ主がその時代徴用はないですよと指摘したら
実は金目当てで日本に来たがそういうと癪なので強制連行されたと言ったと暴露
筑豊あたりにいて終戦時帰国するため博多に来たが機雷等でなかなか船が出ず待機していたら
朝鮮戦争がはじまりそのまま居ついたと証言していたぞ
その後朝鮮人住宅がマンションに変わり入居した家賃は同和と同じ金額
昔のほうが安かったが昔は払った家賃がどこの誰の懐に渡ったかわからない
高くなっても今のようにちゃんと家賃の行先が分かったから納得すると証言していた。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています